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第18話 狭まる包囲網
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「俺ぁ、細かいことは言わん性質だ。だがなぁ、無言で逃げるたァ漢のする事じゃねェ」
「…申し開きもございません」
俺は今、ノースロップ邸で地獄のお説教タイムだ。いや、俺が勝手に邸を去ったのが悪いのは分かっている。メイドには断ったけど、客がいきなり荷物とともに消え去って二日も音信不通だなんて、無礼もいいとこだしな。
しかし侯爵は、「音信不通で心配した」という一点だけを咎めた。侯爵家では俺の想像以上の騒ぎとなり、王都中を捜索したそうだ。そこに俺が、マガリッジから手土産を提げて、のこのこ出頭したわけで。
「お前さんにも言い分はあるだろう。倅も強引に突っ走り過ぎた。俺らの言うことに逆らえねェのも分かる。だがお前さんは、俺と拳を交えた仲だ。水臭ェ事は言わねェで、ちゃんと言いてェ事は言ってもらわねェとな」
———やっぱアレか。この人は拳で全部語っちゃう系か。
いや、彼だけじゃない。獣人はみんなそうだ。彼らは強い者に恭順し、弱い者には従属を求める。めっちゃ縦社会だ。そして獣人ほどではなくとも、この国全体がそういう体質でもある。
この国の王位は実力勝負で決まる。文句のある奴は、戦って王位をもぎ取ればいい。貴族位もそう。ただし、強い者は強い者同士で番い、結局強き者が貴族となる。貴族とはすなわち強き者だ。
貴族と平民との違いは、体内に保有する魔力量や固有スキル、すなわちレベルとポテンシャルの差となる。例えばうちの使用人のマーサなどは、一般の生活魔法や家事スキルなどしか持たない。戦闘力も寿命も、人間族に毛が生えた程度。だが例え貴族ではなくとも、実力のある平民は、養子として貴族界に仲間入りすることもある。そういう意味では、貴族と平民との差は明確ではあるが、どうしても乗り越えられない厳格な壁ではない。
爵位についてだが、貴族というのは各種族を取りまとめて、最も強い者が代表して爵位を持つ。異世界と同じ、公・侯・伯・子・男の順で位階が決まっているが、それは種族の規模や当主の強さ、そして政治力によって決まる。ちなみに猫系獣人の頂点が、ノースロップ侯爵。一方うちは、父上がヴァンパイアをまとめる伯爵家だが、ヴァンパイアの個体数が少なく、マガリッジ領は不死種以外の平民がほとんどを占める。そして彼個人にも、ヴァンパイア全体にも、この国を牛耳ろうという関心が無い。ここはこの国の歴史にも関わる部分なのだが、経済力や規模、保有する戦力の割に爵位が低いのはこのためだ。
思考が逸れたが、何が言いたいかといえば、俺が三日前にノースロップ家に招かれた時、期せずして侯爵たちを相手にして、難を逃れたこと。これが、俺のノースロップ家での待遇を決めたと言ってもいい。殺されるかと思ったが、彼らを倒せて本当に良かった。
あの時俺が奇跡的に侯爵に勝利したお陰で、お説教はすぐに終わった。しかしそのまま「リベンジマッチだ」と邸の外に連れ出された。
「さァて、腕が鳴るな!」
目の据わった侯爵が、指をポキポキしている。助けて!
