共に想う

koyumi

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ずっと

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 玄関でのやり取りを対応したのは宗一郎だった。珍しくも、自らかってでた。
 ガタガタという大きな音、何やら怒鳴り声もする。ただ事ではないと思い、私は身なりを整え、玄関に赴いた。

「もう少し右!上を少し傾けて!」
「あと1歩したら止まって曲がるぞ!」

 何?これ?

「弥生子!危ないから下がっていろっ!そっちで座っていてくれっ。」

「は、はい……!」

 扉2枚ぶんの大きさの箱を、男2人が運び、宗一郎が指示を出している。
 この家に一体何を持って来たのだろう?しかも誰がこんな大きなものを持って来たのだろう?

 呆然として男たちの作業を見守る。
 すると、宗一郎がニヤッとしてこちらに向き、近づいてきた。

「弥生子、遅くなったが、婚約指輪の代わりに受け取ってくれ。」

「婚約指輪?今更?」

「いいだろ?急な結婚で、何も贈れていない。俺の気持ちだ。」

 宗一郎が言うなり、業者の男たちは、いつの間にか増えていた3人がかりで箱を開け、中身を弥生子に披露した。

「ーーっえ?これ……、まさか!?」

「気に入ったか?」

 中にあったのは、紛れもなく、私の好きな画家のアクリル画で、しかも、描かれているのは海だった。
 象徴的な絵画が好きな私は、新入社員の時に初めてこの画家を知り、また初めて売ることができた絵は、この画家のものだった。
 忘れもしない。
 購入してくれた人物とは、電話でしかやりとりしたことがなかったから。

 そして今目の前にあるのは、その時売ったはずの絵だった。

「どうして?ここに…?」

 驚きを隠せない私に、あとからきた業者の1人が口を開いた。

「こちらはどちらに?」
 
「あぁ、それは僕が。」

 その人が宗一郎に、今度はA4サイズの箱を渡す。

「これも、弥生子に。」

 宗一郎は、私の手に箱ごとのせた。

「ほら、開けて見て。」

 言われるがまま、テーブルの上に箱を置き、開けた。思わず悲鳴をあげそうになった。

「どう?わかるか?」

 そこにあるのは、0号サイズの小さな油彩。しかも、そこに描かれていたのは、きっと、いや、正しく私だ。

「海、行っただろ?覚えてるか?あの時、この画家の居場所を聞きつけ、連絡を取って弥生子と接触するように仕向けたんだ。あの人すごいな。あんな一瞬でこんな風に描けるなんて。」

 弥生子を無理やり海に連れて行った理由はここにあった。
 結婚後、なかなか休みが貰えず、宗一郎は宗一郎なりにイライラしていた。
 弥生子に近づきたいのに、素直になれず引き離してしまう態度をとっているのに、一緒にいる時間さえ無いとはいくらなんでも即離婚になりそうな状況だ。

 どうにかして、弥生子に思いを伝えたいが、不器用な上に自分が先に好きになったことを悟られるのも怖かった。

 そこで考えたのが、弥生子が好きな美術の分野を利用することだった。

 実は、弥生子が新入社員の時に、初めてお客になったのは、宗一郎だった。
 勝手に裏切られたと恨んではいたが、弥生子と縁を切ることがどうしてもできず、時々弥生子の職場の状況を調べて確かめていた。
 聞けば、弥生子は、あまり成績が良く無いらしい。絵に対する好みが激しく、それが客に伝わってしまうので、なかなか契約まで結びつかないのだという。そりゃそうだ。社会人となれば、好き嫌いを乗り越える必要がある。まして、販売する身となれば、お客優先で自分は聞き上手にならなければならない。
 それなのに、ウンチク好きな弥生子は、絵画研究には向いているかもしれないが、販売には不向きだと思えた。

 だがある日、相当好きな作品があったのか、お客に熱弁をふるい、語っている弥生子がいた。一体どんな作品かと見れば、いつか弥生子が美術館で見ていた作品と似ていた。その時の弥生子の姿に宗一郎は一目惚れしたのだ。
 宗一郎は、すぐに電話して、弥生子を名指しで呼び、ある程度説明を受けたあと、購入することを伝えた。
「あ、ありがとうございます!お電話で伝わりきらない部分もあるかと思うので、もしよろしければお写真を送りましょうか?」
「いや、いいよ。君の説明は楽しかったし、君を信頼している。ちょっと場所は遠いんだが、送ってくれ。」
と。
 
 そしてその絵は、ずっと宗一郎のマンションに保管していた。
 いつか結婚する日が来たら、弥生子に見せて驚かそうと思っていた。だが、なかなか打ち解けられず、結局日の目を見ないのかもしれないと思っていた。
 それはまたやるせない話だ。

 そこでこの画家のことを調べ、意外と近くに住み、釣りが好きでよく海にいることを知ったのだ。だからすぐにアポをとり、弥生子の姿を描いてもらうことに決めた。
 しかも、背景が海ならば申し分ないだろう。
 ちょっとクサイか?と、照れていた部分もあり、やはりせっかく行った海でもツンケンしてしまったが、宗一郎の心は満たされていた。

 完成までに2ヶ月かかると言われていたが、実際に渡すタイミングを計っていたらダラダラと日数が経ってしまった。
 だが、元彼が現れたことを知った宗一郎は、急遽業者に連絡を取り、持って来させた。
 

「どうしよう、こんなことってある?嬉しすぎるよ。私、全然ダメ人間なのに。絵になるような女じゃないのに。」

 ジワジワと溢れる涙を拭いつつ、弥生子は、自己否定をつづけながらも嬉しさを隠さない。

「俺がどれだけ弥生子を見てきたか思い知ったか?」

 あくまでも鼻高を崩さない宗一郎に、弥生子は今日ばかりは楯つくことはできなかった。
 
「……でも、飾る場所なんて、ないよ?」

 こういう時、女性は現実的だ。

「……まあ、今は、な。そのうち建て替えるか?もしくは、引っ越すか?」

 宗一郎の資産では、新居を構えることも別宅を設けることもたやすいことではあったが、地道にコツコツ会社を築いた先祖代々の考えに、質素倹約があり、なんでも欲しけりゃすぐに手に入れるという思考はあまりなかった。
 とはいえ、弥生子には随分費やしているし、平社員が買えるような値段のスーツを身につけてはいない。

「とにかく、俺は弥生子を一生離さないから覚悟しておけよ。」

 いつの間にか業者は退散し、再び2人きりになった。

 弥生子は涙がまだ止まらなかったが、ひたすら頷いて、笑った。

「これからも、よろしくお願いします。」

 初めて素直な言葉を口にした弥生子に、宗一郎は不覚にも赤面してしまった。

「あれ?なんか、めちゃくちゃ赤くない?ほんとに私に惚れてるんだね、この旦那は。」

「うっさい。黙ってりゃいいのに。」

「何よ?喧嘩したいの??素直に認めなさいよ。」

「だから認めてるだろ!!」

「だったら言ってよっ。愛してるって。」

「は?催促されて言うなんて、そんなツラじゃねえよ。」

「やっぱり!ほんっと口悪いしへそ曲がりね!」

「弥生子だって同じだ。」

「まさかっ!一緒にしないで!」

 2人は、この先もこうやって仲睦まじい時を過ごしていくのだろう。
 それがこの夫婦のあり方。
 
 



(完)
 
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