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諭の子供
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すっかり日が暮れる時間も早くなってきた頃、私は諭と会った。
久々に喫茶店に行き、暖かいカフェオレをいただこうと足を運び、ドアノブに手をかけたところだった。
「……依子?」
普通に名前を呼ばれて振り向くように、諭を見た。
見えて、その姿に身構えた。
振り向く前に知っておきたかった。
名前を呼んだのは諭だってこと。
「諭……どうした、の?」
諭に目線を合わせられない。
誰だって、そうでしょう?
別れた旦那が胸に小さな子供を抱いているんだから。
「あの……元気?だったか?」
私の心配なんて、きっとする間もないほど忙しい日々を過ごしているのだろう。
前から痩せ型だったが、今はさらに痩せている。頬骨の形がよくわかる。
「私は、元気だよ……諭は、よかったね。生まれたんだね。おめでとう。」
責めなかった。
そんな雰囲気微塵もなかったし、諭の胸に寄りかかって眠っている赤ん坊は、素直に可愛く思えた。
赤いほっぺに、唇を尖らせて眠るその姿は、無垢そのもの。つい、触りたくなる小さな手は、ギュッと握りしめたままだ。
「あ、入る?もしかして、マスターにお披露目?」
「あ、あぁ。今日なら、落ち着いてるかもしれないからって。」
「ふーん、でも、結構遅い時間だよね?奥さんは?」
諭は私が『奥さん』と言ったことにハッとしたが、私にとってはもうなんだっていいのだ。
それに、何故奥さんがいないのか、普通に気になると思う。
「……それが、その、出て行っちゃって、さ……。」
「はい?」
「だから、その……子供置いて、出てった。」
もはや立ち話のレベルではない。
私は急いでドアを開け、店の中に入ると、口に指を当てて「しーっ!」と言いながらマスターに目で合図をし、1番奥のカウンターに諭を座らせた。
「へえー、可愛いね、諭くん。抱っこ紐も様になってるじゃないか。」
何を呑気なことを言ってんだ、と、私はマスターにちょっとだけイラついてしまった。
だって、この状況、おかしいでしょ?
「依子、マスターは全部知ってる。だから、大丈夫だ。」
「あぁ、そう、ですか……。」
そうだよね、知らなきゃ来ないよね。
「修也って、いうんだ。子供……。そんで、修也が2ヶ月の頃、いずみは出ていった。まだ、首もすわってない子を置いて、な……。」
それから、穏やかに、一定のリズムで、諭は今自分が置かれている状況を私に話してくれた。
いずみさんは、義母と合わなくて、よく泣いていたという。
産まれてから、3週間は実家に戻ったけど、こっちに帰ってきてからはまた鬱のような状態になったんだという。
赤ちゃんのお世話はするが、諭や義母とは目を合わさなかったそうだ。
そして修也くんが2ヶ月になった頃、突如いずみさんは行方をくらましたという。そして、2日程音沙汰がなく、3日目にいずみさんの実家から電話があり、娘は病気なのでもう金輪際関わらないでほしいと、一方的に言われたらしい。
何度も掛け合ったが、全く相手にしてくれず、いずみさんは今どこにいるのかわからないという。
「実家で匿っているのは確かだから、命は大丈夫だと思うが、この子のためには、戻って元気になってほしいけど……。まあ、全部、俺の責任だ。」
悲しくて、やりきれない話に、私は何も言えなかった。
私なんかが口を出す話じゃない。
諭と、いずみさんの問題だ。
そして、そんな事情を敏感に感じ取る修也くんは、夜泣きがひどくて諭も不眠が続いているそうだ。
「だから……。」
だから、そんな顔をしているんだね。
おばさんもショックで内にこもる日が続いていたらしい。最近になり、「修也は私が命かけて守る」と、育児に奮闘してくれているみたいだ。
「そうは言っても、母さんも年取ったしな。あまり、無理ばかりさせられない。とにかく、俺が頑張る以外ないんだ。」
諭の声量が心地いいのか、修也くんはずっと眠っていた。
こんなことは、珍しいよと、優しい目で修也くんの頬を触る諭。
私は、本当になんて言えばいいのかわからず、黙って2人を見ていた。
久々に喫茶店に行き、暖かいカフェオレをいただこうと足を運び、ドアノブに手をかけたところだった。
「……依子?」
普通に名前を呼ばれて振り向くように、諭を見た。
見えて、その姿に身構えた。
振り向く前に知っておきたかった。
名前を呼んだのは諭だってこと。
「諭……どうした、の?」
諭に目線を合わせられない。
誰だって、そうでしょう?
