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第一部
第20話 ゴールデンウィーク ~手伝い~ 3
しおりを挟む「伯母さんっ、丞っ、お菓子作ってるんだって?」
勢いよく食堂に入ってくると、永は厨房との境の窓に駆け寄った。中では、律子が両手にミトンをしてオーブンから何かを取り出している。深めのバットをケーキ型代わりに使ったそれは、きつね色に焼き上がったパウンドケーキだった。
「わぁ、美味そう!」
焼き立ての香ばしい匂いを思い切り吸い込む永の傍に、各テーブルにクロスを敷き終わった恵が寄ってくる。
「丞に教わって、伯母さんが作ったケーキだよ。美味しそうに出来てるよね。でも、完成直後に駆け付けるなんて、さすが永は甘い物に鼻が利くね」
町田家一の甘党である永は、和菓子でも洋菓子でも、とにかく菓子と名の付く物には目が無い。バレンタインのチョコレートですら、あまりに美味しそうだからと自分で買って食べてしまうほどだ。丞が作るお菓子の一番のファンも永だった。
腰に手を当て胸を張り、「えっへん」と言わんばかりの永。と、そこへ遅れて残りの二人がやってきた。龍利の後ろで疲労顔を引き摺っていた覓だったが、恵の姿を目にした途端、その顔は生気を取り戻したようにシャッキリと生き返る。
「あ、二人ともお帰り。薪割りしてたって聞いたけど、大変だったろ?」
「いや、大したことねぇよ。パパッと片付けて楽勝さ」
横でコッソリ吹き出す龍利の二の腕を肘で小突きながら、覓は恵の手を握る。
「それより、恵と離れてたことの方がしんどかった。今夜ひと晩また離れ離れかと思うと気が滅入るから、せめて一緒にいられる時間は俺の一番近くにいてよ」
そう言って恵の腰に手を廻し、ピッタリと寄り添った。困惑する恵。
「……覓、これはちょっと近過ぎるんじゃ……」
少し距離を取ろうとする長兄に構わず、その柔らかな髪に頬を擦り付ける。まるでじゃれ付く大型犬のような覓の背に、厨房内から次兄の声が飛んだ。
「もうすぐお客さん達も来んだから、んなトコで恥曝してんじゃねぇよ」
スタッフ用のエプロンと三角巾。伯母と同じ出で立ちの丞が、調理台の前で仁王立ちしていた。しかしそれを気にする様子も無い覓は、変わらず恵にベッタリとくっ付いている。こういう時、いつもなら永も悪ノリするのだが、今は目の前のパウンドケーキに夢中でそんな気配は無い。覓に呆れたものの、トラブルメーカーの一人が大人しくしてくれていることに丞は安堵した。
「ねぇ、伯母さん。そのケーキ、夕食に出すの?」
永が律子に訊く。伯母は笑って首を横に振った。
「これは練習で作った物だから、お客様には出せないわ。もっと試作を重ねて上手にならないと」
「それに、ケーキ型とか道具も最低限は用意しなくちゃな」
丞のセリフに頷く律子。永は窓から身を乗り出す。
「じゃぁ、それ俺達が食ってもいいってこと?」
彼にとって一番重要な質問だ。「ええ、いいわよ」と答えた律子にガッツポーズをして見せる。が、そこへ丞が口を挟んだ。
「ちょっと待って。パウンドケーキは焼き立てより少し寝かせた方が美味くなるから、食うなら明日以降がいいと思う。今食うんだったら、さっき作って冷ましておいたシフォンがあるだろ? あれを皆に試食して貰ったら?」
「そうね」と伯母は小走りに厨房の奥へ行く。戻ってきた彼女の手には、八個の小さいケーキの乗ったトレイがあった。型が無い為、耐熱性の紙カップで代用した、一人分サイズのシフォンケーキだ。
「これなら切り分ける必要もないし、今さっと味見して貰うのにちょうどいいわね」
トレイを差し出すと、真っ先に永が、それから他の三人も次々とカップを手に取る。最後に丞と律子が取った時、既に永は食べ始めていた。
「うまっ!」
大きくひと口頬張って、感嘆の声を上げる。恵も、その美味しさに思わず笑みを零した。
「ホントだ。初めて焼いたとは思えないね。しっとりふわふわで、とっても美味しい」
その言葉に、口をモゴモゴさせていた覓と龍利もうんうんと頷いて同意する。丞は律子と目を合わせハイタッチした。
「先生がいいから上手く出来たのよ。ありがとう、丞」
「伯母さん料理上手いから、スイーツ作るのもきっと大丈夫だと思ってたんだ。この分なら、安心してお客さんにも出せそうじゃん」
労働後の思わぬスイーツタイム。食堂内にワイワイと賑やかな笑い声が響く中、玄関の方からは、チェックインする客達の出入りする音が聞こえ始めた。
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