嘘つきは私かもしれない

koyumi

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第11話

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 本館を出てから気がついた。
 夫の姿がない。

 別館の従者の半数を引き連れて歩いていたから気づかなかった。

「毛利さん、坊っちゃまはどちらに?」

 一番近くにいた毛利さんに問いかけた。

「坊っちゃまは本館にてお仕事をされるようでございます。ですので、今宵は若奥様は若奥様のお部屋でご就寝いただくことになっております。」
「仕事?家に帰ってまで?気が抜けないですね。」

 私がそう言うと、周りの従者さん達は皆ハッとした顔つきになった。
 なんでこういちいち空気が変わるんだろう。慣れてはきたけど……。

「あの、もし万が一坊っちゃまが別館に来られたら、どちらでお眠りになるんでしょうか?ベッドは私の部屋にしかなかったと思いますが。」

 そうだ。それが気になっていた。”坊っちゃまご夫婦”のお部屋は見たが、ベッドルームはなかった。

「まず、坊っちゃまではなく、慶大様か何かそれなりの呼び名でお願いします。私共と同等では困ります故。
 それで、ご質問の件ですが、坊っちゃまが別館でご就寝なさるのは、先ほど若奥様が拝見されたお部屋でございます。坊っちゃまはベッドはあまりお気に召さないようでして……本館のお部屋はベッドを設置しておりますが、別館は布団で良いと申されました。」

 慶大様だなんて、口が裂けても言えない。あいつは正にだし。

 でも、布団が好きだなんて意外。
 キングサイズのベッドを贅沢に独り占めしてそうなのに。

「今日はお疲れ様でした。明日からは朝8時から講義がございます。ですから、ご起床時刻は5時にてよろしくお願いいたします。それではごゆっくりお過ごしくださいませ。もし、何か御用がございましたら、内線でいつでもお声かけください。すぐに参ります故。」

「講義?何を勉強するのでしょうか?それに、5時起床って毎日ですか!?」

 うわぁ、早い!いつもギリギリまで寝ていた生活をしていたのに!
 これじゃあ深夜ドラマなんて見てる場合じゃないじゃない!あぁ、続きが気になるんだけどなぁ……。

「講義は色々ございます。まずは英語とフランス語、中国語といった語学から、奥様直伝の書道、華道、茶道などの嗜み、それから世界各国の文化を学んでいただきます。特に建築家やプロダクトデザイナー、インテリアについての講義は、エンドーグループ社長夫人として当然の知識になります故、力を入れていただきたく存じます。」

「そ、そんなに……」

 ひぇー!頭がこんがらがりそう。説明聞くだけで脳震盪おこしそうだわ……。
 舅である会長は、気負わず過ごしてくれと言わんばかりだったのに、現実はそうもいかないってことか……。

「では、私共はこれにて下がります。おやすみなさいませ。」
「おやすみなさいませ。」

 私の部屋まで付いてくるのは毛利さん、近重さん、武田さんの3人。
 その3人もいなくなり、ようやく私は1人になった。

 とんでもない所にお嫁に来てしまった。

(じいちゃん、どうして……)
 そう思わずにいられない。
 唯一の救いは、ウマの合わない旦那が近くにいないということだ。
 あんな男と四六時中、いや、1分でも顔を合わすなんてゴメンだ。いくらイケメンでも性根悪すぎる。そりゃ確かに、育った環境には同情するがだからと言って妻となる私にあんなに横柄なのは大人として如何なものか。

 明日は朝5時起きか……いや、明日から毎日か……

 今の時刻は午後9時半。今からシャワーを浴びてゆっくりしているとすぐに深夜の時刻になる。
(それにしてもこの頭……シャンプー何回したらスッキリ落ちるだろう。)

 ガチガチに固められたアップしたヘアスタイルは、用が済んだら厄介だ。
 さっさと流してしまおう。

 とりあえず私は浴室に向かった。
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