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ep.36
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もうじき時計の針は10時半をさそうとしているのに、主要人物は現れない。
桂木と本部長のイライラは沸点を迎えようとしていた。
「本部長、誰でしたっけ!この非常識極まりない奴の名前はっ!」
「さあ、もう名前なんてどうでもいいでしょう。明らかにこちらを舐めてかかっている行為は断固許せません!女だからって甘く見てるんだわっ!」
本部長は、いわゆる出戻りで、ビジネス間で男性にしてやられることを酷く根に持つ人物だった。
そのため、桂木とて、日頃から怒らせないように配慮していたくらいだ。
そして今日、新たに体験入学を行う講師として迎える男性クリエイターが、約束の時間を1時間も遅刻している状況に、本部長のツノは鋭く尖っているのだ。
彼の年齢は28歳。貴和子と同じ年齢だ。だが、そんなことよりも、社会人としてクリエイターとして時間を守れない人間とこの先契約を結び続けるのはマイナスだ。
「もう一度電話させましょう。」
「いや、もうこうなったら待ちましょう。こちらが焦るとまた不利な内容を言われかねない。かなり個性的らしいからな。」
「ふん、個性的とわがままは紙一重ってか。」
電話だって、もう数回鳴らしている。
受話器を取ることもなく、番号が違うのではないかとも思ってくる。だとしても許せない。名刺に書かれた番号を、そのまま入力した結果なのだから。
もうそろそろ会議室を出てもいい頃だ。最悪の場合、契約は無かったことにしようと2人が思いを固めていると、
「すみません、遅くなりましたー」
と、たいして悪びれていない風の口調で待ち人が現れた。
「ちょ、あなた、何時だと思ってるんですか?!一体何をしていたんですか?」
桂木は珍しく一声目から怒号をあげた。
いかに厄介な相手でも、穏やかな口調で相手を落とすやり方が彼であったが、今回は余程怒ったのか、今までにない強い口調だった。
「あ、すみません。寝坊しちゃって。でも、起きてから何も食べずに来たんです。ほら、なんなら歯磨きもしていないし、慌てて来た感じあるでしょ?」
「なんだその言い方はっ!!無礼にも程がある!竹中さん、今回の話は無かったことにっ!」
「えええっ!たった一度の遅刻で破談なんて……。短気は損気ですよ。少し落ち着きましょう。」
竹中健太28歳独身。
職はCMクリエイター。
最近は鳴かず飛ばずだが、デビューの頃は某小物菓子のCMを手がけ、子供が思わず口ずさむフレーズで一世を風靡させた人物であった。
そして昨夜、貴和子に迫った男、その人である。
「竹中さん、話にならない。いくらなんでも初日に貴方はやらかした。まだ信頼関係も築けていない間柄で、よくそんな態度がとれるものだ。この先が思いやられる。よって、今回の話は無かったことにしていただく。」
桂木嘉人はこめかみに青筋を立てたが、幾分か冷静さを取り戻し、竹中健太に契約破棄を申し立てた。
「さっきから話が通じないな。だから、少し落ち着きましょうって。ねえ、そちらの女性なら話がわかりますかねぇ?」
健太は桂木の隣で、真顔で口を一文字にしている本部長に話を向けた。
本部長の一文字口は恐ろしい。
桂木はわかっている。
口もききたくないほど、話す余地もないほど怒っているということだ。
「……あっれぇ?何?話できないの?それとも上司の肩持つわけ?一体言論の自由はどうなってるんだ?だから会社員は嫌いなんだ。由美子のやつも、とんでもない会社にいるんだな。」
「……由美子?誰のことだ。」
「竹中由美子、俺の従兄弟だよ。そうそう、昨日の夜は、ここの女子達と楽しく過ごさせてもらったよ。確か……貴和子ちゃんとかいう女の子とか。」
「ーー、今、なんと?」
「だーかーらー、昨夜はここの女の子達と飲んでたの。みんないい子達だったから、今回の仕事楽しみにしていたんだよねー。それがこんな面倒なことに」
《バンッ!》
健太の話を聞いた桂木は、沸点など通り越し、怒りに燃えたぎった。
「……”貴和子ちゃん”だと?昨夜、だと?」
今、久々に現れた、宇宙人的キャラのいけ好かない最低な男が、よりによって自分の最愛の人と昨夜同じ時を過ごしていたとは……俄かには信じられない。
「あ、もしかして、あんたも貴和子ちゃん狙いとか?でも残念、彼女、婚約してるんだよねー。ま、俺はそんなこと気にしちゃいないんだけど。」
軽く、あくまでも軽ーい口調を止めない健太を、桂木は睨みつけた。
「え?マジで知らなかった?貴和子ちゃん、結婚するんだとさ。だから昨夜はガード固くてさぁ、まあ、キスだけは頂いちゃったけど。」
「キス?」
「そ、まぁ痛い目にもあったんだけど。」
健太は頬を指差しながら笑う。よく見れば、うっすら赤く腫れている。
「……キスした、だと?貴和子ちゃんと……なんだって?まさか、そんなわけ、ない、じゃないか……」
桂木は座り込んだ。冷たいタイル張りの床に。
本当は、その赤い頬を青黒くなるほど殴り飛ばそうと構えていた。だが、実際の所、そんな力が出なかった。
ーー貴和子ちゃんが、キス。
しかも昨夜は女子会のはずなのに。女子しかいないから女子会のはずなのに。
まさか……貴和子ちゃん、ウソついた?
