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第一章 empty_jewel box

第一章 empty_jewel box -2

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 特別能力育成第一高等学校。

 ぐるりと塀で囲まれた、ともすれば何かの軍事施設のようにも見える巨大な規模の建物。
 その正門前には今、大量の人々が詰めかけていた。カメラや録音機器を持った彼らは丈夫な鉄門の前に立つ男性二人を囲んで口々に質問を投げかけている。

 幾人かはやや荒っぽい様子で言葉をぶつけている様子だったが、彼らを見返す初老の男性は閉ざされた鉄門同様、頑とした態度で対応している。

「……記者たちは抑えられてるね。教室の窓は?」
「カーテンを閉め切らせました。避難所も同様です」
「それでいい。空の方は?」
「ヘリが幾つか。しかし無理に近づく様子はありません」

 なるほど、とルークは返し、校門前の映像を展開していたホログラムを閉じる。
 腕時計を操作すると、今度は別の映像が表示される。ルークの隣に立つ少年――副会長は、映像の端を指さす。

「これは校庭を映していたカメラの内、落下物が地表に激突した後で唯一生きていたものです。他はほとんどが衝撃波で物理的に破損、残った数台もデータが飛んでしまいました」

 ルークはシークバーに触れ、落下直前に戻して再生する。
 閃光と、衝撃。揺れる画面。
 いとも簡単に削られる地面。巻き上げられる大地。
 衝撃波で破壊される校舎の壁面。

「……」
「確かに、何かが落下したはずです。隕石か、或いは大気圏で燃え尽きなかった人工衛星か。とにかく正体は不明ですが、何かの物体が落下したことは間違いないでしょう」
「ああ。私も目視で確認した。だが――」

 二人はくるりと振り返る。
 立ち入り禁止と表示されたホログラムウィンドウと簡易フェンスで囲まれた現場。未だ熱をもって煙を上げる、すり鉢状に凹んだ大地。

「――

 ルーク・エイカーは呟くように言った。
 そう。
 巨大なクレーターの中心部。
 そこには落下物の一切の痕跡が無かった。たとえ隕石や人工衛星が落下の衝撃で砕け、破片としてバラバラになったとしても相応の痕跡というものが残る。しかしそのような残痕は微塵も見られない。
 
何か、絶対に壊れない金属で出来た巨大な弾丸を地表に向けて発射したかのような有様だった。しかも、その弾丸は破片すら見つからないときている。

(……被害は校庭に近い第二校舎が破損、別棟の一部が倒壊した程度。小規模な隕石だったとして、破片一つ見当たらないのはなぜだ――?)

「会長」

 副会長の呼びかけに、ルーク・エイカーはこちらへと近づいて来る足音に気づく。
 現場から歩いて来たのは、警備隊として雇われていた治安維持隊の男だ。身体のあちこちに装甲のようなものを装備した彼は、装甲ヘルメットを小脇に抱えてルークの前で脚を止める。

「改めてご挨拶を。治安維持隊、警備隊長の佐崎(さざき)と申します」
「特別能力育成第一高等学校生徒会会長、ルーク・エイカーです。この度は契約外にも拘わらず本校に協力頂き、誠に感謝致します」

『あの』ルーク・エイカーが頭を下げるなど、相手する側としてはやりにくい事この上ないのだろう。ルークの謝辞に対し佐崎はいやいや、と困ったように苦笑しながら手を振った。

「我々治安維持隊の責務は市民の安全を守ることです。であるならば、その中に貴校の生徒が含まれるのは当然のこと。それよりも、到着が遅れてしまったことを謝罪したい」
「いえ、あれほどの衝撃波が起これば建物の一部が倒壊するのは自然です。むしろ危険を顧みずに脱出してまで駆けつけて頂いたことに感謝と敬意を表します」
「なに、我々はあの程度の障害ならば問題はありません。幸いこちらに負傷者はいませんでした。……もっとも、外で煙草をふかしながら昼寝をかました馬鹿が一人いたようですが」

 と、警備隊長はやや不機嫌な様子で言った。
 どうやらこっそりタバコ休憩に出かけて落下の様子を目の当たりにした隊員がいたらしい。

 衝撃波などで吹き飛ばされた様子もなくなぜか無傷で泡を吹いて倒れており、校舎を巡回していた生徒会役員の一人に見つかったという。

「警備隊にあるまじき行為です。しかも目覚めた後も『化け物を見た』だの『少女がいた』だのとわめく始末。おまけに任務が完全に終了した訳でもないのに、装備を中途半端に外して抜け出したようで。お恥ずかしい限りです」
「……、その装備は金属製ではありませんか? プレートや銃、警棒といった」
「ええ、流石よくご存じで。我ら治安維持隊の最低限の装備です」

 感心したように頷く警備隊長だったが、ルークは別のことを理解していた。

(ハルの仕業か……)

