私と離婚してください。

koyumi

文字の大きさ
上 下
41 / 89

諭の子供

しおりを挟む
 すっかり日が暮れる時間も早くなってきた頃、私は諭と会った。
 久々に喫茶店に行き、暖かいカフェオレをいただこうと足を運び、ドアノブに手をかけたところだった。

「……依子?」

 普通に名前を呼ばれて振り向くように、諭を見た。
 見えて、その姿に身構えた。
 振り向く前に知っておきたかった。
 名前を呼んだのは諭だってこと。

「諭……どうした、の?」

 諭に目線を合わせられない。
 誰だって、そうでしょう?
 別れた旦那が胸に小さな子供を抱いているんだから。

「あの……元気?だったか?」

 私の心配なんて、きっとする間もないほど忙しい日々を過ごしているのだろう。
 前から痩せ型だったが、今はさらに痩せている。頬骨の形がよくわかる。

「私は、元気だよ……諭は、よかったね。生まれたんだね。おめでとう。」

 責めなかった。
 そんな雰囲気微塵もなかったし、諭の胸に寄りかかって眠っている赤ん坊は、素直に可愛く思えた。
 赤いほっぺに、唇を尖らせて眠るその姿は、無垢そのもの。つい、触りたくなる小さな手は、ギュッと握りしめたままだ。

「あ、入る?もしかして、マスターにお披露目?」

「あ、あぁ。今日なら、落ち着いてるかもしれないからって。」

「ふーん、でも、結構遅い時間だよね?奥さんは?」

 諭は私が『奥さん』と言ったことにハッとしたが、私にとってはもうなんだっていいのだ。
 それに、何故奥さんがいないのか、普通に気になると思う。

「……それが、その、出て行っちゃって、さ……。」

「はい?」

「だから、その……子供置いて、出てった。」

 もはや立ち話のレベルではない。

 私は急いでドアを開け、店の中に入ると、口に指を当てて「しーっ!」と言いながらマスターに目で合図をし、1番奥のカウンターに諭を座らせた。

「へえー、可愛いね、諭くん。抱っこ紐も様になってるじゃないか。」

 何を呑気なことを言ってんだ、と、私はマスターにちょっとだけイラついてしまった。
 だって、この状況、おかしいでしょ?

「依子、マスターは全部知ってる。だから、大丈夫だ。」

「あぁ、そう、ですか……。」

 そうだよね、知らなきゃ来ないよね。

「修也って、いうんだ。子供……。そんで、修也が2ヶ月の頃、いずみは出ていった。まだ、首もすわってない子を置いて、な……。」

 それから、穏やかに、一定のリズムで、諭は今自分が置かれている状況を私に話してくれた。

 いずみさんは、義母と合わなくて、よく泣いていたという。
 産まれてから、3週間は実家に戻ったけど、こっちに帰ってきてからはまた鬱のような状態になったんだという。
 赤ちゃんのお世話はするが、諭や義母とは目を合わさなかったそうだ。
 そして修也くんが2ヶ月になった頃、突如いずみさんは行方をくらましたという。そして、2日程音沙汰がなく、3日目にいずみさんの実家から電話があり、娘は病気なのでもう金輪際関わらないでほしいと、一方的に言われたらしい。
 何度も掛け合ったが、全く相手にしてくれず、いずみさんは今どこにいるのかわからないという。

「実家で匿っているのは確かだから、命は大丈夫だと思うが、この子のためには、戻って元気になってほしいけど……。まあ、全部、俺の責任だ。」

 悲しくて、やりきれない話に、私は何も言えなかった。
 私なんかが口を出す話じゃない。
 諭と、いずみさんの問題だ。
 そして、そんな事情を敏感に感じ取る修也くんは、夜泣きがひどくて諭も不眠が続いているそうだ。

「だから……。」

 だから、そんな顔をしているんだね。

 おばさんもショックで内にこもる日が続いていたらしい。最近になり、「修也は私が命かけて守る」と、育児に奮闘してくれているみたいだ。

「そうは言っても、母さんも年取ったしな。あまり、無理ばかりさせられない。とにかく、俺が頑張る以外ないんだ。」

 諭の声量が心地いいのか、修也くんはずっと眠っていた。
 こんなことは、珍しいよと、優しい目で修也くんの頬を触る諭。

 私は、本当になんて言えばいいのかわからず、黙って2人を見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...