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第一部
第15話 ゴールデンウィーク ~再会~ 2
しおりを挟む「ちょ、ちょっと…っ」
いきなりの挨拶に、恵は焦って身を捩る。だが、しっかりと廻された腕がその身体を更に強く抱き寄せた。困り顔の恵を、長身の彼は軽く屈んで覗き込む。鼻先が触れそうなほど近くでまじまじと見詰めてから、喜色満面の笑みを零した。
「随分と大人びて――ますます綺麗になったな。会社で変なのに絡まれたりしてないか?」
言いつつ髪に頬擦りされ、小さく息を吐く恵。
「大丈夫だよ。お願いだからもう放して、悠ちゃん。本当に相変わらずなんだから……」
町田悠。洋介の長男で、恵より5つ年上の従兄である。首都圏の大学を卒業後一旦地元へ戻った彼は、二年間家業を手伝っていた。昨年春に再び上京し、今は大手物流会社に勤務している。
龍利と並ぶほどの上背、父に似た広い肩。大人の男を意識させるその面に浮かぶ表情は、しかし五年前と――いや、それ以前と全く変わってはいない。嬉しそうに輝く瞳が、まるで少年のような眼差しを恵に注いでいた。
漸く緩んだ腕の中から擦り抜けて、恵は悠の顔を見上げながら微笑する。
「でも、びっくりしたよ。滅多に帰ってこないって聞いてたから、会えるなんて思ってなかった」
「ああ、たまたまこっちの支店に出張でさ。ついでだから帰ってみたんだけど、お前が来るって親父から聞いて俺も驚いたよ」
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「俺達、やっぱり赤い糸で結ばれてんだな。どうだ? そろそろ嫁に来る気になったか?」
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「…悠ちゃん。だから、それは――」
明らかに従弟へ向けるものでは有り得ない言葉に嘆息する恵を、もう一度引き寄せようと伸びてくる悠の両腕。しかし、一つの視線に気付いてその手が止まる。突き刺さるほどにとげとげしいそれを辿って行き着いた先は、当然の如く、恵を想って止まない彼の鋭い双眸だった。強い苛立ちを籠めた挑むような眼光は、けれども気抜けしそうな言で呆気無く躱されてしまう。
「ああ、そうか。お前らも来てたんだっけ」
――たちまち毒気を抜かれ、ゲンナリとした覓に歩み寄る悠。自分とほぼ変わらない背丈になった従弟に、ニコニコとお兄さんスマイルを向ける。
「ホントにデカくなって…。さすがは思春期真っ直中の育ち盛りってトコか。永も、昔は俺がよく肩車してやったもんだけど、これじゃもう無理だな」
微かに照れ笑いを浮かべながら「当たり前だろ」と言う永の髪を、クシャクシャと撫でた。
父親と同じ順序で懐かしい顔ぶれに接していた彼だったが、何故か最後の二人だけは逆になる。
「あれ? 龍利…だよな? あの中坊が、まさかこんな色男になってるとは思わなかった。俺といい勝負だぜ」
――思わず苦笑が漏れそうなほどそっくりなこの物言い。やはり親子…とでも言うべきか。
実際、『男前』だの『色男』だのという形容は、坂田や他の友人にも何度か言われた覚えがあるけれど――。
「…悠さん。なんか、俺がまるで遊び人みたいに聞こえるじゃないですか」
「ん? 違うのか? こんなにカッコいいんだから、学校でもかなりモテるんだろうと思ったんだけど。――あ、そうそう。もう一人の中坊はと……」
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(悠さんの遣り口は分かってる筈なのに、どうしても釣られる。まったく何やってんだか……)
押し出された丞は、自分には何を言うつもりなのかと不安げな瞳を従兄に向ける。目の前に現れた尋ね人を見下ろして、発した悠の第一声は――
「なんだ。相変わらず伸びないなぁ、丞は。まだ平均以下っぽいじゃないか。龍利の体で隠されてて見えなかったよ」
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「……悠。俺に喧嘩売ってん――」
憤然として投げ付け掛けた言葉が、全てを紡がず停止する。腿に手を突き目線を下げた悠が、自分の顔をじっと見詰めてきたからだ。
「…な、なんだよ」
「へぇ…。小さい頃からそうだったけど、成長したら尚更恵に似てきたような気がするな。あいつのミニチュアみたいで可愛いぞ♪ ――うん、そうだ。恵は正妻、丞は二号ってことでどうだ?」
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「…プッ、くくく…っ。冗談だよ、冗談。幾ら恵に似てるからって、誰にでもモーション掛けるほど俺は浮気性じゃない。ましてや、まだ高校生の従弟に手なんか出すわけないだろ」
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ちゃんとした原因があるとはいえ、この馬鹿従兄の言動には昔も今もついていけない。どういう脳内構造をしているのかと、幼心にも思ったりしたものだ。
それでも嫌悪を感じているわけでは無く、会う度にこちらを振り回してくれる彼にはただただ呆れさせられるばかり。冗句ではあったものの、今回自分まで射程圏内に入れてしまいそうだった悠に、この身はもはや脱力する以外に無かった。
――着いた早々どっと疲れた気がするが、ひとまず妙な展開は回避出来たようだと丞は胸を撫で下ろす。だが彼は、背後に立つ男がその時、自分と同じく安堵の息をついていたことを知らない。
そしてその男――龍利もまた、そんな己の姿を見て薄く目を細めた悠の表情に気付いてはいなかった――。
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