別れた旦那が胸に小さな子供を抱いているんだから。
「あの……元気?だったか?」
私の心配なんて、きっとする間もないほど忙しい日々を過ごしているのだろう。
前から痩せ型だったが、今はさらに痩せている。頬骨の形がよくわかる。
「私は、元気だよ……諭は、よかったね。生まれたんだね。おめでとう。」
責めなかった。
そんな雰囲気微塵もなかったし、諭の胸に寄りかかって眠っている赤ん坊は、素直に可愛く思えた。
赤いほっぺに、唇を尖らせて眠るその姿は、無垢そのもの。つい、触りたくなる小さな手は、ギュッと握りしめたままだ。
「あ、入る?もしかして、マスターにお披露目?」
「あ、あぁ。今日なら、落ち着いてるかもしれないからって。」
「ふーん、でも、結構遅い時間だよね?奥さんは?」
諭は私が『奥さん』と言ったことにハッとしたが、私にとってはもうなんだっていいのだ。
それに、何故奥さんがいないのか、普通に気になると思う。
「……それが、その、出て行っちゃって、さ……。」
「はい?」
「だから、その……子供置いて、出てった。」
もはや立ち話のレベルではない。
私は急いでドアを開け、店の中に入ると、口に指を当てて「しーっ!」と言いながらマスターに目で合図をし、1番奥のカウンターに諭を座らせた。
「へえー、可愛いね、諭くん。抱っこ紐も様になってるじゃないか。」
何を呑気なことを言ってんだ、と、私はマスターにちょっとだけイラついてしまった。
だって、この状況、おかしいでしょ?
「依子、マスターは全部知ってる。だから、大丈夫だ。」
「あぁ、そう、ですか……。」
そうだよね、知らなきゃ来ないよね。
「修也って、いうんだ。子供……。そんで、修也が2ヶ月の頃、いずみは出ていった。まだ、首もすわってない子を置いて、な……。」
それから、穏やかに、一定のリズムで、諭は今自分が置かれている状況を私に話してくれた。
いずみさんは、義母と合わなくて、よく泣いていたという。
産まれてから、3週間は実家に戻ったけど、こっちに帰ってきてからはまた鬱のような状態になったんだという。
赤ちゃんのお世話はするが、諭や義母とは目を合わさなかったそうだ。
そして修也くんが2ヶ月になった頃、突如いずみさんは行方をくらましたという。そして、2日程音沙汰がなく、3日目にいずみさんの実家から電話があり、娘は病気なのでもう金輪際関わらないでほしいと、一方的に言われたらしい。
何度も掛け合ったが、全く相手にしてくれず、いずみさんは今どこにいるのかわからないという。
「実家で匿っているのは確かだから、命は大丈夫だと思うが、この子のためには、戻って元気になってほしいけど……。まあ、全部、俺の責任だ。」
悲しくて、やりきれない話に、私は何も言えなかった。
私なんかが口を出す話じゃない。
諭と、いずみさんの問題だ。
そして、そんな事情を敏感に感じ取る修也くんは、夜泣きがひどくて諭も不眠が続いているそうだ。
「だから……。」
だから、そんな顔をしているんだね。
おばさんもショックで内にこもる日が続いていたらしい。最近になり、「修也は私が命かけて守る」と、育児に奮闘してくれているみたいだ。
「そうは言っても、母さんも年取ったしな。あまり、無理ばかりさせられない。とにかく、俺が頑張る以外ないんだ。」
諭の声量が心地いいのか、修也くんはずっと眠っていた。
こんなことは、珍しいよと、優しい目で修也くんの頬を触る諭。
私は、本当になんて言えばいいのかわからず、黙って2人を見ていた。
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