24 / 53
楼蘭妃の憂鬱
夫と仲直りしました
しおりを挟む
気が付いたら、自室のベッドの上だった。街中で産気づいてからの記憶が曖昧だ。今回は、上二人よりも難産だった気がする。何故か後宮の女官が居たような…気のせいだろうか。
うつらうつらと夢現を彷徨っていたが、覚醒する度に母上か古参の侍女が付いていてくれた。こういう時、卵生の龍は有り難い。人間の子なら、これに授乳や繦の世話、沐浴などが加わる。平民なら、産後のんびりしている暇もなく、家事や労働もあるだろう。世の女性は、私が思っていたよりもずっと苦労している。そう感謝の気持ちを伝えると、母上は「あなたも母親になったのね」と嬉しそうに微笑み、私の髪を撫でた。
そういえば、多少邸内が騒がしい気がするが、
「そりゃあ、外孫が生まれたのですもの。皆お祝いで気忙しいのですわ」
と言われ、それもそうかとくすぐったく感じていたが、今、本当の原因が分かった。
「うっぐずっ…ロ”ーレンス”ぅ…」
真夜中に覚醒すると、枕元に、涙でぐずぐずになった夫がいた。
「う”う”…帰”った”ら、お”前”がいなくて”…」
「母”上”に”ッ、袋”叩”きにされて”ッ、締め上げられて”…」
「け、結界に”ッ、阻ま”れて”ッ…結界が解け”て、来てみれば、は、義母上に、追い出さ”れて”ッ…」
「難産で、死ぬところだったとッ…無事で、無事で良か”った”ぁぁ」
私の手を取り、おいおいとみっともなく泣く美丈夫。お前、それでも第七皇子だろう。次に会ったらどうやってとっちめてやろう、態度によっては皇国での離縁の方法も調べねば、とモヤモヤしていた私は、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「男子がみだりに泣くものではない」
何と声を掛けて良いか分からず、最近ぐずぐずと母上に弱音をこぼしていた私が、自分のことを棚に上げて、そんなことを言う。妊夫で気が弱っていたのだから仕方ない、と心の中で言い訳をしながら。しかしレナードの顔は、なお一層くしゃりと歪んだ。
「あ、愛想が尽きたのか、ローレンス…こんな私に、愛”想”を尽か”し”てし”まったのか”ぁ!」
「おい、レナード」
「捨”てないでく”れ!ロ”ーレンス”!私”が悪かった”!嫌”なところは直す”!だか”ら”ッ!!」
彼は幼子のように泣きわめき、あろうことかスルスルと翼蛇の姿に戻って、私の胸でぴいぴいと鳴き始めた。こうなるともう、怒ることもできない。
「…まったくもう、お前という奴は…」
その夜、私は三つの我が卵と、幼い翼蛇と共に眠った。母上が「夫は5歳児」「産んだ覚えのない長男」と仰ったのは、本当だった。
翌日、私は久しぶりにダイニングに降りた。出産から5日経っていたらしい。どうしても戻れない三兄を除き、父上、母上、長兄、次兄。そして長兄の妻の義姉、甥までもが揃い、内々ながら祝宴が用意されていた。なお、一応レナードの席も用意されていたが、彼は小さな翼蛇の姿で私の首に纏わり付き、大人しくしていた。そして母上が扇を広げると、ビクリとして私の背後に隠れた。母上、それは護身用の鉄芯入りのものではなかったろうか。私が伏せっている間、彼らの間で何があったのか、何となく察してしまう。
家族と使用人は、それぞれ祝いの言葉を述べ、子供のために贈り物まで用意してくれた。幼い甥や、父上、兄上たちの翼蛇たちも、卵に興味津々だ。父上は卵を抱いておいおい泣いていた。宮中では常闇の貴公子などと二つ名を立てられるほどの紳士が、とんだ爺馬鹿だ。後で母上に耳打ちされたところによると、甥にベタベタと構い倒して、義姉に敬遠された前科があるらしい。今回は、外孫だからと遠慮がないようだ。
食卓の上には、私の好物ばかり。去年の今頃は、もう二度と帰らないと思っていたのに、思いがけず出戻って来て、良かったと思う。母上は、「ここはあなたの家なのだから、いつでも帰って来ていいのよ」と言ってくれるが、そうも行くまい。私はもう人ならざる身、これからルーシャ姉上のように、人の営みから離れ、悠久の時を生きなければならない。だがしかし、彼らが存命の間は、あと何度かこうして顔を合わせても、許されるだろうか。
