6 / 89
妊娠しました
しおりを挟む
怯えたような目で私の前にいるこの女の名前は、
「鴨井あすかです」
「どうも、諭の妻です。」
言いたくないが、諭絡みだとわかるし、きっとこの人は私を知っている。
だから、名乗りはしないが肩書きは告げた。別に、自慢じゃない。
「あの……突然で申し訳ないのですが……諭くんと、離婚してください!」
話している場所は、例のオフィス街にある喫茶店である。
マスターが、やかんの蓋をふきんで拭く手が止まったのがわかった。
チラッと私と目があって、私はニヤッと笑った。
「あの、諭とはどういう関係なんですか?」
「あ、あの……私、諭くんの子供を妊娠してるみたいなんです…」
妊娠…妊娠って、あの?!赤ちゃんが生まれるってやつ??
さすがに私も驚いた。
いや、これだけヤってりゃいつかはこういうこともあると思ってはいたが、まさか今がその時だとは……
「そ、それで、私、この子を産みたいんです!諭くんが好きなんです!だから、身を引いて貰えませんか?」
「は、はあ…」
目をウルウルさせながら、困ったように、懇願する鴨井さん。
「…あの、それって…諭、知ってます?」
「…え、えぇ、勿論です。メールしました。あの…彼、電話に出てくれないので…だから、卑怯ですけど、貴方にお話せたくて…でも、私、勇気でなくて、つきまとったりして、すみませんっ」
ひたすら頭を下げて謝る鴨井さんは、どこかの誰かとよく似ていた。
多分、この感触…
私に悪いだなんて、これっぽっちも思っていないんだろう。
ふう~っと、コーヒーを一口飲み、
「わかりました。考えておきます。だから、鴨井さんは、諭に直接話してください。…まさか、私の口から伝えてなんて、いくらなんでも言わないですよね?…世間では、これは『不倫』と言うんですよ?」
少し意地悪に言ってやったが、このくらいは甘いもんだとおもう。大甘もいいところ。
平手打ちも、顔面パンチも経験済みの私は、手を出したって自分も痛いのだということを知っている。
こんな女のために、私が痛みを感じる必要はないのだ。
その後、鴨井さんは真っ青な顔をして私に頭を下げながら店を出た。
「あっ!」
お勘定してないじゃん!あの女!!
「大丈夫だよ。依子ちゃん。彼女の分は僕らがまた本人に催促するからね。
それに、依子ちゃんの分は僕からのサービスってことで、ね?」
丸いメガネの奥で優しい目が私を和ませてくれる。僕ら…とは、ここの常連さん。みんな、どこかの会社のお偉いさんだったご隠居さんらしい。
平均年齢70歳ってとこか?
長く通ううち、私はここでいろんな思いを吐露し、相槌をもらった。
だから最近は、ここの常連客からアドバイスを受けるようになった。
話し上手な人はまず、聞き上手である。
「彼女…気をつけた方がいいよ。今までの子達とは違うから。」
キランっと、マスターのメガネが光る。
ちょうど、サイフォンから湯気が立ち上がり神々しさ極まりない。
「妊娠は……どうとるかな?」
「…私には、ラッキーです。最強の札、貰ったと思ってます。」
自信満々に私は口に出したが、マスターは少し困った顔をしていた。
「鴨井あすかです」
「どうも、諭の妻です。」
言いたくないが、諭絡みだとわかるし、きっとこの人は私を知っている。
だから、名乗りはしないが肩書きは告げた。別に、自慢じゃない。
「あの……突然で申し訳ないのですが……諭くんと、離婚してください!」
話している場所は、例のオフィス街にある喫茶店である。
マスターが、やかんの蓋をふきんで拭く手が止まったのがわかった。
チラッと私と目があって、私はニヤッと笑った。
「あの、諭とはどういう関係なんですか?」
「あ、あの……私、諭くんの子供を妊娠してるみたいなんです…」
妊娠…妊娠って、あの?!赤ちゃんが生まれるってやつ??
さすがに私も驚いた。
いや、これだけヤってりゃいつかはこういうこともあると思ってはいたが、まさか今がその時だとは……
「そ、それで、私、この子を産みたいんです!諭くんが好きなんです!だから、身を引いて貰えませんか?」
「は、はあ…」
目をウルウルさせながら、困ったように、懇願する鴨井さん。
「…あの、それって…諭、知ってます?」
「…え、えぇ、勿論です。メールしました。あの…彼、電話に出てくれないので…だから、卑怯ですけど、貴方にお話せたくて…でも、私、勇気でなくて、つきまとったりして、すみませんっ」
ひたすら頭を下げて謝る鴨井さんは、どこかの誰かとよく似ていた。
多分、この感触…
私に悪いだなんて、これっぽっちも思っていないんだろう。
ふう~っと、コーヒーを一口飲み、
「わかりました。考えておきます。だから、鴨井さんは、諭に直接話してください。…まさか、私の口から伝えてなんて、いくらなんでも言わないですよね?…世間では、これは『不倫』と言うんですよ?」
少し意地悪に言ってやったが、このくらいは甘いもんだとおもう。大甘もいいところ。
平手打ちも、顔面パンチも経験済みの私は、手を出したって自分も痛いのだということを知っている。
こんな女のために、私が痛みを感じる必要はないのだ。
その後、鴨井さんは真っ青な顔をして私に頭を下げながら店を出た。
「あっ!」
お勘定してないじゃん!あの女!!
「大丈夫だよ。依子ちゃん。彼女の分は僕らがまた本人に催促するからね。
それに、依子ちゃんの分は僕からのサービスってことで、ね?」
丸いメガネの奥で優しい目が私を和ませてくれる。僕ら…とは、ここの常連さん。みんな、どこかの会社のお偉いさんだったご隠居さんらしい。
平均年齢70歳ってとこか?
長く通ううち、私はここでいろんな思いを吐露し、相槌をもらった。
だから最近は、ここの常連客からアドバイスを受けるようになった。
話し上手な人はまず、聞き上手である。
「彼女…気をつけた方がいいよ。今までの子達とは違うから。」
キランっと、マスターのメガネが光る。
ちょうど、サイフォンから湯気が立ち上がり神々しさ極まりない。
「妊娠は……どうとるかな?」
「…私には、ラッキーです。最強の札、貰ったと思ってます。」
自信満々に私は口に出したが、マスターは少し困った顔をしていた。
1
お気に入りに追加
1,575
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる