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番外編 睦月の夜
第28話 前編2(※)
しおりを挟む「ここは結構穴場なんだよなー」
路地の突き当たりにある空き地。建設途中の建物が黒い影になって聳えている。隣の敷地にはまだ明かりの点いた製材所があるが、窓が少ない上、離れている為気付いて貰えそうにも無い。
沢山の建材が置かれた傍の地面に、直人は突き倒された。
「もう何人も犯ってんのに、この場所全然バレてねぇし。たぶん全員泣き寝入りしてんだろうけどさ」
ナイフを弄ぶ男が、もう一人に言った。
「俺が先に犯るから、お前後ろで見張ってろ」
「了解。早くな」
仲間が空き地の出入り口へと走っていく足音を背中で聞いた男は、俯せに倒された状態から漸く身を起こし掛けた直人に近付く。コートを掴んだ手に気付いて振り払おうとした腕が捕らえられ、仰向けにされて地面に押し付けられた。
「くっ…」
直人はメチャメチャに暴れたが、男の筋肉質な太い腕はビクともしない。歴然とした体格差に、細い直人が力で敵う筈は無かった。
空しい抵抗はすぐに終わりを告げる。引き剥がされたコートの袖で、頭上に立っていた太いパイプ諸とも両腕をきつく縛られてしまった。膝の上に腰を落とされて、脚の動きも封じられる。
「嫌だっ! 離せっ、離せよっっ!!」
「くっくっく…、好きなだけ喚けよ。どうせ誰にも聞こえやしねぇんだから」
書き入れ時なのか、こんな時間だというのに製材所の重機類がフル稼動している。辺りの空気を震わせるような騒々しい音が、周囲一帯に響いていた。これではどんな大声も掻き消されてしまう。
なんとか逃れようと身を捩る直人の頬に男の手が伸びる。輪郭をなぞって唇に触れた男の指に、直人は渾身の力で咬み付いた。
「ぎゃあっ!」
男が叫んで手を引っ込める。人差し指の中程にはっきりと付いた跡。僅かに抉れたそこから血が流れている。
「…こいつ…っ、ふざけた真似しやがってっ!」
憎悪の眼差しで睨み上げる直人に狂気じみた目を向けると、振り上げた手の甲で思い切り彼の左頬を殴り付けた。
「あうっ!」
視界がブレる。あまりの痛みと衝撃に平衡感覚が麻痺し、全身から力が抜けてしまった。
「いい思いさせてやろうって言ってんじゃねぇか。これ以上可愛くねぇことするようなら、もっと痛い目を見るぜ」
左手にナイフをちらつかせながら、右手で直人の股間をジーンズの上から撫で回す。
「…うっ…」
粘り付くようなその動きに、直人は強烈な吐き気を覚えた。
「逃げ出せねぇような格好にしてやるよ」
男は手にしたナイフを直人のシャツの裾に当てると、一気に襟元まで走らせる。ビビビッと乾いた音がして、厚手の布地が切り裂かれた。
「や…やめ…っ」
首を振って弱弱しく抗うが、男の手は止まらない。切り刻まれ引き裂かれていく繊維の切れ端が宙を舞う。ジーンズまでズタズタにされ、縛られた両腕を覆う袖だけを残して、白い肌が男の前に晒された。
「ヘぇ、こりゃぁ上玉だ。今までの獲物ん中で最高かも知んねぇな」
男の舐めるような視線が直人を犯す。淫靡な欲望に染まった手が胸元に伸ばされるのを感じて、直人は必死に助けを呼んだ。その声が、誰にも届かないと分かっていながら。
「…嫌だっ、離…し…っ。助け…て、誰か…っ、助けてっ、晶っっ!」
「フン。家族か、それとも恋人の名前か? 残念だったな。呼んだって来てくれやしねぇよ。さぁ、お愉しみといこうぜ」
そう言った男が直人の身体に覆い被さった、その時だった。
「…てめぇ、何してやがる…」
投げ付けられた低い声に慌てて男が振り返る。そこには、夜目にも分かる灼熱色の鬣をなびかせた怒れる獣が立っていた。見張りをしていた筈の相棒は、既にその後ろで伸びている。
焦った男は立ち上がり、ナイフを構えた。
「何だよ! てめぇは!!」
その声を無視して、拘束された直人の方へ目を向ける。
