私と離婚してください。

koyumi

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自制

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 シルバーのシンプルなスーツケースを引き、ペタンコの黒いシューズを履いて颯爽と歩いている女性は、間違いなく依子だった。

 しっかりと前を見て歩く姿は、誰からも声を掛けられないくらい隙がない。
 久々に見る依子は、以前より堅さを帯びていた。

ーーー依子ちゃん……。

 高原からすれば、そんな依子を優しく抱きしめてあげられたらと、思わずにはいられない。告白した時も伝えたが、依子を笑顔にさせることが高原の目標なのだ。
 だが、自分は既に一度フラれている。もしかしたら、気づかなかっただけで、2、3度フラれていたのかもしれない。

 視線を送り続けた。
 気づいて欲しいような、気づいて欲しくないような……。

「バス停かな?」

 もしバスに乗るのであれば、きっと自分と同じバスだ。そうなれば、自然と顔を合わすタイミングがあると思う。
 まさか、あの距離をタクシーで行くことはないだろう。
 声をかけることもできず、自分に気づかないまま通り過ぎた依子。高原は追いかけなかった。
 ただ、流れに乗り、バス停に向かった。
 しかし、着いた所に依子の姿はない。自分が来てすぐに到着したバスに、依子が乗っているはずがない。
 トイレか何か寄り道したのか?
 乗り込んでくる人の顔を、一人一人見逃さないように見ていた。自然に気づけば、とか思っておきながら、必死に探す自分に笑える。

 胸の高鳴りを抑えながら、一息一息やり過ごす。


 だが、その頃、依子はバス停の向こう側にあるタクシー乗り場に行き、1人乗り込んでいた。まさか高原が同じ空港にいたとは思わないし、気づくこともなかった。

 ただ、明日からの自分はどう生きていくのか。やり場のない気持ちを抱いていた。
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