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キースの婚活
チェックメイト ※
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日課の剣の稽古が清々しい。愛するジャスパーの寝顔にキスを落としてから、昨夜の痴態を思い浮かべながらひたすら剣を振るう。煩悩など掻き消さない。今夜はどうやって責めようか。ああ、体のキレが違う。
時間も良い頃合いだ。てきぱきとシャワーを浴びて身支度し、可愛いハニーを迎えに行く。途中、侍女が俺を咎めるような目で何か物言おうとしていたが、気にしない。そういうのは後にしてくれ。俺はこれから、最後の勝利宣言に向かうのだから。
「ちょうど朝の鍛錬が終わったところだよ。さあ、本邸へ行こう。父上と母上が待ってる」
ジャスパーは、事前に用意させていた衣装に身を包んでいる。昨日散々可愛がったせいか、少し表情は冴えないが、そんな物憂げな君もこの上なく愛らしい。いつもは慎ましやかで目立たない格好をしているが、こうして髪を編み込んで着飾ると、どこに出しても恥ずかしくない貴公子だ。着せたばかりだが、早く剥いてしまいたい。
急な展開に戸惑うジャスパーを、俺は足早に本邸へエスコートする。戦いは常に先手必勝だ。考える隙を与えてはならない。
「僕に任せて。君は隣で微笑んでいればいいから」
緊張して不安そうなジャスパーに、俺は微笑んだ。
「父上、母上、入ります」
ダイニングの扉が開き、テーブルの向こうに、父上と母上が待っている。俺はジャスパーを隣に伴い、高らかに宣言する。
「ご紹介します。彼が僕の伴侶、ジャスパーです」
「え?」
隣から、気の抜けた声が漏れる。ちらりと見遣ると、目玉を溢れ落ちんばかりに見張るジャスパー。ははは、昨夜契りを交わしておいて、今更だ。あまりに可愛くて、思わず家人の前でベロチューしてしまった。すっかり腰の抜けた彼を、ぎゅっと抱き留める。これでジャスパーは、公私共に俺のものだ。
「———キース」
背後から、母上の低い声が聞こえる。
「はいっ、母上」
「お前、その様は何なのです」
「どうかなさいましたか」
「どうかではないわッ!!!」
母上が激昂している。だがもう遅い。俺の勝利は成った。
「…どう見ても、ジュール君の同意を取り付けたようには見えないのだが?」
父上がおずおずと口を挟む。
「はい。本懐は遂げましたので、同意はこれから」
「アホかーーー!!!」
耳をつんざく母上の雷鳴。
「本懐ってお前、同意もなく他所様のご子息を攫って来て、手ェ出してんじゃねぇぞこのボンクラ息子!!!」
「嫌だなぁ母上。僕たちはちゃんと愛し合ってますよ。ねぇ、ジャスパー?」
「あ、愛?」
ジャスパーが目を白黒させている。嫌だなあ。ロームを譲り受けてから半年、散々愛を育んで来たじゃないか。ベッドで。
「あー、ジュール君。君、息子に騙されて連れて来られたんじゃないのかね。コイツは昔からどうもそういうところがあって」
母上の親衛隊にボッコボコにされて、最後不意打ちで彼女を陥落させた父上が言うことではない。父上、俺は父上似ですよ。
「今度という今度は性根を叩き直してくれる!そこへ直れ!!」
「ええと母上。僕はこれから愛を確かめ合って、同意を取り付けなければなりませんので。じゃあジャスパー、行こう」
「うわっ」
正々堂々だとか正統派ラブロマンスだとか、母上の寝言に付き合っている暇はない。これでちゃんと顔合わせは終わった。ジャスパーをさっさとお姫様抱っこ。長居は無用だ。
「それでは失礼します!」
俺は風を切って本邸を後にした。
身体が羽のように軽い。男一人を横抱きにして、今なら記録が出せるんじゃないかと思うほどのダッシュで、続きの間まで戻る。彼をそっとベッドに下ろし、最後の仕上げだ。
「えっと…」
未だに状況が飲み込めないジャスパーの前に跪く。
「ジャスパー。順番が前後してごめんね。君には全て準備が整ってから、申し込みたかったんだ」
俺はベストの胸ポケットから小箱を取り出し、
「どうか、僕の伴侶になってくれないかな」
彼の目の前で、それを開いた。中には、俺の瞳の色のタンジェリンガーネットをあしらった、白金の指輪。もちろん、彼の瞳の色の揃いのリングも用意してある。
「は、伴侶って…」
