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第28話 王太子オスカー
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「今日僕が君を呼んだのは、他でもない。君のことが知りたかったんだ」
そう言って、彼はテーブルの上の水晶球に触るよう促した。———あるんだ。この世界にも、こんな魔道具。俺が手を乗せると、球は色を変えながらぼんやりと光った。
「ふむ。生命力が青、知性が赤。敏捷性が青で、技巧が黄。そして闇の魔力と、水の魔力。君の能力は魔力と技巧に偏っているんだね。実に興味深い」
今のでそんなことが分かったのか。俺の鑑定で見える内容と水晶が伝える内容では、解像度に乖離がある。自分で自分のステータスを見た限りでは、俺の能力値は1レベルごとにINTが5、DEXが3、POWとAGIが1ずつ上がる。それをそれぞれ、赤、黄、青と示しているのだろう。そして王太子殿下は何らかのスキルで俺の偽装を見破ったが、この水晶球で鑑定を受けさせるということは、彼の情報収集能力はこの水晶球には及ばないということ、なんだろうか。
「はは、驚いたかい。これは天使族が秘匿している技術でね。「楽園」の外には、この一つしか存在しない魔道具なんだよ」
沈黙して思考を巡らせていると、彼は俺がひどく驚いているのだと捉えたようだ。そうか、よくあるラノベのように、冒険者ギルドに一個ずつあるようなポピュラーなものではなさそうだ。
俺が今日ここに呼ばれたのは、俺のスキルや能力について知りたいということだった。個人の固有スキルや能力値は重大な個人情報だ。力こそパワーな社会、切り札があるなら隠しておくに越したことはない。しかし、自軍の戦力に加えるならスペックは把握しておきたいし、プライバシーを守るためなら人払いも必要だろう。
てか、「楽園」。禁書のあの本にも書かれていたことだ。真祖を敵視する天使族の里を指すらしいが、彼自身は天使族との混血児。彼は一体どういった立場で、どういう意図で俺を「裏円卓」に誘い、メレディスの討伐を阻止するとか言ってんだろう。
「———君の知りたかったことに答えよう。まず僕は、この真祖討伐の仕組み自体に疑問を持っている」
俺の考えを読んだかのように、彼は切り出した。
かつて天使族に蹂躙された真祖の怨嗟と呼ばれる「真祖の因子」。これは真祖直系の遺伝子に潜み、一度顕現すれば破壊の限りを尽くす獣と変える。しかし何度討伐を行っても消えるわけではなく、時を経ると次の子孫に発動する。正直に言えば、この魔人国は真祖の監視討伐の機関に過ぎず、「楽園」の下部組織、彼らに怨嗟が向かないように作られた「肉盾」なのだそうだ。
「メレディスを討つのが、楽園から与えられた僕の役割だ。だけどそれでは、根本的な解決にならない」
驚いた。実質この国のラスボスが、王宮や自身のことをそんなふうに言い切るなんて。
「それともう一つ。僕とメレディスは、同期なんだ」
楽園から討伐を命じられた男と、いずれ討伐される男。奇妙な運命だ。彼らが同級生なのは知っている。だが彼が発する「同期」という言葉からは、言葉以上の複雑な感情を感じる。彼がメレディスの討伐を防ぎたいという動機は、どうやら理屈だけのものではなさそうだ。
「正直、僕らにはもう時間がなかった。叔母上は気丈に役割を務めたけれど、メレディスの限界は近かった。———君が支えてくれたんだね?」
「うぇっ」
変な声が出てしまった。まさかそこからボールが飛んで来るとは。そして叔母上っていうのは義母のことだ。彼女は竜人族、火龍の裔。魔王様と腹違いの兄弟関係だと聞いたことがある。
