Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

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番外編  Sanctuary

後編(※)

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 荒れ狂う熱が身の内を焦がす。今にも弾け飛びそうな自身の欲に弄ばれて、秀一の下肢が引き攣るように震えた。
 迫る限界を察した武井が、彼のスラックスに手を掛ける。

「……もうイキてぇんだろ、秀一……」

 ぐいと膝まで衣服を押し下げ、秀一の中心を正面に据える。左手を添えゆっくりと己の唇で包み込んだ。

「っ…は…、あぁ…っ」

 ズクンと走る疼きに、秀一の腰が浮く。武井の上体が動いた為に漸く自由を得た左手が、紅潮した自分の面へと無意識に動いた。火を噴きそうなほどの火照りと零れ続ける艶声を隠そうとするかのように、手の甲を口元に当てる。

 内奥を弄る右手はそのままに、武井は左腕で彼のウエストを抱き、引き寄せながら、口中の熱に舌を這わせた。同時に、体内に留まる二本の指が奔放に動いて官能の源泉を攻め立てる。

 情欲の炎を煽られ、既に高みへと追い上げられていた秀一は、秘所を犯す指の動きとぬめる舌の感触に、身を震わせて瞬く間に絶頂へと昇り詰めた。


「っん…っああぁっっ!!」


 口腔に噴き上がる白濁。その全てを、武井は愛しげに嚥下する。
 後孔から指を抜き身を起こすと、細かく痙攣する秀一の内腿に手を滑らせた。

 息を弾ませ、解放の余韻に浸ったままの彼の身体。はだけたワイシャツから覗く肌も手元の下肢も朱に染まり、汗ばむ表面おもてが艶めくようにしっとりと濡れている。その姿態と纏う色香に、武井は目を細めた。


 ――物静かで折り目正しく、いつでも真面目な秀一を、ここまで乱れさせることが出来るのは自分だけだ――




『――今夜は、飲みに出るか?』


 退院していく晶を病院の通用口で一緒に見送ったあの日。おとうとを乗せた車が走り去った大通りの彼方を見詰め続ける想い人は、こちらの呼び掛けに返事を返さなかった。
 同じ方向に目を遣ったまま、周囲には聞こえぬほどの微声で己が呟いたのは、考えていたもう一つの問い。

「じゃぁ…、俺んち来るか…?」

 五秒ほど間を置いて、ゆっくりと首を縦に振った秀一。


 ――初めて合わせたその肌は、熱く上気して薄桃色に染まっていた。自分の愛撫に応えようとしながらも、緊張と羞恥で身を硬くした彼が堪らなく愛しくて。

「……無理しなくてもいいんだぜ。体力だって落ちてるんだし、何も焦る必要はねぇんだ」

 力の抜けない裸身を優しく抱き締めてから起き上がろうとした自分に、しかしそうさせまいときつくしがみ付いてきた白い腕。


「――今、欲しいんだ…。雅也――」

「! 秀一…っっ」


 己の唇を、縋るように乞うてくる秀一のそれに押し当てる。
 掻き抱いた細い身体の奥深く、積年の恋情ほのおを纏った自身の全てで、漸く愛しき人と一つになった――。




 贖う日々の苦しさは、きっと自分の想像もつかぬほどのものだろう。差し伸べる手も優しい言葉も、彼が引き受けた苦痛の全てを弾く楯にはなり得ないのだろう。
 だからこそ、時には全てを忘れるほどに、愛して、啼かせて、狂わせたかった。目も眩むほどの情欲に、たとえひと時でも、その身をさいなむ痛みを溶かし去ってしまえるように――


 秀一の膝に引っ掛かる衣類を片足だけ抜き去って、体勢を変える。彼と向き合う形で身体を重ね、その首元に唇を寄せた。顎先から喉を伝い、熱い口唇が鎖骨へと辿り着く。強く強く吸い上げて、その薄い肌に紅く所有印を刻んでいく。一つ、二つ、三つ――。