チェックメイト。外堀は全て埋めた。ご実家や寄り親の辺境伯家にも同意を取り付け、親にもさっき顔合わせして。婚約誓約書、婚姻誓約書、それに伴う必要書類も既に取り寄せ済みで、後はジャスパーがサインするだけ。そして来年の卒業記念パーティーで着るための礼服や、結婚披露宴の会場、日程、招待客の選定と招待状などの手配なども、全て終わっている。もちろん、この屋敷のクローゼットは既に彼の衣装で埋まっている。改装も使用人の配置も済ませた。
義理堅く責任感の強いジャスパーのことだ。ここまでお膳立てされて、ノーとは言えまい。身体の距離はここ半年、特に「通信実験」を始めた年末からは、しっかりと詰めたはずだ。昨日も涙を流しながら俺を受け入れて、蕩けるほど愛し合った。まさか拒否されるということはないだろうが、念には念を入れる。万が一にも取りこぼすわけにはいかない。
顔を真っ赤にして、え、でも、あの、などと固まっているジャスパーの薬指に、俺はさっさと指輪を通して、耳元で囁いた。
「…嫌?」
そしてそのまま、再びベッドに縫い付けた。
着せたばかりの服を脱がせ、美しく編み込まれた髪のリボンを解き。昨夜付けた印が残る肌を暴き、ひたすらキスを繰り返す。
「ん、ふっ、キース、んちゅっ…」
もう我慢などしない。性急にジャスパーを求める俺に合わせ、ロームは手際良くジャスパーの中を解し、受け入れる準備を整える。俺は前だけをはだけ、猛ったペニスを取り出すと、一気に貫いた。ああ、これで君は俺のもの。完全に俺のものだ。何か言いたそうな彼の唇を塞ぎ、本能のままにひたすら腰を振る。やがて彼も、俺の背中に腕を回し、いやらしく脚を絡め、俺の律動に合わせて甘美なダンスを踊る。
「キ…ああああっ…!!♡」
媚肉をわななかせ、彼はまた絶頂を迎える。俺もきつく締まる彼の中に、熱い愛を注ぐ。
「愛してるよ、ジャスパー。僕の最愛」
可愛い、気持ちいい、そういった言葉は何度も口にした。だけど、愛の言葉は初めてだ。何重にも囲い込まなければ、愛も告げられない小心な男。君はこんな俺に、失望しただろうか。しかし彼は、
「キース様…僕も、お慕いしています…」
静かに涙を流しながら、俺に口付けた。
それから俺たちは、二人の愛の巣で甘い蜜月を過ごした。愛し合っては休み、愛し合っては休み。そして時折軽食を挟み、バスルームで身体を清め、清めたそばからまた睦み合う。
使用人たちは、全て事前に指示してある。彼らは俺の恋の成就を、快く祝ってくれた。俺たちの前に姿を見せないように配慮しつつ、軽食のワゴンにはさりげなく「おめでとうございます」「お幸せに」などというカードが置かれており、蓋の中には、祝いの席で供される料理や花がさりげなくしのばせてある。
俺はこの世の春を謳歌していた。もちろん、翌日訪れる地獄も込みで。
「ゴルァぁ!今日という今日は、お前の腐った性根を叩き直してくれる!!」
母上が鞭を鳴らす。剣の稽古の相手という名目だが、剣はとっくに弾き飛ばされ、俺はメタメタのギタギタだ。リーチが違うのだから仕方ない。だが「戦場ではリーチなどと甘ったれた言葉は通用しない」らしい。それにしても、鞭は痛い。地味に流血大惨事だ。これだから、騎士学園のメスゴリ…女生徒には勃たなかったのだ。
彼女は元々細剣の達人だが、馬上ではハルバード、その他一通りの武器に精通している。しかし結婚後はもっぱら鞭だ。なぜか。それは父上が彼女を娶る際、剣術勝負と見せかけて卑怯な手を使ったからだ。リーチの短い武器で戦うと、どうしても間合いが狭くなる。刺突中心の細剣は特にそうだ。父上は、側近の女騎士たちにボッコボコにやられつつ、何とか母上との直接対決の権利をもぎ取り、彼女の最も得意とする細剣勝負で挑んだ。そして彼女が刺突を仕掛けた瞬間、自分の剣を投げ捨てて、彼女の背後を取って唇を奪った、らしい。これは我が家と隣国とで、甘いラブロマンスとして語り継がれているが、当人からすると相当に屈辱だったようで、その後彼女は鞭術に磨きを掛け、まず剣を弾き飛ばしてから一方的に嬲る、という戦術を取るようになった。なお、なぜ鞭かというと、スカートの下に常に装備できるからである。ドレスのスリットからは、他にも短剣や投げナイフなどが見え隠れするが、見てはいけない。