ちんまりと肩に止まっているレナードに、好物の葡萄を分けてやる。本当は立派な龍神なのだから、そんなことをしなくてもいいのだが、彼は美味そうにもぐもぐと食べている。これまでの色々は、これで手打ちにしてやろう。私もレナードもまだ未熟だ。龍の寿命は長い。話し合って、ぶつかり合って、少しずつ成長すればいい。
家族からの贈り物は、それだけではなかった。翌々日、私は学園の卒業パーティーに招かれた。昨年、飛び級で卒業した私は、皇国からの特使として。レナードは、夫であり第七皇子として。幸い、私が出戻って来た時の衣装は茶会用のもの、夫の衣装は執務の時のもので、公的な場に出てもおかしいものではない。リドゲートの侍女は、このような事もあろうかと、皇国の衣装の着付けや髪の結い方も学んでくれていた。産後間もない私は、ホールで踊ることは叶わなかったが、あそこは主役たる卒業生のステージだ。私は来賓用の壇上から、彼らを眩しく見つめていた。
ダンスの群衆の中でひときわ目を惹くのが、昨年までお仕えしていた第二王子ケネス殿下とクリスティン公女だ。揃いの衣装に身を包み、仲睦まじく踊っている。彼らは卒業と同時に入籍し、ケインズ公爵家の後継となる。二人とも、甘い恋愛感情で結びついているというよりは戦友のようなカップルだ。きっとケインズ公爵領はこれから栄えるだろう。
そして、次に目を惹くのはキース・ケラハー殿とジャスパー・ジュールのカップル。ただでさえ体格の良いキース殿。彼の髪と瞳は赤で、華やかな容姿と相俟って、目立つ男だ。そして全身の至るところを赤で染め上げられて恐縮する、小動物のようなジャスパー。目のやり場のないほどの独占欲と溺愛で、衆目を集めることこの上ない。道理でキース殿が、スライムもジャスパーも私に渡したくなかった訳だ。二人の恋仲に気づかず、無粋なことをしてしまった。
王都で難産に陥って、いよいよ危険な状態になった時、そんな私を助けてくれたのは、ロームを携えたキース殿だったという。家同士のしがらみもあり、私と彼とは決して良好な仲だったとは言えない。彼はああ見えて計算高い男だ。何らかの思惑があってのことかも知れない。だが、私と子を助けてくれたことに、今は感謝の気持ちしか浮かばない。
「キース殿には、感謝してもし足りないな」
隣に座るレナードが、私の視線の先を見つめて言う。
「今代の______は赤の使徒を選んだようだ。良いことだ」
「?」
時々レナードは、訳の分からないことを言う。彼はかねてよりキース殿に友好的な感情を抱いていたようだが、この度私の命を救ってもらってから、彼のことを「______の使徒」もしくは「赤の使徒」と呼び、崇拝するようになった。そういえば、スライムのことは「______の眷属」と呼んでいる。この「______」の部分が、私にはどうしても聞き取れないのだが…未だ半ば人間の身、知覚や理解の及ばない部分なのだろうか。
ともあれ、かつての知己の健勝な姿と、旅立ちを見送ることが出来た。後宮を飛び出して来た時には、胸の張り裂けるような思いだったが、こうして王都に戻って来て、良かったと思う。
翌日、私とレナードは皇国へと戻ることにした。母上が「またいつでも戻って来るのですよ」と仰ったが、今度こそ心配を掛けないようにしなければ。卵たちが孵化したら、また顔を見せに戻りますと告げ、二人で手を繋いで、玄関先からふわりと飛び立った。
レナードと手を取り合い、空を駆けるのは爽快だった。
「お前を連れて行きたいところが、沢山あるんだ」
世界には、まだまだ私の知らぬ景色ばかり。夫と子供たちと一緒なら、きっと楽しいだろう。
皇国まで、まっすぐ飛べば小一時間で到着した。久しぶりの後宮では、女官たちに盛大に出迎えられる。王都でも後宮でも温かく迎えられ、改めて幸せを噛み締める。私もレナードの正妃だ。胸を張れるよう、精進せねばなるまい。
しかし、私が一番感動したのは、そこではなかった。
「ローレンス…」
今まで碌に愛撫もせず、いきなり事に及ぼうとしていたレナードが、事前に睦言を欠かさず、優しい抱擁と口付けを繰り返し、剰え私の許可無くば情交を控えると言い出した。どうしたことだ。
実はこれも、キース殿の入れ知恵だったようだ。
「今までの私は、実に独りよがりであった。未だ未熟ではあるが、これからはローレンスが心地良い交わりを目指したい」
そう言って、レナードは翼蛇の姿になった。私が嫌ならセックスはしない、という意思表示のようだ。