 サボタージュ警備員が倒れていたのは中央棟と北棟の間辺りだという。ならば北棟から校庭に向かう途中で自然に通りかかる場所だ。もののついでくらいの感覚で拝借したに違いない。

(どこ行ったか知らないけど、後で説教だな)

 言ったところで効果があるかは怪しいけども。ハルのすまし顔を思い浮かべたルークは内心で溜息を吐き、気持ちを切り替えてから佐崎に向き直る。

「現場の状況はこちらでも把握しました。警備隊には引き続き、この場の監視と生徒たちの警備をお願いしたいと思います。その後は治安維持隊の増援が到着次第、現場をお預けします」
「そのことなのですが、ルーク生徒会長。実は――」

 そこまで言いかけたところで、佐崎の右腕についている通信端末が突然けたたましい音を鳴らし始めた。佐崎は「失礼」と断ってから腕を持ち上げ、操作する。すると待ちきれなかったかのように勢いよくホログラムウィンドウが展開された。
『SOUND ONLY』と表示された薄いブルーの半透明パネルに佐崎が応答する。

「――こちら治安維持一五七小隊隊長、佐崎だ。どうした」
『こちら治安維持隊本部! 東京都内の全部隊へ緊急指令!』
「なに……!?」

 佐崎とルークの顔色がさっと変わる。
 治安維持部隊は警察の延長に当たる、国民を守る事を目的に設立された国家直属の機関だ。その治安維持隊が、全部隊に対して緊急の指令を下すなどほぼあり得ない状況だ。

 例えば国家直属の高校の校庭に小規模な隕石が落下した程度では、こんな通信は行われない。大型地震など、もっと大規模、広範囲に深刻な被害が出るようなものだ。
 だが、続いた言葉は更にそれを上回る事態だった。

『――東京都都心に!! 都内に配備された治安維持隊員はこれより現在進行中の任務を一時放棄、本部命令に従って行動せよ!』
「なッ……!?」
「……!」

 佐崎が思わず戦慄した声を上げる。ルークの方も、彼ほどでないにせよ同じ心境だった。生徒会長のガワがなくては大声で叫んでいたかもしれない。

「現在一五七部隊は特別能力育成第一高等学校の落下物に関して生徒の安全のため警備を指揮している! 任務続行の許可を申請する!」
『そちらの状況は把握している。一五七部隊の任務続行の許可を受諾する。だが――先ほどそちらが申請した応援部隊の派遣は諦めてくれ』
「……、了解」

 事態を考えれば当然の判断だ。こと次第では首都が戦場になるのだから。佐崎が苦々しい顔で返答した直後、

「――少し宜しいですか」

 と、ルークが声をあげた。佐崎は驚いて振り返り、通信先は横やりを入れた声に困惑した。

『誰ですか?』
「突然申し訳ありません。特別能力育成第一高等学校生徒会会長、ルーク・エイカーです」

 佐崎の腕に立ち上がったホログラムパネルに向けてルークが名乗る。凛としたよく通る声が緊迫した空気に響いた。相手の治安維持隊員は急に畏まった様子で返答する。

『ル、ルーク・エイカー生徒会長!? そ、その、申し訳ありません! 貴校が今大変な状況にあることはこちらでも承知の上ですが――』
「いえ、首都に大規模の武装勢力が現れる事態なら適切な判断です。市民の安全確保及び避難が最優先なのは当然のことでしょう」

 ただ、とルークは続ける。

「武装集団について確かめたいことがあります。司令官と繋げることはできますか?」
『しかし、司令は今――』
「ではこうお伝え下さい。『』と」
「……ッ!!」

 端的に告げられた言葉に、隣の佐崎は目を剥いた。
 パネルの向こうでも息を呑む気配がした。

 一瞬迷ったのち、オペレーターは『少々お待ちください』と短く言って音を切った。
 右腕を上げてホログラムウィンドウを表示し続ける佐崎は、冷や汗を浮かべながら傍らに立つルークに顔を向ける。

「……本当に、ここが?」
「可能性は低くないと思います。今朝の入学式で、私は襲撃されている」

 全くあり得ない話ではない。
 この第一高等学校は超能力者育成のトップに位置する機関だ。貴重な超能力者の生徒や最新の研究資材など、他国からしてみれば宝の山である。多少強引に襲撃してでも、手に入れる価値はある。

(強いて言うなら出現場所都が都心というのが気になるけど、)

 しかし陽動ということもある。ルークは顎に指を当てて考える仕草をする。
 一番厄介なのは、インフラを絶たれて都市機能を落とされる事だ。都民一千万が大混乱に陥れば、いかに強力な超能力者たちを擁する治安維持隊本部と言えど事態を収束できるかどうか。


『――


 声が、響いた。
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