母上の教育は体当たり、基本鉄拳制裁だ。女とは可憐でか弱いもの、男たるもの女より強くなければ。可愛い末姫を手放したくなかった祖父王が、無茶な洗脳を課した結果、母上は「男の子はどれだけ苛烈に鍛えても良い」という非現実的な教育理論を抱くに至った。そしてそれは、それは武のケラハー家のそれとぴったり当てはまった。不幸だったのは、彼女が大陸一の猛将であったということだ。
俺や兄上は、度々教育的指導という名の血祭りに上げられた。しばしば父上も。もちろん、我が家には優秀な治癒師も控えている。だが、臨死体験を伴う教育とは一体何だろう。兄上はすっかり母上から距離を取ってしまい、彼は慈母のような年上の義姉上と結婚した。そして俺は、ジャスパーを選んだ。決して女が嫌になって男にした、ということではないが、彼の穏やかな人柄に惹かれたのは、母上の教育の結果と言えなくもない。
この場にサーコートで佇んでいる父上は、彼女の抑止力であり、また見せしめに付き合わされている。乙女に不埒を働いた男に目に物を見せてくれる。隠れて外堀を埋め、半ば騙し討ちのように婚約を結んだ俺に、彼女は父上への過去の怒りを上乗せして、俺を血の海に沈めているというわけだ。
「キース様!」
しかし朦朧としている耳に、ジャスパーの足音と声が聞こえた。
「ジュール君。今、息子の性根を叩き直してる所なの。迷惑かけて、本当にごめんなさいね」
母上は、ジャスパーに猫撫で声を向けた後、ヒュパァン!と鞭を唸らせる。
「オラァ!お前ぇよぉ、惚れた男ォ泣かしてんじゃねぇぞォ!!」
「は、母上ッ…」
いや、確かに昨晩もその前も、気持ちよくあんあん泣かせたが。大団円じゃないか。一体何が気に入らないんだ。
「ジュール君。カトリーナがこうなったら止められんのだ。しばらく辛抱してくれ」
父上はジャスパーを匿って、何やら吹き込んでいる。そろそろ止めてくれないか。しかし、
「待ってください!ぼ、僕もキース様のこと、お慕いしてますからッ!!」
ジャスパーはそう言って駆けてきて、血まみれの俺を抱き起こし、眩いほどの魔力を込めて、完全回復を掛けた。
「ジャスパー…」
母上から守るように、体格に恵まれた俺をしっかりと抱き抱えるジャスパー。俺は不覚にも惚れ直してしまった。散々彼を組み敷いて、可愛い、嫁だと思っていたが、彼も立派な男だ。王子様に憧れる女の気持ちが、ちょっと分かった気がする。
そこでその場は解散。各々身支度を済ませて、改めて本邸で朝食会となった。
母上のジャスパーに対する好感度が、振り切れていた。彼の完全回復の余波が両親まで及び、父上の古傷まで癒やし、母上の肌はもちもちのピチピチに若返ったらしい。だがしかし、それだけではない。愛する男を、身を挺してかばう純愛。細身の貴公子のような出立ち。俺から見ても、まるで姫を救う王子様のようだったが、未だに恋に恋する乙女のような母上のハートに、ズギュンと刺さったらしい。
「逃すなよ、絶対逃すなよ」
彼女は血走った目で、何度も俺に確認を取って来た。俺とて逃す気はないが、いつかジャスパーを横取りされるのではないかと、別の危機感を抱く羽目になった。なお、母上の機嫌が直ったことで、父上も一安心している。彼は母上さえいれば、後は割とどうでもいい人だ。だがこちらも、母上の関心がジャスパーに移るのではないかとそわそわしている。俺たちは似た者親子だ。
その後、屋敷に併設する騎士団の施設に出向き、幹部とも顔合わせしておいた。俺としては、ジャスパーは特に仕事をせずとも、嫁として別邸に居てくれればそれで良いのだが、彼自身が納得しないだろう。何しろ彼の能力を遊ばせておくのも勿体ない。ジャスパーは、早速働く意欲を見せていた。俺は「彼は俺の婚約者なので、くれぐれも変な気を起こさないように」と再三釘を刺し、彼を誘き寄せた表向きの名目「就職活動と面接」は、これでひとまず終了した。
一週間後、学園に戻った俺たちは、ケネス殿下に婚約の報告をした。皆、俺がジャスパーの囲い込みに動いていたことは承知していたので、誰も驚かなかった。驚いていたのはジャスパーくらいか。
婚約を公言しても、俺やジャスパーに横槍を入れる馬鹿は後を絶たなかったが、俺はその度に障害の芽をきっちりと叩き潰しておいた。都度、ジャスパーが俺から逃げようとするのには手を焼いたが、毎回捕獲監禁して理解らセックスするのが恒例となった。