「さあ、ここからは僕の質問に答えてもらおう。君は一体いつからその能力を隠していた?」
「えっと、それはつい最近…」
「そんなわけないだろう。僕もパーシヴァルもナサニエルも、ここまで何十年と修行を積んでようやく長角まで辿り着いたんだ。二十歳に満たない君がその角を持っていること自体が信じ難いが、一体どれだけの魔物討伐を経たらそのような成長が?」
いきなり殿下からの詰問。言いづらい。俺が何でこんなにレベルアップしたのか。しかし、言い逃がれを許されるような雰囲気じゃない。
「あのっ…じ、自家発電で、どうにかなったというか…」
「自家発電?」
「じ、自慰行為と言いますか…」
昼下がりの執務室に、沈痛な沈黙が訪れた。
「———つまり君は、自慰行為からの白ストペロリと、ベロチューで…うん。内容はともかく、嘘は言っていないようだね」
ああっ、やめて。他人の口から復唱されると、殺傷力がエグい。
「しかし驚いたな。いくら君が淫魔とはいえ、魔物の討伐以外で成長を果たすなんて信じられない。しかもナサニエルと互角に戦えるほどだなんて」
「わ、私もその、成長が始まって一ヶ月半ほどなので、自分でも何が何やら」
「淫魔のほとんどは人間界、もしくは歓楽街で性産業に従事しているが、性行為で強化を果たすなど前例を知らないな。もしそれが本当なら、淫魔は皆、僕らと比べものにならないくらい能力を有していることになるけど…まさか隠蔽?何のために?———一応調査しておくか」
殿下は顎に手をやり、何やら考え込んでいる。そうだよな。淫魔がみんな俺みたいにエロいことでレベルアップする可能性があるとしたら、キスしか知らない童貞の俺なんかより、余程強いに決まってる。これは王国の力関係が塗り変わる契機になるかもしれない。
「ところでメイナード」
「あ、ひゃい」
とりとめのない思考に流されていた俺に、殿下から爆弾が落とされた。
「その、白ストペロリとやら。僕の足に口付けても、同じ現象が起こるのかい?」
「へっ?」
お前は何を言っているんだ。
そう言って、彼はテーブルの上の水晶球に触るよう促した。———あるんだ。この世界にも、こんな魔道具。俺が手を乗せると、球は色を変えながらぼんやりと光った。
「ふむ。生命力が青、知性が赤。敏捷性が青で、技巧が黄。そして闇の魔力と、水の魔力。君の能力は魔力と技巧に偏っているんだね。実に興味深い」
今のでそんなことが分かったのか。俺の鑑定で見える内容と水晶が伝える内容では、解像度に乖離がある。自分で自分のステータスを見た限りでは、俺の能力値は1レベルごとにINTが5、DEXが3、POWとAGIが1ずつ上がる。それをそれぞれ、赤、黄、青と示しているのだろう。そして王太子殿下は何らかのスキルで俺の偽装を見破ったが、この水晶球で鑑定を受けさせるということは、彼の情報収集能力はこの水晶球には及ばないということ、なんだろうか。
「はは、驚いたかい。これは天使族が秘匿している技術でね。「楽園」の外には、この一つしか存在しない魔道具なんだよ」
沈黙して思考を巡らせていると、彼は俺がひどく驚いているのだと捉えたようだ。そうか、よくあるラノベのように、冒険者ギルドに一個ずつあるようなポピュラーなものではなさそうだ。
俺が今日ここに呼ばれたのは、俺のスキルや能力について知りたいということだった。個人の固有スキルや能力値は重大な個人情報だ。力こそパワーな社会、切り札があるなら隠しておくに越したことはない。しかし、自軍の戦力に加えるならスペックは把握しておきたいし、プライバシーを守るためなら人払いも必要だろう。
てか、「楽園」。禁書のあの本にも書かれていたことだ。真祖を敵視する天使族の里を指すらしいが、彼自身は天使族との混血児。彼は一体どういった立場で、どういう意図で俺を「裏円卓」に誘い、メレディスの討伐を阻止するとか言ってんだろう。
