私と離婚してください。

koyumi

文字の大きさ
上 下
14 / 89

異質

しおりを挟む
部長の家は街中の一等地にそびえる高層マンションの10階にあった。

新居から徒歩2分の近さで呆気にとられた。

「知ってるんだ。依子ちゃん、あのマンションに引っ越したんだよね?しかも1人で。」

車中、ギョッとすることをサラッと言ってのける部長。

「やだなぁ。たまたまだよ。たまたま見かけたから。でも、旦那さんは見えなかったし、引っ越しのトラックとかなかったし。ただ友達の家にお泊まりでもするのかなって思ってたけど、違うんだね。
君が1人でベランダにいる所も見た。」

「部長?あの…ストーカーの趣味でもあるんですか?怖いんですけど…」

ブレーキとアクセルを間違えそうになる。タダでさえ緊張しながらハンドル握っているというのに。

「ストーカーの趣味?まさかっ、趣味じゃないよ。本気だから。」
「やっ、け、警察、警察行きますからっ!」
「ぶっハハハハハー!!!」
「笑い事じゃないですよ?変態ですよ?犯罪ですよ?わ、私、ボイスレコーダー持ってますからね!!」

本当に持っている。
常備している。離婚に有利な立証を数多くとりたいからだ。

「あ、そこ右だよ。すぐに駐車場あるから入って。車、傷つけたら体で払ってもらうからね。」

背中が冷えるのを通り越してギシギシする。
揶揄ってる?本気?まさか…

地下駐車場に入ると、すぐに警備員がやってくる。
助手席の部長を確認すると、ニコリと笑って誘導してくれた。

なんとか無事、傷つけずに駐車できた。
1年ぶりなのに、我ながら見事だ。
でも、外車はもう乗りたくない。
優越感もなにもなかった。
車負けしてる自分が恥ずかしかった。

もう、手前の信号から頭を抑える手を離し、余裕の表情の部長。
「あの、部長大丈夫そうなんで、わたしはここで失礼します。」
「まさか、帰すわけないだろ?君は僕に感謝しないのか?」

部長の言葉にキョトンとしてしまう。

「はぁー、気づかない?僕は君を助けたんだよ?君が、旦那と会わないように。」

確かに。それは一理ある。いや、大いに救われた感がある。

「すみません、鈍感でした。
あの、部長、ありがとうございました。それではこれで失礼します。」
「たった一言?コーヒーでも淹れてよ。
さあ、こっちだよ。」
「あ、ちょっと、部長!!」

強引に手を引っ張られ、結局部長の部屋に入れられてしまった。
エレベーターで気づいたが、部長は私のカバンを持って先手を取っていたのだ。

なんだろう?この異質な空気。

部長の部屋は、見た目清潔感溢れ、嫌味のない洒落た感があった。
だが、どこか受け入れ難い雰囲気が充満している。

「まあ座ってよ。依子ちゃんは警戒レベル高すぎだよね。いくら君が好きでも、既婚者である限り法律を犯すようなことはしないから大丈夫だよ。」
「はぁ………えっ?」

「僕は君が好きなんだ。知らなかった?」

わかりやすい漫画のように、私は目をパチパチした。

「好きって…あの、勘違いしたくないんで、最初に聞いておきますけど、部下としての好きですよね?それとも…」

「依子ちゃんが部下で、すごく嬉しいよ。仕事はできるし、何より僕の心をドキドキさせてくれるからね。君に会える会社は楽しくて仕方ない。
昨日と一昨日は冴えない2日だったよ。
次からはもっと早くに有休申請出してよ。
僕も休むからさ。」

「あの、それは社会人として、まして人の上に立つ人間としてどうなんですかね?」

「ふっ、ハハハハハっ。やっぱり依子ちゃんはいいな。君の旦那になりたいよ。
今のは本気だからね。
僕が狙っているのはいつも依子ちゃんだってこと、知っていてよ。」

サーーーーーっと血の気がひいていく。
本当に本気ですか?
私でいいんですか?
何故?

「まあまあ、そんなに驚かないでよ。僕は君がこの部屋に居てくれて、飛び跳ねたいくらい嬉しいんだ。
そうだ!昔に戻らないか?ほら、女の子は好きだろう?家族ごっこ。」

この人、やばい人だったんだ。
ただのタラシじゃない。
それならまだマシ。
取扱不注意な人だ。

当然の如く、私は部長がなんと言おうが無視をして部屋を出た。
引き止めはしない。
ただ、
「明日も待ってるよ」
と、軽快な声をかけられた。

諭のいない大人の世界を、私は知らなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...