やっと分かってくれたのか。
いや、私も男だ。彼の気持ちも分かる。自分で言うのも何だが、家柄や容姿に恵まれたせいか、私は女を切らしたことはなかった。一通りの閨教育を受けて、女をどう扱ったら良いのか知っているつもりでいたが、セックスは最低限の儀礼を欠かさぬ程度のもの。多少自分勝手に振る舞っても、私に言い寄る女は後を絶たなかったからだ。自分がレナードの寵愛を受ける側になって、それが如何に浅慮で横暴なことだったか、身をもって知ることとなった。
男は出してしまえばそれで気が済むが、女は純潔を失い、身体の内にそれを受け入れる覚悟が要る。万一孕んでしまった場合には、命に関わることだってある。長く営んだから良い、十分な快楽を与えたから良い、というわけでもなく、誠意のないセックスは心を傷つけ、過剰な快楽は時として拷問になる。これまでの女性関係は、お互い割り切った後腐れのないものではあったが、私自身、決して誉められたような男ではなかった。私だけを熱烈に求め、卵共々大事に守ろうとするレナードの方が、男としてより好ましいだろう。
小さな翼蛇の姿で、クルクルと鳴きながら甘えてくるレナード。かつてはこうして、兄弟のようにじゃれ合い、支え合って暮らして来たものだ。
「ふふ。お前はいつまで経っても、子供のようだな」
いつかは卵たちも、こうして触れ合える時が来るのだろうか。無邪気に首筋に絡みつき、小さな舌で耳を擽って悪戯するレナードを軽く嗜めると、彼は人間の姿を取り、そのまま優しく口付けてきた。
久方ぶりのキスは、綿菓子のように柔らかく。唇を離し、お互い黙って見つめ合っては、繰り返す度に深く甘くなっていった。
うつらうつらと夢現を彷徨っていたが、覚醒する度に母上か古参の侍女が付いていてくれた。こういう時、卵生の龍は有り難い。人間の子なら、これに授乳や繦の世話、沐浴などが加わる。平民なら、産後のんびりしている暇もなく、家事や労働もあるだろう。世の女性は、私が思っていたよりもずっと苦労している。そう感謝の気持ちを伝えると、母上は「あなたも母親になったのね」と嬉しそうに微笑み、私の髪を撫でた。
そういえば、多少邸内が騒がしい気がするが、
「そりゃあ、外孫が生まれたのですもの。皆お祝いで気忙しいのですわ」
と言われ、それもそうかとくすぐったく感じていたが、今、本当の原因が分かった。
「うっぐずっ…ロ”ーレンス”ぅ…」
真夜中に覚醒すると、枕元に、涙でぐずぐずになった夫がいた。
「う”う”…帰”った”ら、お”前”がいなくて”…」
「母”上”に”ッ、袋”叩”きにされて”ッ、締め上げられて”…」
「け、結界に”ッ、阻ま”れて”ッ…結界が解け”て、来てみれば、は、義母上に、追い出さ”れて”ッ…」
「難産で、死ぬところだったとッ…無事で、無事で良か”った”ぁぁ」
私の手を取り、おいおいとみっともなく泣く美丈夫。お前、それでも第七皇子だろう。次に会ったらどうやってとっちめてやろう、態度によっては皇国での離縁の方法も調べねば、とモヤモヤしていた私は、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「男子がみだりに泣くものではない」
何と声を掛けて良いか分からず、最近ぐずぐずと母上に弱音をこぼしていた私が、自分のことを棚に上げて、そんなことを言う。妊夫で気が弱っていたのだから仕方ない、と心の中で言い訳をしながら。しかしレナードの顔は、なお一層くしゃりと歪んだ。
「あ、愛想が尽きたのか、ローレンス…こんな私に、愛”想”を尽か”し”てし”まったのか”ぁ!」
「おい、レナード」
「捨”てないでく”れ!ロ”ーレンス”!私”が悪かった”!嫌”なところは直す”!だか”ら”ッ!!」
彼は幼子のように泣きわめき、あろうことかスルスルと翼蛇の姿に戻って、私の胸でぴいぴいと鳴き始めた。こうなるともう、怒ることもできない。
「…まったくもう、お前という奴は…」
その夜、私は三つの我が卵と、幼い翼蛇と共に眠った。母上が「夫は5歳児」「産んだ覚えのない長男」と仰ったのは、本当だった。
