【完結・R18BL】手乗りスライムのロームと僕〜スライムを拾ったら、なぜか侯爵令息に溺愛されました?!【御礼SS追加】

明和来青

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ジャスパーの就活

内定が決まりました ※

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「え?」

 ダイニングの時が止まった。

 随分間抜けな声が漏れた。目玉がこぼれ落ちるかと思った。恐る恐る隣のキース様を見上げると、満面の笑み。彼は「ん?」と首を傾げ、そして侯爵ご夫妻と大勢の使用人の皆さんの面前で、僕に口付けをした。へなへなと足から力が抜けてしまった僕は、彼にぎゅっと抱き留められる。

 一体、何が起こっているのだろう。



「———キース」

 背後から、夫人の低い声が聞こえる。

「はいっ、母上」

 押し付けられた胸から響く、キース様の上機嫌なテノール。

「お前、そのザマは何なのです」

「どうかなさいましたか」

「どうかではないわッ!!!」

 びりびりと雷鳴のような声が響いた。僕までびくりと跳ねた。

「…どう見ても、ジュール君の同意を取り付けたようには見えないのだが?」

 バリトンの紳士の声が響く。お父上だろうか。

「はい。本懐は遂げましたので、同意はこれから」

「アホかーーー!!!」

 耳をつんざくお母上の雷鳴。

「本懐ってお前、同意もなく他所様のご子息を攫って来て、手ェ出してんじゃねぇぞこのボンクラ息子!!!」

「嫌だなぁ母上。僕たちはちゃんと愛し合ってますよ。ねぇ、ジャスパー?」

「あ、愛?」

 さっきから、理解が追いつかない。間抜けな顔で、間抜けな声を発している自覚はある。あるんだけど…

「あー、ジュール君。君、息子に騙されて連れて来られたんじゃないのかね。コイツは昔からどうもそういうところがあって」

「今度という今度は性根しょうねを叩き直してくれる!そこへ直れ!!」

「ええと母上。僕はこれから愛を確かめ合って、同意を取り付けなければなりませんので。じゃあジャスパー、行こう」

「うわっ」

 僕の視界はぐるんと回転し、キース様の腕にすっぽりと抱え込まれた。いわゆるお姫様抱っこだ。僕は慌ててキース様の首に腕を回した。

「それでは失礼します!」

 キース様は一言そう告げると、風のようにダイニングから辞去した。



 僕はこれでも成人した男だ。細身だけど、身長は平均ぎりぎり。軽いはずがない。なのにキース様は、まるで羽が生えたように軽やかなステップで、別邸に駆け込んだ。さっき出て行ったばっかりなのに、もう戻って来ちゃった。

 朝、一人で目覚めたベッドに、そっと降ろされる。シーツは取り替えられたみたいだけど、ロームはそのまま大人しく、ぽよぽよと留守番していた。

「えっと…」

 未だに状況が飲み込めない僕の前に、キース様がひざまずく。

「ジャスパー。順番が前後してごめんね。君には全て準備が整ってから、申し込みたかったんだ」

 彼はベストの胸ポケットから小箱を取り出し、

「どうか、僕の伴侶になってくれないかな」

 僕の目の前で、それを開いた。中には、彼の瞳の色のタンジェリンガーネットをあしらった、白金の指輪。

「は、伴侶って…」

 僕には言いたいことがたくさんあった、はずだ。僕男ですけど、とか。僕なんかのどこがいいんですか、とか。子供産めませんよ、とか。剣術や槍術のスキルも持ってないし、有力な貴族の子息でもないから何の得にもならないし、容姿だって地味だし、それから、それから。キース様に釣り合うものとか、キース様に差し上げられるものなんか、何もなくて。

 でも。

 え、でも、あの、とか言いながら固まってる僕の薬指に、キース様はさっさと指輪を通して、耳元で囁いた。

「…嫌?」

 そしてそのまま、僕たちは再びベッドの住人となった。



 せっかく用意してもらった上等な服も、くしゃくしゃになって。丁寧に結ってもらったリボンもほどけ。タオルですっきりさせた目から、また涙があふれ出して。

「ん、ふっ、キース、んちゅっ…」

 キース様は、噛み付くようなキスを繰り返し、僕を性急に求める。余裕のない彼は初めてだ。準備もそこそこに繋がろうとする彼を、またロームがあっという間に僕の中に導き入れ、それからずっと強く揺さぶられている。

