私と離婚してください。

koyumi

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妊娠しました

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怯えたような目で私の前にいるこの女の名前は、
「鴨井あすかです」

「どうも、諭の妻です。」

言いたくないが、諭絡みだとわかるし、きっとこの人は私を知っている。
だから、名乗りはしないが肩書きは告げた。別に、自慢じゃない。

「あの……突然で申し訳ないのですが……諭くんと、離婚してください!」

話している場所は、例のオフィス街にある喫茶店である。
マスターが、やかんの蓋をふきんで拭く手が止まったのがわかった。
チラッと私と目があって、私はニヤッと笑った。

「あの、諭とはどういう関係なんですか?」

「あ、あの……私、諭くんの子供を妊娠してるみたいなんです…」

妊娠…妊娠って、あの?!赤ちゃんが生まれるってやつ??

さすがに私も驚いた。
いや、これだけヤってりゃいつかはこういうこともあると思ってはいたが、まさか今がその時だとは……

「そ、それで、私、この子を産みたいんです!諭くんが好きなんです!だから、身を引いて貰えませんか?」

「は、はあ…」

目をウルウルさせながら、困ったように、懇願する鴨井さん。

「…あの、それって…諭、知ってます?」
「…え、えぇ、勿論です。メールしました。あの…彼、電話に出てくれないので…だから、卑怯ですけど、貴方にお話せたくて…でも、私、勇気でなくて、つきまとったりして、すみませんっ」

ひたすら頭を下げて謝る鴨井さんは、どこかの誰かとよく似ていた。
多分、この感触…
私に悪いだなんて、これっぽっちも思っていないんだろう。

ふう~っと、コーヒーを一口飲み、

「わかりました。考えておきます。だから、鴨井さんは、諭に直接話してください。…まさか、私の口から伝えてなんて、いくらなんでも言わないですよね?…世間では、これは『不倫』と言うんですよ?」

少し意地悪に言ってやったが、このくらいは甘いもんだとおもう。大甘もいいところ。
平手打ちも、顔面パンチも経験済みの私は、手を出したって自分も痛いのだということを知っている。
こんな女のために、私が痛みを感じる必要はないのだ。

その後、鴨井さんは真っ青な顔をして私に頭を下げながら店を出た。

「あっ!」

お勘定してないじゃん!あの女!!

「大丈夫だよ。依子ちゃん。彼女の分は僕らがまた本人に催促するからね。
それに、依子ちゃんの分は僕からのサービスってことで、ね?」
丸いメガネの奥で優しい目が私を和ませてくれる。僕ら…とは、ここの常連さん。みんな、どこかの会社のお偉いさんだったご隠居さんらしい。
平均年齢70歳ってとこか?

長く通ううち、私はここでいろんな思いを吐露し、相槌をもらった。
だから最近は、ここの常連客からアドバイスを受けるようになった。
話し上手な人はまず、聞き上手である。


「彼女…気をつけた方がいいよ。今までの子達とは違うから。」

キランっと、マスターのメガネが光る。
ちょうど、サイフォンから湯気が立ち上がり神々しさ極まりない。

「妊娠は……どうとるかな?」

「…私には、ラッキーです。最強の札、貰ったと思ってます。」

自信満々に私は口に出したが、マスターは少し困った顔をしていた。



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