20 / 399
第1部
第六章 その《星》の名は……。④
しおりを挟む
「……ぐ、うぅ」
白銀の鎧機兵・《ステラ》の操縦席にて。
メルティアは呻き声を上げて、身体を動かした。
すぐ傍には、自分に重なり合うように倒れるリーゼの姿がある。
「リ、リーゼ」
友人の名を呼ぶが返答はない。
メルティアは焦りつつもリーゼの首筋に手を触れた。
呼吸はしている。どうやら気絶しているようだ。
パッと見たところ、大きな怪我もない。
「……リーゼ。すみません」
友人にそう謝罪し、リーゼを少し押しのけてメルティアは操縦棍に触れる。
途端、機体の胸部装甲がゆっくりを開いた。
夜の森の光景が眼前に広がる。
メルティアは気絶しているリーゼを操縦席で休ませ、自身は地面に降りた。
あの鎧機兵に吹き飛ばされた《ステラ》は、大樹にぶつかって止まったようだ。
少し傾いた木に寄りかかり、白銀の機体は座り込んでいた。
動かせないこともなさそうだが、戦闘力が著しく低下しているのは明白だ。
メルティアは眉をしかめた。
こんな機体で、ましてや、操手としてはリーゼよりも遥かに劣るメルティアが操ったところで、あの化け物の相手は務まらない。
「一体、何なのですか……。あの機体は」
いきなり現れた怪物に、メルティアはグッと唇を噛んだ。
と、その時、
「……メルティア!」
不意に後ろから声をかけられる。
メルティアがハッとして振り向くと、そこには薄緑の髪の少女――アイリが泣き出しそうな顔で駆け寄って来る所だった。
「アイリ! 良かった! 無事だったのですね!」
メルティアは胸に飛び込んでくる少女を受け止めた。
アイリの肩は震えている。メルティアは彼女をギュッと抱きしめた。
「……アイリ。もう大丈夫です」
と、少女に語りかけるが、
「……ご、ごめんなさい。わ、私のせいであの男が、ジェイクも、コウタも……」
そう呟くアイリに、メルティアは眉根を寄せた。
「……アイリ?」
メルティアは膝をつき、少女の肩に両手を乗せて視線を合わせる。
アイリはボロボロと涙を零していた。
メルティアは少女の涙を指で拭ってやり、
「どういうことです? アイリはあの機体が何なのか知って――」
と、尋ねようとした時だった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
突如響いた咆哮に、少女達は身体をすくめた。
「……ま、魔獣?」
と、怯えた様子で呟くアイリに、
「……いえ、違います」
メルティアは険しい面持ちで否定した。
今の咆哮は湖の方から聞こえて来た。
「恐らく、これは……」
冷たい汗を流し、メルティアは湖の広場の方へと目を向けた。
そして静かに喉を鳴らし、ポツリと呟く。
「まさか《悪竜》モードを使用したのですか、コウタ」
◆
――ズシン、と。
まるで四足獣の姿勢で《ディノ=バロウス》は一歩踏み出した。
太い尾を揺らし、牛頭の鎧機兵を睨みつける。
対する牛頭の鎧機兵――《金妖星》は、すうっと斧槍を構え、
『……ふふっ、さあどう来る少年』
操手であるラゴウは、不敵な笑みを浮かべていた。
その声は少しばかり弾んでいる。
すると、コウタはすうっと目を細めて。
『……どうもこうもないよ。ただ――押し潰すだけだ!』
言って、《ディノ=バロウス》に意志を伝えた。
魔竜と化した鎧機兵は主人の意志に応え、ガコンッと地面を陥没させて飛翔した。さらに空中で大きく右手を振りかぶる!
『――ふっ』
対し、《金妖星》は後方へ跳んだ。
斧槍の柄で受け止めるのは危険だと判断したのだ。
その直後、振り下ろされた魔竜の右手が《金妖星》のいた場所に直撃した。
バキバキッ――と、地面に亀裂が縦横無尽に走り抜ける。が、それには見向きもせず、さらに《ディノ=バロウス》は追撃をかけた。
間合いを一瞬で詰め、今度は左手の掌底を打ち出した!
『――む!』
地表さえ抉る衝撃波に対し、咄嗟に両腕を交差させる《金妖星》。
牛頭の鎧機兵は直撃を受け、一気に後方へと押しやられた。
黄金色の鎧装が、ギシギシと軋む。
(……ふむ。溢れ出る恒力をそのままぶつけているのか)
揺れる操縦席の中で、ラゴウは冷静に敵機の戦力を分析する。
惚れ惚れするほどの威力。並みの鎧機兵なら間違いなくこれで大破だ。
(しかし、これは……)
と、思考を巡らせていたら、
――ガガガガガッ!