 何故、こんなことになってるんだろう。何故、僕なんだろうか。だけどさっき、キース様はご両親の前で、僕を伴侶だって紹介されて…左手の薬指には、彼の色のリングが輝いている。僕のナカは彼でいっぱいだ。心も。

 本当に僕でいいのって、何度も口をついて出そうになるけど、その度に唇は塞がれ、激しく突き上げられ、快楽の波にさらわれて、どんどん上書きされる。

「キ…ああああっ…!!♡」

 ひときわ大きくなったキース様が爆ぜて、熱い精が僕の中に染み渡る。

「愛してるよ、ジャスパー。僕の最愛」

 荒い呼吸と共に耳元で囁かれる。ああもう僕、今死んでもいい。

「キース様…僕も、お慕いしています…」



 お互いの気持ちを確かめ合い、ひとしきり愛し合ってうつらうつらしていると、もうお昼を過ぎてたみたいだ。うっかり朝食を摂り損ねた僕たちは、あまりにお腹が空き過ぎて、目を覚ました。キース様が扉を開けると、廊下には食事の乗ったワゴンがあって、僕たちは照れながら食べた。その後は、またそういう雰囲気になっちゃって、夜半に目が覚めて、同じことを繰り返して。

 自分でも、浮かれてるなって思う。馬鹿んなっちゃってる。だけど、初恋の人にプロポーズされて、浮かれるなって方が無理だ。僕はいっぱい泣いて、いっぱいキスされて、ロームと一緒にいっぱい愛されて、すごく幸せだった。



 中途半端な時間に眠ってしまったせいか、翌朝はちょっと早く目が覚めた。

 僕が目覚めたのを見計らったかのように、控えめなノックの音がする。昨日の侍女さんが、また僕の身支度を手伝ってくれた。今朝もキース様は朝の鍛錬でいらっしゃらないようだけど、何だか窓の外が騒がしい。身支度が終わって目を遣ると、眼下に血まみれのキース様が見えた。

 僕は急いで駆けつけた。



 別邸の裏手は訓練場。そこには傷だらけのキース様と、サーコートの侯爵様、スリットの深いドレスの夫人がいらした。

「キース様!」

 僕が駆け寄ると、夫人に制止された。

「ジュール君。今、息子の性根を叩き直してる所なの。迷惑かけて、本当にごめんなさいね」

 そう言って、僕に慈母のような笑みを向けた後、彼女の鞭がヒュパァン!と地面を叩いた。

「オラァ!お前ぇよぉ、惚れた男ォ泣かしてんじゃねぇぞォ!!」

「は、母上ッ」

「ジュール君。カトリーナがこうなったら止められんのだ。しばらく辛抱してくれ」

 侯爵様が僕を背後にかくまって、小声で囁かれる。だけど、

「待ってください!ぼ、僕もキース様のこと、お慕いしてますからッ!!」

 僕はそう言って飛び出して、キース様を抱き起こし、ありったけの魔力を込めて、完全回復パーフェクトヒールを掛けた。

「ジャスパー…」

 僕の腕の中で、キース様が驚いた顔をしている。良かった。酷い怪我みたいに見えて慌てちゃったけど、冷静に考えたら、お母上がキース様のこと、そんな大怪我をさせるわけないもんね。恥ずかしい。かすり傷の割には、ちょっと出血が多いようだけど…。



 その後のことは、簡単に説明しようと思う。

 僕が慌てて完全回復を掛けた結果、込めた魔力が強過ぎて、周りに漏れたらしい。侯爵様の古傷が治り、夫人のお肌がすべすべになったとかで、僕はひどく歓待を受けた。お母上が、キース様に何度も「逃すなよ、絶対逃すなよ」と仰ってたのがちょっと怖い。

 結局騎士団については、一応隣接する騎士団の施設も見学させていただいたけど、僕は働いても働かなくてもどっちでもいいと言われてしまった。だけど、事務仕事や治癒師の手が常に不足しているのは、本当らしい。僕に出来ることでお役に立てるなら、精一杯頑張ろうと思う。