———転移が功を奏したのは初見だけ。最後は魔眼の拘束でねじ伏せたが、侯爵が素早いのとレベル差がないので、なかなか効かず。その間、俺はいいのを喰らってボッコボコにされ、治癒スキルの有り難みを知ることとなった。
もうやだ、ここん家。今度ナイジェルに会ったら魅了を解除して、とっとと縁を切ろう。
当のナイジェルに再会したのは、その夜。侯爵邸から早々にお暇しようと思っていたが、ずるずると引き止められて、結局晩餐に招かれることとなってしまった。そしてその席には、騎士団から退勤したナイジェルが。
「———で?」
おかしいな。俺は今、キュアーを掛けたはずだが。そして、「魅了・隷属」の表示は消えたはずなんだが。
「あのっ、なんかこう、気分が変わったなーとか、スッキリしたなーとか」
「お前は何を言っている」
あっれぇ。魅了、消したじゃん。何この「しかしなにもおこらなかった」感。
「それにしてもお前、やはり能力を偽装していたんだな」
「うえっ」
ナイジェルの口からいきなり「偽装」という単語が飛び出して、思わず変な声が出た。
「ぎぎ偽装って」
「メイドはお前が一瞬で姿を消したと言った。しかも、大きな荷物も含めてだ。我々は、転移先はせいぜい王都の中だと当たりをつけ、方々探して回ったが見つからなかった。それが、たった二日でマガリッジ伯の許可を得て、手土産まで持ち帰った」
「あのっ、それは休み休みっていうか…」
「父上の前で高難度の転移を繰り返し、精鋭共をまとめて戦闘不能にした。それだけでも度肝を抜かれたというのに」
ナイジェル。お前、普段無口な方だと思ってたのに、よくしゃべるな。俺が二の句を継げず、口をパクパクしていると、代わりに侯爵が口を挟んだ。
「———弟君に配慮したか。まあ、無くはねェ話だな」
二人はしたり顔で頷いている。そういえば、ここん家もナイジェルではなく、歳の離れた弟が家督を継ぐという噂を耳にしている。うちもそうだ。淫魔がヴァンパイアの家系を継ぐ訳にはいかないから。
俺にも腹違いの弟がいる。二つ下のヴァンパイア。文武両道、成績優秀。彼が学園に入学してきた時、俺は「出来損ないの方」とか「みそっかすの方」とか散々揶揄されたものだ。
けれどもそれは、単に本当に、出来損ないでみそっかすだったから。断じて偽装していたわけではない。
「いや、そのっ、俺は本当にみそっかすで」
「それとも、同期の俺に配慮したか。まんまと騙されたぞ、メイナード」
「だからっ」
「この俺と渡り合うんだからなァ。ナイジェル、絶対に婿殿を逃すなよ」
「聞いて!」
魅了を解いたはずなのに、なぜか狭まる包囲網。どうしてこうなった。
「…申し開きもございません」
俺は今、ノースロップ邸で地獄のお説教タイムだ。いや、俺が勝手に邸を去ったのが悪いのは分かっている。メイドには断ったけど、客がいきなり荷物とともに消え去って二日も音信不通だなんて、無礼もいいとこだしな。
しかし侯爵は、「音信不通で心配した」という一点だけを咎めた。侯爵家では俺の想像以上の騒ぎとなり、王都中を捜索したそうだ。そこに俺が、マガリッジから手土産を提げて、のこのこ出頭したわけで。
「お前さんにも言い分はあるだろう。倅も強引に突っ走り過ぎた。俺らの言うことに逆らえねェのも分かる。だがお前さんは、俺と拳を交えた仲だ。水臭ェ事は言わねェで、ちゃんと言いてェ事は言ってもらわねェとな」
———やっぱアレか。この人は拳で全部語っちゃう系か。
いや、彼だけじゃない。獣人はみんなそうだ。彼らは強い者に恭順し、弱い者には従属を求める。めっちゃ縦社会だ。そして獣人ほどではなくとも、この国全体がそういう体質でもある。
この国の王位は実力勝負で決まる。文句のある奴は、戦って王位をもぎ取ればいい。貴族位もそう。ただし、強い者は強い者同士で番い、結局強き者が貴族となる。貴族とはすなわち強き者だ。
貴族と平民との違いは、体内に保有する魔力量や固有スキル、すなわちレベルとポテンシャルの差となる。例えばうちの使用人のマーサなどは、一般の生活魔法や家事スキルなどしか持たない。戦闘力も寿命も、人間族に毛が生えた程度。だが例え貴族ではなくとも、実力のある平民は、養子として貴族界に仲間入りすることもある。そういう意味では、貴族と平民との差は明確ではあるが、どうしても乗り越えられない厳格な壁ではない。
爵位についてだが、貴族というのは各種族を取りまとめて、最も強い者が代表して爵位を持つ。異世界と同じ、公・侯・伯・子・男の順で位階が決まっているが、それは種族の規模や当主の強さ、そして政治力によって決まる。ちなみに猫系獣人の頂点が、ノースロップ侯爵。一方うちは、父上がヴァンパイアをまとめる伯爵家だが、ヴァンパイアの個体数が少なく、マガリッジ領は不死種以外の平民がほとんどを占める。そして彼個人にも、ヴァンパイア全体にも、この国を牛耳ろうという関心が無い。ここはこの国の歴史にも関わる部分なのだが、経済力や規模、保有する戦力の割に爵位が低いのはこのためだ。
思考が逸れたが、何が言いたいかといえば、俺が三日前にノースロップ家に招かれた時、期せずして侯爵たちを相手にして、難を逃れたこと。これが、俺のノースロップ家での待遇を決めたと言ってもいい。殺されるかと思ったが、彼らを倒せて本当に良かった。
あの時俺が奇跡的に侯爵に勝利したお陰で、お説教はすぐに終わった。しかしそのまま「リベンジマッチだ」と邸の外に連れ出された。
「さァて、腕が鳴るな!」
目の据わった侯爵が、指をポキポキしている。助けて!