「———君の知りたかったことに答えよう。まず僕は、この真祖討伐の仕組み自体に疑問を持っている」
俺の考えを読んだかのように、彼は切り出した。
かつて天使族に蹂躙された真祖の怨嗟と呼ばれる「真祖の因子」。これは真祖直系の遺伝子に潜み、一度顕現すれば破壊の限りを尽くす獣と変える。しかし何度討伐を行っても消えるわけではなく、時を経ると次の子孫に発動する。正直に言えば、この魔人国は真祖の監視討伐の機関に過ぎず、「楽園」の下部組織、彼らに怨嗟が向かないように作られた「肉盾」なのだそうだ。
「メレディスを討つのが、楽園から与えられた僕の役割だ。だけどそれでは、根本的な解決にならない」
驚いた。実質この国のラスボスが、王宮や自身のことをそんなふうに言い切るなんて。
「それともう一つ。僕とメレディスは、同期なんだ」
楽園から討伐を命じられた男と、いずれ討伐される男。奇妙な運命だ。彼らが同級生なのは知っている。だが彼が発する「同期」という言葉からは、言葉以上の複雑な感情を感じる。彼がメレディスの討伐を防ぎたいという動機は、どうやら理屈だけのものではなさそうだ。
「正直、僕らにはもう時間がなかった。叔母上は気丈に役割を務めたけれど、メレディスの限界は近かった。———君が支えてくれたんだね?」
「うぇっ」
変な声が出てしまった。まさかそこからボールが飛んで来るとは。そして叔母上っていうのは義母のことだ。彼女は竜人族、火龍の裔。魔王様と腹違いの兄弟関係だと聞いたことがある。
「さあ、ここからは僕の質問に答えてもらおう。君は一体いつからその能力を隠していた?」
「えっと、それはつい最近…」
「そんなわけないだろう。僕もパーシヴァルもナサニエルも、ここまで何十年と修行を積んでようやく長角まで辿り着いたんだ。二十歳に満たない君がその角を持っていること自体が信じ難いが、一体どれだけの魔物討伐を経たらそのような成長が?」
いきなり殿下からの詰問。言いづらい。俺が何でこんなにレベルアップしたのか。しかし、言い逃がれを許されるような雰囲気じゃない。
「あのっ…じ、自家発電で、どうにかなったというか…」
「自家発電?」
「じ、自慰行為と言いますか…」
昼下がりの執務室に、沈痛な沈黙が訪れた。
「———つまり君は、自慰行為からの白ストペロリと、ベロチューで…うん。内容はともかく、嘘は言っていないようだね」
ああっ、やめて。他人の口から復唱されると、殺傷力がエグい。
「しかし驚いたな。いくら君が淫魔とはいえ、魔物の討伐以外で成長を果たすなんて信じられない。しかもナサニエルと互角に戦えるほどだなんて」
「わ、私もその、成長が始まって一ヶ月半ほどなので、自分でも何が何やら」
「淫魔のほとんどは人間界、もしくは歓楽街で性産業に従事しているが、性行為で強化を果たすなど前例を知らないな。もしそれが本当なら、淫魔は皆、僕らと比べものにならないくらい能力を有していることになるけど…まさか隠蔽?何のために?———一応調査しておくか」
殿下は顎に手をやり、何やら考え込んでいる。そうだよな。淫魔がみんな俺みたいにエロいことでレベルアップする可能性があるとしたら、キスしか知らない童貞の俺なんかより、余程強いに決まってる。これは王国の力関係が塗り変わる契機になるかもしれない。
「ところでメイナード」
「あ、ひゃい」
とりとめのない思考に流されていた俺に、殿下から爆弾が落とされた。
「その、白ストペロリとやら。僕の足に口付けても、同じ現象が起こるのかい?」
「へっ?」
お前は何を言っているんだ。
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