桂木と本部長のイライラは沸点を迎えようとしていた。
「本部長、誰でしたっけ!この非常識極まりない奴の名前はっ!」
「さあ、もう名前なんてどうでもいいでしょう。明らかにこちらを舐めてかかっている行為は断固許せません!女だからって甘く見てるんだわっ!」
本部長は、いわゆる出戻りで、ビジネス間で男性にしてやられることを酷く根に持つ人物だった。
そのため、桂木とて、日頃から怒らせないように配慮していたくらいだ。
そして今日、新たに体験入学を行う講師として迎える男性クリエイターが、約束の時間を1時間も遅刻している状況に、本部長のツノは鋭く尖っているのだ。
彼の年齢は28歳。貴和子と同じ年齢だ。だが、そんなことよりも、社会人としてクリエイターとして時間を守れない人間とこの先契約を結び続けるのはマイナスだ。
「もう一度電話させましょう。」
「いや、もうこうなったら待ちましょう。こちらが焦るとまた不利な内容を言われかねない。かなり個性的らしいからな。」
「ふん、個性的とわがままは紙一重ってか。」
電話だって、もう数回鳴らしている。
受話器を取ることもなく、番号が違うのではないかとも思ってくる。だとしても許せない。名刺に書かれた番号を、そのまま入力した結果なのだから。
もうそろそろ会議室を出てもいい頃だ。最悪の場合、契約は無かったことにしようと2人が思いを固めていると、
「すみません、遅くなりましたー」
と、たいして悪びれていない風の口調で待ち人が現れた。
「ちょ、あなた、何時だと思ってるんですか?!一体何をしていたんですか?」
桂木は珍しく一声目から怒号をあげた。
いかに厄介な相手でも、穏やかな口調で相手を落とすやり方が彼であったが、今回は余程怒ったのか、今までにない強い口調だった。
「あ、すみません。寝坊しちゃって。でも、起きてから何も食べずに来たんです。ほら、なんなら歯磨きもしていないし、慌てて来た感じあるでしょ?」
「なんだその言い方はっ!!無礼にも程がある!竹中さん、今回の話は無かったことにっ!」
「えええっ!たった一度の遅刻で破談なんて……。短気は損気ですよ。少し落ち着きましょう。」
竹中健太28歳独身。
職はCMクリエイター。
最近は鳴かず飛ばずだが、デビューの頃は某小物菓子のCMを手がけ、子供が思わず口ずさむフレーズで一世を風靡させた人物であった。
そして昨夜、貴和子に迫った男、その人である。
「竹中さん、話にならない。いくらなんでも初日に貴方はやらかした。まだ信頼関係も築けていない間柄で、よくそんな態度がとれるものだ。この先が思いやられる。よって、今回の話は無かったことにしていただく。」
桂木嘉人はこめかみに青筋を立てたが、幾分か冷静さを取り戻し、竹中健太に契約破棄を申し立てた。
「さっきから話が通じないな。だから、少し落ち着きましょうって。ねえ、そちらの女性なら話がわかりますかねぇ?」
健太は桂木の隣で、真顔で口を一文字にしている本部長に話を向けた。
本部長の一文字口は恐ろしい。
桂木はわかっている。
口もききたくないほど、話す余地もないほど怒っているということだ。
「……あっれぇ?何?話できないの?それとも上司の肩持つわけ?一体言論の自由はどうなってるんだ?だから会社員は嫌いなんだ。由美子のやつも、とんでもない会社にいるんだな。」
「……由美子?誰のことだ。」
「竹中由美子、俺の従兄弟だよ。そうそう、昨日の夜は、ここの女子達と楽しく過ごさせてもらったよ。確か……貴和子ちゃんとかいう女の子とか。」
「ーー、今、なんと?」
「だーかーらー、昨夜はここの女の子達と飲んでたの。みんないい子達だったから、今回の仕事楽しみにしていたんだよねー。それがこんな面倒なことに」
《バンッ!》
健太の話を聞いた桂木は、沸点など通り越し、怒りに燃えたぎった。
「……”貴和子ちゃん”だと?昨夜、だと?」
今、久々に現れた、宇宙人的キャラのいけ好かない最低な男が、よりによって自分の最愛の人と昨夜同じ時を過ごしていたとは……俄かには信じられない。
「あ、もしかして、あんたも貴和子ちゃん狙いとか?でも残念、彼女、婚約してるんだよねー。ま、俺はそんなこと気にしちゃいないんだけど。」
軽く、あくまでも軽ーい口調を止めない健太を、桂木は睨みつけた。
「え?マジで知らなかった?貴和子ちゃん、結婚するんだとさ。だから昨夜はガード固くてさぁ、まあ、キスだけは頂いちゃったけど。」
「キス?」
「そ、まぁ痛い目にもあったんだけど。」
健太は頬を指差しながら笑う。よく見れば、うっすら赤く腫れている。
「……キスした、だと?貴和子ちゃんと……なんだって?まさか、そんなわけ、ない、じゃないか……」
桂木は座り込んだ。冷たいタイル張りの床に。
本当は、その赤い頬を青黒くなるほど殴り飛ばそうと構えていた。だが、実際の所、そんな力が出なかった。
ーー貴和子ちゃんが、キス。
しかも昨夜は女子会のはずなのに。女子しかいないから女子会のはずなのに。
まさか……貴和子ちゃん、ウソついた?
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