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第9話
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私がキョロキョロしていると、男性陣の入場を知らせる声がした。
「旦那様、坊っちゃま、奥様と若奥様は、既にご着席でございます。」
「うむ。わかっている。」
颯爽とした2人分の足音が聞こえ、私はゆっくりと振り返った。
ゆっくりというより、恐る恐るといったとこか。
そして一目見てわかった。
(あの時の担当者!!)
それはもう7年くらい前のこと。
就職難の時代、内定がもらえないまま大学を卒業し、悶々としていた頃、派遣社員の登録に行った会社で担当してくれた男性だ。
(でも、この人って、エンドーグループの会長よね?……あり得ないか?人違い?)
『あなたにぴったりな会社があるので、早速働いてみませんか?』
その担当者は、私の顔と履歴書を見るなりそう言ったのだ。あまりにもあっさりと就職先が決まり、唖然としたことと、紹介された職場の乱雑さは忘れられない。あの頃は自分の担当者をよく恨んだものだ。
だから、次の派遣先を決める時は担当者を変えて欲しいと訴えるつもりだった。だがその必要はなく、配置換えが行われ、別の担当者が私につくことになったのだ。
でも、ほんとによく似てる。
でもまさか、ね……。
「久しぶりだね、詩豆ちゃん。」
「あ、はい……そのことなんですが、奥様も私のことを詩豆ちゃんと呼んで下さってて、あの、私は記憶にないんですが、お二人は私のことをご存知なんですか?」
思い切って質問した瞬間、またもや空気が変わった。
「おい、お前は本当に何も知らないのか?!」
いつの間にか私の隣の席に座っている夫がぶっきら棒に聞いてきた。
「何もって、何も知らされていないんだから仕方ないじゃない。」
この発言で、また更に空気が変わった。
「じゃ、じゃあ……本当に何も知らず、何も覚えがなく、こちらにお嫁にきたの?」
奥様が目を大きくして(信じられない)と言う。
「……すみません。本当に私はただ家族を助けたくて……あの、もしかしてとは思いますが、本当にもしかしてっていうレベルなんで、気に留めて頂くほどでもないんですが……。
以前、私の派遣先を担当して下さった方をご存知でしょうか?」
言っちゃった。
でも今聞かなきゃもうタイミングがないと思った。
「はあ?今頃?何言ってんだ?話が飛びすぎる。」
別にあんたに質問してないよ!と言ってやりたいが、そこは堪えた。
「あれ?気づいてたかと思ってたけど、知らなかったのか?あの担当者は私だよ。詩豆ちゃんが来るというから粗相があってはならないし、いろいろと心配で私が担当したんだよ。なんせ、あの可愛い詩豆ちゃんが働くというんだから、変なところは避けたいだろう。」
「えええ!!や、やっぱり!でも、ど、どういう意味かさっぱり……」
なんということだ。
私の派遣先を担当していたのがエンドーグループの会長自らだったとは。
私って、何者!?
「……詩豆ちゃん、やっぱり覚えていないかな?ルーとユーのこと……。」
ルー?ユー?
「無理もないですわ。直接会ったのはまだ2歳になるかならないかの頃ですもの。初めての1歩はここのお庭だったのよ。そんな小さな頃のことだものね。
私のことをルー、主人のことをユーと呼んでいたのよ。」
そ、そんな頃にここにいたの私!?
