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楼蘭妃の憂鬱
呼び出されました(キース視点)
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今回はキース視点です
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卒業パーティーを間近に控えたある日。王国の騎士団を預かるケラハー侯爵家の次男キースこと俺は、俺の婚約者たるジュール子爵家三男ジャスパーとのラブラブな日々に浮かれまくっていた。パーティーに向けて、既に揃いの礼服は仕立ててある。卒業と共に晴れて結婚の予定だ。ということは、卒業パーティーは実質夫夫としてのお披露目。いやほとんど結婚式と呼んでいい。いつまでも遠慮がちで慎み深いジャスパーは、柔和で友好的な態度とは裏腹に、実に難攻不落であった。この一年半、外堀に山を築く勢いで埋めに埋めまくり、やっとここまで来たのだ。感動もひとしおである。
そんな俺の喜びに水を差す知らせが届いた。魔法大臣リドゲート伯爵より喫緊で呼び出しが掛かったのだ。元より騎士団と魔法省とは犬猿の仲。特に俺は、四男ローレンス・リドゲートと少なからず因縁がある。
だが、俺が呼び出された理由は、まさに奴のことだろう。なぜなら二週間前、突如国境付近に災害級を遥かに超える巨大な黒龍が現れたと、知らせを受けたからだ。幸い、龍は見えない壁に阻まれ、ひたすら体当たりを繰り返しているらしく、一般市民にはまだ伏せられている。しかし俺も卒業と同時に軍属に降る身だ。もしもの事があれば、全軍で迎撃に向かわなければならない。
が。その黒龍、聞けば聞くほど、ローレンスの従魔だった翼蛇のそれを彷彿とさせる。黒真珠のような体色、紅い瞳、白い翼。からの、リドゲート伯からの呼び出し。さしずめ、あの黒龍との交渉か何かだろう。
ローレンス・リドゲートは、俺の嫁たるジャスパーと、その従魔のスライムことロームを魔法省に引き抜こうとした、罪深い男だ。俺は奴の寮室にロームを派遣し、逆に奴の従魔を嫉妬させ、性的にけしかけることで返り討ちにしてやった。その目論見は、最悪、いや最善の形で実を結び、小さな翼蛇だった奴の従魔は一足飛びに龍神に進化し、あれよあれよという間にローレンスを皇国に娶って行った。今、我が国に襲来している黒龍は、その個体に違いあるまい。ならばリドゲート伯も、俺を呼び出すのではなく、自分で何とかして欲しいものだ。息子の夫だろう。
しかし呼び出しに応じてみると、事態は深刻だった。
里帰りしていたローレンスが産気づいたものの、難産であり、丸二日の陣痛でも取り上げることが出来ず、力尽きて気を失っていると。彼の身体は既に人間のものと異なっているため、外科的な処置も躊躇われる。というか、メスが通らないのだそうだ。
「キース殿、そして眷属様。どうか、どうか息子を…!」
息子同様、いつも眉間に皺を寄せてぶすくれている姿しか見た事のないリドゲート伯が、額を地面に擦り付けんばかりの勢いで、ライバル家の子息になりふり構わず頭を下げる。こうなっては俺も「全力を尽くします」としか答えようがない。まあ、全力を尽くすのは、スライムのロームであるが。
ジャスパーから借り受けている二体のスライム、ローム2とローム3。一見手のひらに収まるほどの無力なスライムに見えて、高度な擬態スキルを持ち、かの黒龍が「———の眷属」と呼び、自分よりも上位の存在と認める魔物。その知能は恐ろしく高く、極めて狡猾で、驚異的な可塑性と、まだまだ底知れぬ能力を秘めている。彼らならば、ローレンスをどうにか出来るかも知れない。
彼は自室に寝かされていた。意識はなく、顔色はすこぶる悪い。額に玉の汗を浮かべ、時折苦悶の呻き声を上げている。素人の俺でも分かる。一刻の猶予もない。
