Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

文字の大きさ
上 下
45 / 77
第十四章 終夜

第45話 中編

しおりを挟む


「…はぁっ、…はぁっ」


 脱力したまま、乱れた呼吸を必死に整える。
 手を突いて少しずつ身体を起こすと、あちこちに鋭い痛みが走るが、今は気にしない。

「……晶」

 直人は、横で仰向けになり肩で息をする晶を見た。心配そうに声を掛ける。

「晶…、苦しい…? 大丈夫?」

 だが、やはり晶は答えなかった。荒ぶる鼓動を抑え付けながら、自分を見詰める眼差しから目を逸らす。
 一瞬、切なそうに目を伏せて俯いた直人は、躊躇いがちに晶の胸へと手を伸ばした。未だ大きく跳ねている胸の中心に優しく触れると、火照った肌にそっと口付ける。
 そのまま耳を当て心音を聴く直人の髪に、晶の指が静かに絡められた。


(温かい……)


 無言で髪を梳くその手を取って、自分の頬に押し当てる。耳と頬から伝わる体温に、知らず識らず溢れた涙が零れ落ちそうになった。
 晶の手を離して起き上がる。彼に背を向け、目元を拭った。



「――ねぇ、晶…」

 返事が返ってこないことは承知の上で、肩越しに振り向いた直人が呼び掛ける。晶の両脇に手を突いて伸び上がると、彼の顔を正面に捉えた。灼熱を覗き込むその瞳が人工光を受けて銀の輝きを湛える。潤んだ紅い唇は、ドキリとするほどに凄艶だった。

「…お願いがあるんだ…」

 縋るような声音。憂いを含んだそれは、微かに震えていた。

「無理は言わないけど…、もし、晶が平気なら……」

 そこで少し言い淀む。
 ――直人が言わんとすることの見当さえ付かない。黙したまま怪訝な眼差しで晶が見返すと、信じられない言葉が降ってきた。


「…もっと…」

「…!」

「して…欲しい……」


 晶は目を見開く。恥ずかしそうに頬を染めつつそれでも真っ直ぐな視線を逸らさない直人を、呆然とながらも凝視した。


 今まで、直人の方から求めてきたことは無い。いつだって自分が我を通し、半ば強引に抱いていた。――直人に甘えていた。
 それに加え、今夜は優しさの欠片も無い、直人にとってはつらいだけのセックスだった筈だ。
 なのに、今自分の目の前で、直人が初めて自ら「抱いて欲しい」と訴えている。――自分に甘えたがっている。


「…お願い…」

 見入ったまま何の反応も返さない晶の頬にキスをして、消え入りそうに直人が囁く。懇願するその声に、晶の唇が無意識に動いた。


「……直人……」


 その刹那、直人が大きく目を瞠る。瞬きも忘れ暫し相手の顔を見詰めていたその瞳が、柔らかく綻んだ。

「やっと…呼んでくれたね……」

 心底嬉しそうに微笑む直人。その純粋で綺麗な笑みが、晶の心に浸透しようとする。
 迷いを怖れ、何かに耐えるように拳を握り締めた晶は、次の瞬間直人の細い身体を力いっぱい掻き抱いた。統べられた心を乱そうとする、清廉な想いを払うように。


「――頼まれなくたって、何度でも…。お前のすべてを…食い尽くすまで……」


 最後に小さく呟いたひと言は、直人の耳に届いてはいなかった――。






 ――間もなく午前0時。

 帰り支度を済ませた直人がキャビネットの上に屈み込んでいる。ライトの明かりを頼りに書いていたのは、一枚のメモ。書き終えたそれを晶のマグカップの下に挟む。
 ベッドへ向き直ると、眠っている彼に顔を寄せた。


 あれから二度、晶は直人と繋がった。それが限界だったのだろう。今夜三度目の絶頂を迎えた直後、疲れ切った彼は泥のように眠ってしまった。
 行為の最中、あまりの激しさに何度も意識を飛ばし掛けた直人も、疲労と痛みで暫く動けなかったのだ。肌を晒して横になったまま半時ほど過ごした後、なんとか重い身体を起こして衣服を身に着けた。どうしても、帰らないわけにはいかなかったから――。


 正体なく眠り込んだそのかんばせを見詰め、そっと頬を撫でる。その時、室内の時計がぴったり0時を指した。

「…誕生日おめでとう、晶…。また後でね。おやすみ……」

 長めの前髪を軽く除けて、額にキスを落とす。


 ライトのスイッチをオフにすると、真っ暗な病室を静かに出て行った。



『――晶へ――
 今日は20歳の誕生日だね、おめでとう
 一度帰るけど、昼過ぎにまた来るよ
 大事な話があるから――     直人』



 ★★★次回予告★★★

「大事な話がある」と書き置きした直人。
彼を目の前にして、己の欲望に従った晶の取った行動とは――?
晶の心中を語った後、いよいよクライマックスです!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

身の程なら死ぬ程弁えてますのでどうぞご心配なく

かかし
BL
イジメが原因で卑屈になり過ぎて逆に失礼な平凡顔男子が、そんな平凡顔男子を好き過ぎて溺愛している美形とイチャイチャしたり、幼馴染の執着美形にストーカー(見守り)されたりしながら前向きになっていく話 ※イジメや暴力の描写があります ※主人公の性格が、人によっては不快に思われるかもしれません ※少しでも嫌だなと思われましたら直ぐに画面をもどり見なかったことにしてください pixivにて連載し完結した作品です 2022/08/20よりBOOTHにて加筆修正したものをDL販売行います。 お気に入りや感想、本当にありがとうございます! 感謝してもし尽くせません………!

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

処理中です...