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第8話
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帰宅してからも、雛実の胸はドキドキしていた。だが、こんなドキドキは必要ない。脳では拒否しているのに、心が受け入れてもいいんじゃない?と楽観視している。
(細川さんは既婚者よ。しかも上司。私はただ尊敬しているだけ。私は染まらない。不倫なんか絶対しない。)
雛実は目をギュッとつぶり、布団に潜り込んだ。
翌日、遅出の雛実はお粥を食べたあと、二日酔いに効く薬を飲み出勤した。もちろん母特製の粥だ。
昨夜は実際に父親に迎えに来てもらっていたため、雛実がお酒をたんまり飲んでいたことを母親は知っていた。その為、わざわざ雛実だけのために朝からお粥をこしらえてくれていたのだ。
「次の休みにはお米を買って来なさいよ。そのくらいはして。」
そんなお小言は忘れずに。
雛実がサロンに着くと、いつもは主任が座る席に細川が座っていた。
細川は雛実に気づくと、ニヤリと笑い、
「昨日はお疲れ。」
と、声をかけた。
「細川さんこそ、お疲れ様でした。それに奢っていただいて、ごちそうさまでした。」
マニュアル的な返答をした雛実は、細川の顔をあまり見ないまま仕事に取り掛かった。
お昼過ぎにいつものようにお客様の波が来た。慌ただしく仕事をこなす雛実を横目に、その日、細川はサロンから離れなかった。主任は休みをとっているため今日は早出の原岡が帰宅すれば、雛実と細川だけになる。細川が接客に出ることはない為、雛実としては気合の入る1日になることは間違いなかった。
それを知ってか、細川が雛実にモーションをかけてくることはなく、至って普通にパソコンの前で書類を製作していた。
サロンに来るお客様は、百貨店という特別な場での優雅な休息を求めている。いくら忙しくても、店員が余裕のない顔つきをしていてはならない。もちろん動作もキビキビと、そして礼儀正しくあらねばならない。
普段の雛実の生活態度から程遠い世界だが、雛実はある種向いていた。つまり、自分を極力出さないでいれば仕事として成立するからだ。最初こそ慣れなかったが、今ではその切り替えに心地よさを感じるようになっていた。新しい自分を発見した喜びもあり、自信に繋がってきていた。
細川は、そんな雛実に好意を抱いていた。純粋な目で、真剣に自分の話を聞いてくれる姿は、(もしや俺のこと好きなんじゃ?)と、思わせてさえいた。
雛実としては、その顔に裏はなく、至って真面目に仕事をこなしているだけなのだが。
「じゃ、雛実ちゃんお願いね。お先に失礼します。」
原西さんの帰宅時間が来て、ついに雛実と細川は2人きりになった。
だが、そのタイミングで来店したのはまたもや吉澤とそのお客様。
雛実に連絡先を記したメモを渡したのに、一向に連絡がこないことを、吉澤は少しイラついていた。
たいしてイケメンというわけじゃないが、運良く今までフラれたことがない吉澤は、予想外の反応に焦っていたのだ。
ーー雛実を絶対に振り向かせてやる。
そのために、ここでかっこ良くデカイ売り上げを見せたい。
そんな思いから、お客様からサロンに行きたいと言われたわけじゃないのに、サロンでの商談を実行した。
(こちらのお客様はミルク2個よね。)
細かいことだが再注文されないように配慮しることは大切である。
お客様は誰だって特別扱いを好むのだ。
コーヒーが入り、カップに注ぐと、突然細川は立ち上がった。そして、
「雛実ちゃんはここにいて。俺が行くから。」
と、トレイを持ち上げ、行ってしまった。
それはあり得ないことすぎて、雛実は立ち尽くしてしまった。細川が出て行った後、また他のお客様が来店したベルの音でようやく我に返った。
(……細川さんが給仕するなんて。)
疑問だらけの雛実だったが、細川としては計画通りのことだった。
なぜなら、細川が雛実を狙っていることを主任も知っていて、主任から吉澤のアピールを聞いた細川は、このタイミングを待っていたからだ。