「ローム、頼めるか」
彼らは「諾」とばかりにふるりと震え、ローレンスの額に触手を伸ばし、しばらくすると異国の女官の姿になった。
「殿方は退出を。ここは女の戦場にございます」
彼女らはそう言うと、俺と伯爵は室外へ追い出された。
それから室内は、俄かに騒がしくなった。ローレンスの叫び声に、彼を励ます女官の声。そしてもう一人は、リドゲート邸の侍女へてきぱきと指示を出している。しばらくすると、断末魔のような悲鳴の後、「おめでとうございます!」との声が聞こえた。リドゲート伯がたまらず室内に飛び込もうとするが、夫人と内鍵に阻まれてそれは成らず。夫人の目がメデューサのようだった。
しかし小一時間もすると、扉は内側から開かれた。
「元気な皇子にございます」
寝台の上のローレンスは、三つの卵を大事そうに抱え、安らかに眠っていた。一年で三人の子持ちか。いい感じで苗床と化しているな。
しかし------人妻、という単語には、独特の艶やかな響きがある。
あの万年仏頂面の嫌味な男が、何という色っぽさだ。キザったらしい長髪も、こうして見るとゾクリとするものがある。いや、俺はジャスパー一筋だ。可愛い嫁との結婚を秒読みに控え、幸せの絶頂にある俺が、危うく惑わされそうになる。いかん。
その黒髪を、リドゲート伯爵夫人が大事そうに撫でる。伯爵は相変わらず号泣だ。女官に擬態していたロームはしおしおと縮み、俺の手の中に戻ってくる。というかお前、服ごと擬態出来たんだな。
改めて夫妻が落ち着いたところで、ロームのことは固く口止めした。俺を含めロームはローレンスの命の恩人だと、夫妻も侍女も快く同意し、重ね重ね感謝の言葉を繰り返した。これでリドゲートに恩を売る事が出来た。悪くない。
と、その時、玄関から大きな物音がした。家人の制止も聞かず、招かれざる客が乱入したらしい。
「ローレンス!ローレンス!!」
国境付近で足止めされていたはずの、ローレンスの夫こと黒龍が現れた。
今回はキース視点です
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卒業パーティーを間近に控えたある日。王国の騎士団を預かるケラハー侯爵家の次男キースこと俺は、俺の婚約者たるジュール子爵家三男ジャスパーとのラブラブな日々に浮かれまくっていた。パーティーに向けて、既に揃いの礼服は仕立ててある。卒業と共に晴れて結婚の予定だ。ということは、卒業パーティーは実質夫夫としてのお披露目。いやほとんど結婚式と呼んでいい。いつまでも遠慮がちで慎み深いジャスパーは、柔和で友好的な態度とは裏腹に、実に難攻不落であった。この一年半、外堀に山を築く勢いで埋めに埋めまくり、やっとここまで来たのだ。感動もひとしおである。
そんな俺の喜びに水を差す知らせが届いた。魔法大臣リドゲート伯爵より喫緊で呼び出しが掛かったのだ。元より騎士団と魔法省とは犬猿の仲。特に俺は、四男ローレンス・リドゲートと少なからず因縁がある。
だが、俺が呼び出された理由は、まさに奴のことだろう。なぜなら二週間前、突如国境付近に災害級を遥かに超える巨大な黒龍が現れたと、知らせを受けたからだ。幸い、龍は見えない壁に阻まれ、ひたすら体当たりを繰り返しているらしく、一般市民にはまだ伏せられている。しかし俺も卒業と同時に軍属に降る身だ。もしもの事があれば、全軍で迎撃に向かわなければならない。
が。その黒龍、聞けば聞くほど、ローレンスの従魔だった翼蛇のそれを彷彿とさせる。黒真珠のような体色、紅い瞳、白い翼。からの、リドゲート伯からの呼び出し。さしずめ、あの黒龍との交渉か何かだろう。
