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第2部

第七章 悪党の矜持③

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『おらおらおらァ! 邪魔なんだよ!』


 ――ガゴンッッ!

 轟音と共に手斧が振るわれる。
 ワイズの愛機・《ダグン》の一撃は、追手の鎧機兵の頭部を弾き飛ばした。


『弱い野郎が立ち塞がってんじゃねえよ!』


 そこは森の中。ワイズは単騎で逃亡中だった。
 木々の間を縫うように走り、時に追撃する追手を返り討ちにする。
 それを繰り返して、ワイズはどうにか捕縛を免れていた。

 ――しかし。


『待て! 逃げても無駄だ!』


 また一機、追手の鎧機兵――正確には伏兵の鎧機兵が立ち塞がる。
 どうやら伯爵の配下は館周辺のみならず、二重三重に包囲していたらしい。
 こうして後方の追手だけではなく、前方からも敵が現れるのだ。
 ワイズは忌々しげに舌打ちする。


(ふん! 随分と用意周到じゃねえか! 伯爵の旦那よ!)


 しかも、よく見れば一機でない。木々の間からもう二機、姿を現した。
 全機が長剣と盾を装備した騎士型の機体だった。ちらりと《万天図》を確認すると、どの機体も恒力値は四千ジン前後である。


『けッ、ザコどもが! お呼びじゃねえんだよ!』


 ワイズが吠え、その覇気に応えるように《ダグン》が疾走する。浅黒い機体は髪のような鎖の束をジャラジャラと鳴らしながら、無造作に間合いを詰めた。


『く、くそッ! 舐めるな!』


 敵の一機が、反射的に長剣を突き出したが、それはあっさり《ダグン》の右手の斧に弾かれる。さらに《ダグン》は左手の斧を振るい、敵機の頭部を破壊した。


『おねんねしときな!』


 そしてその場で反転。頭部を失った敵機の胴体を尾で殴打した。
 敵機は為す術なく吹き飛び、木に衝突して沈黙する。
 その光景に、残りの二機が怒気を上げる。


『おのれ! 犯罪者の分際で!』

『伯爵さまに逆らうか! この盗人が!』


 しかし、その程度の怒声に、ワイズは怯んだりしない。


『けッ! てめえらも似たようなもんじゃねえか!』


 そう嘯くと、再び《ダグン》を疾走させた。続けて敵の間合いの外で高く跳躍し、唖然とする敵の一機の両肩に、二つの斧を叩きつける!

 メキメキメキッ――

 斧は深く両肩に喰い込んだ。両断とまではいかないが、肩を支える鋼子骨格は完全に破壊した。これでこの機体の両腕はもう使いモノにならないはずだ。
 《ダグン》は敵の肩から斧を引き抜くと、ダメ押しに頭部を破壊した。その勢いで敵機はゆっくりと後ろに倒れ込む。これで三機の内、二機が戦闘不能となった。


『これで後はてめえ一人だ。どうするよ?』


 表情を凄惨に歪めて、ワイズが問うと、


『ひ、ひいいィ!』


 残った一機は、形振り構わず背中を向けて逃亡した。
 ワイズは「ふん」と鼻を鳴らした。
 どうせ、ワイズの居場所は《ダグン》の恒力値で知られている。
 わざわざ逃げる敵を追う気はなかった。


『さて、急ぐか』


 ワイズがそう呟くと、《ダグン》は逃走を再開した。
 《万天図》で敵機を警戒しつつ、木々の間を走り抜ける――が、


(くそったれが)


 思わずきつく眉をしかめる。
 包囲網は、予想以上の規模だった。
 どの方向に逃げても必ず壁にぶち当たる。
 正直なところ、これを突破するのは難しいだろう。その上、確認する限り、恒力値・七万二千ジンの光点が凄まじい速度で接近してきている。
 どうやら、あの怖ろしい怪物まで追ってきているようだ。


「……おいおい、俺に一体何の用だよ。クソガキが」


 戦闘中に聞いた声からして、あの怪物の操手は黒髪の少年に違いない。
 ズキズキと疼く右目を抑えつつ、ワイズは悪態をついた。
 全くもって最悪だ。
 前門には狼の群れ。後門には煉獄の魔竜がいるらしい。
 もう笑うしかないような状況だった。
 どう足掻いても生き延びることは出来ない。嫌でもそう察してしまう。
 だが、この状況でも、なお挽回する方法があるとしたら――。


「……けッ、そういうことかよ」


 ワイズは、再度《万天図》を一瞥して皮肉気に笑った。
 機体内部。胸部装甲の内側に映る円形図には、後ろから追ってくる怪物以外にも一機だけ別格の恒力値が記されている。しかも単独のようだ。
 苛立ちを込めて歯を軋ませるワイズ。
 結局、最後の最後まで、あの男の手の平の上ということか。


(だがよ、何もかも上手く行くと思うなよ)


 ワイズは獰猛に笑った。悪党にも意地や矜持はあるのだ。
 ただいいように使われて終わるなど、簡単に受け入れるつもりはない。


「ああ。このままじゃあ、終われねえよなあ……」


 ワイズは強く操縦棍を握りしめる。
 そして決意を秘めた声で、淡々と呟くのだった。


「あんたの誘いに乗ってやるよ。悪党の矜持。とくと見やがれ」


       ◆


 ――月明かりが注ぐ森の中。
 ハワード=サザンは一人、静かに待っていた。
 待ち人は一人だ。
 かつて自分の執事をしていた男。グリッド=ワイズである。
 ハワードは、彼がここに来るのを待っていた。
 自分の用意した包囲陣は、完璧――と言うよりも過剰だった。
 たかだが五十名程度の盗賊団の捕縛に導入するような人数ではない。
 ワイズは粗野ではあるが強かな男だ。すぐに逃亡は不可能だと察するはず。
 となれば、生き延びる方法は一つしかない。
 この軍団の指揮官――すなわちハワードを捕え、人質にするしかない。
 だからこそ、ハワードは一人でこの場にて待っているのだ。
 無論、人質になるためではない。
 この手でワイズを始末するためにだ。


「……ふん」


 ハワードは月を見上げて、ふっと笑う。
 何だかんだで、数年間は付き合いのあった男。
 せめて自分の手で討ち取ってやりたい……などと言う感傷ではない。


「……あの男は中々の強者だからな」


 戦えば多少の刺激にはなる。ただ、それだけのことだった。
 ハワードは愛機《ラズエル》の中で腕を組み、瞑目した。
 こんな深夜でも虫の声や梟の声だけは聞こえてくる。
 普段は意識して聞くようなものではないが、こうしてみると中々風情がある。
 ハワードは、しばしその静かな声に耳を傾けた。
 そうして、数十秒ほど経った時。

 ――ズズゥン、と。

 突如、森の広場に鳴り響く轟音。
 しかし、ハワードは少しも動じることなく、ゆっくりと双眸を開いた。


「……ほう。流石だな。随分と早かったじゃないか」


 そう呟き、静かに前方を見やる。
 そこには一機の鎧機兵が、前傾の姿勢で佇んでいた。
 両手に手斧。鎖の束を髪のようになびかせる浅黒い機体だ。
 まるで山賊そのものの鎧機兵に、ハワードは思わず口元を綻ばせた。
 鎧機兵は主人に似ると言うが、まさにその通りのようだ。
 ハワードは操縦棍を握りしめ、《ラズエル》を一歩前に進めた。
 すると、浅黒い機体――《ダグン》が軽く肩をすくめて、


『いやはや、お待たせしましたかね。サザンの旦那』

『ふふっ、待ってなどいないさ。我が執事よ』


 二人は互いの愛機の中で笑みを浮かべて、会話を交わした。
 その声には親愛さえ宿っているようだった。
 こうして、月夜の森の広場にて。
 元盗族団の頭目と、サザンの領主である伯爵。
 全く立場の違う二人が、対峙したのである。
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