もちろん、雛実が来ると思っていた吉澤は、細川の登場に気が抜け、強気の商談ができなかった。
(細川さんは既婚者よ。しかも上司。私はただ尊敬しているだけ。私は染まらない。不倫なんか絶対しない。)
雛実は目をギュッとつぶり、布団に潜り込んだ。
翌日、遅出の雛実はお粥を食べたあと、二日酔いに効く薬を飲み出勤した。もちろん母特製の粥だ。
昨夜は実際に父親に迎えに来てもらっていたため、雛実がお酒をたんまり飲んでいたことを母親は知っていた。その為、わざわざ雛実だけのために朝からお粥をこしらえてくれていたのだ。
「次の休みにはお米を買って来なさいよ。そのくらいはして。」
そんなお小言は忘れずに。
雛実がサロンに着くと、いつもは主任が座る席に細川が座っていた。
細川は雛実に気づくと、ニヤリと笑い、
「昨日はお疲れ。」
と、声をかけた。
「細川さんこそ、お疲れ様でした。それに奢っていただいて、ごちそうさまでした。」
マニュアル的な返答をした雛実は、細川の顔をあまり見ないまま仕事に取り掛かった。
お昼過ぎにいつものようにお客様の波が来た。慌ただしく仕事をこなす雛実を横目に、その日、細川はサロンから離れなかった。主任は休みをとっているため今日は早出の原岡が帰宅すれば、雛実と細川だけになる。細川が接客に出ることはない為、雛実としては気合の入る1日になることは間違いなかった。
それを知ってか、細川が雛実にモーションをかけてくることはなく、至って普通にパソコンの前で書類を製作していた。
サロンに来るお客様は、百貨店という特別な場での優雅な休息を求めている。いくら忙しくても、店員が余裕のない顔つきをしていてはならない。もちろん動作もキビキビと、そして礼儀正しくあらねばならない。
普段の雛実の生活態度から程遠い世界だが、雛実はある種向いていた。つまり、自分を極力出さないでいれば仕事として成立するからだ。最初こそ慣れなかったが、今ではその切り替えに心地よさを感じるようになっていた。新しい自分を発見した喜びもあり、自信に繋がってきていた。
細川は、そんな雛実に好意を抱いていた。純粋な目で、真剣に自分の話を聞いてくれる姿は、(もしや俺のこと好きなんじゃ?)と、思わせてさえいた。
雛実としては、その顔に裏はなく、至って真面目に仕事をこなしているだけなのだが。
「じゃ、雛実ちゃんお願いね。お先に失礼します。」
原西さんの帰宅時間が来て、ついに雛実と細川は2人きりになった。
だが、そのタイミングで来店したのはまたもや吉澤とそのお客様。
雛実に連絡先を記したメモを渡したのに、一向に連絡がこないことを、吉澤は少しイラついていた。
たいしてイケメンというわけじゃないが、運良く今までフラれたことがない吉澤は、予想外の反応に焦っていたのだ。
ーー雛実を絶対に振り向かせてやる。
そのために、ここでかっこ良くデカイ売り上げを見せたい。
そんな思いから、お客様からサロンに行きたいと言われたわけじゃないのに、サロンでの商談を実行した。
(こちらのお客様はミルク2個よね。)
細かいことだが再注文されないように配慮しることは大切である。
お客様は誰だって特別扱いを好むのだ。
コーヒーが入り、カップに注ぐと、突然細川は立ち上がった。そして、
「雛実ちゃんはここにいて。俺が行くから。」
と、トレイを持ち上げ、行ってしまった。
それはあり得ないことすぎて、雛実は立ち尽くしてしまった。細川が出て行った後、また他のお客様が来店したベルの音でようやく我に返った。
(……細川さんが給仕するなんて。)
疑問だらけの雛実だったが、細川としては計画通りのことだった。
なぜなら、細川が雛実を狙っていることを主任も知っていて、主任から吉澤のアピールを聞いた細川は、このタイミングを待っていたからだ。
もちろん、雛実が来ると思っていた吉澤は、細川の登場に気が抜け、強気の商談ができなかった。
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