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喫茶店
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諭と別居してからも、私は足繁くあの喫茶店に通っていた。
もう1ヶ月も諭に会っていない。
スッキリするかと思ったが、意外とそうでもない。
原因は分かっている。
渋沢部長のせいだ。
あれからも度々私の前に現れ、何かと誘い文句を言ってくる。
私以外の部下にも声をかけてはいるけれど、『家族ごっこ』を口にした時の顔を思い出すと、やっぱり気味が悪くて仕方ない。
部署替えをお願いすべく、女性部長がいる広報部に異動願いを出してはいる。
だが、そんなにうまくいきっこないだろう。
今日は定時より1時間以上遅く仕事が終わった為、喫茶店に寄る時間も遅くなってしまった。
今日は私の好きなパスタメニューがあるからと昨日言われて、楽しみにしていたが、もう売り切れてしまっただろうか?
「こんばんわー」
と、疲れた声で割と重い扉を開ける。
「おかえりー」
と、優しいマスターの声がした……はずだったが、いや、違う……若い?
「おかえり依子ちゃん。今日は遅かったね。」
最初の『おかえり』の声の主を見る前に、後ろからいつものマスターの声がして振り返った。
その顔はやけにニヤついてて、その理由は私を通り越して見える人にあるとわかる。
「まあまあ、座ってよ。ほら、いつもの席空いてるよ。」
と、カウンターの端っこまで誘導される。
顔、上げれない。
できれば、帰りたい。
何で?
何で?
どうして?
「依子、久しぶり。」
二度と聞きたくない声だった。
それなのに、何故か安心してしまう自分に腹が立つ。
「……いつものコーヒーだけ下さい。」
声を絞り出して言った。
「えええ!!依子ちゃん、今日のメニュー楽しみにしてたじゃん。ほら、すぐ出来るから、ね。」
マスターにしては張りのある声に、ちょっとイラっとしてしまう。
私は穏やかなあの声に、癒されていたのに。
「あれ?依子ちゃん、今日は遅かったんだねえ。どう?新居の住み心地は。」
ずっと俯いていたら、いつの間にかあの部屋を紹介してくれた北見さんが隣にいた。
北見さんを見た時、右頬に強い視線を感じた。
「ありがとうございます。とっても快適ですよ。ほんとに、感謝してます。」
「そうかそうか、それなら安心したよ。あそこならセキュリティもいいしね。」
「はい。それは一番大事ですね。一人暮らしなんで、有難いですよ。」
《カチャン》
急に食器の音がして、思わずその方を見てしまった。
やっぱり……諭が、いる。
北見さんは、諭を知っているのかどうかわからないが、私の部屋について、前の住人がどうだとか場所はあの店が近いから便利だとか、どう考えても、諭にヒントを与えているとしか思えない話をする。
その間強い視線を感じたが、諭もやる事があるのか手元をいろいろ動かしたりしていたようだ。
「はい。依子ちゃん、おまちどおさま。」
席について15分程してから、マスターがパスタを盛ったお皿を私の前に置いた。
それを機に、北見さんは「じゃ、またね。」と言って店を出たが、私は益々居心地が悪くなった。
だって、このパスタは、どう見ても諭が作ったものだったから。
もう1ヶ月も諭に会っていない。
スッキリするかと思ったが、意外とそうでもない。
原因は分かっている。
渋沢部長のせいだ。
あれからも度々私の前に現れ、何かと誘い文句を言ってくる。
私以外の部下にも声をかけてはいるけれど、『家族ごっこ』を口にした時の顔を思い出すと、やっぱり気味が悪くて仕方ない。
部署替えをお願いすべく、女性部長がいる広報部に異動願いを出してはいる。
だが、そんなにうまくいきっこないだろう。
今日は定時より1時間以上遅く仕事が終わった為、喫茶店に寄る時間も遅くなってしまった。
今日は私の好きなパスタメニューがあるからと昨日言われて、楽しみにしていたが、もう売り切れてしまっただろうか?
「こんばんわー」
と、疲れた声で割と重い扉を開ける。
「おかえりー」
と、優しいマスターの声がした……はずだったが、いや、違う……若い?
「おかえり依子ちゃん。今日は遅かったね。」
最初の『おかえり』の声の主を見る前に、後ろからいつものマスターの声がして振り返った。
その顔はやけにニヤついてて、その理由は私を通り越して見える人にあるとわかる。
「まあまあ、座ってよ。ほら、いつもの席空いてるよ。」
と、カウンターの端っこまで誘導される。
顔、上げれない。
できれば、帰りたい。
何で?
何で?
どうして?
「依子、久しぶり。」
二度と聞きたくない声だった。
それなのに、何故か安心してしまう自分に腹が立つ。
「……いつものコーヒーだけ下さい。」
声を絞り出して言った。
「えええ!!依子ちゃん、今日のメニュー楽しみにしてたじゃん。ほら、すぐ出来るから、ね。」
マスターにしては張りのある声に、ちょっとイラっとしてしまう。
私は穏やかなあの声に、癒されていたのに。
「あれ?依子ちゃん、今日は遅かったんだねえ。どう?新居の住み心地は。」
ずっと俯いていたら、いつの間にかあの部屋を紹介してくれた北見さんが隣にいた。
北見さんを見た時、右頬に強い視線を感じた。
「ありがとうございます。とっても快適ですよ。ほんとに、感謝してます。」
「そうかそうか、それなら安心したよ。あそこならセキュリティもいいしね。」
「はい。それは一番大事ですね。一人暮らしなんで、有難いですよ。」
《カチャン》
急に食器の音がして、思わずその方を見てしまった。
やっぱり……諭が、いる。
北見さんは、諭を知っているのかどうかわからないが、私の部屋について、前の住人がどうだとか場所はあの店が近いから便利だとか、どう考えても、諭にヒントを与えているとしか思えない話をする。
その間強い視線を感じたが、諭もやる事があるのか手元をいろいろ動かしたりしていたようだ。
「はい。依子ちゃん、おまちどおさま。」
席について15分程してから、マスターがパスタを盛ったお皿を私の前に置いた。
それを機に、北見さんは「じゃ、またね。」と言って店を出たが、私は益々居心地が悪くなった。
だって、このパスタは、どう見ても諭が作ったものだったから。
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