翌日、私は久しぶりにダイニングに降りた。出産から5日経っていたらしい。どうしても戻れない三兄を除き、父上、母上、長兄、次兄。そして長兄の妻の義姉、甥までもが揃い、内々ながら祝宴が用意されていた。なお、一応レナードの席も用意されていたが、彼は小さな翼蛇の姿で私の首に纏わり付き、大人しくしていた。そして母上が扇を広げると、ビクリとして私の背後に隠れた。母上、それは護身用の鉄芯入りのものではなかったろうか。私が伏せっている間、彼らの間で何があったのか、何となく察してしまう。
家族と使用人は、それぞれ祝いの言葉を述べ、子供のために贈り物まで用意してくれた。幼い甥や、父上、兄上たちの翼蛇たちも、卵に興味津々だ。父上は卵を抱いておいおい泣いていた。宮中では常闇の貴公子などと二つ名を立てられるほどの紳士が、とんだ爺馬鹿だ。後で母上に耳打ちされたところによると、甥にベタベタと構い倒して、義姉に敬遠された前科があるらしい。今回は、外孫だからと遠慮がないようだ。
食卓の上には、私の好物ばかり。去年の今頃は、もう二度と帰らないと思っていたのに、思いがけず出戻って来て、良かったと思う。母上は、「ここはあなたの家なのだから、いつでも帰って来ていいのよ」と言ってくれるが、そうも行くまい。私はもう人ならざる身、これからルーシャ姉上のように、人の営みから離れ、悠久の時を生きなければならない。だがしかし、彼らが存命の間は、あと何度かこうして顔を合わせても、許されるだろうか。
ちんまりと肩に止まっているレナードに、好物の葡萄を分けてやる。本当は立派な龍神なのだから、そんなことをしなくてもいいのだが、彼は美味そうにもぐもぐと食べている。これまでの色々は、これで手打ちにしてやろう。私もレナードもまだ未熟だ。龍の寿命は長い。話し合って、ぶつかり合って、少しずつ成長すればいい。
家族からの贈り物は、それだけではなかった。翌々日、私は学園の卒業パーティーに招かれた。昨年、飛び級で卒業した私は、皇国からの特使として。レナードは、夫であり第七皇子として。幸い、私が出戻って来た時の衣装は茶会用のもの、夫の衣装は執務の時のもので、公的な場に出てもおかしいものではない。リドゲートの侍女は、このような事もあろうかと、皇国の衣装の着付けや髪の結い方も学んでくれていた。産後間もない私は、ホールで踊ることは叶わなかったが、あそこは主役たる卒業生のステージだ。私は来賓用の壇上から、彼らを眩しく見つめていた。
ダンスの群衆の中でひときわ目を惹くのが、昨年までお仕えしていた第二王子ケネス殿下とクリスティン公女だ。揃いの衣装に身を包み、仲睦まじく踊っている。彼らは卒業と同時に入籍し、ケインズ公爵家の後継となる。二人とも、甘い恋愛感情で結びついているというよりは戦友のようなカップルだ。きっとケインズ公爵領はこれから栄えるだろう。
そして、次に目を惹くのはキース・ケラハー殿とジャスパー・ジュールのカップル。ただでさえ体格の良いキース殿。彼の髪と瞳は赤で、華やかな容姿と相俟って、目立つ男だ。そして全身の至るところを赤で染め上げられて恐縮する、小動物のようなジャスパー。目のやり場のないほどの独占欲と溺愛で、衆目を集めることこの上ない。道理でキース殿が、スライムもジャスパーも私に渡したくなかった訳だ。二人の恋仲に気づかず、無粋なことをしてしまった。
王都で難産に陥って、いよいよ危険な状態になった時、そんな私を助けてくれたのは、ロームを携えたキース殿だったという。家同士のしがらみもあり、私と彼とは決して良好な仲だったとは言えない。彼はああ見えて計算高い男だ。何らかの思惑があってのことかも知れない。だが、私と子を助けてくれたことに、今は感謝の気持ちしか浮かばない。
「キース殿には、感謝してもし足りないな」
隣に座るレナードが、私の視線の先を見つめて言う。
「今代の______は赤の使徒を選んだようだ。良いことだ」
「?」
時々レナードは、訳の分からないことを言う。彼はかねてよりキース殿に友好的な感情を抱いていたようだが、この度私の命を救ってもらってから、彼のことを「______の使徒」もしくは「赤の使徒」と呼び、崇拝するようになった。そういえば、スライムのことは「______の眷属」と呼んでいる。この「______」の部分が、私にはどうしても聞き取れないのだが…未だ半ば人間の身、知覚や理解の及ばない部分なのだろうか。
ともあれ、かつての知己の健勝な姿と、旅立ちを見送ることが出来た。後宮を飛び出して来た時には、胸の張り裂けるような思いだったが、こうして王都に戻って来て、良かったと思う。