勢いよく地を削り、不可視の斬撃が迫り来る!
爪状に放った恒力による遠距離攻撃。
直撃すれば《金妖星》と言えど両断されかねない鋭さだ。
だが、ラゴウの顔に焦りはない。
(…………ふむ)
牛頭の鎧機兵は素早く地を蹴って横へ跳び、攻撃を凌いだ。
その時点で、ラゴウの顔から、どこか楽しげだった表情が消えた。
傷持つ男はぼそりと呟く。
『これは……いささか興ざめだな』
――ゴウッ!
と、二本角を突き上げた魔竜の突進を《金妖星》は易々とかわした。
そして避けざまに片足を振り上げ――。
――ズドンッ!
牛頭の鎧機兵の前蹴りが《ディノ=バロウス》の頭部に直撃した。
コウタが呻き、《ディノ=バロウス》は大きく弾き飛ばされる。
地面に何度もバウンドし、四肢で姿勢を支え、ようやく止まる機体。
ガクガク、と竜装の鎧機兵の両腕が震えた。
コウタはグッと唇を噛んだ。
『……やはりこの程度の攻撃もかわせなくなったのか』
対し、《金妖星》は悠然とした足取りで《ディノ=バロウス》に近付いてくる。
そして先程までの高揚もどこへやら。
ラゴウは冷めた口調でコウタに告げる。
『黒髪の少年。ヌシは《七星》の第三座を知っているか?』
『……《七星》の、第三座?』
唐突な問いに、コウタは訝しげに眉をひそめる。
しかし、元々独白に近いのか、ラゴウは気にもかけず言葉を続ける。
『今のヌシと同じく、七万ジンを超える恒力を宿す鎧機兵――《真紅の鬼》を操る男だ。吾輩自身は未だ面識はないのだが、我が友が宿敵と呼ぶ者よ』
ラゴウは、赤熱発光する竜装の機体を一瞥し、
『我が友の話では、かの第三座が操る《真紅の鬼》は魔獣を超える膂力と、戦士の絶技を併せ持つ真の怪物だそうだ。しかしヌシはどうだ?』
そこでラゴウは失望を宿した嘆息をする。
『御しきれぬ力に振り回され、先程までの洗練された技も使えなくなっている。剣を捨てたのは使えぬからだろう? 四肢をすべて使わねば戦うことさえ困難とはな。獣の鋭さもなく、戦士の洗練さもない。何とも中途半端な姿だ』
『…………』
コウタは何も答えず《金妖星》を睨みつけた。
『ロクに制御もできず地を這うようにしか戦えない。それでは闇雲に剣を振り回す一般人と変わらんわ。ヌシには期待していた分、失望したぞ少年』
ラゴウは淡々とした声で、そう告げた。
コウタは未だ沈黙を保ったままだ。
すると、《金妖星》が歩きつつ、ゆっくりと斧槍を掲げた。
『その機体、そろそろガタもきているのだろう。正直、肩すかしな幕引きではあるが、トドメを刺すのは戦士の礼儀か』
――ズシン、と。
大地を踏みしめ、牛頭の鎧機兵は完全に間合いを詰めた。
絶体絶命の状況。チェックメイトの状態だ。
だが、コウタは《ディノ=バロウス》の中で眼光を鋭くした。
――これでいい。
ラゴウが語った事実など百も承知だ。
コウタが《悪竜》モードを使用したのは、この状況を作るためだった。
確かに《ディノ=バロウス》はすでにガタがきはじめている。
しかし、まだあと一度ぐらいは動ける。
眼前の敵が最後のトドメを刺す瞬間、カウンターで最大の一撃をぶつける。
それがコウタの作戦だった。
(命懸けの一撃だ。けど、これしかない!)
