私と離婚してください。

koyumi

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部長

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休み明けの出勤日。
朝からとても疲れた。
予想はしていたが、会社の玄関口に諭がいた。

「依子!!よかった生きてて!!」

私の顔を見るなり、駆け寄ってきて抱擁してきた。

「あー、よかった!安心したよ、依子が事故に遭ったり犯罪に巻き込まれたりしてるんじゃないかって、俺超ビビってたんだぜっ!!」

しらける。
絶対嘘でしょ?

「…で、今夜のおかずは何がいい?久々に俺が作るよ。あっ、ほら、あのパスタにするか?ちょっと辛いやつ。」
「諭、離れて。」
「あ、やっぱり夜はまだ寒いからおでんとか?鍋物にするか」
「諭、仕事行って」
「…依子が戻ると約束するなら。」
「できない」
「なんで?どこにいんの?どこで寝てる?誰といる?1人なのか?」
「…諭と私は違うから。」
「一緒だろ?冨樫諭と冨樫依子は夫婦だ。」
「話が合わない」
「いや、合うよ。俺達は1番合う。だから結婚してるんだ。」
「カタチだけのね。」

諭の手が、私の左手を強く握る。
諭の左手にあって、私には無いもの。

「あぁ、カタチもなかったね。」

棒読みのセリフ回しは、感情がないと国語の授業で言われたけれど、それは違うと思う。
深く濃い感情を眠らせているだけだ。

「せいぜい頑張って稼ぐことね。」

私の口から出たこの一言で、ようやく諭の顔つきが変わった。
一瞬だが、眉をぎゅっと寄せて、唇を少し開いた。
その隙に、私は走ってオフィス内に入り、自分のデスクにたどり着くと胸を押さえ、一呼吸した。


「はい。コーヒー好きだよね?」

カチャっと目の前にコーヒーカップを置きながら、渋沢部長がニヤッと笑った。

「見たよ、聞いたよ、痴話喧嘩?朝っぱらから大変だね。」
「軽くセクハラ入ってますよ。」
「目の前であんな抱擁見せられたら誰でも興味湧くでしょ?それに、旦那は昨日もいたよ。朝も夜も。」
「夜も?」
「俺と目が合うと帰ったけど。」
「…そう、ですか…」

頭を切り替えたいのに、部長の話でまた脳内が諭を呼び起こす。

「…依子ちゃん、ひょっとして別居中?」
「部長、総務に行ってきます。では、失礼します。」

これ以上の詮索はやめてほしい。
せめて、離婚が成立したら堂々とできるけれど、別居中などと要らぬ妄想を掻き立てられるのは御免だ。

部長から逃げるように総務に行き、加藤さんに住所変更の手続きをお願いした。

その後、部長は取引先とのミーティングなどで外出していた為、就業まで顔を合わさずに済んだ。
とはいえ、朝の出来事を見ていたのは部長だけじゃない。
事あるごとに視線を感じる1日だった。

午後6時。
諭は昨日、夜も来ていたと聞いた。
今朝私の安否は確認できたし、わざわざ来る必要もないだろう。
でももしもまた居たら…面倒極まりない。

確か、裏口があったはず…

そう思い、普段は使うことのない、駐車場へと続く裏口のドアを開けた。

開けちゃいけなかった。

『ドンっ』
と鈍い音がして、ギョッとすると、渋沢部長が頭を抑えて目を瞑っている。

「あっ、すみませんっ!大丈夫ですか?あのっ」
「その声は…依子、ちゃん?」
「あ、はい…すみません、冨樫です。部長、痛みますか?血は出てませんか?」
「痛い…めちゃくちゃ痛い…クラクラする…」

部長は額を抑えながら、私に寄りかかってきた。
(本当にヤバそう…病院、病院に行こう!いや、救急車?)

「あの、部長?救急車、呼びますね?私は車ないし、タクシーよりは…だから、ちょっと座って下さい。」

私は救急車を呼ぶ為、カバンから携帯を出すべく部長をその場にゆっくり座らせた。
為されるがままの部長に、(相当頭がクラクラしてるんだわ)と、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「えーと、救急車って、119かな?あれ?消防車だっけ?
ひゃっ!!!!」
ガッシャンッ!

番号に迷っていると、いきなり足首を掴まれ、私は携帯を落としてしまった。

「なっ、何してるんですか!?部長?!」
「すまない…でも、救急車なんて呼ぶな…そこまで大騒ぎしたくない。
それより、運転できるか?」
免許はある。だが、最後に運転したのはもう1年程前だ。

「多分…でも、もうペーパーみたいなもんで…」
「大丈夫だ。送ってくれ。そんなに遠くはない。」
「はい………。えっ?送る?部長を?」
「怪我人に運転しろと?」
「い、いえ、でも、仕事は…?今帰社したんですよね?」
「怪我人に仕事しろと?」
「い、いえ、でも…」
「上司の頼みだ。加害者は君だし…」

そう言いながら部長は車のキーを私に握らせた。

なんとなく嫌な予感はあった。
頭は抑えているが、時折口角は上がっている部長を横目で見ながら、私は人世初の外車の運転をする羽目になってしまった。
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