あのプロポーズの時、何故母上があそこまで怒り狂っていたのか、俺は後から知ることとなった。プロポーズよりも先に初夜を済ませたため、ジャスパーは俺が他の女と結婚する前に身を退こうとして、乗合馬車の場所を侍女に尋ねていたそうだ。あの侍女は、母上が別邸に捩じ込んで来た、俺の乳母で母上の側近。俺がジャスパーに不実を働いたと判断して母上に報告したため、あのような大爆発に及んだということだ。
ああ、ジャスパー。あの時君が見せた物憂げな表情は、俺を想って傷付いていたからなのか。何と健気な。たまらん。可愛い。その後、同様の思い違いが起こるたび、俺が燃え上がったのは必然と言えよう。
そんなこんなで、俺は無事に彼を夫として娶ることとなった。その前後のあれこれは、また別の機会に。
我が人生に一片の悔いなし。俺たちのラブラブライフは、これからだ!
✳︎✳︎✳︎
これで婚約までのストーリーは完結です。
次回からは、後日談の後日談を投稿する予定です。
読んでくださって、ありがとうございます!
時間も良い頃合いだ。てきぱきとシャワーを浴びて身支度し、可愛いハニーを迎えに行く。途中、侍女が俺を咎めるような目で何か物言おうとしていたが、気にしない。そういうのは後にしてくれ。俺はこれから、最後の勝利宣言に向かうのだから。
「ちょうど朝の鍛錬が終わったところだよ。さあ、本邸へ行こう。父上と母上が待ってる」
ジャスパーは、事前に用意させていた衣装に身を包んでいる。昨日散々可愛がったせいか、少し表情は冴えないが、そんな物憂げな君もこの上なく愛らしい。いつもは慎ましやかで目立たない格好をしているが、こうして髪を編み込んで着飾ると、どこに出しても恥ずかしくない貴公子だ。着せたばかりだが、早く剥いてしまいたい。
急な展開に戸惑うジャスパーを、俺は足早に本邸へエスコートする。戦いは常に先手必勝だ。考える隙を与えてはならない。
「僕に任せて。君は隣で微笑んでいればいいから」
緊張して不安そうなジャスパーに、俺は微笑んだ。
「父上、母上、入ります」
ダイニングの扉が開き、テーブルの向こうに、父上と母上が待っている。俺はジャスパーを隣に伴い、高らかに宣言する。
「ご紹介します。彼が僕の伴侶、ジャスパーです」
「え?」
隣から、気の抜けた声が漏れる。ちらりと見遣ると、目玉を溢れ落ちんばかりに見張るジャスパー。ははは、昨夜契りを交わしておいて、今更だ。あまりに可愛くて、思わず家人の前でベロチューしてしまった。すっかり腰の抜けた彼を、ぎゅっと抱き留める。これでジャスパーは、公私共に俺のものだ。
「———キース」
背後から、母上の低い声が聞こえる。
「はいっ、母上」
「お前、その様は何なのです」
「どうかなさいましたか」
「どうかではないわッ!!!」
母上が激昂している。だがもう遅い。俺の勝利は成った。
「…どう見ても、ジュール君の同意を取り付けたようには見えないのだが?」
父上がおずおずと口を挟む。
「はい。本懐は遂げましたので、同意はこれから」
「アホかーーー!!!」
耳をつんざく母上の雷鳴。
「本懐ってお前、同意もなく他所様のご子息を攫って来て、手ェ出してんじゃねぇぞこのボンクラ息子!!!」
「嫌だなぁ母上。僕たちはちゃんと愛し合ってますよ。ねぇ、ジャスパー?」
「あ、愛?」
ジャスパーが目を白黒させている。嫌だなあ。ロームを譲り受けてから半年、散々愛を育んで来たじゃないか。ベッドで。
「あー、ジュール君。君、息子に騙されて連れて来られたんじゃないのかね。コイツは昔からどうもそういうところがあって」
母上の親衛隊にボッコボコにされて、最後不意打ちで彼女を陥落させた父上が言うことではない。父上、俺は父上似ですよ。
「今度という今度は性根を叩き直してくれる!そこへ直れ!!」
「ええと母上。僕はこれから愛を確かめ合って、同意を取り付けなければなりませんので。じゃあジャスパー、行こう」
「うわっ」
正々堂々だとか正統派ラブロマンスだとか、母上の寝言に付き合っている暇はない。これでちゃんと顔合わせは終わった。ジャスパーをさっさとお姫様抱っこ。長居は無用だ。
「それでは失礼します!」
俺は風を切って本邸を後にした。
身体が羽のように軽い。男一人を横抱きにして、今なら記録が出せるんじゃないかと思うほどのダッシュで、続きの間まで戻る。彼をそっとベッドに下ろし、最後の仕上げだ。
「えっと…」
未だに状況が飲み込めないジャスパーの前に跪く。
「ジャスパー。順番が前後してごめんね。君には全て準備が整ってから、申し込みたかったんだ」
