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第4話 転機
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翌朝、またメイドの乱入で起こされた。
「坊っちゃま!昨夜は誰も呼ばれず、カーテンも閉められませんで!」
ベテランメイドのマーサに叱られる。昨日の昼、昼食を持って来た若いメイドには、俺に構わず、以降部屋に入らぬように言って聞かせた。なので、あれから夕食も摂らず、あまつさえ運ばれた昼食も摂らず、俺はずっと発電に耽っていた。何度発電しても魔力は枯渇せず、それどころか腹も減らない。異世界の自分なら、何か危ない薬でもキメているのかと心配になるところだが、今の俺は不思議とそれを問題だと感じなかった。むしろ、「本来の俺」に戻ったような。
ともかく、食事も摂らず、カーテンも引かず、いよいよ廃人モード確定の俺を、マーサはブツブツと小言を言いながら、今日こそ湯浴みをしろと言い放ち、部屋を出て行った。メイドにしてみれば、俺がずっと部屋に籠ったっきりでは、掃除もできず、寝具も替えられない。俺は渋々、部屋の隣の浴室に湯が張られるのを待った。彼女は俺の母親代わりだ。どうしても逆らえない。
「さあ、お湯を張りましたよ、坊っちゃま。早くお入りになっ…て…」
慌ただしく入室してきたマーサが、俺の顔を見て固まった。
「…坊ちゃま…その、角は…」
角?角がどうかしたのか。俺は自分の額に手を当ててみると、昨日小さな角があった場所に、何やら別の感触を感じる。浴室に向かって鏡を見ると、何と昨日は三センチほどだった角が、十五センチほどの立派なものに変わっていた。どうして。
魔族にとって、角は魔力の象徴だ。その者がどれだけ強い力を持っているかは、角を見れば一目瞭然である。俺は昨日までは確かに、魔族の平民と変わらない、短く頼りない角しか持たなかったはずなのに、これではまるで…
「ステータス、オープン」
名前 メイナード
種族 淫魔
称号 マガリッジ伯爵家長子
レベル 72
HP 720
MP 3,600
POW 72
INT 360
AGI 72
DEX 216
属性 闇・水
スキル
淫夢 Lv7
魅了 Lv6
転移 Lv6
E 部屋着
スキルポイント 残り 20
(なんじゃこりゃあああ!!!)
俺は声にならない叫びを上げた。まさか、昨日から自慰しかしていない俺が、何故レベル72に?!
———今、ココである。
「ぼ、坊っちゃま…」
「すまんマーサ。後で説明する。今は他言無用で頼む」
マーサはこくこくと頷き、俺を浴室に置いて去って行った。自分でも事態が飲み込めず、後で説明するような事情など何もないのだが、一体どう弁明するべきなのか。
貴族学園で寮生活をしていたため、自分の身の回りのことは、一通り自分で行える。湯浴みもそうだ。改めて部屋着を脱ぎ、浴槽に向かおうとして、再び鏡に視線を遣る。
鏡の中の俺は、見事な肌艶をしていた。陽に当たらず青白く、荒れていた肌の面影は、どこにもない。それどころか、痩せぎすだった身体は、均整の取れた体格に。ボサボサの髪は、しっとりと輝き。淀んだ目が、紫水晶のように。顔つきまで変わっている。自分でも、吸い込まれそうなほど、美しい。
「これが、俺…」
ああ、自分で自分に見惚れてしまった。魅了スキルがレベル6になったせいだろうか。そもそも、魔族の美醜、生物としての美しさは、全て魔力量に依存する。特に淫魔なら尚更だ。俺の母親は、相当な美姫だったと聞く。まさか一晩発電に耽ったせいで、レベルが5倍ほどに上がり、このような変身を遂げることになるとは。
改めて、湯浴みをしながら、俺は自分の姿にうっとりとしていた。なぜなら、俺はあの世界の本に出て来た美しい男たちより、遥かに美しかったからだ。彼らの淫らな営みを散々見てきた俺にとって、今一番抱きたい男、それは俺自身だった。
これまでおざなりだった入浴を、丹念に行う。美しい自分を美しく磨くことが、ひどく当然に思える。自分のことをこれほど愛おしく思えるようになるなんて、考えてもみなかった。丁寧に体を拭き上げ、生活魔法で髪を乾かし、心を込めて梳ると、俺の美貌はいよいよ輝くばかり。おっと、いつまでもうっとりしていられない。新しい部屋着に袖を通し、浴室を出た。
「坊っちゃま…」
浴室から戻った俺に、マーサは絶句していた。昨日から調子が悪いと聞かされ、昼間から食事も摂らなかった俺が、一晩でまさかこんな変化を遂げているなど。だが、彼女は一晩で姿の変わった俺を見て、感涙を流していた。亡き母に代わって、俺のことを我が子のように可愛がってくれた彼女は、俺がこの世で最も信頼できる存在だ。俺は、異世界の夢のことは伏せて、自分でも理由は分からないが、一晩でこの姿になったと説明した。いや、何の説明にもなっていないのだが、彼女はそれでも信じてくれた。
昨日から体が急激に変化しているので、しばらく人払いを徹底し、人に会わずに様子を見たい。彼女にはそう伝えた。マーサは
「亡きお母上にそっくりで…きっとこれも、ミュリエル様のご加護でございましょう」
などと涙声で喜び、俺の指示に従ってくれると約束した。彼女には、くれぐれも他言無用を念押しして、部屋を出てもらった。
マーサには悪いが、俺には試してみたいことがあった。
レベルがあれば、上げればいいじゃない。
自家発電で上がるのなら、励むしかないじゃない。
至極まともな発想だ。いや、我ながら頭が悪いなと思わなくもないが、異世界に暮らす自分を知ってしまった以上、こうなることは必然だ。なんせ携帯ゲーム全盛世代だもの。近年は受験勉強で封印していたが、インドア陰キャの嗜みといえば、今も昔もゲームと決まっている。これはアレだ、MMORPGの世界に転生したようなものだ。難を言わせてもらうなら、後衛型のデバッファー、しかも淫魔なんて絶対選ばないが、こういう生まれなんだから仕方ない。
つい昨日まで、最弱淫魔だった俺。このまま引きこもるわけにもいかず、最低限の戦闘訓練を経て人間界に出るしかなかった俺。だけど淫魔は究極的に戦闘に向かず、レベルを上げようにも上げられない。八方塞がりだった。しかし、自家発電でレベルが上げられるなら別だ。上げて、上げて、上げまくならなければ。
俺の戦いは、これからだ!
「坊っちゃま!昨夜は誰も呼ばれず、カーテンも閉められませんで!」
ベテランメイドのマーサに叱られる。昨日の昼、昼食を持って来た若いメイドには、俺に構わず、以降部屋に入らぬように言って聞かせた。なので、あれから夕食も摂らず、あまつさえ運ばれた昼食も摂らず、俺はずっと発電に耽っていた。何度発電しても魔力は枯渇せず、それどころか腹も減らない。異世界の自分なら、何か危ない薬でもキメているのかと心配になるところだが、今の俺は不思議とそれを問題だと感じなかった。むしろ、「本来の俺」に戻ったような。
ともかく、食事も摂らず、カーテンも引かず、いよいよ廃人モード確定の俺を、マーサはブツブツと小言を言いながら、今日こそ湯浴みをしろと言い放ち、部屋を出て行った。メイドにしてみれば、俺がずっと部屋に籠ったっきりでは、掃除もできず、寝具も替えられない。俺は渋々、部屋の隣の浴室に湯が張られるのを待った。彼女は俺の母親代わりだ。どうしても逆らえない。
「さあ、お湯を張りましたよ、坊っちゃま。早くお入りになっ…て…」
慌ただしく入室してきたマーサが、俺の顔を見て固まった。
「…坊ちゃま…その、角は…」
角?角がどうかしたのか。俺は自分の額に手を当ててみると、昨日小さな角があった場所に、何やら別の感触を感じる。浴室に向かって鏡を見ると、何と昨日は三センチほどだった角が、十五センチほどの立派なものに変わっていた。どうして。
魔族にとって、角は魔力の象徴だ。その者がどれだけ強い力を持っているかは、角を見れば一目瞭然である。俺は昨日までは確かに、魔族の平民と変わらない、短く頼りない角しか持たなかったはずなのに、これではまるで…
「ステータス、オープン」
名前 メイナード
種族 淫魔
称号 マガリッジ伯爵家長子
レベル 72
HP 720
MP 3,600
POW 72
INT 360
AGI 72
DEX 216
属性 闇・水
スキル
淫夢 Lv7
魅了 Lv6
転移 Lv6
E 部屋着
スキルポイント 残り 20
(なんじゃこりゃあああ!!!)
俺は声にならない叫びを上げた。まさか、昨日から自慰しかしていない俺が、何故レベル72に?!
———今、ココである。
「ぼ、坊っちゃま…」
「すまんマーサ。後で説明する。今は他言無用で頼む」
マーサはこくこくと頷き、俺を浴室に置いて去って行った。自分でも事態が飲み込めず、後で説明するような事情など何もないのだが、一体どう弁明するべきなのか。
貴族学園で寮生活をしていたため、自分の身の回りのことは、一通り自分で行える。湯浴みもそうだ。改めて部屋着を脱ぎ、浴槽に向かおうとして、再び鏡に視線を遣る。
鏡の中の俺は、見事な肌艶をしていた。陽に当たらず青白く、荒れていた肌の面影は、どこにもない。それどころか、痩せぎすだった身体は、均整の取れた体格に。ボサボサの髪は、しっとりと輝き。淀んだ目が、紫水晶のように。顔つきまで変わっている。自分でも、吸い込まれそうなほど、美しい。
「これが、俺…」
ああ、自分で自分に見惚れてしまった。魅了スキルがレベル6になったせいだろうか。そもそも、魔族の美醜、生物としての美しさは、全て魔力量に依存する。特に淫魔なら尚更だ。俺の母親は、相当な美姫だったと聞く。まさか一晩発電に耽ったせいで、レベルが5倍ほどに上がり、このような変身を遂げることになるとは。
改めて、湯浴みをしながら、俺は自分の姿にうっとりとしていた。なぜなら、俺はあの世界の本に出て来た美しい男たちより、遥かに美しかったからだ。彼らの淫らな営みを散々見てきた俺にとって、今一番抱きたい男、それは俺自身だった。
これまでおざなりだった入浴を、丹念に行う。美しい自分を美しく磨くことが、ひどく当然に思える。自分のことをこれほど愛おしく思えるようになるなんて、考えてもみなかった。丁寧に体を拭き上げ、生活魔法で髪を乾かし、心を込めて梳ると、俺の美貌はいよいよ輝くばかり。おっと、いつまでもうっとりしていられない。新しい部屋着に袖を通し、浴室を出た。
「坊っちゃま…」
浴室から戻った俺に、マーサは絶句していた。昨日から調子が悪いと聞かされ、昼間から食事も摂らなかった俺が、一晩でまさかこんな変化を遂げているなど。だが、彼女は一晩で姿の変わった俺を見て、感涙を流していた。亡き母に代わって、俺のことを我が子のように可愛がってくれた彼女は、俺がこの世で最も信頼できる存在だ。俺は、異世界の夢のことは伏せて、自分でも理由は分からないが、一晩でこの姿になったと説明した。いや、何の説明にもなっていないのだが、彼女はそれでも信じてくれた。
昨日から体が急激に変化しているので、しばらく人払いを徹底し、人に会わずに様子を見たい。彼女にはそう伝えた。マーサは
「亡きお母上にそっくりで…きっとこれも、ミュリエル様のご加護でございましょう」
などと涙声で喜び、俺の指示に従ってくれると約束した。彼女には、くれぐれも他言無用を念押しして、部屋を出てもらった。
マーサには悪いが、俺には試してみたいことがあった。
レベルがあれば、上げればいいじゃない。
自家発電で上がるのなら、励むしかないじゃない。
至極まともな発想だ。いや、我ながら頭が悪いなと思わなくもないが、異世界に暮らす自分を知ってしまった以上、こうなることは必然だ。なんせ携帯ゲーム全盛世代だもの。近年は受験勉強で封印していたが、インドア陰キャの嗜みといえば、今も昔もゲームと決まっている。これはアレだ、MMORPGの世界に転生したようなものだ。難を言わせてもらうなら、後衛型のデバッファー、しかも淫魔なんて絶対選ばないが、こういう生まれなんだから仕方ない。
つい昨日まで、最弱淫魔だった俺。このまま引きこもるわけにもいかず、最低限の戦闘訓練を経て人間界に出るしかなかった俺。だけど淫魔は究極的に戦闘に向かず、レベルを上げようにも上げられない。八方塞がりだった。しかし、自家発電でレベルが上げられるなら別だ。上げて、上げて、上げまくならなければ。
俺の戦いは、これからだ!
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