「詩豆ちゃんのおじいちゃんはね、慶大のおじいちゃんと親友でね、2人は麻雀が大好きでよくうちに来ていたんだよ。
うちにある台で私と詩豆ちゃんのお父さんと4人でやっていたんだ。
せっかくだから家族ぐるみで仲良くなろうと詩豆ちゃんも来ていてね、慶大と同じ年だし、妻も涼子さんと話ができて楽しかったんだよ。」
「本当にね、いい時代だったわ。明るくて、和やかで。ほら、橘、あれをこちらに。」
奥様がまたパンッと手を叩く。
すると、橘さんが一冊の本らしきものを持ってきて、
「どうぞ。」
と私に手渡してきた。
私はそれを受け取り、そっと開いてみた。アルバムだ。結構年季が入っている。
そして、写真に写る人物は、まさに私の父母と祖父で、そこには赤ちゃんの姿もある。
「その可愛らしい赤ちゃんが詩豆ちゃんよ。」
どうやら私らしい。赤ちゃんの頃の自分の姿など、29歳ともなれば覚えちゃいないが、そこにいる父母を見ればきっと私だと思う。写真上の父母は、若いけれど今とあまり変わっていない。多少白髪が増え、シワが増えてはいるが。
「それで、何で今の今まで隠れるように見ていたんだ?」
うん。それ、それは私の質問。取らないでよね!
「ああ、慶大も知らないのか……。あの頃の私達は随分と運が良く、事業は何をやっても当たりだった。その為、周りの品のない輩が狙ったのはお前だ。慶大の嫁の座がほしい連中がうちの屋敷を訪ねてきた。『ぜひ、この子が大人になったら嫁にしてくれ』と。だが、私達は断った。まだ赤ん坊の慶大の将来のことなど、何故今決める必要があるのかと。
だが、連中は、名波家と懇意にしているとどこかから聞き、次に奴らが考えたのは詩豆ちゃんを私達から引き離すことだった。」
私を?嫉妬とか?
「そう、嫉妬したんだろうな。名波家に。きっと連中の間では、慶大の嫁は名波家の赤子だと勝手に想像していたんだろう。だから私達が仲が良いのだと。
それで身の危険を感じた名波家は、私達から離れることに決めた。私達はとても残念だったが、余程怖いことがあったのだろう。
だが、年寄りの考えることは凄い。
慶大が7歳の頃、父が亡くなり、詩豆ちゃんのおじいちゃんも追うように亡くなった。
すると、2人は遺言を残していたんだ。
『慶大と詩豆を許婚とする。25歳になったら入籍せよ』とね。」
「じ、じいちゃんが決めたってこと……?」
「そうだよ。遺言を実行すべきか迷った。それはもう随分と長い時間悩んだ。こちらとしては願ってもない話で、手放しで喜んだが、名波さんを説得するのは大変だった。一人娘だったからね。だが、弟の実くんが生まれて、ようやく承諾してもらえたんだ。」
つまり、弟がいるなら私の事はまあいっかぁ的な発想ってこと!?なんて親だっ。
「だが、勘違いしてはいけないよ。名波さんは素晴らしい人だ。詩豆ちゃんをすごく大切に思っている。あの人は優しい。だから今回の件も騙されてしまった。私は彼の性格や生き様を知っているから、あの話を聞いた時にすぐに助けなければと思った。だからこういう結果になったんだ。」
「あ、あの、どんなところが素晴らしいんですか?私はいつも誰かの尻拭いをしている父の姿ばかり見ていました。ある程度あった蓄えも、結局他人のことで使ってしまったとか。」
「うん。そうだね。それも知っているよ。実は陰ながらずっと名波家の内情は探っていた。どこかで助けたいと思っていたんだ。できれば詩豆ちゃんも、うちの会社で雇いたかったのだが、受けた会社は全て医療関係だったからね。さすがにMRを目指す詩豆ちゃんを、インテリア業界にまわすのは無理だった。
だが、どこからも、内定が出ず、派遣にすると決めたと聞き、それならばうちのグループに入れられると思ったんだ。」
いや、別にMRを狙っていたわけじゃない。ただ単に、お給料が良いところで就職して、早く一人暮らしがしたかったのだ。門限9時じゃない生活をしたかったのだ。
「まあ、おいおい話していこう。とにかく、詩豆ちゃんは特別だからね。」
旦那様、いや、お舅はそういってパチンと指を鳴らした。
すると、待ってましたとばかりに給仕係さんが現れ、前菜が運ばれてきた。
「旦那様、坊っちゃま、奥様と若奥様は、既にご着席でございます。」
「うむ。わかっている。」
颯爽とした2人分の足音が聞こえ、私はゆっくりと振り返った。
ゆっくりというより、恐る恐るといったとこか。
そして一目見てわかった。
(あの時の担当者!!)
それはもう7年くらい前のこと。
就職難の時代、内定がもらえないまま大学を卒業し、悶々としていた頃、派遣社員の登録に行った会社で担当してくれた男性だ。
(でも、この人って、エンドーグループの会長よね?……あり得ないか?人違い?)
『あなたにぴったりな会社があるので、早速働いてみませんか?』
その担当者は、私の顔と履歴書を見るなりそう言ったのだ。あまりにもあっさりと就職先が決まり、唖然としたことと、紹介された職場の乱雑さは忘れられない。あの頃は自分の担当者をよく恨んだものだ。
だから、次の派遣先を決める時は担当者を変えて欲しいと訴えるつもりだった。だがその必要はなく、配置換えが行われ、別の担当者が私につくことになったのだ。
でも、ほんとによく似てる。
でもまさか、ね……。
「久しぶりだね、詩豆ちゃん。」
「あ、はい……そのことなんですが、奥様も私のことを詩豆ちゃんと呼んで下さってて、あの、私は記憶にないんですが、お二人は私のことをご存知なんですか?」
思い切って質問した瞬間、またもや空気が変わった。
「おい、お前は本当に何も知らないのか?!」
いつの間にか私の隣の席に座っている夫がぶっきら棒に聞いてきた。
「何もって、何も知らされていないんだから仕方ないじゃない。」
この発言で、また更に空気が変わった。
「じゃ、じゃあ……本当に何も知らず、何も覚えがなく、こちらにお嫁にきたの?」
奥様が目を大きくして(信じられない)と言う。
「……すみません。本当に私はただ家族を助けたくて……あの、もしかしてとは思いますが、本当にもしかしてっていうレベルなんで、気に留めて頂くほどでもないんですが……。
以前、私の派遣先を担当して下さった方をご存知でしょうか?」
言っちゃった。
でも今聞かなきゃもうタイミングがないと思った。
「はあ?今頃?何言ってんだ?話が飛びすぎる。」
別にあんたに質問してないよ!と言ってやりたいが、そこは堪えた。
「あれ?気づいてたかと思ってたけど、知らなかったのか?あの担当者は私だよ。詩豆ちゃんが来るというから粗相があってはならないし、いろいろと心配で私が担当したんだよ。なんせ、あの可愛い詩豆ちゃんが働くというんだから、変なところは避けたいだろう。」
「えええ!!や、やっぱり!でも、ど、どういう意味かさっぱり……」
なんということだ。
私の派遣先を担当していたのがエンドーグループの会長自らだったとは。
私って、何者!?
「……詩豆ちゃん、やっぱり覚えていないかな?ルーとユーのこと……。」
ルー?ユー?
「無理もないですわ。直接会ったのはまだ2歳になるかならないかの頃ですもの。初めての1歩はここのお庭だったのよ。そんな小さな頃のことだものね。
私のことをルー、主人のことをユーと呼んでいたのよ。」
そ、そんな頃にここにいたの私!?
「詩豆ちゃんのおじいちゃんはね、慶大のおじいちゃんと親友でね、2人は麻雀が大好きでよくうちに来ていたんだよ。
うちにある台で私と詩豆ちゃんのお父さんと4人でやっていたんだ。
せっかくだから家族ぐるみで仲良くなろうと詩豆ちゃんも来ていてね、慶大と同じ年だし、妻も涼子さんと話ができて楽しかったんだよ。」
「本当にね、いい時代だったわ。明るくて、和やかで。ほら、橘、あれをこちらに。」
奥様がまたパンッと手を叩く。
すると、橘さんが一冊の本らしきものを持ってきて、
「どうぞ。」
と私に手渡してきた。
私はそれを受け取り、そっと開いてみた。アルバムだ。結構年季が入っている。
そして、写真に写る人物は、まさに私の父母と祖父で、そこには赤ちゃんの姿もある。
「その可愛らしい赤ちゃんが詩豆ちゃんよ。」
どうやら私らしい。赤ちゃんの頃の自分の姿など、29歳ともなれば覚えちゃいないが、そこにいる父母を見ればきっと私だと思う。写真上の父母は、若いけれど今とあまり変わっていない。多少白髪が増え、シワが増えてはいるが。
「それで、何で今の今まで隠れるように見ていたんだ?」
うん。それ、それは私の質問。取らないでよね!
「ああ、慶大も知らないのか……。あの頃の私達は随分と運が良く、事業は何をやっても当たりだった。その為、周りの品のない輩が狙ったのはお前だ。慶大の嫁の座がほしい連中がうちの屋敷を訪ねてきた。『ぜひ、この子が大人になったら嫁にしてくれ』と。だが、私達は断った。まだ赤ん坊の慶大の将来のことなど、何故今決める必要があるのかと。
だが、連中は、名波家と懇意にしているとどこかから聞き、次に奴らが考えたのは詩豆ちゃんを私達から引き離すことだった。」
私を?嫉妬とか?
「そう、嫉妬したんだろうな。名波家に。きっと連中の間では、慶大の嫁は名波家の赤子だと勝手に想像していたんだろう。だから私達が仲が良いのだと。
それで身の危険を感じた名波家は、私達から離れることに決めた。私達はとても残念だったが、余程怖いことがあったのだろう。
だが、年寄りの考えることは凄い。
慶大が7歳の頃、父が亡くなり、詩豆ちゃんのおじいちゃんも追うように亡くなった。
すると、2人は遺言を残していたんだ。
『慶大と詩豆を許婚とする。25歳になったら入籍せよ』とね。」
「じ、じいちゃんが決めたってこと……?」
「そうだよ。遺言を実行すべきか迷った。それはもう随分と長い時間悩んだ。こちらとしては願ってもない話で、手放しで喜んだが、名波さんを説得するのは大変だった。一人娘だったからね。だが、弟の実くんが生まれて、ようやく承諾してもらえたんだ。」
つまり、弟がいるなら私の事はまあいっかぁ的な発想ってこと!?なんて親だっ。
「だが、勘違いしてはいけないよ。名波さんは素晴らしい人だ。詩豆ちゃんをすごく大切に思っている。あの人は優しい。だから今回の件も騙されてしまった。私は彼の性格や生き様を知っているから、あの話を聞いた時にすぐに助けなければと思った。だからこういう結果になったんだ。」
「あ、あの、どんなところが素晴らしいんですか?私はいつも誰かの尻拭いをしている父の姿ばかり見ていました。ある程度あった蓄えも、結局他人のことで使ってしまったとか。」
「うん。そうだね。それも知っているよ。実は陰ながらずっと名波家の内情は探っていた。どこかで助けたいと思っていたんだ。できれば詩豆ちゃんも、うちの会社で雇いたかったのだが、受けた会社は全て医療関係だったからね。さすがにMRを目指す詩豆ちゃんを、インテリア業界にまわすのは無理だった。
だが、どこからも、内定が出ず、派遣にすると決めたと聞き、それならばうちのグループに入れられると思ったんだ。」
いや、別にMRを狙っていたわけじゃない。ただ単に、お給料が良いところで就職して、早く一人暮らしがしたかったのだ。門限9時じゃない生活をしたかったのだ。
「まあ、おいおい話していこう。とにかく、詩豆ちゃんは特別だからね。」
旦那様、いや、お舅はそういってパチンと指を鳴らした。
すると、待ってましたとばかりに給仕係さんが現れ、前菜が運ばれてきた。
応援ありがとうございます!
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