俺はベストの胸ポケットから小箱を取り出し、
「どうか、僕の伴侶になってくれないかな」
彼の目の前で、それを開いた。中には、俺の瞳の色のタンジェリンガーネットをあしらった、白金の指輪。もちろん、彼の瞳の色の揃いのリングも用意してある。
「は、伴侶って…」
チェックメイト。外堀は全て埋めた。ご実家や寄り親の辺境伯家にも同意を取り付け、親にもさっき顔合わせして。婚約誓約書、婚姻誓約書、それに伴う必要書類も既に取り寄せ済みで、後はジャスパーがサインするだけ。そして来年の卒業記念パーティーで着るための礼服や、結婚披露宴の会場、日程、招待客の選定と招待状などの手配なども、全て終わっている。もちろん、この屋敷のクローゼットは既に彼の衣装で埋まっている。改装も使用人の配置も済ませた。
義理堅く責任感の強いジャスパーのことだ。ここまでお膳立てされて、ノーとは言えまい。身体の距離はここ半年、特に「通信実験」を始めた年末からは、しっかりと詰めたはずだ。昨日も涙を流しながら俺を受け入れて、蕩けるほど愛し合った。まさか拒否されるということはないだろうが、念には念を入れる。万が一にも取りこぼすわけにはいかない。
顔を真っ赤にして、え、でも、あの、などと固まっているジャスパーの薬指に、俺はさっさと指輪を通して、耳元で囁いた。
「…嫌?」
そしてそのまま、再びベッドに縫い付けた。
着せたばかりの服を脱がせ、美しく編み込まれた髪のリボンを解き。昨夜付けた印が残る肌を暴き、ひたすらキスを繰り返す。
「ん、ふっ、キース、んちゅっ…」
もう我慢などしない。性急にジャスパーを求める俺に合わせ、ロームは手際良くジャスパーの中を解し、受け入れる準備を整える。俺は前だけをはだけ、猛ったペニスを取り出すと、一気に貫いた。ああ、これで君は俺のもの。完全に俺のものだ。何か言いたそうな彼の唇を塞ぎ、本能のままにひたすら腰を振る。やがて彼も、俺の背中に腕を回し、いやらしく脚を絡め、俺の律動に合わせて甘美なダンスを踊る。
「キ…ああああっ…!!♡」
媚肉をわななかせ、彼はまた絶頂を迎える。俺もきつく締まる彼の中に、熱い愛を注ぐ。
「愛してるよ、ジャスパー。僕の最愛」
可愛い、気持ちいい、そういった言葉は何度も口にした。だけど、愛の言葉は初めてだ。何重にも囲い込まなければ、愛も告げられない小心な男。君はこんな俺に、失望しただろうか。しかし彼は、
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母上の教育は体当たり、基本鉄拳制裁だ。女とは可憐でか弱いもの、男たるもの女より強くなければ。可愛い末姫を手放したくなかった祖父王が、無茶な洗脳を課した結果、母上は「男の子はどれだけ苛烈に鍛えても良い」という非現実的な教育理論を抱くに至った。そしてそれは、それは武のケラハー家のそれとぴったり当てはまった。不幸だったのは、彼女が大陸一の猛将であったということだ。
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この場にサーコートで佇んでいる父上は、彼女の抑止力であり、また見せしめに付き合わされている。乙女に不埒を働いた男に目に物を見せてくれる。隠れて外堀を埋め、半ば騙し討ちのように婚約を結んだ俺に、彼女は父上への過去の怒りを上乗せして、俺を血の海に沈めているというわけだ。
「キース様!」
しかし朦朧としている耳に、ジャスパーの足音と声が聞こえた。
「ジュール君。今、息子の性根を叩き直してる所なの。迷惑かけて、本当にごめんなさいね」
母上は、ジャスパーに猫撫で声を向けた後、ヒュパァン!と鞭を唸らせる。
「オラァ!お前ぇよぉ、惚れた男ォ泣かしてんじゃねぇぞォ!!」
「は、母上ッ…」
いや、確かに昨晩もその前も、気持ちよくあんあん泣かせたが。大団円じゃないか。一体何が気に入らないんだ。
「ジュール君。カトリーナがこうなったら止められんのだ。しばらく辛抱してくれ」
父上はジャスパーを匿って、何やら吹き込んでいる。そろそろ止めてくれないか。しかし、
「待ってください!ぼ、僕もキース様のこと、お慕いしてますからッ!!」
ジャスパーはそう言って駆けてきて、血まみれの俺を抱き起こし、眩いほどの魔力を込めて、完全回復を掛けた。
「ジャスパー…」
