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第六章 誕生の日・晶
第15話 前編
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黄から朱へと色を変え始めた紅葉の横を抜けて、晶は直人のアパートに向かっていた。その足取りは軽い。
今日は10月16日、晶の誕生日。
二人でパーティーをしようと言い出したのは直人だった。「腕に縒をかけて準備しておくから」と楽しそうに言う直人に、晶も期待いっぱいの眼差しを向けたものだ。
梶原家に同居するようになってから、誕生日はいつも秀一とその母親が祝ってくれていた。それ以外の人に祝って貰うなど家族の事故の後では初めてのことであり、また少し前までなら考えもしないことだったのだから。
ドアの前に立つと、食欲を刺激するいい匂いが微かに鼻を掠める。約束の午後6時より少し早いが、晶は暗緑色の金属面をノックして呼び掛けた。
「直人、俺だけど」
「あ、入って。開いてるから」
返ってきた直人の声に、ドアを開いて覗き込む。中では、直人がテーブルに料理を並べているところだった。そのローテーブルは以前のそれよりひと回りほど大きい。晶が頻繁にここへ来るようになってから、直人が買い換えた物だった。
上がり込んで卓上の料理に目を落とす。綺麗に盛り付けられた、見た目にも鮮やかな皿の数々が所狭しと並んでいた。
「お、美味そう♪」
「駄目だよ、晶。撮み食いしちゃ」
皿の一つに手を伸ばし掛けていた晶は、ちぇっと舌打ちしてテーブルの脇に座った。
「なぁ、まだ?」
「うん、もうちょっと」
直人はキッチンタイマーを手にして鍋と睨めっこをしている。三十秒ほど経っただろうか。ピピピッとタイマーの音が響いて、直人が鍋の中身を取り出した。大きめの平皿に載せて、最後の仕上げをする。
「――よし、出来た」
出来上がったものを手に、漸くテーブルの方へやって来る。晶の前の、少し隙間を空けておいた卓上に皿を置いた。
「これ…」
それを見た晶の目が丸くなる。
「…ケーキか?」
真っ白なふわふわのそれからは、温かい湯気と甘い匂いが立ち上っている。ふっくらと丸みのついた表面に、茶色い文字が浮き上がっていた。
――Happy Birthday あきら――
その横には、ミルクピッチャーに立てた小さなバースデーキャンドルがちょこんと添えられている。
まじまじと凝視する晶に、直人が笑いながら説明した。
「そのつもりなんだけど…。オーブンがないから普通のは焼けないし、何がいいかなって考えてさ。確か蒸し物が好きって言ってたの思い出したもんだから、これなら気に入って貰えるかと思って」
「…にしても、湯気立ってるバースデーケーキなんて見たことねぇよ」
「うん。蒸しケーキだから出来たての方が美味しいかなって。ただ、熱くてキャンドルが立てられないから、こうやって別にしてるんだけどね」
それを聴いて、晶は微笑を浮かべて直人を見た。
「サンキュー、直人。ケーキまで手作りなんて初めてだ。すげぇ嬉しい」
喜ぶ晶の様子に安心して、直人はキャンドルに火を点す。朱色の光がテーブルに広がり、淡い影を作った。
「歌、どうする?」
「…よせよ、ガキじゃねぇんだから。小っ恥ずかしいだろ」
「じゃ、火だけ吹き消して。電気消すから」
パチンと照明を消すと、暗闇の中に二人の姿が朱く浮かび上がる。
直人は晶の横に座り、その頬にキスをした。
「晶。19歳の誕生日、おめでとう」
祝いの言葉が終わると同時に、晶は揺れる小さな灯りを吹き消した。
★★★次回予告★★★
直人から心の籠ったプレゼントを受け取る晶。
自分の揺れる心が定まるのを確信した彼が取った行動は――。
今日は10月16日、晶の誕生日。
二人でパーティーをしようと言い出したのは直人だった。「腕に縒をかけて準備しておくから」と楽しそうに言う直人に、晶も期待いっぱいの眼差しを向けたものだ。
梶原家に同居するようになってから、誕生日はいつも秀一とその母親が祝ってくれていた。それ以外の人に祝って貰うなど家族の事故の後では初めてのことであり、また少し前までなら考えもしないことだったのだから。
ドアの前に立つと、食欲を刺激するいい匂いが微かに鼻を掠める。約束の午後6時より少し早いが、晶は暗緑色の金属面をノックして呼び掛けた。
「直人、俺だけど」
「あ、入って。開いてるから」
返ってきた直人の声に、ドアを開いて覗き込む。中では、直人がテーブルに料理を並べているところだった。そのローテーブルは以前のそれよりひと回りほど大きい。晶が頻繁にここへ来るようになってから、直人が買い換えた物だった。
上がり込んで卓上の料理に目を落とす。綺麗に盛り付けられた、見た目にも鮮やかな皿の数々が所狭しと並んでいた。
「お、美味そう♪」
「駄目だよ、晶。撮み食いしちゃ」
皿の一つに手を伸ばし掛けていた晶は、ちぇっと舌打ちしてテーブルの脇に座った。
「なぁ、まだ?」
「うん、もうちょっと」
直人はキッチンタイマーを手にして鍋と睨めっこをしている。三十秒ほど経っただろうか。ピピピッとタイマーの音が響いて、直人が鍋の中身を取り出した。大きめの平皿に載せて、最後の仕上げをする。
「――よし、出来た」
出来上がったものを手に、漸くテーブルの方へやって来る。晶の前の、少し隙間を空けておいた卓上に皿を置いた。
「これ…」
それを見た晶の目が丸くなる。
「…ケーキか?」
真っ白なふわふわのそれからは、温かい湯気と甘い匂いが立ち上っている。ふっくらと丸みのついた表面に、茶色い文字が浮き上がっていた。
――Happy Birthday あきら――
その横には、ミルクピッチャーに立てた小さなバースデーキャンドルがちょこんと添えられている。
まじまじと凝視する晶に、直人が笑いながら説明した。
「そのつもりなんだけど…。オーブンがないから普通のは焼けないし、何がいいかなって考えてさ。確か蒸し物が好きって言ってたの思い出したもんだから、これなら気に入って貰えるかと思って」
「…にしても、湯気立ってるバースデーケーキなんて見たことねぇよ」
「うん。蒸しケーキだから出来たての方が美味しいかなって。ただ、熱くてキャンドルが立てられないから、こうやって別にしてるんだけどね」
それを聴いて、晶は微笑を浮かべて直人を見た。
「サンキュー、直人。ケーキまで手作りなんて初めてだ。すげぇ嬉しい」
喜ぶ晶の様子に安心して、直人はキャンドルに火を点す。朱色の光がテーブルに広がり、淡い影を作った。
「歌、どうする?」
「…よせよ、ガキじゃねぇんだから。小っ恥ずかしいだろ」
「じゃ、火だけ吹き消して。電気消すから」
パチンと照明を消すと、暗闇の中に二人の姿が朱く浮かび上がる。
直人は晶の横に座り、その頬にキスをした。
「晶。19歳の誕生日、おめでとう」
祝いの言葉が終わると同時に、晶は揺れる小さな灯りを吹き消した。
★★★次回予告★★★
直人から心の籠ったプレゼントを受け取る晶。
自分の揺れる心が定まるのを確信した彼が取った行動は――。
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