私と離婚してください。

koyumi

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住処

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 朝が来た。
 なんとなく体が重い。
 いや、確実に重たい何かが乗っている。それに、何故か懐かしい。

「へ?え、え、えーーー!?」
「……ぁあ?起きたのか……はぁ、鼓膜がつぶれるかと思った。ごめんけど……もう少し寝てて……。」
 やけに体に馴染むベッド。それに、この暖かさ。そして、諭。
 グッスリ眠ったであろう私は、一瞬何が何だか分からなくなっていた。
 もしかして、『離婚』したのは嘘だったのか?夢の中だけの出来事だったのか?と、頭を整理し始めた。
「えっと、私は諭に離婚したいって言って、家を出て、一人暮らしを始めて、高原さんに出会って、アレしちゃって……それからーー」
「ブツブツ煩い。その口閉じるぞ。いいのか?」
「えっ?いえ、だ、黙ります……。」
 囁くように呟いたはずが、諭には聞こえていたようで、
「それから、あいつと、アレしちゃったって今言うか?普通。」
と、赤面モノのセリフをつっこまれてしまった。そこの部分は、口パク程度の音量だったはずなのに。
 ただ、高原さんをあいつと言った諭にピンときて、やっぱり離婚は嘘じゃなかったと1人納得できた。

「でも、何で私ここにいるの?昨夜は確か喫茶店に行って、それから……?」
「信じられない。本当に眠りが深いんだな依子は。喫茶店で寝てしまったお前を俺がここまで運んだんだよ。おかげで体ガタガタだ。」
「あぁ!そっか!……ごめん、ありがと。」
 ようやく合点がいき、スッキリできた。そうとわかれば今すべきことは、速攻でうちに帰ることだ。
 だが、起き上がりたいのに、諭が離してくれない。第一、離婚した妻を抱いて寝るなど初日からやらかしてくれる。

「ねえ、帰るから離してよ。」
「無理。お前さ、引っ越せよ。」
「……はぁ、それは考えてる。」
「えっ?そうだったのか?俺はてっきり……。」
「諭に言われなくてもわかってるよ。あの部屋にいるべきじゃないってことくらい。でも、そんなにすぐにはね。お金だってかかるんだし。」
 現実問題そうなんだ。いくら高原さんと距離を置きたいと思ってても、引越しとなればいろいろと物入りだ。
「とりあえずここでいいじゃん。依子は慣れてるだろ?元々住んでいたんだし、俺は実家にでもいるからさ。」
 諭は「名案だろ」って得意げな顔で私を見た。その時の表情がとても明るくて爽やかで、思わず息を止めてしまった。まして、抱きしめられた状態だから顔が物凄く近い。
「う、うん。それは助かるけれど……。」
 それに、そんな考えは浮かばなかった。諭が実家で暮らすから、私がここに戻ってくるだなんて。
 以前の諭なら考えられないことだ。
 ただ、今の体勢からちょっと意地悪したくなるけど。
「勝手に入ってきて、私の寝床に入ったりしない?」
「うーん、約束はできない。」
「ほら、やっぱり。そんな危険な場所を住処にはしたくないわよ。」
「でも、引っ越さずにあの部屋にいたら高原が勝手に入ってくるんじゃないのか?どうなんだよ?」
 私がここを否定したことで、諭はグッと抱きしめる手の力を強め、その意外と筋肉質な胸板に私を引き寄せた。
 〈ドク、ドク、ドク、ドク〉
と、諭の心臓の音が聞こえ、妙に居心地が良い。
 ダメだ。こんなことしてたら、私はまた諭から離れられなくなる。
 ドンっと精一杯腕を伸ばし、諭との間を広げた。
 その瞬間、諭の顔が少し歪んだが、知らないフリをした。だって、私も同じような顔つきをしてたかもしれないから。

「とにかく、うちに帰るわ。二日も同じ服着たくないもの。」

 私は勢いつけて起き上がると、ベッドを降りたその足ですぐに外に出た。
 今日は土曜日だから仕事は休み。
 できれば、こんな日は仕事してたほうが余計なこと考えないで済むんだよなぁ。って思いながら、昨日のメイクを落としていない顔を誰にも見られないように下を向いて帰路についた。
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