Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

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第十四章 終夜

第45話 中編

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「…はぁっ、…はぁっ」


 脱力したまま、乱れた呼吸を必死に整える。
 手を突いて少しずつ身体を起こすと、あちこちに鋭い痛みが走るが、今は気にしない。

「……晶」

 直人は、横で仰向けになり肩で息をする晶を見た。心配そうに声を掛ける。

「晶…、苦しい…? 大丈夫?」

 だが、やはり晶は答えなかった。荒ぶる鼓動を抑え付けながら、自分を見詰める眼差しから目を逸らす。
 一瞬、切なそうに目を伏せて俯いた直人は、躊躇いがちに晶の胸へと手を伸ばした。未だ大きく跳ねている胸の中心に優しく触れると、火照った肌にそっと口付ける。
 そのまま耳を当て心音を聴く直人の髪に、晶の指が静かに絡められた。


(温かい……)


 無言で髪を梳くその手を取って、自分の頬に押し当てる。耳と頬から伝わる体温に、知らず識らず溢れた涙が零れ落ちそうになった。
 晶の手を離して起き上がる。彼に背を向け、目元を拭った。



「――ねぇ、晶…」

 返事が返ってこないことは承知の上で、肩越しに振り向いた直人が呼び掛ける。晶の両脇に手を突いて伸び上がると、彼の顔を正面に捉えた。灼熱を覗き込むその瞳が人工光を受けて銀の輝きを湛える。潤んだ紅い唇は、ドキリとするほどに凄艶だった。

「…お願いがあるんだ…」

 縋るような声音。憂いを含んだそれは、微かに震えていた。

「無理は言わないけど…、もし、晶が平気なら……」

 そこで少し言い淀む。
 ――直人が言わんとすることの見当さえ付かない。黙したまま怪訝な眼差しで晶が見返すと、信じられない言葉が降ってきた。


「…もっと…」

「…!」

「して…欲しい……」


 晶は目を見開く。恥ずかしそうに頬を染めつつそれでも真っ直ぐな視線を逸らさない直人を、呆然とながらも凝視した。


 今まで、直人の方から求めてきたことは無い。いつだって自分が我を通し、半ば強引に抱いていた。――直人に甘えていた。
 それに加え、今夜は優しさの欠片も無い、直人にとってはつらいだけのセックスだった筈だ。
 なのに、今自分の目の前で、直人が初めて自ら「抱いて欲しい」と訴えている。――自分に甘えたがっている。


「…お願い…」

 見入ったまま何の反応も返さない晶の頬にキスをして、消え入りそうに直人が囁く。懇願するその声に、晶の唇が無意識に動いた。


「……直人……」


 その刹那、直人が大きく目を瞠る。瞬きも忘れ暫し相手の顔を見詰めていたその瞳が、柔らかく綻んだ。

「やっと…呼んでくれたね……」

 心底嬉しそうに微笑む直人。その純粋で綺麗な笑みが、晶の心に浸透しようとする。
 迷いを怖れ、何かに耐えるように拳を握り締めた晶は、次の瞬間直人の細い身体を力いっぱい掻き抱いた。統べられた心を乱そうとする、清廉な想いを払うように。


「――頼まれなくたって、何度でも…。お前のすべてを…食い尽くすまで……」


 最後に小さく呟いたひと言は、直人の耳に届いてはいなかった――。






 ――間もなく午前0時。

 帰り支度を済ませた直人がキャビネットの上に屈み込んでいる。ライトの明かりを頼りに書いていたのは、一枚のメモ。書き終えたそれを晶のマグカップの下に挟む。
 ベッドへ向き直ると、眠っている彼に顔を寄せた。


 あれから二度、晶は直人と繋がった。それが限界だったのだろう。今夜三度目の絶頂を迎えた直後、疲れ切った彼は泥のように眠ってしまった。
 行為の最中、あまりの激しさに何度も意識を飛ばし掛けた直人も、疲労と痛みで暫く動けなかったのだ。肌を晒して横になったまま半時ほど過ごした後、なんとか重い身体を起こして衣服を身に着けた。どうしても、帰らないわけにはいかなかったから――。


 正体なく眠り込んだそのかんばせを見詰め、そっと頬を撫でる。その時、室内の時計がぴったり0時を指した。

「…誕生日おめでとう、晶…。また後でね。おやすみ……」

 長めの前髪を軽く除けて、額にキスを落とす。


 ライトのスイッチをオフにすると、真っ暗な病室を静かに出て行った。



『――晶へ――
 今日は20歳の誕生日だね、おめでとう
 一度帰るけど、昼過ぎにまた来るよ
 大事な話があるから――     直人』



 ★★★次回予告★★★

「大事な話がある」と書き置きした直人。
彼を目の前にして、己の欲望に従った晶の取った行動とは――?
晶の心中を語った後、いよいよクライマックスです!
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