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第3章
依子
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たちまち今流し台にある食器類を片付け、テーブルを綺麗に拭いてから私たちは店を出た。
「おやすみなさい。ご馳走様でした。」
「はーい、また明日も顔だしてね。なんだかんだいって私、あなた達が来ると嬉しいから。」
「わかってるよ。また明日もよろしく。」
相変わらず素敵なお義母さん。
相手に遠慮させない。
先日、この店の外で”諭”らしき人物を見た。
私達は来日してからほぼ毎晩、お義母さんのレストランに顔を出している。そして、食事を伴う用事がない限りは夕食を頂いている。
だから、このお店を出るタイミングで、私は緊張してしまう。
私にとって過去の人ではあるが、離婚しているというのは進行形だ。過去形にはならない。
どうでもいい
そう思っているものの、あの日諭を見てから、この場所がどうにかなりそうな場所になってしまった。
元気でやってるか?
おばさんの具合はどうか?
思うことは、そんな程度でいいのに、
誰の車のなのか?
その人とどこに行くのか?
どうしてその車に乗っているのか?
なぜ、目が合ってしまったのか……
そんなことを問いたくなる。そして勝手に答えを考えてしまう。
酷いことをされたのだから、冷淡であっていいのに、幼馴染として私の過去にちらほら出てくる諭とのエピソードは避けられない。
「依子ちゃん、ほら、上がろう。」
「あ、うん。ごめんね。」
「……」
純君がさっき話してくれたこと。
私もよく考えている。
時期的にもそろそろいいかなぁと思う。ただ、本当にこればっかりは授かりものだし。
それにしても、諭の避妊法は信用ならないものだったにも関わらず、私は妊娠しなかった。
多分、他の浮気相手に対しても、似たような避妊法をしていたのだと思う。だから、唯一子供ができたいずみさんは諭と縁があるのだと思えた。
「ふぅー」
あ、思わずため息が出てしまった。
「……まだ、早かったかな?ごめん、焦らせたのかな…」
やっぱり……
「違うの。ごめんね、ただちょっと疲れただけ。」
今日の日中は、炎天下の中、私は純君について様々な会社を回った。補佐的な、いや、ただ付録のような感じで付いて回っただけだけど、緊張から疲れたのは嘘じゃない。
「そっか……じゃあ今日はお風呂わかそう。たまにはゆっくり浸からなきゃ。」
純君はそう言うと駆け足で階段を上がり、部屋に入った。
私も後を追おうとしたけれど、なぜか体が思うように動かない。なんだろう?バランスが悪い感じ。
それもこれも、きっとこの場所が悪いのだ。
この場所で、あの諭らしき姿を見たことが全ての要因なのだ。
やっぱりまだ帰るべきじゃないのかな……。
切っても切っても諭と繋がってしまったあの頃が蘇る。
私は意外とまだダメなのかもしれない。
もし、もしも真正面から諭が現れたら、目を離せなくなるのかもしれない。
愛しい人は純君に違いないのだけど。
「……まだ早いかな……」
思わず玄関のドアの内側で、そう呟いた声は、しっかりと純君の耳に届いていた。
「おやすみなさい。ご馳走様でした。」
「はーい、また明日も顔だしてね。なんだかんだいって私、あなた達が来ると嬉しいから。」
「わかってるよ。また明日もよろしく。」
相変わらず素敵なお義母さん。
相手に遠慮させない。
先日、この店の外で”諭”らしき人物を見た。
私達は来日してからほぼ毎晩、お義母さんのレストランに顔を出している。そして、食事を伴う用事がない限りは夕食を頂いている。
だから、このお店を出るタイミングで、私は緊張してしまう。
私にとって過去の人ではあるが、離婚しているというのは進行形だ。過去形にはならない。
どうでもいい
そう思っているものの、あの日諭を見てから、この場所がどうにかなりそうな場所になってしまった。
元気でやってるか?
おばさんの具合はどうか?
思うことは、そんな程度でいいのに、
誰の車のなのか?
その人とどこに行くのか?
どうしてその車に乗っているのか?
なぜ、目が合ってしまったのか……
そんなことを問いたくなる。そして勝手に答えを考えてしまう。
酷いことをされたのだから、冷淡であっていいのに、幼馴染として私の過去にちらほら出てくる諭とのエピソードは避けられない。
「依子ちゃん、ほら、上がろう。」
「あ、うん。ごめんね。」
「……」
純君がさっき話してくれたこと。
私もよく考えている。
時期的にもそろそろいいかなぁと思う。ただ、本当にこればっかりは授かりものだし。
それにしても、諭の避妊法は信用ならないものだったにも関わらず、私は妊娠しなかった。
多分、他の浮気相手に対しても、似たような避妊法をしていたのだと思う。だから、唯一子供ができたいずみさんは諭と縁があるのだと思えた。
「ふぅー」
あ、思わずため息が出てしまった。
「……まだ、早かったかな?ごめん、焦らせたのかな…」
やっぱり……
「違うの。ごめんね、ただちょっと疲れただけ。」
今日の日中は、炎天下の中、私は純君について様々な会社を回った。補佐的な、いや、ただ付録のような感じで付いて回っただけだけど、緊張から疲れたのは嘘じゃない。
「そっか……じゃあ今日はお風呂わかそう。たまにはゆっくり浸からなきゃ。」
純君はそう言うと駆け足で階段を上がり、部屋に入った。
私も後を追おうとしたけれど、なぜか体が思うように動かない。なんだろう?バランスが悪い感じ。
それもこれも、きっとこの場所が悪いのだ。
この場所で、あの諭らしき姿を見たことが全ての要因なのだ。
やっぱりまだ帰るべきじゃないのかな……。
切っても切っても諭と繋がってしまったあの頃が蘇る。
私は意外とまだダメなのかもしれない。
もし、もしも真正面から諭が現れたら、目を離せなくなるのかもしれない。
愛しい人は純君に違いないのだけど。
「……まだ早いかな……」
思わず玄関のドアの内側で、そう呟いた声は、しっかりと純君の耳に届いていた。
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