翌日、私とレナードは皇国へと戻ることにした。母上が「またいつでも戻って来るのですよ」と仰ったが、今度こそ心配を掛けないようにしなければ。卵たちが孵化したら、また顔を見せに戻りますと告げ、二人で手を繋いで、玄関先からふわりと飛び立った。
レナードと手を取り合い、空を駆けるのは爽快だった。
「お前を連れて行きたいところが、沢山あるんだ」
世界には、まだまだ私の知らぬ景色ばかり。夫と子供たちと一緒なら、きっと楽しいだろう。
皇国まで、まっすぐ飛べば小一時間で到着した。久しぶりの後宮では、女官たちに盛大に出迎えられる。王都でも後宮でも温かく迎えられ、改めて幸せを噛み締める。私もレナードの正妃だ。胸を張れるよう、精進せねばなるまい。
しかし、私が一番感動したのは、そこではなかった。
「ローレンス…」
今まで碌に愛撫もせず、いきなり事に及ぼうとしていたレナードが、事前に睦言を欠かさず、優しい抱擁と口付けを繰り返し、剰え私の許可無くば情交を控えると言い出した。どうしたことだ。
実はこれも、キース殿の入れ知恵だったようだ。
「今までの私は、実に独りよがりであった。未だ未熟ではあるが、これからはローレンスが心地良い交わりを目指したい」
そう言って、レナードは翼蛇の姿になった。私が嫌ならセックスはしない、という意思表示のようだ。
やっと分かってくれたのか。
いや、私も男だ。彼の気持ちも分かる。自分で言うのも何だが、家柄や容姿に恵まれたせいか、私は女を切らしたことはなかった。一通りの閨教育を受けて、女をどう扱ったら良いのか知っているつもりでいたが、セックスは最低限の儀礼を欠かさぬ程度のもの。多少自分勝手に振る舞っても、私に言い寄る女は後を絶たなかったからだ。自分がレナードの寵愛を受ける側になって、それが如何に浅慮で横暴なことだったか、身をもって知ることとなった。
男は出してしまえばそれで気が済むが、女は純潔を失い、身体の内にそれを受け入れる覚悟が要る。万一孕んでしまった場合には、命に関わることだってある。長く営んだから良い、十分な快楽を与えたから良い、というわけでもなく、誠意のないセックスは心を傷つけ、過剰な快楽は時として拷問になる。これまでの女性関係は、お互い割り切った後腐れのないものではあったが、私自身、決して誉められたような男ではなかった。私だけを熱烈に求め、卵共々大事に守ろうとするレナードの方が、男としてより好ましいだろう。
小さな翼蛇の姿で、クルクルと鳴きながら甘えてくるレナード。かつてはこうして、兄弟のようにじゃれ合い、支え合って暮らして来たものだ。
「ふふ。お前はいつまで経っても、子供のようだな」
いつかは卵たちも、こうして触れ合える時が来るのだろうか。無邪気に首筋に絡みつき、小さな舌で耳を擽って悪戯するレナードを軽く嗜めると、彼は人間の姿を取り、そのまま優しく口付けてきた。
久方ぶりのキスは、綿菓子のように柔らかく。唇を離し、お互い黙って見つめ合っては、繰り返す度に深く甘くなっていった。
76
お気に入りに追加
326
あなたにおすすめの小説

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
婚約破棄された俺の農業異世界生活
深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」
冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生!
庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。
そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。
皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。
(ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中)
(第四回fujossy小説大賞エントリー中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる