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第3話 夢オチ

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「坊っちゃま、起きてください、坊っちゃま」

 ううん、誰だ。頭が上手く回らない。てかお袋、俺の部屋に勝手に入って来んなよ。姉貴の部屋から勝手に借りた薄い本、見つかっちまうだろ…

「…坊っちゃま?」

 何だそれ。お袋はそんな呼び方しない。てか、お袋の声と違う。もっと言うと、今俺の寝ているベッドはフッカフカで、天蓋が付いている。今更ながら、知らない天井だ。ガバッと起き上がると、メイド服を着た知らない年配の女が、部屋のカーテンを開けている。知らない部屋。立派な部屋だ。カーテンも、量販店の薄いヤツじゃなくて、重たそうな…。

「今日こそは食堂で朝食になさいませんか、坊っちゃま」

「…いや…」

 俺が混乱している間に、彼女はため息をついて、ぬるま湯の入った桶とタオル、そして朝食を乗せたワゴンを運んできた。

「何かありましたら、お呼びください」

 そう言って、下がって行った。



 働かない頭で、とりあえず顔を洗うことにする。ぬるま湯とタオルっていうのは、そういうことなんだろう。桶のお湯には、俺の顔が映る。

 ———角?!

 俺の額には、二本の短い黒い角が生えていた。顔もちょっと違う。もっさりした黒髪と、眠たげな雰囲気は変わらないのだが、なんかこう、ちょっと西洋チックな顔立ちだ。良く見ると、瞳の色も紫で、犬歯が少し長い。肌も白い。爪が黒く尖っている。これってまさか…

「ステータス、オープン」



名前 メイナード
種族 淫魔インキュバス
称号 マガリッジ伯爵家長子
レベル 15

HP 150
MP 750
POW 15
INT 75
AGI 15
DEX 45

属性 闇・水

スキル 
淫夢 Lv3
魅了 Lv3
転移 Lv2

E 部屋着

スキルポイント 残り 0



 うわ、本当に出て来たよ。てか、マガリッジ伯爵家長子って、何。俺、貴族なの?ステータス画面をくまなく調べ、あちこちをタップして内容を読み漁る。そうこうしているうちに、だんだんと頭が正常に働き出した。夢と混同して、自分のことすら忘れていたなんて。



 先程まで、やけにリアルな夢を見ていた。俺は異世界でもパッとしない平民で、まだ早いうちから人生に挫折し、ひたすら引きこもっていた。今の俺と同じだ。彼はただひたすら、自家発電にふけって現実逃避をしていたが、そこだけが俺と違う。

 この世界では、淫魔にとっては性行為は食事と同じ。いずれ力を付けて、人間界に潜り込み、人間に淫夢を見させては、精気を吸い上げて命を繋げる。これまでは、その人間界に潜り込むために必要な力を身につけることと、いかに人間に淫らな夢を見させるか、それしか考えていなかった。そしてそのどちらも苦手な俺には、絶望しかなかった。一方、自分で自分を慰めるなんてこと、考えたこともなかった。淫魔にとって、性行為は多少なりとも大事な魔力を消費することだからだ。行為をすることで、第三者からそれに見合うだけの精を得ることが出来るならば良いが、そうでなければ浪費でしかない。

 だが、先ほど見た夢の中には、淫らな映像が沢山含まれていた。あれは良かった。いずれ人間界に降り立ち、淫夢を見せる時に、あれらのイメージは役に立つだろう。いつも引きこもって、うとうとと眠りながら過ごす自分であったが、これは一歩前進だ。少なくとも、あと一年半ほどで、この部屋からは出ないといけない。それまでに、何とか苦手な戦闘を鍛え、人間界で淫魔とバレても無事逃げ延び、生き抜けるようにしなければ。

 とにかく、毎日ダラダラと部屋の中で過ごすだけで、特に腹も減っていないが、俺はワゴンの上の質素な朝食を平らげた。夢で見た人間族の俺にしてみれば、とても豪華なものであるが、食堂で用意されているものと比べると、非常に簡素だ。当家での俺の立場を、如実に表している。ふと窓の外を見ると、使用人たちがせわしなく働き、通りには人も馬車も行き交っている。この部屋に隔絶された俺は、無意識に、自分のそこを触っていた。夢の中の俺のように、緩やかな絶望感に駆られながら。もうどうせ、誰も自分に期待していない。いっそあの世界の俺のように、俺の中の僅かな魔力を使って、自家発電に耽るのもいいかもしれない。そうしよう。

 そうして俺は、あの世界で見た薄い本を思い出しながら、ベッドの中で自分の世界に閉じこもった。



「うおっ…」

(何だ、これ…)

 しかしいざ始めてみると、それは思ったよりも良かった。夢の中の俺のやる通りにしているつもりだったが、あの世界には魔力がない。今の俺には魔力がある。体の内外をうっすらと循環する魔力が予想外の快感を与え、思ったよりもすぐに達してしまった。

 あちらよりずっと良い自家発電に、俺はふけりに耽った。夢中になっていると、知らぬ間に昼になっていて、年若いメイドが昼食を運んで来たので、慌てて素知らぬふりをした。彼女は「お顔が赤いですが、お熱でもおありですか」と心配したが、いいからいいからと退がらせた。そして昼食も食べずに、ひたすら没頭した。

 知らなかった。自家発電が、こんなに良いものだったなんて。魔力が活発に循環して、体中が歓んでいるのが分かる。こんな感覚、初めてだ。最初は、脆弱な自分の持つ僅かな魔力は、何度か行為に及んだら枯渇してしまって、いつもの気怠けだるい魔力切れを起こすのではないかと思ったのだが、どうやら自家発電にはそんなに魔力は必要ないらしい。何だ、こういうことなら、もっと早くに試してみればよかった。

 自分で言うのも何だが、さすが淫魔というべきか。何度発電しても、賢者が降臨する気配がない。むしろ、より満たされて行くような感覚すらある。俺は、あの世界の淫らな本のことを繰り返し反芻はんすうして、何度も何度も発電を繰り返した。
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