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第十一章 白い部屋
第31話 前編1
しおりを挟む「なんだ、また仕事?」
「うん、ごめん。急ぎのが入ってるんだ」
ベッドの下に脱ぎ散らかされた服を拾って着込みながら、直人が言う。
「なんか最近、立て続けなんだな。ちっとも泊まっていけねぇじゃん」
横になったまま不貞腐れたように言うと、ベッドの端に腰掛けてシャツのボタンを嵌める直人の髪に指を入れる。緩慢な動きで漆黒の束を弄ぶ手を取って、直人はその甲に唇で触れた。
「ん、でも、それで生活してるんだから贅沢は言えないよ。寧ろ感謝しなくちゃね。…ゆっくり出来なくて本当にごめん。夜、また電話するから」
身支度を整えて立ち上がると、すまなそうに笑みながら「じゃぁね」と部屋を出て行った。
少しばかり夕闇の訪れを遅く感じるようになった三月上旬。外には日暮れの赤い光が満ちている。
晶は仰向けになり、頭の後ろで手を組んで宙を見詰めた。
このところ、直人は梶原家に泊まることがほとんど無くなっていた。仕事が忙しいらしい。
平日のこの時間帯、秀一は無論勤務中であり、奈美も友人と出掛けて留守をすることが多かった。その為、二人きりになれるその時間を選んで身体を重ねていたのだが、ここひと月ほど、直人が朝まで晶の傍にいたことは一、二度しかない。
晶がアパートを訪れても仕事の道具が広がった室内に居場所は無く、抑え切れない彼の欲求を満たす為に、結局は直人が梶原家へと赴くことになるのだ。そして事が済めば帰っていく。その繰り返しだった。
「つまんねぇな…。そりゃ仕事も大事だろうけどさぁ……」
手持ち無沙汰に、横に放ってあった大きな枕を抱き締める。
――最近、情事の回数が増えているのは確かだった。我慢が出来ないのだ。いつでも、少しでも長く直人に触れていたいと思う。仕事時間を削るほど無理をさせていると分かっていても、身体の奥底から湧いてくる衝動を止めることが出来ない。その原因に、晶本人は気付いていた。
「…やっぱ、だりぃ…」
何となく感じる全身のだるさを意識し始めたのは、二週間ほど前からだった。特に起き抜け時、顕著に現れるその感覚には覚えがある。高校で倒れたあの日の数日前に感じたそれと、同じものだったのだ――。
現実が晶を甘い夢から引き剥がそうとする。とっくに受け入れていた筈のそれを無意識に恐れる心が、貪欲なまでに直人を求めた。
抱き締めた枕に顔を埋めて、晶は嘆息する。
「…俺…いつまでこうしてられんだろ……」
ポツリと呟いた疑問の答えがまさか三日後の金曜日に明らかになろうとは、今の晶に知る由も無かった――。
★★★次回予告★★★
身体の不調を感じ始めた晶に秀一が告げたのは――。
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