上 下
12 / 59

第12話 秒で埋まる外堀

しおりを挟む
 流れるように応接室に連行された。イベントが起こりすぎて頭がついていかない。ソファーの上でフリーズしていると、メイドがお茶を運んできた。泥だらけのメイド服を着替え、身なりを整えていて、時間がかかったようだ。しおらしく「申し訳ありませんでしたニャ」とか言ってる。何それ!超あざと可愛いんですけど!

 再起動した使用人の皆さんは、それぞれ多種多様な猫系獣人の特徴をたずさえている。猫目、猫耳、虎耳、長い尻尾、鍵尻尾、ボブテイル。ほとんど人間ヒト族のような外見の者から、二足歩行のヒョウみたいな者まで。総じて彼らは、しなやかな身体を持ち、造形としてとても美しい。そして可愛い。

「いやあ面目ない!」

 このオッサンを除いて。



 ナイジェルの隣でカチャカチャとカップを震わせながら、味のしないお茶をいただく。次々に尋問を繰り出す侯爵。まるで取り調べ室だ。異なる点があるとすれば、カツ丼がないことと、一流の調度品に囲まれた有力貴族の邸宅であること。そして目の前のオッサンが、いたくフレンドリーであることだ。

「何をかしこまっている。こぶしを交えた仲じゃないか」

 はっはっは、じゃねぇよ。ナイジェル。お前ん家、訪問者を片っ端から半殺しにする主義なの?

「父上はあれでちゃんと寸止めする。対等に戦ったお前が悪い」

「はっ?!」

 俺のせいかよ!

「はっはっは。君がせがれつがいだと聞くとつい、な!」

「番?!」

 ナイジェルは、隣でしれっと茶をすすっている。え、これってまさか、彼氏を実家に紹介する的な…?!

「いきなりせがれがマガリッジとつがいたいと言い出して驚いたが、さっきのでよぉく分かった。お前さん、かなりの手練てだれだな!」

 何、この人。こぶしで全部語っちゃう系?てか、何これ。お見合い?昨日白ストペロリしただけで、番?は?

「父上。我らは先ほど契りを交わして参りました。正式に婚姻の打診を」

「何だ、そういうことなら善は急げだ。おいノーマン、早速書状の用意だ」

「かしこまりました」

「何、契りって!ベロチューしただけじゃん!」

 しかもナイジェルからな!

「ほほう、婿殿はなかなかやりよる。オスは手が早いくらいでなきゃいかん。だが、婚前交渉はほどほどにな!」

 はっはっは。侯爵は豪快な笑い声とともに、のっしのっしと退出して行った。脳が情報を処理し切れず、思わずタメ口をきいてしまったが、問題はそこじゃない。マズい。非常にマズい。今俺は、人生最大の窮地に立たされている。それだけは明らかだ。

「ところでメイナード」

「ひゃい!」

 不意に声を掛けられ、返事が裏返る。脂汗を流す俺の隣で、平然と茶を啜るナイジェル。いつもの仏頂面で、しばらく前まで白目剥いて倒れていたとは思えないほどだ。俺は何かドッキリでも仕掛けられているのだろうか。

「とりあえず、新居は王宮の宿舎だ。俺はノースロップを継がないし、お前もマガリッジを継ぐ予定はないだろうから、当面はそれでいいだろう。それからお前。人間界に行くとか言っていたが、定職に就いていないのは外聞が悪い。騎士団に口利きしてやる。明日謁見だ。いいな」

「はっ?!」

 え、一体何のこと。昨日ナイジェルに捕まって、今日婚約、明日就職?意味が分からない。

 現実に置いてけぼりの中、周りだけが忙しなく動いている。俺はそのまま昼食をいただき、風呂に入れられて磨かれ、髪を整えられ、急遽ナイジェルの礼服を試着させられた。俺たちはほとんど体型が変わらないので、手直しは不要。しかし、全てがモノトーンで地味な家風の俺ん家と違い、ノースロップ家では明るめの色合いを好むようだ。袖を通したことのない新品だというけれど、どうにも落ち着かない。てかこれって、何気にお揃いじゃないか。ここでも既に外堀が?!



 一旦宿に帰ると言えば、既に宿は引き払われ、客間には荷物が積み上げられていた。明日の謁見は王太子殿下だそうだ。侯爵家に輪を掛けて逃げられない。そうこうしているうちに晩餐、そして就寝。安宿とは違うふかふかのベッドに放り込まれ、疲れているのに目が冴えて眠れない。

 そういえば、異世界で読んだ記憶がある。虎人族の女の子と鬼ごっこして、捕まえたと思ったら婚約していた、みたいなストーリー。もはや古典。ベタの定番だ。しかし、まさかそれが自分の身に降りかかるとは思わないじゃないか。しかも相手は、ナイジェル・ノースロップ。学園で一番苦手な男だ。一体何がスイッチだったのか。酒場について行ったこと?足を差し出されて白ストペロリしたこと?部屋に押し入られて壁ドンベロチューされたこと?分からない。つい朝方まで、転移を繰り返して人間界へ旅するプランを立てていたというのに、どうしてこうなった。

 俺、詰んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

処理中です...