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そばに.4
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寝室を出た高原さんが、玄関のドアを閉めるまで、私は溢れてきた涙を拭うこともせず、ただただ横たわっていた。
『ガチャ』
と、嫌でも聞こえるドアの音に、頭の中は一層暗くなった。
けれど、次の音が聞こえた瞬間、涙は止まり、胸がざわめき始めた。
(え?なんで?)
高原さんは合鍵を持っていない。
マンションの名義が、北見さんに変わってから、当然玄関の鍵も変わった。高原さんを信用していないわけではないけれど、一般常識だろう。
じゃあ、今のは……!?
『ピピ』
サイドテーブルに置かれた携帯電話が、メールを知らせる。
《念のため明日も休むこと。外出禁止。僕が行くから待ってて。勝手なことしてごめん。》
「は?な、なんで?勝手なことしてごめんって、勝手すぎでしょ!外出禁止って、酷い!!」
高原は依子の鍵を勝手に持って出た。とはいえ、契約時にあと2つ合鍵を渡されている。このことは、きっと高原も周知のことのはずだ。
『ピピ』
《明日の昼までには行くから。明け方には片付くはず。何か欲しいものがあったらメールして。》
追加のメールがきた。
「明け方にはって……寝ずに仕事してるってこと?そんな、そんなことしたら高原さんが倒れちゃうじゃん。何やってんのよっ。あの人。」
高原のペースはまるで読めない。
優しいんだか、変わり者なんだか……。
ただ、依子のことを大事に思ってくれているのは確かだし、他の人にされたら不快に思うことも、彼にされたら嫌だとは思えない。
「どうしよう……。」
戸惑いながらも、高まる気持ちに心地よさも感じ始めていた。
「明日から連休入るんだよね……。」
きっと、高原の仕事に年末年始の連休などないのだろう。
忙しい彼が眠る姿を思い出し、またその隣で寄り添いたい思いで切なさがこみ上げてくる。
ーー好きになってる。
いくらなんでもここまでくれば、気持ちは偽れない。
ただ、まだストンと自分の中に落としきれない。
セーブすることを良しとしている。
翌朝、9時くらいに高原さんは来た。
鍵を持っていても、エントランスでインターフォンを鳴らして、自分が来たことを知らせてくれた。
「どう?まだ怠さはある?」
レジ袋をテーブルに置きながら、私の顔色を見る。
その姿は、睡眠不足丸出しで、思わず
「私より、高原さんが寝てください。ベッドはちょっと汚いんで、ソファにでも。」
と、手を引いて促してしまった。
高原さんは苦笑いしながら座ってくれたけど、そのまま私も隣に座らされ、額に手を当てて熱が高いかどうか確かめられた。
今朝測った時、36.5度だったから、きっともう大丈夫だとわかっていたけれど、その手のひらの心地よさを知っているから、私は委ねた。
「うん。大丈夫そうだね。会社は休んだんだよね?」
「実は今日から連休なんです。昨日が仕事納めで。」
「あぁ、そっか。年末年始か。僕はお正月だけ休みだから羨ましいな。」
「1日だけ?だったら今日も仕事なんじゃ…?」
「今日の仕事は半分してきた。あと半分はここでもできるかなと思って。」
そう言うと、高原さんは立ち上がり、カバンからノートパソコンを取り出した。
「電話とネットがあればどこでも仕事はできるけど、いつも見張られているようで、便利すぎるのもどうかと思うよね。」
とため息を吐いた。
「……じゃあ、今日はここにいてくれるの?」
高原さんのため息とは真逆で、私は素直に嬉しいと感じた。だから、思わず口に出してしまった。
「……依子ちゃんが、そう言ってくれるのなら……アリかな……。」
まっすぐに私を見て、少し顔を赤らめた高原さん。
「じゃあ、ちょっとだけ仮眠とろうかな。」
そう言って、私の肩に頭を乗せ、目をつぶった。
『ガチャ』
と、嫌でも聞こえるドアの音に、頭の中は一層暗くなった。
けれど、次の音が聞こえた瞬間、涙は止まり、胸がざわめき始めた。
(え?なんで?)
高原さんは合鍵を持っていない。
マンションの名義が、北見さんに変わってから、当然玄関の鍵も変わった。高原さんを信用していないわけではないけれど、一般常識だろう。
じゃあ、今のは……!?
『ピピ』
サイドテーブルに置かれた携帯電話が、メールを知らせる。
《念のため明日も休むこと。外出禁止。僕が行くから待ってて。勝手なことしてごめん。》
「は?な、なんで?勝手なことしてごめんって、勝手すぎでしょ!外出禁止って、酷い!!」
高原は依子の鍵を勝手に持って出た。とはいえ、契約時にあと2つ合鍵を渡されている。このことは、きっと高原も周知のことのはずだ。
『ピピ』
《明日の昼までには行くから。明け方には片付くはず。何か欲しいものがあったらメールして。》
追加のメールがきた。
「明け方にはって……寝ずに仕事してるってこと?そんな、そんなことしたら高原さんが倒れちゃうじゃん。何やってんのよっ。あの人。」
高原のペースはまるで読めない。
優しいんだか、変わり者なんだか……。
ただ、依子のことを大事に思ってくれているのは確かだし、他の人にされたら不快に思うことも、彼にされたら嫌だとは思えない。
「どうしよう……。」
戸惑いながらも、高まる気持ちに心地よさも感じ始めていた。
「明日から連休入るんだよね……。」
きっと、高原の仕事に年末年始の連休などないのだろう。
忙しい彼が眠る姿を思い出し、またその隣で寄り添いたい思いで切なさがこみ上げてくる。
ーー好きになってる。
いくらなんでもここまでくれば、気持ちは偽れない。
ただ、まだストンと自分の中に落としきれない。
セーブすることを良しとしている。
翌朝、9時くらいに高原さんは来た。
鍵を持っていても、エントランスでインターフォンを鳴らして、自分が来たことを知らせてくれた。
「どう?まだ怠さはある?」
レジ袋をテーブルに置きながら、私の顔色を見る。
その姿は、睡眠不足丸出しで、思わず
「私より、高原さんが寝てください。ベッドはちょっと汚いんで、ソファにでも。」
と、手を引いて促してしまった。
高原さんは苦笑いしながら座ってくれたけど、そのまま私も隣に座らされ、額に手を当てて熱が高いかどうか確かめられた。
今朝測った時、36.5度だったから、きっともう大丈夫だとわかっていたけれど、その手のひらの心地よさを知っているから、私は委ねた。
「うん。大丈夫そうだね。会社は休んだんだよね?」
「実は今日から連休なんです。昨日が仕事納めで。」
「あぁ、そっか。年末年始か。僕はお正月だけ休みだから羨ましいな。」
「1日だけ?だったら今日も仕事なんじゃ…?」
「今日の仕事は半分してきた。あと半分はここでもできるかなと思って。」
そう言うと、高原さんは立ち上がり、カバンからノートパソコンを取り出した。
「電話とネットがあればどこでも仕事はできるけど、いつも見張られているようで、便利すぎるのもどうかと思うよね。」
とため息を吐いた。
「……じゃあ、今日はここにいてくれるの?」
高原さんのため息とは真逆で、私は素直に嬉しいと感じた。だから、思わず口に出してしまった。
「……依子ちゃんが、そう言ってくれるのなら……アリかな……。」
まっすぐに私を見て、少し顔を赤らめた高原さん。
「じゃあ、ちょっとだけ仮眠とろうかな。」
そう言って、私の肩に頭を乗せ、目をつぶった。
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