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外出
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無言のまま手をひかれ、車に乗せられた弥生子。
夫の顔を見ようとするが、常に前を向きズンズン進むため、その表情は窺えなかった。
助手席のドアを閉められ、初めてフロントガラスの向こうを歩く宗一郎の横顔を睨みつけた。
宗一郎は何処かに電話をし、話をしていた。その隙に逃げ出すことはできたが、何せ帰る場所は同じ。無駄な労力をだと動くこともなく、じっと宗一郎が電話を終えるのを見ていた。
もとい、夫が。名前でなど呼ぶもんか。
少しして電話を終えると、無表情のまま夫は運転席に入り、何も言わずにエンジンをかけた。
「……………」
「………聞かないのか?何処に行くのかと。」
無言の抵抗というわけではないが、何か話せば相手の思う壺だと感じ、敢えて口を閉ざした。
「……黙っていれば喧嘩にならない…ってわけか…」
夫もその一言の後、車を駐車するまで無言を貫いた。
1時間程も、車を走らせ、ようやく到着した目的地は釣り人が集う波止場だった。
「まさか、釣りするの?」
あまりの意外さに思わず声を発したが、聞かずにはいられない。
「いや、しない。様子を見にきただけだ。」
慣れた調子で釣り人達のバケツや道具を見て歩く夫は、知り合いなのか、1人の釣り人に声をかけ、挨拶程度の会釈をした。
「誰なの?」
少し近づいて小声で聞く私に、ニヤリと意味深に笑い、
「さあな。知り合いだよ。」
と、試すような口ぶりで返す。
(もしかして…結婚式に来てたりして…)
と振り返り、二度見してもわからなかった。
ただ、私と目が合うと、夫をチラっと見て頷く様子はあまり悪い気はしなかった。
「ねえ、釣りが好きなの?」
「…見てるだけだ。釣竿を振ったこともない。」
それならどうしてここに来たのか、全くわからない。まあ、普段から理解しがたい夫だ。わかろうとするのは愚策だ。
一通り見回ってから「帰るぞ」と言われたが、せっかく海に来たのにすぐに帰宅するなど勿体無い。
「ねえ、バスとか通ってないの?この辺は。」
「バス?通っていたとしても、1日数本くらいだろう。」
「そっかぁ…うーん…」
「帰るぞ、バスなんかどうだっていい。」
「あっ、タクシーって手もあるし…私、まだここにいるわ。先に帰っていいわよ。」
快晴で、いかにも行楽日和の今日、海に来たのにトンボ帰りなどしたくはない。一緒に来た相手はいけ好かない夫。だとしたら、1人残り、海を眺めるのも悦じゃないか。
「…勝手にしろ。」
夫はそう言うと、車の方へと戻っていった。
夫を特に見送ることもせず、久々に見るきらびやかな海に心を和ませていた。
最後に海で遊んだのはいつだったろう。やはり、元彼、圭佑君と行った夏の海か。
同じ大学で、初めて出来た彼氏だった。
両思いだとわかった時は飛び上がるくらい嬉しかったし、これから始まる日々に恥ずかしさもあった。何をしても息があって、楽しくて、会えない時間は寂しくて、電話しあった。
「…もう会うことないんだろうな…」
大学で出来た友達は、今までの地元の友達とは違う感覚で、私にとって刺激的だった。やはり、同じことに興味がある分、そこを専門的に掘り下げて、将来を語り合うことができた。たくさんの同世代の人がいる中で、あのキャンパス内で出会え、意気投合したことは、ある意味『大学』の存在をこの先の未来ある子供達に伝えたい面でもある。
ただ、私の場合、有意義な時間を過ごせたが、未来を犠牲にしてしまった負の部分があることは否めない。
「まさかね…ほんとに結婚しちゃうなんてね……はぁ~~~、何やってんだろ?」
海を眺めながら、自分に問いかける日が来るなど、いつ想像できただろう。
まるでドラマのヒロインのように、幸せな結末があるとも思えない。
きっとあいつはまた今夜も、移り香漂わせて帰宅するんだろう。
「ったく、ヤダヤダ。こんな綺麗な海を目の前に、あんな奴のことを考えるなんてっ。まるで濁っちゃうわ。ふぅ…」
段々と風が冷たくなり、肩から冷えて来た。
(そろそろタクシーに来てもらうかな)
釣り人も疎らになってきた。潮目が変わってきたのだろう。
(えっとぉ、この辺りのタクシー会社は…確か町名はこれだから…検索検索…?!えぇぇぇぇ!!!)
