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ジャスパーの就活
面接を受けました
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ぼんやりと意識が浮上すると、そこは見慣れないベッドの上だった。
僕は何も身につけていなくて、でもシーツも身体も何事もなかったかのように綺麗で。そういえば、昨日は通信実験の後、給餌したっけ…
僕はそこで、がばりと身を起こした。
そうだ。ここは侯爵家の別邸で、ここはキース様の隣の部屋、続きの間。このベッドは…
それからしばらく、僕は膝を抱えて泣いた。胸や腕の内側、あちこちにキース様が付けた印が残っている。昨夜の出来事は、夢じゃない。僕は現実も忘れて、夢中になってキース様を求め、浅ましく貪った。その感触が忘れられない。身体中が、まだずっと疼いている。
だけどそんなの、僕が見ていい夢じゃない。
キース様はいない。着ていたローブは、枕元に綺麗に畳まれていた。その隣で、三体のロームがぷるぷるしている。僕はのろのろと袖を通した。もうここに居てはいけない。申し訳ないけど、服を返してもらって、お暇しよう。ちょうどローブの袖で涙を拭った時、控えめなノックの音がした。僕が返事をすると、朝の入浴の準備が整っていると、浴室へ連れて行かれた。
ぼんやりとお風呂に浸かりながら、思い出した。キース様は、身一つでいいからって仰って、着替え以外ろくに持ち物を持って来ていない。王都まで、手持ちのお金で路銀は足りるだろうか。足りなければ街道を徒歩で野宿か。この辺りは治安もいいし、道もしっかりしてるけど、途中で雨に降られたら困るな。どこかの町で、冒険者ギルドで簡単な仕事でも請け負って、何とか帰れないだろうか。学園に提出した外泊届は十日間だ。あと7日で間に合うかな。
ああ。あのまま何もなければ、キース様とはずっと友達でいられたのかな。だけどもう、このままじゃいられない。学園で、どんな顔すればいいんだろう。こんな初恋の終わり方なんて、したくなかった。でも、こんなことでもなかったら、一生触れ合えることなんかなかったかもしれない。うん。一生の思い出だ。大事にしよう。
水面に、ぽたぽたと水滴が落ちる。僕はまだ泣いているのか。泣いたって仕方ないだろ。最初から、叶わない恋だって分かってたじゃないか。さあ、お風呂から上がって、着替えて、乗合馬車の場所を教えてもらわないと。
「お疲れでいらっしゃいますか」
「あ、いえ、その」
僕より少し年上の侍女さんが、丁寧に髪を編み込みながら声を掛けてくださる。髪は、リボンで結わえる文官スタイルのため、肩まで伸ばしてあるんだけど、こうして編み込まれると、本当に王宮のお貴族様みたいだ。僕が敬語を使うのを侍女さんは嗜めるが(本当は侍女「さん」も駄目だ)、彼女らは下手をすると僕よりよほど身分の高いお家の子女だったりする。物腰も優雅で、教養も深い。僕がケラハー家の客分だからって、とても砕けた口調で接する気にはなれない。
僕に用意されていた服は、預けていた制服じゃなかった。質のいいパンツに、ドレッシーなシャツ。なぜか僕にぴったりだ。困ったな、すぐに辞去するつもりだったんだけど。でもそうか、今日は侯爵ご夫妻にご挨拶があるんだった。いくら制服でも、さすがに失礼かもしれない。キース様に、文官用の制服を試作するために、僕の制服のサイズの寸法を提出したけど、僕が恥をかかないよう、こっそり用意して下さったのだろうか。
そうだな。侯爵様ご夫妻にご挨拶もしないで、黙って帰るのは良くない。ちゃんと謝って、制服を返してもらってから帰ろう。
僕が軽くため息をついたのを見て、侍女さんは目に熱く絞ったタオルを乗せてくれた。制服や乗合馬車のことを聞いた時、ちょっと複雑な顔をされていたので、何か感じ取られたのかも知れない。
「何も心配されることはございませんよ」
彼女は穏やかな声でそう告げて、しばらく一人にしてくれた。せっかくタオルを乗せてもらったのに、僕の涙腺はまた緩んでしまった。目にタオルが乗ってて良かった。
しばらくすると、隣の部屋で物音が聞こえた。間もなくこちらの部屋のドアが開き、
「ジャスパー。目が覚めたかい?」
キース様の爽やかな声が聞こえた。僕は慌ててタオルをどかし、立ち上がって挨拶した。
「いいね、似合ってる。良かった」
彼は目を細めて、頭のてっぺんからつま先まで、僕を眺めた。これから帰ることを切り出そうとしたのだけど、彼は上機嫌で、口を挟む隙がない。
「ちょうど朝の鍛錬が終わったところだよ。さあ、本邸へ行こう。父上と母上が待ってる」
ちょっと待って。面会が朝食を兼ねてなんて、聞いてない。軽い足取りのキース様に有無を言わせず連れられて、僕は本邸へ足を運んだ。
どうしよう。もう採用試験を辞退して、さっさとお暇しようと思っていたのに、挨拶の一つも考えていなかった。昨日まで考えてた「よろしくお願いします」は白紙撤回だ。もう扉の前。一体どんな顔で、何てお詫びしたらいいんだろう。
そんな僕の様子を見て、キース様は言った。
「僕に任せて。君は隣で微笑んでいればいいから」
微笑む。僕は今日、ちゃんと微笑んでいられるだろうか。
「父上、母上、入ります」
ダイニングの扉が開き、立派なテーブルの向こうに、キース様と同じ赤髪の紳士と、昨日の綺麗なご婦人がいる。僕はキース様に促されるまま歩を進め、隣で立ち止まった。
「ご紹介します。彼が僕の伴侶、ジャスパーです」
———は?