「……秀一……」


 名を呼ぶ声にふるりと睫毛を震わせて、秀一が気怠けだるげに瞼を開く。目尻に薄く涙を溜めて愛する男を見詰める眼差しは、ひどく艶麗で扇情的だった。無自覚なそれに、武井は燃え立つように熱い視線を絡ませ、己のベルトの留め具を弾く。

「…お前の中を、俺だけでいっぱいにしてやるよ。…体も、心もな――」





「あっ、あぁっっ!…っは……雅…也……っっ」

 秘所を穿つ欲望に、止め処なく零れ落ちる声。ひと際深く突き入れられて、秀一は喉を反らしあられもなく啼いた。


 ――腰を引き寄せ脚を抱え上げて、武井は、晒す姿の恥ずかしさに身を捩る彼の後孔を、反り勃つ自身で貫いた。
 己の内側を灼く熱の塊。その存在の大きさと猛々しさに、息も継げずに仰け反った秀一の身体。それを労るかのように緩やかに、そして次第に激しく、武井は熱い楔を打ち込んでいった――。


 一度欲を放った身体は、僅かな刺激にさえ反応してしまうほどに感じ易く。己の最も深い部分を貪る獣の脈動に追い立てられて、見る間に悦楽の階段を駆け上っていく。
 敏感な箇所を擦り、揺すり上げられて、片息をつく秀一の声は掠れていた。


「っ……ま…さ、や……」


 自分を求めるその唇へ口付けを落とす。深く舌を絡め存在を確かめる武井に、脈打つ自身が哮りながら、官能の頂が近いことを告げた。
 感覚を澄ませ、絡み付く粘膜の感触を全身で味わう。己を包み込むその温度に、脳髄が焼け付きそうになる。休みないピストンに喘ぐ秀一の肩を抱き締めて、その首筋に荒い吐息を零した。

 再び限界を迎えた秀一の手が、彷徨いながら武井の背に廻される。シャツの布地を震える指で強く握り締めた。

「……っだめ…だ……っ、…イ…ク…っっ」

 頬に悦びのいろを載せ快楽の淵に呑まれ掛かる恋人の最奥を、たぎる凶器でトドメとばかりに深く深く突き上げる。

「っ……秀一……。俺の…、俺だけの……っ」


 真深に届く熱に浮かされ溶け落ちた互いの欲望が、きつく絡め合った二人の中心で熱く迸った。







 ――ソファに横たえた身体の上に、脱力した秀一の裸身が重なっている。規則的に上下するその肩を摩って、武井は首元の顔を見詰めた。


 まだまだ足りぬと吠える己の欲求に従って、あれから更に二度も身体を繋げた。
 四度目の絶頂に爆ぜた直後、カクリと気を失ってしまった秀一。力の抜けた身体は、汗に濡れて纏い付くワイシャツに体温を奪われ始めていた。
 衣服を脱がせ、手近にあったバスローブで軽くその身を包む。静かに位置を入れ替えて、胸の上に抱いた。


 長い睫毛を伏せたまま気を取り戻す気配の無い秀一の髪に指を入れ、優しく梳く。失神させるほど攻め立ててしまった自分に、思わず苦笑が漏れた。


「――お前が悪いんだぜ、秀一……」


 猛る想いと獣性の欲求を知っていながら、無自覚に煽ってくるその仕種、その表情が既に反則なのだ。
 可愛くて愛しい腕の中の温もりを、慈しむように抱き締める。身も心も余す所無く、十二分に愛されたそのかんばせには、薄っすらと安らぎの表情が浮かんでいるようにも見えた。


「……ん……」


 零れる微かな吐息。
 ほんの少し身動みじろいだ恋人は、それでもやはり目覚めない。

(……んー、やっちまったかな……)



 三週間もの長期出張。その疲れが溜まったままで及んだ、帰宅早々の激しい情事。
 消耗しきった心身は、深い眠りに落ちていた。時差ボケも手伝って、この様子だと朝まで――いや、目が覚めても明日一日は起き上がれないかも知れない。



(明日が休みで良かったぜ……)

 笑みながら小さく溜息をついて、手元の柔らかな髪に口付けた。



fin.
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