「圏外じゃん!!!」
「今頃気づくなよ。ったく…」
携帯圏外にショックで心臓止まりそうだったのに、帰宅したはずの夫の出現に、驚いたと同時に安堵してしまった。
「なんで?えっ?帰ったんじゃないの?」
さっきと変わらない格好で缶コーヒー持って立っている夫に、疑問を感じないわけがない。
「妻をこんな海に置いて帰る夫などいない。それより、お前のワガママに付き合ってやったんだ。次は俺のワガママに付き合え。ほらよっ。」
と、夫は缶コーヒーを投げ渡し、私の前をまたズンズン歩き出した。
程よい温かさの缶コーヒー。
私はその1本で、少しずつ恋を始めていたのかもしれない。
「……意外と優しい、ってやつ?」
ボソっと呟いたのが聞こえたのか、夫は歩くスピードを少し緩めた。
側から見れば、妻が1歩下がる、まさに理想の夫婦の形のような姿。
結構居心地がよかったりする。
車に乗ると、次の場所を聞いたが
「ふふん」
と鼻で笑うだけで後は到着まで何も言わなかった。
夫の顔を見ようとするが、常に前を向きズンズン進むため、その表情は窺えなかった。
助手席のドアを閉められ、初めてフロントガラスの向こうを歩く宗一郎の横顔を睨みつけた。
宗一郎は何処かに電話をし、話をしていた。その隙に逃げ出すことはできたが、何せ帰る場所は同じ。無駄な労力をだと動くこともなく、じっと宗一郎が電話を終えるのを見ていた。
もとい、夫が。名前でなど呼ぶもんか。
少しして電話を終えると、無表情のまま夫は運転席に入り、何も言わずにエンジンをかけた。
「……………」
「………聞かないのか?何処に行くのかと。」
無言の抵抗というわけではないが、何か話せば相手の思う壺だと感じ、敢えて口を閉ざした。
「……黙っていれば喧嘩にならない…ってわけか…」
夫もその一言の後、車を駐車するまで無言を貫いた。
1時間程も、車を走らせ、ようやく到着した目的地は釣り人が集う波止場だった。
「まさか、釣りするの?」
あまりの意外さに思わず声を発したが、聞かずにはいられない。
「いや、しない。様子を見にきただけだ。」
慣れた調子で釣り人達のバケツや道具を見て歩く夫は、知り合いなのか、1人の釣り人に声をかけ、挨拶程度の会釈をした。
「誰なの?」
少し近づいて小声で聞く私に、ニヤリと意味深に笑い、
「さあな。知り合いだよ。」
と、試すような口ぶりで返す。
(もしかして…結婚式に来てたりして…)
と振り返り、二度見してもわからなかった。
ただ、私と目が合うと、夫をチラっと見て頷く様子はあまり悪い気はしなかった。
「ねえ、釣りが好きなの?」
「…見てるだけだ。釣竿を振ったこともない。」
それならどうしてここに来たのか、全くわからない。まあ、普段から理解しがたい夫だ。わかろうとするのは愚策だ。
一通り見回ってから「帰るぞ」と言われたが、せっかく海に来たのにすぐに帰宅するなど勿体無い。
「ねえ、バスとか通ってないの?この辺は。」
「バス?通っていたとしても、1日数本くらいだろう。」
「そっかぁ…うーん…」
「帰るぞ、バスなんかどうだっていい。」
「あっ、タクシーって手もあるし…私、まだここにいるわ。先に帰っていいわよ。」
快晴で、いかにも行楽日和の今日、海に来たのにトンボ帰りなどしたくはない。一緒に来た相手はいけ好かない夫。だとしたら、1人残り、海を眺めるのも悦じゃないか。
「…勝手にしろ。」
夫はそう言うと、車の方へと戻っていった。
夫を特に見送ることもせず、久々に見るきらびやかな海に心を和ませていた。
最後に海で遊んだのはいつだったろう。やはり、元彼、圭佑君と行った夏の海か。
同じ大学で、初めて出来た彼氏だった。
両思いだとわかった時は飛び上がるくらい嬉しかったし、これから始まる日々に恥ずかしさもあった。何をしても息があって、楽しくて、会えない時間は寂しくて、電話しあった。
「…もう会うことないんだろうな…」
大学で出来た友達は、今までの地元の友達とは違う感覚で、私にとって刺激的だった。やはり、同じことに興味がある分、そこを専門的に掘り下げて、将来を語り合うことができた。たくさんの同世代の人がいる中で、あのキャンパス内で出会え、意気投合したことは、ある意味『大学』の存在をこの先の未来ある子供達に伝えたい面でもある。
ただ、私の場合、有意義な時間を過ごせたが、未来を犠牲にしてしまった負の部分があることは否めない。
「まさかね…ほんとに結婚しちゃうなんてね……はぁ~~~、何やってんだろ?」
海を眺めながら、自分に問いかける日が来るなど、いつ想像できただろう。
まるでドラマのヒロインのように、幸せな結末があるとも思えない。
きっとあいつはまた今夜も、移り香漂わせて帰宅するんだろう。
「ったく、ヤダヤダ。こんな綺麗な海を目の前に、あんな奴のことを考えるなんてっ。まるで濁っちゃうわ。ふぅ…」
段々と風が冷たくなり、肩から冷えて来た。
(そろそろタクシーに来てもらうかな)
釣り人も疎らになってきた。潮目が変わってきたのだろう。
(えっとぉ、この辺りのタクシー会社は…確か町名はこれだから…検索検索…?!えぇぇぇぇ!!!)
「圏外じゃん!!!」
「今頃気づくなよ。ったく…」
携帯圏外にショックで心臓止まりそうだったのに、帰宅したはずの夫の出現に、驚いたと同時に安堵してしまった。
「なんで?えっ?帰ったんじゃないの?」
さっきと変わらない格好で缶コーヒー持って立っている夫に、疑問を感じないわけがない。
「妻をこんな海に置いて帰る夫などいない。それより、お前のワガママに付き合ってやったんだ。次は俺のワガママに付き合え。ほらよっ。」
と、夫は缶コーヒーを投げ渡し、私の前をまたズンズン歩き出した。
程よい温かさの缶コーヒー。
私はその1本で、少しずつ恋を始めていたのかもしれない。
「……意外と優しい、ってやつ?」
ボソっと呟いたのが聞こえたのか、夫は歩くスピードを少し緩めた。
側から見れば、妻が1歩下がる、まさに理想の夫婦の形のような姿。
結構居心地がよかったりする。
車に乗ると、次の場所を聞いたが
「ふふん」
と鼻で笑うだけで後は到着まで何も言わなかった。
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