 帰りの道中は、侍女さんが騎士の装備で馬で付き添われることなった。軍部大臣ケラハー家の侍女たるもの、戦闘能力は有して当たり前らしく、皆さん騎士でもあるそうだ。二人きりになった車内では、その、キース様にあれこれされることになっちゃったんだけど、御者さんや騎士の皆さんは、生暖かい目で見過ごして下さった。



 学園に帰ると、キース様は早速僕らの婚約をケネス殿下に報告した。

「あら、キースにしては遅かったんじゃありませんの?」

 とクリスティン様。知らなかったのは僕だけで、どうやらキース様が僕との婚約を計画されていたのは、周知の事実だったみたいで…。

「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』遠い国のことわざですよ」

 キース様はさらりと答えられる。

「皆ジャスパーを狙っていたのに、お前の牽制は凄かったからな」

「ジャスパー、あなたこの男の外面に騙されてますのよ」

「え、騙…」

「嫌だなぁクリスティン様。人聞きの悪い」

「この男に愛想が尽きたら、いつでもケインズに来い。君なら大歓迎だ」

 何だろう。みんなにこやかなのに、この不穏な空気は。



 その後、ケネス殿下やクリスティン様の仰っていたことが、ちょっとずつ分かって来た。

 侯爵領から帰って数日後、実家から一通の手紙が届いた。中にはたった一文、

『問題ない、万事侯爵家の意に沿うようにせよ』

 とだけ。実家は遠い。差し出しの日付は、僕が面接に出かけるしばらく前だった。

 後で帰省した時に訊いたら、キース様から何度も婚約の打診と条件のすり合わせがあったそうだ。もちろん、寄り親の辺境伯家とも。それも随分前からだ。父上も母上も、僕がとっくに了承して話を進めているのだと思っていた、とのこと。

 進路指導の先生は、僕が婚約して騎士団に就職すると知ると、「やっとか、よかった」とため息をかれた。僕の知らない間に、キース様から根掘り葉…詳細な問い合わせが後を絶たなかったそうだ。個人情報だからと突っぱねて下さったが、相手は侯爵家で、難儀したと。進路については、僕はキース様に隠し事なんかしなかったのだけど、それでも何度も「確認」が入ったらしい。

 他にもある。僕が知らない間に、婚約の手続きはほとんど終わっていた。王宮に提出する書類も既に取り寄せられていて、後は僕がサインするだけ。そして来年の卒業記念パーティーで着るための礼服や、結婚披露宴の会場、日程、招待客の選定と招待状などの手配なども、全て。

 …もし僕がキース様の求婚を断っていたら、どうなっていたんだろう。

 だけど、

「ああ、可愛いジャスパー。愛してるよ」

 指輪を贈られたあの日から、キース様は僕に過剰なほど愛情表現を欠かさない。

「僕は臆病な男だ。君に拒絶されたらと思うと、どうしても先に気持ちを伝えられなかったんだ。回りくどいことをして、済まなかった。…こんな男に、愛想が尽きてしまったかい?」

 あの日、泣き腫らした僕が乗合馬車のことを聞いた侍女さん。彼女はキース様のお母上の側近で、乳母だったらしい。乳母?僕とちょっとしか違わないように見えたんだけど?キース様のお母上もそうだ。ケラハー家の女性陣は、外見年齢がちょっとおかしい。

 思考が逸れた。彼女は僕の様子がおかしいと、あの後すぐにお母上に告げたらしい。カトリーナ夫人は、キース様が他所よその子息を騙し討ちのように連れ込んで、思いも告げずに手籠にしたことにたいそうご立腹で、あの後も再三折檻…いや、お説教を繰り返していらっしゃるそうだ。流石にキース様も、あれはまずかったということで、時折こうして僕に赦しを乞うようなことをおっしゃる。———僕をキスで籠絡させてから。

 僕が断れないの知ってて、こういうことをする。なんかちょっと、クリスティン様の「騙されてる」って仰るの、分かった気がする。分かった気がするけど、

「いいえ、キース様。…大好きです…」

 そう言って、今度は僕から口付けた。

 こうして文官を目指していた僕は、試験を受ける前に、永久就職が決まってしまった。もちろんその後もいろいろあったんだけど、それはまた別のお話。



✳︎✳︎✳︎

これでジャスパーの就職までのストーリーは完結です。
次回からは、キース視点になります。
読んでくださって、ありがとうございます!
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