コウタは覚悟を決めて、攻撃の瞬間を見極めようとしていた。
『……では、さらばだ。少年』
グググッと、大きく斧槍を振りかぶる《金妖星》。
コウタは全霊をかけて神経を研ぎ澄ませた――時だった。
「――その一撃、待って下さい」
(………えっ)
不意に聞こえて来た可憐な声に、コウタは絶句した。
そして、みるみると顔色が青ざめていく。
『ふむ。ヌシは誰だ?』
そんな狼狽する少年をよそに、ラゴウは振り上げていた斧槍を止め、《金妖星》を声の主の方へと振り向かせた。
そこには、二人の少女がいた。
緊張した面持ちで佇むメルティアと、アイリの二人だ。
先程《金妖星》を制止させたのは、メルティアの声だった。
「……そこの彼の仲間です」
メルティアは、わずかに震える声で言葉を続ける。
「この戦い、あなたの勝ちです。もう私達は戦えません。どうか、ここで剣を納めてもらえませんか」
『……ふむ』
メルティアの懇願に、ラゴウは目を細める。
『獣人族の少女よ。それはいささかヌシらに都合が良すぎるのではないか? 別に見逃すのもいいが、それをするメリットが吾輩にはないのだが』
そう告げるラゴウに対し、メルティアは覚悟を決めた表情で告げる。
「……では交渉といきましょう」
ひと呼吸入れて、
「あなたは奴隷商だとアイリから聞きました。でしたら私の仲間達の命。そしてアイリの身柄を売って下さい」
『――メ、メル!?』
いきなりとんでもないことを言い出す幼馴染に、コウタは目を剥いた。
対照的にラゴウは実に興味深そうだ。
『なるほど。それならば吾輩にもメリットはあるか。しかし、ヌシの仲間はともかくその少女は決して安価ではないぞ』
ラゴウがそう告げると同時に、《金妖星》がアイリを一瞥した。
薄緑色の髪の少女は、ビクリと肩を震わせる。
「……分かっています。アイリの素性もすでに聞いています。今、それほどの持ち合わせはありません。ですので……」
メルティアは金色の眼差しで《金妖星》を見据えた。
「私を代価にします。この猫のような耳が示すように私は獣人族。それも極めて生まれにくいハーフです。裏社会での『商品価値』は相当なものでは?」
「……メ、メルティア!?」
『メル!? 何を言ってるんだ!?』
アイリ、そしてコウタが目を瞠った。
それは、あまりにも想定外の言葉だった。
が、ラゴウだけはますます興味深くメルティアを見つめた。
『……ほう。面白いことを言うではないか少女よ』
ラゴウは感情のない声で尋ねる。
『その言葉の意味、分からない訳ではないだろう?』
「……はい」
メルティアは身体を強張らせて答える。
「理解……しています。覚悟の上です。だから……」
そして彼女はすっと頭を下げた。
「私の友達を……私のコウタを殺さないで下さい」
『…………』
少女の真摯な願いに、ラゴウは沈黙した。
一方、アイリとコウタは、未だ動揺から立ち直れていなかった。
森の中に静寂が訪れる。そして――。
『……よかろう』
ラゴウは苦笑を浮かべた。
『ふふっ、こうも健気な態度を取られては、悪党としては乗らずにはおれんな。獣人族の少女よ。ヌシの願いは聞き届けたぞ』
「……ありがとうございます」
メルティアは再び頭を垂れた。
しかし、当然ながらこの状況に納得できない者がいる。
『ふざけるなッ! メルを、メルをお前なんかに渡してたまるかッ!!』
コウタが絶叫を上げた。同時に、ズシンッと大地に拳を叩きつけ、《ディノ=バロウス》が機体を軋ませて立ち上がろうとする。
しかし、すでに限界が近い機体は上手く立ち上がれない。ただ怒りの咆哮を上げる竜装の鎧機兵に、アイリとメルティアは目を見開いた。
『……ほう』
ラゴウはその様子を一瞥し、あごに手をやる。
『ふむ。黒髪の少年。もしやこの少女はヌシの女か?』
『幼馴染だ! けどそんなの関係ない! メルは絶対に渡さない!!』
と、意気込む少年に、ラゴウは苦笑した。
この少年が少女をどう思っているのかは一目瞭然だった。
『やれやれ、分かりやすいな少年。ならばヌシに再び機会をやろう』
『……何がだッ!』
機体を必死に動かしながら、そう吐き捨てるコウタに、
『ふふっ、この少女は吾輩が個人的に買い取ることにしよう。吾輩の情婦にする』
ラゴウは面白おかしくそんなことを告げる。
コウタは唖然として目を見開いた。メルティアも同様だ。