「直人っ!」
「あ……晶……」
帰り際に着ていた筈の衣服は見る影も無く、寒空の下に露わにされ蹂躙され掛かった肢体を見た晶が息を呑む。
様子を窺っていた男がニヤリと笑んだ。
「あんた、この美人の彼氏か? ぶっ殺されたくなけりゃ、とっとと尻尾巻いて帰んな! …それとも恋人が犯られんの、見物してぇのか?」
晶の視線が男に戻る。その眼差しは、相手を焼き尽くさんばかりの灼熱の怒りに燃えていた。
「貴様…、よくも直人を…っっ」
腹の底から響くような凄味の効いた声に一瞬男は怖気付いたが、「チッ」と舌打ちしてナイフを握り直すと、晶目掛けて突っ込んできた。
襲い掛かる刃を避けようと身を躱す晶。しかし、高熱によるふら付きが身体の動きを鈍らせる。顔を庇うように上げた左腕に鋭い痛みが走った。
「つ…っ」
肘から手首に掛けて、15センチばかり抉られる。男の手に鮮血が散った。
「ち…くしょうっ!!」
負傷した左腕と交差するように右腕を突き出す。体重を掛けて振り抜いた拳は、的確に相手の顎にヒットした。ゴギンッという鈍い音と共に、男は声も立てずに崩れ落ちる。地面に突っ伏して、ヒクヒクと痙攣しながら血と唾液を吐き散らすその顎は、間違いなく砕けていた。
見っともなく地べたに貼り付いた男の腹を、怒りの収まらない晶は思い切り蹴り上げる。「げぇっ」とひと声呻いて、男は気を失った。
「直人っ、大丈夫か?」
急いで駆け寄り、両腕の縛めを解く。恐怖と寒さに震える身体にコートを羽織らせ、腕の中に抱き締めた。
「晶……。熱…、怪我は…?」
自分の方が悲惨な状態だというのに、それでも直人はまず晶の身体を心配する。
大きな血管を傷付けなかった為か、傷自体は酷いものの出血はかなり少なかった。少々荒い息をつきながら、晶は抱き締める腕に力を籠める。
「こんなの何ともねぇよ。それより、心配しなきゃなんねぇのは俺の方だろ。…犯られたのか…?」
不安げに訊く晶に、直人はゆるゆると首を振る。
「ううん、大丈夫。ギリギリで晶が来てくれたから……。でも…どうして…?」
「ああ、なんか嫌な予感がしてな。お前が玄関から出る音を聞いた後、10分くらい経ってから慌てて追っ掛けたんだ。けど、思うように走れなくてモタついてたら、ちょうどこの路地の入り口にお前のカバンが落ちてて――」
胸に凭れ掛かった直人の顔を上向ける。赤く腫れ上がった左頬にそっと触れた。直人はまだ目眩を感じるらしく、その瞳が少し虚ろになっている。
「殴られたのか…。ひでぇことしやがる…」
熱を持ったそこを優しく撫でてやった。
殴られた時に口の中を切ったのか、直人の唇の端から血が流れていた。それを舐め取り、そのまま唇へと口付ける。渇いた口内に舌を入れ、傷付いた箇所を癒すように舐め上げた。
優しくキスされて張り詰めていた糸が切れたのだろう。直人が肩を震わせて涙を零す。顔を離すと、晶の身体にしがみ付き掠れた声を出した。
「…こわ…かった…。怖かったよ、晶…。本当に…怖かったんだ……」
うわ言のように繰り返す彼の背を何度も何度も摩る。
「ごめんな。もう少し早く来てりゃ良かった…。でも…もう心配ない。俺が付いてるから…な? とにかく帰ろう。――けど、これじゃぁ無理だな……」
バラバラに裂かれて散らばった直人の服に目を落とした晶は、少し考えてから携帯電話を取り出す。
「…電話するの…?」
「ん…。服、持って来て貰わねぇと動きようがねぇしな。…大丈夫。秀兄ぃは野暮なことは言わねぇから」
言いながら直人の身体に自分の上着を着せ掛け、更にマフラーも纏わせる。それでもやはり覗いてしまう白い脚を摩って、秀一に電話を掛けた――。
★★★次回予告★★★
後編1はエロの前哨部分。
梶原家に戻った晶は熱で倒れてしまう。が、看病する直人が見せた笑顔に、つい――。
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