———転移が功を奏したのは初見だけ。最後は魔眼の拘束でねじ伏せたが、侯爵が素早いのとレベル差がないので、なかなか効かず。その間、俺はいいのを喰らってボッコボコにされ、治癒スキルの有り難みを知ることとなった。
もうやだ、ここん家。今度ナイジェルに会ったら魅了を解除して、とっとと縁を切ろう。
当のナイジェルに再会したのは、その夜。侯爵邸から早々にお暇しようと思っていたが、ずるずると引き止められて、結局晩餐に招かれることとなってしまった。そしてその席には、騎士団から退勤したナイジェルが。
「———で?」
おかしいな。俺は今、キュアーを掛けたはずだが。そして、「魅了・隷属」の表示は消えたはずなんだが。
「あのっ、なんかこう、気分が変わったなーとか、スッキリしたなーとか」
「お前は何を言っている」
あっれぇ。魅了、消したじゃん。何この「しかしなにもおこらなかった」感。
「それにしてもお前、やはり能力を偽装していたんだな」
「うえっ」
ナイジェルの口からいきなり「偽装」という単語が飛び出して、思わず変な声が出た。
「ぎぎ偽装って」
「メイドはお前が一瞬で姿を消したと言った。しかも、大きな荷物も含めてだ。我々は、転移先はせいぜい王都の中だと当たりをつけ、方々探して回ったが見つからなかった。それが、たった二日でマガリッジ伯の許可を得て、手土産まで持ち帰った」
「あのっ、それは休み休みっていうか…」
「父上の前で高難度の転移を繰り返し、精鋭共をまとめて戦闘不能にした。それだけでも度肝を抜かれたというのに」
ナイジェル。お前、普段無口な方だと思ってたのに、よくしゃべるな。俺が二の句を継げず、口をパクパクしていると、代わりに侯爵が口を挟んだ。
「———弟君に配慮したか。まあ、無くはねェ話だな」
二人はしたり顔で頷いている。そういえば、ここん家もナイジェルではなく、歳の離れた弟が家督を継ぐという噂を耳にしている。うちもそうだ。淫魔がヴァンパイアの家系を継ぐ訳にはいかないから。
俺にも腹違いの弟がいる。二つ下のヴァンパイア。文武両道、成績優秀。彼が学園に入学してきた時、俺は「出来損ないの方」とか「みそっかすの方」とか散々揶揄されたものだ。
けれどもそれは、単に本当に、出来損ないでみそっかすだったから。断じて偽装していたわけではない。
「いや、そのっ、俺は本当にみそっかすで」
「それとも、同期の俺に配慮したか。まんまと騙されたぞ、メイナード」
「だからっ」
「この俺と渡り合うんだからなァ。ナイジェル、絶対に婿殿を逃すなよ」
「聞いて!」
魅了を解いたはずなのに、なぜか狭まる包囲網。どうしてこうなった。
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