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プロローグ -2

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 特別能力育成第一高等学校。

大学の施設を利用する形で開校された超能力者専門学校は、それゆえに広大で、高校とは思えないほどの設備が整っている。

 新入生が校舎内で迷っている光景は毎年の名物だった。
新宿駅ラビリンスとも形容される校舎では、生徒一人一人が専用のカリキュラムを組まれていることもあり、他の生徒と一日まったく顔を合わせないというのも珍しくない。

 閑散とした薄暗い廊下を、一人の少女が歩いていく。

 くすんだリノリウムの床を進むのは、白いジャージに身を包んだ少女だった。
 服装はおしゃれという単語からは程遠く、化粧っけのない少女だったが、その端正な顔立ちとスレンダーな体型は機能的な美しさを纏っている。

 胸に『露藤』と名が縫われた彼女は白い髪を揺らし、かつかつと廊下を進む。

 第一高校校舎、その最北端にあたるこの区画は倉庫と化している空き教室の並ぶ、普段から殆ど人の寄り付かない場所だった。入学式の今日も例に漏れず、人の気配は一切ない。

 廊下の突き当り、表札のない教室の前で、露藤は足を止めた。
 油性ペンで立ち入り禁止と書かれた張り紙を無視し、彼女は扉を勢いよく開け放った。

「――無事?」
「うひゃあ!? 誰!? 誰なんです!?」

 部屋の中央、古びたソファの上で体育座りをしていた少年が情けない悲鳴を上げる。
 縮みあがる彼に対し、ハルは軽く肩をすくめた。

「僕」
「その何もかもがどうでもよさそうな答え方、ハルだな!? いきなり開けるな! びっくりしたじゃないか! 漏らしたらどうする!?」
「人生終了だね」

「目撃者が君だけなら終わりじゃないと信じたいなあ! なあ!」

 少年はスーツジャケットを床に放り、ネクタイをむしり取るように外して叩きつける。ハルの無表情な顔が、少しだけ不快そうに歪んだ。

「行儀悪いよ、カ……」
「ハル」
「……」

 露藤ハルは深々と溜息を吐き、

「行儀が悪いですよ。
「そうやって改まられると心が痛いんですが」
「……どうすればいいのさ」

 ルーク・エイカー。
完全無敵の超能力者にして、唯我独尊の権力者。

 あの絶対神のごとく振る舞う不遜さなど、その少年には欠片も存在しなかった。

 痩せぎすな体躯。
少しクセのついた栗色の髪。
どんよりと曇った黒目に、不健康な青白い肌。

特に語ることのない、文化系学生のお手本のような少年だった。
 だがそれでも、彼は間違いなく、ルーク・エイカーその人だった。

「どうしてすぐに逃げなかったの? 逃げろって連絡したよね?」
「……」
「カッコつけすぎ」
「うぐ」
「だいたい君さ。本当はルークなんて名前じゃないし、帰国子女でもないし、金髪でも青い目でもないし、能力だって……」
「あああああ、うるさいうるさいうるさい! ハルに僕の何がわかるんだ!」
「だいたいわかるよ。カッコつけたがりのヘタレ」
「ぐわああああああああああああああッ!」

 少年がソファに突っ伏し悶絶する。その隣にあったアニメキャラがプリントされたクッションに、ハルは容赦なく腰を下ろした。

。それが君の力」
「うぅ」

「指先から炎を噴き出すような幻覚を見せ、触れずとも水を氷に変貌させたような幻想を創り、水銀を生物のように使役してるような幻影を生む。幻を自在に操る能力だ」
「うぅううう!」

 完全無敵の超能力者改め、最低最悪の催眠術師。

 とどのつまり、そういうことだった。

 先ほどの戦闘で起きた現象は全て幻だ。
 紫の炎は本物ではなく、少女が熱がっていたのはスイッチのついていないストーブを触って熱いと感じるような錯覚にすぎない。

突然夜になったのも、空間が罅割れ大量の目玉が現れたのもすべて幻影。
必殺ビームをくらった少女に外傷が見られなかったのも、爆発の跡などが無かったのも、別に後から不思議パワーで再生したわけではない。

 何も起きなかったかのよう、ではなく、本当に何も起きていなかった。

 それどころか、彼のあらゆるステータスは能力により偽造されている。
露藤ハルが指摘した通り、帰国子女ではなく生粋の日本人だし、金髪碧眼ではなく茶髪黒目だし、頭の出来も本当は生徒会長になれるほどよろしくない。

 嘘が着飾って歩いているような、正真正銘の詐欺師。
 それが、ルーク・エイカーの正体だった。

「何でもできるんじゃなくて、そう見せかけてるだけだしね」
「はいはいそうですよ! あのカッコいい呪文みたいのも全部ハッタリですよ! 悪いか!」
「悪くないよ。ただ、危険だって言ってるんだ」

 思いのほか真剣な口調に、少年は黙り込む。
 少女は彼に向けて身を乗り出し、互いの鼻先が触れそうなほど顔を接近させ、

「僕には君の作る幻覚が見えない。だから君が校庭で何をしたのか、正確なことは知らない。ただ一つ言えるのは、それが全部嘘だってことだ」
「……」

「どんなにすごいことをやってるように見えても、それは幻にすぎない。バレれば何もかもが終わりなんだ。戦いはとても危険なんだよ。君には銃弾一つ止める力もない。そうでしょ?」
「僕の幻影を作って居場所が特定されないようにしてた」

「流れ弾が飛んで来たら? やたらめったら撃ちまくられたら? もしかしたらがあるかもしれない。僕は心配なんだよ、ルーク。カッコつけて死ぬなんてバカのすることだ」
「わかってはいるけどさあ……」
「わかってるなら、みんなに自分の能力のことをちゃんと話して――」

「嫌だ」
「……」
「い、や、だ!」
「カケ……」
「だから本名で呼ぶなあッ!」

 ルークはソファから勢いよく立ち上がると、寝ぐせのついた髪をいい感じに撫でつけ、

「世の中、普通が一番です」
「…………」

 じとりと横目を向けてくるハルを無視し、彼は続けた。

「ですから普通に、ごく普通に考えてみましょう。OK?」
「微妙に発音いいのやめて」

「はっはっは。頭は悪くても勉強はそれなりに……」
「撃つよ?」
「ハルが言うと冗談にならないんだよなあ!」

 彼は取り繕うように咳ばらいをした。

「昔々、あるところに何でもない普通の少年がいました。少年は古典作品ホライゾンヒロイン喜美様に惚れるくらい健全なオトコノコでした」
「普通じゃないよ、それ」

「そんな彼がある日突然、完全催眠能力を手に入れました! はァい、彼はどうする!?」
「どうもしない」
「やりたい放題するに決まってるだろ! 完全催眠能力なんだぞう!?」

 ソファをバンバン叩き、無駄に埃を立たせながらルークは力説する。

「何でもない普通の生活から抜け出すチャンスって思うでしょ! 何にもできないけど、何でもできるんだぞ!? みんなに凄いって思われたいでしょ!?」
「別に?」

「なんという無欲! いいか、ハル! 力isパワー! 力は人を変えるんだ! だから僕が完全無敵の最強超能力者として第一高校に君臨しても何も問題はない!」
「でも弱いじゃん」

「強いのお! 全部嘘だけど強いのお‼」
「弾丸止められる?」
「……無理です」
「じゃあ弱いね」
「基準がおかしいんだよなあ!」

 ルークはソファに崩れ落ち、頭を抱えて、

「世の中、普通が一番です」
「……」

「みんなにちやほやされたい。モテたい。そんな風に考えていた時期が僕にもありました」
「ちっ」
「舌打ちしないでくださる? はしたないですわよ」
「しゃべり方が気持ち悪いんだけど」

「でも実際は、いつバレるかとビクビクする毎日です。さっきあの女の子に襲われた時も少しちびりかけました。まさか銃持ってるとは思わないじゃん?」
「だからさっさと……」

「逃げるわけには行かないんです! 完全無敵で最強だから! でもって人気者になれたと思ったら、みんなアイドルみたいに扱ってきて友達できないし! 学食でワイワイ喋ってるところに入ったら急に静かになるし! いじめか? 誰も本当の僕を見てくれないんだあ!」
「騙してるからね」

「チートでイキってたら、評議会に治安維持隊とパイプ持っちゃったし! この歳で裏社会の汚さ全部見せられたし! 責任重すぎるし! 普通の高校生活を返して! 返してよお!」
「自業自得だね」
「……世の中、普通が一番です」
「――――」

 今度こそキレそうになっている少女を無視し、ルークは澄んだ眼差しで窓の外を眺めながら、アンニュイなため息を吐いた。

「見なさい、あの誰もいない校庭を。心休まるでしょう?」
「意味わかんないんだけど」

「新入生百人以上が並ぶ光景とかもはやホラーです。二度とあんなスピーチしたくない」
「仕事だよね?」

「ねえハル。さっきから僕に辛辣すぎない? 何か嫌なことあった?」
「頭撃つよ?」
「話を戻しますが、この窓から眺める何でもない校庭こそ日常の――」

 日常が爆発した。
 空から校庭へと光の柱が突き刺さり、真っ白い光球が炸裂した。
アイスをスプーンですくうように、大量の土が一瞬でえぐり取られて宙を舞い、巨大なクレーターが形成される。
少し遅れて強烈な爆発音が響き渡り、衝撃波がサッカーゴールをなぎ倒していった。
 校舎全体がビリビリと揺れ動く。

 半笑いのまま固まるルークに、露藤ハルは大きく頷き、

「で? 今度は何をやらかしたの?」
「何もしてないわ! だいたい、ハルに僕の催眠は効かないだろ!?」
「ちょっと見てくる」
「き、緊急事態だ! ええっと、生徒会に通信を繋いで! ハルはこの場で待機……って、どこ行った!? 待て! 僕もアレだけど、君も大概なんだよ! こじれるから戻ってこぉい!?」

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