共に想う

koyumi

文字の大きさ
上 下
3 / 22

外出

しおりを挟む
 無言のまま手をひかれ、車に乗せられた弥生子。
 夫の顔を見ようとするが、常に前を向きズンズン進むため、その表情は窺えなかった。
 助手席のドアを閉められ、初めてフロントガラスの向こうを歩く宗一郎の横顔を睨みつけた。
 宗一郎は何処かに電話をし、話をしていた。その隙に逃げ出すことはできたが、何せ帰る場所は同じ。無駄な労力をだと動くこともなく、じっと宗一郎が電話を終えるのを見ていた。
 もとい、夫が。名前でなど呼ぶもんか。

 少しして電話を終えると、無表情のまま夫は運転席に入り、何も言わずにエンジンをかけた。

「……………」

「………聞かないのか?何処に行くのかと。」

 無言の抵抗というわけではないが、何か話せば相手の思う壺だと感じ、敢えて口を閉ざした。

「……黙っていれば喧嘩にならない…ってわけか…」

 夫もその一言の後、車を駐車するまで無言を貫いた。

 1時間程も、車を走らせ、ようやく到着した目的地は釣り人が集う波止場だった。

「まさか、釣りするの?」
 
 あまりの意外さに思わず声を発したが、聞かずにはいられない。

「いや、しない。様子を見にきただけだ。」

 慣れた調子で釣り人達のバケツや道具を見て歩く夫は、知り合いなのか、1人の釣り人に声をかけ、挨拶程度の会釈をした。

「誰なの?」

 少し近づいて小声で聞く私に、ニヤリと意味深に笑い、

「さあな。知り合いだよ。」

と、試すような口ぶりで返す。
(もしかして…結婚式に来てたりして…)
と振り返り、二度見してもわからなかった。
 ただ、私と目が合うと、夫をチラっと見て頷く様子はあまり悪い気はしなかった。

「ねえ、釣りが好きなの?」

「…見てるだけだ。釣竿を振ったこともない。」

 それならどうしてここに来たのか、全くわからない。まあ、普段から理解しがたい夫だ。わかろうとするのは愚策だ。

 一通り見回ってから「帰るぞ」と言われたが、せっかく海に来たのにすぐに帰宅するなど勿体無い。 

「ねえ、バスとか通ってないの?この辺は。」
「バス?通っていたとしても、1日数本くらいだろう。」
「そっかぁ…うーん…」
「帰るぞ、バスなんかどうだっていい。」
「あっ、タクシーって手もあるし…私、まだここにいるわ。先に帰っていいわよ。」

 快晴で、いかにも行楽日和の今日、海に来たのにトンボ帰りなどしたくはない。一緒に来た相手はいけ好かない夫。だとしたら、1人残り、海を眺めるのも悦じゃないか。

「…勝手にしろ。」

 夫はそう言うと、車の方へと戻っていった。


 夫を特に見送ることもせず、久々に見るきらびやかな海に心を和ませていた。

 最後に海で遊んだのはいつだったろう。やはり、元彼、圭佑君と行った夏の海か。
同じ大学で、初めて出来た彼氏だった。
両思いだとわかった時は飛び上がるくらい嬉しかったし、これから始まる日々に恥ずかしさもあった。何をしても息があって、楽しくて、会えない時間は寂しくて、電話しあった。

「…もう会うことないんだろうな…」

 大学で出来た友達は、今までの地元の友達とは違う感覚で、私にとって刺激的だった。やはり、同じことに興味がある分、そこを専門的に掘り下げて、将来を語り合うことができた。たくさんの同世代の人がいる中で、あのキャンパス内で出会え、意気投合したことは、ある意味『大学』の存在をこの先の未来ある子供達に伝えたい面でもある。

 ただ、私の場合、有意義な時間を過ごせたが、未来を犠牲にしてしまった負の部分があることは否めない。

「まさかね…ほんとに結婚しちゃうなんてね……はぁ~~~、何やってんだろ?」

 海を眺めながら、自分に問いかける日が来るなど、いつ想像できただろう。
 まるでドラマのヒロインのように、幸せな結末があるとも思えない。 
 きっとあいつはまた今夜も、移り香漂わせて帰宅するんだろう。

「ったく、ヤダヤダ。こんな綺麗な海を目の前に、あんな奴のことを考えるなんてっ。まるで濁っちゃうわ。ふぅ…」

 段々と風が冷たくなり、肩から冷えて来た。
(そろそろタクシーに来てもらうかな)


釣り人も疎らになってきた。潮目が変わってきたのだろう。

(えっとぉ、この辺りのタクシー会社は…確か町名はこれだから…検索検索…?!えぇぇぇぇ!!!)

「圏外じゃん!!!」

「今頃気づくなよ。ったく…」

携帯圏外にショックで心臓止まりそうだったのに、帰宅したはずの夫の出現に、驚いたと同時に安堵してしまった。

「なんで?えっ?帰ったんじゃないの?」

さっきと変わらない格好で缶コーヒー持って立っている夫に、疑問を感じないわけがない。

「妻をこんな海に置いて帰る夫などいない。それより、お前のワガママに付き合ってやったんだ。次は俺のワガママに付き合え。ほらよっ。」

と、夫は缶コーヒーを投げ渡し、私の前をまたズンズン歩き出した。

程よい温かさの缶コーヒー。
私はその1本で、少しずつ恋を始めていたのかもしれない。

「……意外と優しい、ってやつ?」

ボソっと呟いたのが聞こえたのか、夫は歩くスピードを少し緩めた。
側から見れば、妻が1歩下がる、まさに理想の夫婦の形のような姿。
結構居心地がよかったりする。


車に乗ると、次の場所を聞いたが
「ふふん」
と鼻で笑うだけで後は到着まで何も言わなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

だから私はその手に触れる

アルカ
恋愛
 ある日会社に出勤したはずが、異世界の執務室に出勤してしまった桜木薫(さくらぎかおる)。気が付いたら異世界生活3年目。今日も元気に雇われ奥方やっています。そんな薫と女運ゼロの旦那様のお話。 ◆小説家になろうさんで連載していたものです。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

【完結】愛を知らない傾国の魔女は、黒銀の騎士から無自覚に愛着されて幸せです

入魚ひえん
恋愛
【一言あらすじ】 不遇でも健気な前向き魔女と、塩対応なのに懐かれてしまい無自覚に絆されていく生真面目騎士の愛着ラブコメ! 【いつものあらすじ】 エレファナは誰もが恐れるほどの魔力を持つ、ドルフ帝国に仕えるためだけに生まれてきた魔女だった。 皇帝の命で皇太子と『婚約の枷』と呼ばれる拘束魔導を結ばされていたが、皇太子から突然の婚約破棄を受けてしまう。 失意の中、命を落としかけていた精霊を守ろうと逃げ込んだ塔に結界を張って立てこもり、長い長い間眠っていたが、その間に身体は痩せ細り衰弱していた。 次に目を覚ますと、そこには黒髪と銀の瞳を持つ美形騎士セルディが剣の柄を握り、こちらを睨んでいる。 そして彼の指には自分と同じ『婚約の枷』があった。 「あの、変なことを聞きますが。あなたの指に施された魔導の枷は私と同じように見えます。私が寝ている間に二百年も経っているそうですが……もしかしてあなたは、私の新たな婚約者なのでしょうか。さすがに違うと思うのですが」 「ああ違う。枷は本物で、形式上は夫となっている」 「夫!?」 皇太子との婚約破棄から、憧れていた『誰かと家族になること』を一度諦めていたエレファナは、夫と名乗るセルディの姿を一目見ただけですぐ懐く。 「君を愛することはない」とまで言ったセルディも、前向き過ぎる好意を向けられて戸惑っていたが、エレファナに接する様子は無自覚ながらも周囲が驚くほどの溺愛ぶりへと変化していく。 「私はセルディさまに言われた通り、よく飲んでたくさん食べて早めに寝ます。困ったことがあったらお話しします!」 (あ。気のせいでしょうか、少し笑ってくれたように見えます) こうしてエレファナはセルディや周囲の人の愛情あふれるお手伝いをしていきながら、健やかさと美しさ、そして魔力を取り戻しはじめる。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! コメディとシリアス混在のゆる設定。 相変わらずですが、お気軽にどうぞ。

処理中です...