「え?」
え?
僕は何も身につけていなくて、でもシーツも身体も何事もなかったかのように綺麗で。そういえば、昨日は通信実験の後、給餌したっけ…
僕はそこで、がばりと身を起こした。
そうだ。ここは侯爵家の別邸で、ここはキース様の隣の部屋、続きの間。このベッドは…
それからしばらく、僕は膝を抱えて泣いた。胸や腕の内側、あちこちにキース様が付けた印が残っている。昨夜の出来事は、夢じゃない。僕は現実も忘れて、夢中になってキース様を求め、浅ましく貪った。その感触が忘れられない。身体中が、まだずっと疼いている。
だけどそんなの、僕が見ていい夢じゃない。
キース様はいない。着ていたローブは、枕元に綺麗に畳まれていた。その隣で、三体のロームがぷるぷるしている。僕はのろのろと袖を通した。もうここに居てはいけない。申し訳ないけど、服を返してもらって、お暇しよう。ちょうどローブの袖で涙を拭った時、控えめなノックの音がした。僕が返事をすると、朝の入浴の準備が整っていると、浴室へ連れて行かれた。
ぼんやりとお風呂に浸かりながら、思い出した。キース様は、身一つでいいからって仰って、着替え以外ろくに持ち物を持って来ていない。王都まで、手持ちのお金で路銀は足りるだろうか。足りなければ街道を徒歩で野宿か。この辺りは治安もいいし、道もしっかりしてるけど、途中で雨に降られたら困るな。どこかの町で、冒険者ギルドで簡単な仕事でも請け負って、何とか帰れないだろうか。学園に提出した外泊届は十日間だ。あと7日で間に合うかな。
ああ。あのまま何もなければ、キース様とはずっと友達でいられたのかな。だけどもう、このままじゃいられない。学園で、どんな顔すればいいんだろう。こんな初恋の終わり方なんて、したくなかった。でも、こんなことでもなかったら、一生触れ合えることなんかなかったかもしれない。うん。一生の思い出だ。大事にしよう。
水面に、ぽたぽたと水滴が落ちる。僕はまだ泣いているのか。泣いたって仕方ないだろ。最初から、叶わない恋だって分かってたじゃないか。さあ、お風呂から上がって、着替えて、乗合馬車の場所を教えてもらわないと。
「お疲れでいらっしゃいますか」
「あ、いえ、その」
僕より少し年上の侍女さんが、丁寧に髪を編み込みながら声を掛けてくださる。髪は、リボンで結わえる文官スタイルのため、肩まで伸ばしてあるんだけど、こうして編み込まれると、本当に王宮のお貴族様みたいだ。僕が敬語を使うのを侍女さんは嗜めるが(本当は侍女「さん」も駄目だ)、彼女らは下手をすると僕よりよほど身分の高いお家の子女だったりする。物腰も優雅で、教養も深い。僕がケラハー家の客分だからって、とても砕けた口調で接する気にはなれない。
僕に用意されていた服は、預けていた制服じゃなかった。質のいいパンツに、ドレッシーなシャツ。なぜか僕にぴったりだ。困ったな、すぐに辞去するつもりだったんだけど。でもそうか、今日は侯爵ご夫妻にご挨拶があるんだった。いくら制服でも、さすがに失礼かもしれない。キース様に、文官用の制服を試作するために、僕の制服のサイズの寸法を提出したけど、僕が恥をかかないよう、こっそり用意して下さったのだろうか。
そうだな。侯爵様ご夫妻にご挨拶もしないで、黙って帰るのは良くない。ちゃんと謝って、制服を返してもらってから帰ろう。
僕が軽くため息をついたのを見て、侍女さんは目に熱く絞ったタオルを乗せてくれた。制服や乗合馬車のことを聞いた時、ちょっと複雑な顔をされていたので、何か感じ取られたのかも知れない。
「何も心配されることはございませんよ」
彼女は穏やかな声でそう告げて、しばらく一人にしてくれた。せっかくタオルを乗せてもらったのに、僕の涙腺はまた緩んでしまった。目にタオルが乗ってて良かった。
しばらくすると、隣の部屋で物音が聞こえた。間もなくこちらの部屋のドアが開き、
「ジャスパー。目が覚めたかい?」
キース様の爽やかな声が聞こえた。僕は慌ててタオルをどかし、立ち上がって挨拶した。
「いいね、似合ってる。良かった」
彼は目を細めて、頭のてっぺんからつま先まで、僕を眺めた。これから帰ることを切り出そうとしたのだけど、彼は上機嫌で、口を挟む隙がない。
「ちょうど朝の鍛錬が終わったところだよ。さあ、本邸へ行こう。父上と母上が待ってる」
ちょっと待って。面会が朝食を兼ねてなんて、聞いてない。軽い足取りのキース様に有無を言わせず連れられて、僕は本邸へ足を運んだ。
どうしよう。もう採用試験を辞退して、さっさとお暇しようと思っていたのに、挨拶の一つも考えていなかった。昨日まで考えてた「よろしくお願いします」は白紙撤回だ。もう扉の前。一体どんな顔で、何てお詫びしたらいいんだろう。
そんな僕の様子を見て、キース様は言った。
「僕に任せて。君は隣で微笑んでいればいいから」
微笑む。僕は今日、ちゃんと微笑んでいられるだろうか。
「父上、母上、入ります」
ダイニングの扉が開き、立派なテーブルの向こうに、キース様と同じ赤髪の紳士と、昨日の綺麗なご婦人がいる。僕はキース様に促されるまま歩を進め、隣で立ち止まった。
「ご紹介します。彼が僕の伴侶、ジャスパーです」
———は?
「え?」
え?
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