ローレンス・リドゲートは、俺の嫁たるジャスパーと、その従魔のスライムことロームを魔法省に引き抜こうとした、罪深い男だ。俺は奴の寮室にロームを派遣し、逆に奴の従魔を嫉妬させ、性的にけしかけることで返り討ちにしてやった。その目論見は、最悪、いや最善の形で実を結び、小さな翼蛇だった奴の従魔は一足飛びに龍神に進化し、あれよあれよという間にローレンスを皇国に娶って行った。今、我が国に襲来している黒龍は、その個体に違いあるまい。ならばリドゲート伯も、俺を呼び出すのではなく、自分で何とかして欲しいものだ。息子の夫だろう。
しかし呼び出しに応じてみると、事態は深刻だった。
里帰りしていたローレンスが産気づいたものの、難産であり、丸二日の陣痛でも取り上げることが出来ず、力尽きて気を失っていると。彼の身体は既に人間のものと異なっているため、外科的な処置も躊躇われる。というか、メスが通らないのだそうだ。
「キース殿、そして眷属様。どうか、どうか息子を…!」
息子同様、いつも眉間に皺を寄せてぶすくれている姿しか見た事のないリドゲート伯が、額を地面に擦り付けんばかりの勢いで、ライバル家の子息になりふり構わず頭を下げる。こうなっては俺も「全力を尽くします」としか答えようがない。まあ、全力を尽くすのは、スライムのロームであるが。
ジャスパーから借り受けている二体のスライム、ローム2とローム3。一見手のひらに収まるほどの無力なスライムに見えて、高度な擬態スキルを持ち、かの黒龍が「———の眷属」と呼び、自分よりも上位の存在と認める魔物。その知能は恐ろしく高く、極めて狡猾で、驚異的な可塑性と、まだまだ底知れぬ能力を秘めている。彼らならば、ローレンスをどうにか出来るかも知れない。
彼は自室に寝かされていた。意識はなく、顔色はすこぶる悪い。額に玉の汗を浮かべ、時折苦悶の呻き声を上げている。素人の俺でも分かる。一刻の猶予もない。
「ローム、頼めるか」
彼らは「諾」とばかりにふるりと震え、ローレンスの額に触手を伸ばし、しばらくすると異国の女官の姿になった。
「殿方は退出を。ここは女の戦場にございます」
彼女らはそう言うと、俺と伯爵は室外へ追い出された。
それから室内は、俄かに騒がしくなった。ローレンスの叫び声に、彼を励ます女官の声。そしてもう一人は、リドゲート邸の侍女へてきぱきと指示を出している。しばらくすると、断末魔のような悲鳴の後、「おめでとうございます!」との声が聞こえた。リドゲート伯がたまらず室内に飛び込もうとするが、夫人と内鍵に阻まれてそれは成らず。夫人の目がメデューサのようだった。
しかし小一時間もすると、扉は内側から開かれた。
「元気な皇子にございます」
寝台の上のローレンスは、三つの卵を大事そうに抱え、安らかに眠っていた。一年で三人の子持ちか。いい感じで苗床と化しているな。
しかし------人妻、という単語には、独特の艶やかな響きがある。
あの万年仏頂面の嫌味な男が、何という色っぽさだ。キザったらしい長髪も、こうして見るとゾクリとするものがある。いや、俺はジャスパー一筋だ。可愛い嫁との結婚を秒読みに控え、幸せの絶頂にある俺が、危うく惑わされそうになる。いかん。
その黒髪を、リドゲート伯爵夫人が大事そうに撫でる。伯爵は相変わらず号泣だ。女官に擬態していたロームはしおしおと縮み、俺の手の中に戻ってくる。というかお前、服ごと擬態出来たんだな。
改めて夫妻が落ち着いたところで、ロームのことは固く口止めした。俺を含めロームはローレンスの命の恩人だと、夫妻も侍女も快く同意し、重ね重ね感謝の言葉を繰り返した。これでリドゲートに恩を売る事が出来た。悪くない。
と、その時、玄関から大きな物音がした。家人の制止も聞かず、招かれざる客が乱入したらしい。
「ローレンス!ローレンス!!」
国境付近で足止めされていたはずの、ローレンスの夫こと黒龍が現れた。
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