上 下
4 / 59

第4話 転機

しおりを挟む
 翌朝、またメイドの乱入で起こされた。

「坊っちゃま!昨夜は誰も呼ばれず、カーテンも閉められませんで!」

 ベテランメイドのマーサに叱られる。昨日の昼、昼食を持って来た若いメイドには、俺に構わず、以降部屋に入らぬように言って聞かせた。なので、あれから夕食も摂らず、あまつさえ運ばれた昼食も摂らず、俺はずっと発電にふけっていた。何度発電しても魔力は枯渇せず、それどころか腹も減らない。異世界の自分なら、何か危ない薬でもキメているのかと心配になるところだが、今の俺は不思議とそれを問題だと感じなかった。むしろ、「本来の俺」に戻ったような。

 ともかく、食事も摂らず、カーテンも引かず、いよいよ廃人モード確定の俺を、マーサはブツブツと小言を言いながら、今日こそ湯浴みをしろと言い放ち、部屋を出て行った。メイドにしてみれば、俺がずっと部屋に籠ったっきりでは、掃除もできず、寝具も替えられない。俺は渋々、部屋の隣の浴室に湯が張られるのを待った。彼女は俺の母親代わりだ。どうしても逆らえない。

「さあ、お湯を張りましたよ、坊っちゃま。早くお入りになっ…て…」

 慌ただしく入室してきたマーサが、俺の顔を見て固まった。

「…坊ちゃま…その、角は…」

 角?角がどうかしたのか。俺は自分の額に手を当ててみると、昨日小さな角があった場所に、何やら別の感触を感じる。浴室に向かって鏡を見ると、何と昨日は三センチほどだった角が、十五センチほどの立派なものに変わっていた。どうして。

 魔族にとって、角は魔力の象徴だ。その者がどれだけ強い力を持っているかは、角を見れば一目瞭然である。俺は昨日までは確かに、魔族の平民と変わらない、短く頼りない角しか持たなかったはずなのに、これではまるで…

「ステータス、オープン」



名前 メイナード
種族 淫魔インキュバス
称号 マガリッジ伯爵家長子
レベル 72

HP 720
MP 3,600
POW 72
INT 360
AGI 72
DEX 216

属性 闇・水

スキル 
淫夢 Lv7
魅了 Lv6
転移 Lv6

E 部屋着

スキルポイント 残り 20



(なんじゃこりゃあああ!!!)

 俺は声にならない叫びを上げた。まさか、昨日から自慰しかしていない俺が、何故レベル72に?!

 ———今、ココである。



「ぼ、坊っちゃま…」

「すまんマーサ。後で説明する。今は他言無用で頼む」

 マーサはこくこくとうなずき、俺を浴室に置いて去って行った。自分でも事態が飲み込めず、後で説明するような事情など何もないのだが、一体どう弁明するべきなのか。

 貴族学園で寮生活をしていたため、自分の身の回りのことは、一通り自分で行える。湯浴みもそうだ。改めて部屋着を脱ぎ、浴槽に向かおうとして、再び鏡に視線をる。

 鏡の中の俺は、見事な肌艶をしていた。陽に当たらず青白く、荒れていた肌の面影は、どこにもない。それどころか、痩せぎすだった身体は、均整の取れた体格に。ボサボサの髪は、しっとりと輝き。淀んだ目が、紫水晶のように。顔つきまで変わっている。自分でも、吸い込まれそうなほど、美しい。

「これが、俺…」

 ああ、自分で自分に見惚みとれてしまった。魅了スキルがレベル6になったせいだろうか。そもそも、魔族の美醜、生物としての美しさは、全て魔力量に依存する。特に淫魔なら尚更だ。俺の母親は、相当な美姫びきだったと聞く。まさか一晩発電にふけったせいで、レベルが5倍ほどに上がり、このような変身を遂げることになるとは。

 改めて、湯浴みをしながら、俺は自分の姿にうっとりとしていた。なぜなら、俺はあの世界の本に出て来た美しい男たちより、遥かに美しかったからだ。彼らの淫らな営みを散々見てきた俺にとって、今一番抱きたい男、それは俺自身だった。

 これまでおざなりだった入浴を、丹念に行う。美しい自分を美しく磨くことが、ひどく当然に思える。自分のことをこれほど愛おしく思えるようになるなんて、考えてもみなかった。丁寧に体を拭き上げ、生活魔法で髪を乾かし、心を込めてくしけずると、俺の美貌はいよいよ輝くばかり。おっと、いつまでもうっとりしていられない。新しい部屋着に袖を通し、浴室を出た。



「坊っちゃま…」

 浴室から戻った俺に、マーサは絶句していた。昨日から調子が悪いと聞かされ、昼間から食事も摂らなかった俺が、一晩でまさかこんな変化を遂げているなど。だが、彼女は一晩で姿の変わった俺を見て、感涙を流していた。亡き母に代わって、俺のことを我が子のように可愛がってくれた彼女は、俺がこの世で最も信頼できる存在だ。俺は、異世界の夢のことは伏せて、自分でも理由は分からないが、一晩でこの姿になったと説明した。いや、何の説明にもなっていないのだが、彼女はそれでも信じてくれた。

 昨日から体が急激に変化しているので、しばらく人払いを徹底し、人に会わずに様子を見たい。彼女にはそう伝えた。マーサは

「亡きお母上にそっくりで…きっとこれも、ミュリエル様のご加護でございましょう」

 などと涙声で喜び、俺の指示に従ってくれると約束した。彼女には、くれぐれも他言無用を念押しして、部屋を出てもらった。

 マーサには悪いが、俺には試してみたいことがあった。



 レベルがあれば、上げればいいじゃない。

 自家発電で上がるのなら、励むしかないじゃない。

 至極まともな発想だ。いや、我ながら頭が悪いなと思わなくもないが、異世界に暮らす自分を知ってしまった以上、こうなることは必然だ。なんせ携帯ゲーム全盛世代だもの。近年は受験勉強で封印していたが、インドア陰キャの嗜みといえば、今も昔もゲームと決まっている。これはアレだ、MMORPGの世界に転生したようなものだ。難を言わせてもらうなら、後衛型のデバッファー、しかも淫魔なんて絶対選ばないが、こういう生まれなんだから仕方ない。

 つい昨日まで、最弱淫魔だった俺。このまま引きこもるわけにもいかず、最低限の戦闘訓練を経て人間界に出るしかなかった俺。だけど淫魔は究極的に戦闘に向かず、レベルを上げようにも上げられない。八方塞がりだった。しかし、自家発電でレベルが上げられるなら別だ。上げて、上げて、上げまくならなければ。

 俺の戦いは、これからだ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

カランコエの咲く所で

mahiro
BL
先生から大事な一人息子を託されたイブは、何故出来損ないの俺に大切な子供を託したのかと考える。 しかし、考えたところで答えが出るわけがなく、兎に角子供を連れて逃げることにした。 次の瞬間、背中に衝撃を受けそのまま亡くなってしまう。 それから、五年が経過しまたこの地に生まれ変わることができた。 だが、生まれ変わってすぐに森の中に捨てられてしまった。 そんなとき、たまたま通りかかった人物があの時最後まで守ることの出来なかった子供だったのだ。

貴方の事を心から愛していました。ありがとう。

天海みつき
BL
 穏やかな晴天のある日の事。僕は最愛の番の後宮で、ぼんやりと紅茶を手に己の生きざまを振り返っていた。ゆったり流れるその時を楽しんだ僕は、そのままカップを傾け、紅茶を喉へと流し込んだ。  ――混じり込んだ××と共に。  オメガバースの世界観です。運命の番でありながら、仮想敵国の王子同士に生まれた二人が辿る数奇な運命。勢いで書いたら真っ暗に。ピリリと主張する苦さをアクセントにどうぞ。  追記。本編完結済み。後程「彼」視点を追加投稿する……かも?

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話

あかさたな!
BL
潜入捜査官のユウジは マフィアのボスの愛人まで潜入していた。 だがある日、それがボスにバレて、 執着監禁されちゃって、 幸せになっちゃう話 少し歪んだ愛だが、ルカという歳下に メロメロに溺愛されちゃう。 そんなハッピー寄りなティーストです! ▶︎潜入捜査とかスパイとか設定がかなりゆるふわですが、 雰囲気だけ楽しんでいただけると幸いです! _____ ▶︎タイトルそのうち変えます 2022/05/16変更! 拘束(仮題名)→ 潜入捜査でマフィアのドンの愛人になったのに、正体バレて溺愛監禁された話 ▶︎毎日18時更新頑張ります!一万字前後のお話に収める予定です 2022/05/24の更新は1日お休みします。すみません。   ▶︎▶︎r18表現が含まれます※ ◀︎◀︎ _____

そんなの聞いていませんが

みけねこ
BL
お二人の門出を祝う気満々だったのに、婚約破棄とはどういうことですか?

処理中です...