母上から守るように、体格に恵まれた俺をしっかりと抱き抱えるジャスパー。俺は不覚にも惚れ直してしまった。散々彼を組み敷いて、可愛い、嫁だと思っていたが、彼も立派な男だ。王子様に憧れる女の気持ちが、ちょっと分かった気がする。
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彼女は血走った目で、何度も俺に確認を取って来た。俺とて逃す気はないが、いつかジャスパーを横取りされるのではないかと、別の危機感を抱く羽目になった。なお、母上の機嫌が直ったことで、父上も一安心している。彼は母上さえいれば、後は割とどうでもいい人だ。だがこちらも、母上の関心がジャスパーに移るのではないかとそわそわしている。俺たちは似た者親子だ。
その後、屋敷に併設する騎士団の施設に出向き、幹部とも顔合わせしておいた。俺としては、ジャスパーは特に仕事をせずとも、嫁として別邸に居てくれればそれで良いのだが、彼自身が納得しないだろう。何しろ彼の能力を遊ばせておくのも勿体ない。ジャスパーは、早速働く意欲を見せていた。俺は「彼は俺の婚約者なので、くれぐれも変な気を起こさないように」と再三釘を刺し、彼を誘き寄せた表向きの名目「就職活動と面接」は、これでひとまず終了した。
一週間後、学園に戻った俺たちは、ケネス殿下に婚約の報告をした。皆、俺がジャスパーの囲い込みに動いていたことは承知していたので、誰も驚かなかった。驚いていたのはジャスパーくらいか。
婚約を公言しても、俺やジャスパーに横槍を入れる馬鹿は後を絶たなかったが、俺はその度に障害の芽をきっちりと叩き潰しておいた。都度、ジャスパーが俺から逃げようとするのには手を焼いたが、毎回捕獲監禁して理解らセックスするのが恒例となった。
あのプロポーズの時、何故母上があそこまで怒り狂っていたのか、俺は後から知ることとなった。プロポーズよりも先に初夜を済ませたため、ジャスパーは俺が他の女と結婚する前に身を退こうとして、乗合馬車の場所を侍女に尋ねていたそうだ。あの侍女は、母上が別邸に捩じ込んで来た、俺の乳母で母上の側近。俺がジャスパーに不実を働いたと判断して母上に報告したため、あのような大爆発に及んだということだ。
ああ、ジャスパー。あの時君が見せた物憂げな表情は、俺を想って傷付いていたからなのか。何と健気な。たまらん。可愛い。その後、同様の思い違いが起こるたび、俺が燃え上がったのは必然と言えよう。
そんなこんなで、俺は無事に彼を夫として娶ることとなった。その前後のあれこれは、また別の機会に。
我が人生に一片の悔いなし。俺たちのラブラブライフは、これからだ!
✳︎✳︎✳︎
これで婚約までのストーリーは完結です。
次回からは、後日談の後日談を投稿する予定です。
読んでくださって、ありがとうございます!
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そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
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第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
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初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
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池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
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フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
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(ムーンライトノベルにも掲載しています)
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