情婦。その言葉を知らないほど彼らは子供ではない。
『ふ、ふざけるな! 誰がお前なんかにメルを――』
『ふははっ、少しは落ちつけ少年。確かにこの少女は見目麗しいが、正直まだ幼い。今の時点では食指も動かんよ。そうだな……』
一拍置いてラゴウは告げる。
『あと五年。五年間まではこの少女の貞操と身柄は吾輩が保障しよう。その間に、ヌシは懸命に修練を積むといい』
『……なん、だと?』
ラゴウの言葉の意図が分からず、コウタは呆然と呟いた。
『ヌシには見所がある。五年間、この少女を求めて吾輩を追ってくるといい。今はまだ無様なその力を今度こそ自分の物にしてな』
そこでラゴウの乗る《金妖星》は大仰に肩をすくめた。
『どうだ? まさに悪党らしい演出だろう?』
コウタは一瞬、目を見開くが、ギシリと歯を軋ませ、
『何が演出だ! そんなの許さない! メルは、メルはボクの大切な――』
『まあ、そう荒ぶるな。この少女が大切なのならば取り返せばいい。なにしろ五年も猶予があるのだ。我ながら破格の対応だと思うぞ』
と、ラゴウは面白がるような口調で語る。
それから、くつくつと笑い、
『さて、と。吾輩も忙しいのでな。そろそろ退散するか』
続けて音もなく《金妖星》の蛇頭の尾が、《ディノ=バロウス》に向けられる。
大きく開かれた大蛇のアギトには、莫大な恒力が集束していた。
『《悪竜》の少年よ。今日ぐらいはゆっくり休んでおけ。何事も心機一転だ。修練はまた明日からにするといいぞ』
と、告げてから、ラゴウはふっと口角を崩す。
『ああ、それと騙し打ちを企んでいたようだが、丸分かりだったぞ。どうもヌシには狡猾さが足りん。その辺も修練することだな』
それが、コウタが最後に聞いた台詞だった。
そして強い衝撃が《ディノ=バロウス》を打ちつけて――。
少年の意識は、闇の中に消えていった。
彼の名を叫ぶ少女の声と共に。
白銀の鎧機兵・《ステラ》の操縦席にて。
メルティアは呻き声を上げて、身体を動かした。
すぐ傍には、自分に重なり合うように倒れるリーゼの姿がある。
「リ、リーゼ」
友人の名を呼ぶが返答はない。
メルティアは焦りつつもリーゼの首筋に手を触れた。
呼吸はしている。どうやら気絶しているようだ。
パッと見たところ、大きな怪我もない。
「……リーゼ。すみません」
友人にそう謝罪し、リーゼを少し押しのけてメルティアは操縦棍に触れる。
途端、機体の胸部装甲がゆっくりを開いた。
夜の森の光景が眼前に広がる。
メルティアは気絶しているリーゼを操縦席で休ませ、自身は地面に降りた。
あの鎧機兵に吹き飛ばされた《ステラ》は、大樹にぶつかって止まったようだ。
少し傾いた木に寄りかかり、白銀の機体は座り込んでいた。
動かせないこともなさそうだが、戦闘力が著しく低下しているのは明白だ。
メルティアは眉をしかめた。
こんな機体で、ましてや、操手としてはリーゼよりも遥かに劣るメルティアが操ったところで、あの化け物の相手は務まらない。
「一体、何なのですか……。あの機体は」
いきなり現れた怪物に、メルティアはグッと唇を噛んだ。
と、その時、
「……メルティア!」
不意に後ろから声をかけられる。
メルティアがハッとして振り向くと、そこには薄緑の髪の少女――アイリが泣き出しそうな顔で駆け寄って来る所だった。
「アイリ! 良かった! 無事だったのですね!」
メルティアは胸に飛び込んでくる少女を受け止めた。
アイリの肩は震えている。メルティアは彼女をギュッと抱きしめた。
「……アイリ。もう大丈夫です」
と、少女に語りかけるが、
「……ご、ごめんなさい。わ、私のせいであの男が、ジェイクも、コウタも……」
そう呟くアイリに、メルティアは眉根を寄せた。
「……アイリ?」
メルティアは膝をつき、少女の肩に両手を乗せて視線を合わせる。
アイリはボロボロと涙を零していた。
メルティアは少女の涙を指で拭ってやり、
「どういうことです? アイリはあの機体が何なのか知って――」
と、尋ねようとした時だった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
突如響いた咆哮に、少女達は身体をすくめた。
「……ま、魔獣?」
と、怯えた様子で呟くアイリに、
「……いえ、違います」
メルティアは険しい面持ちで否定した。
今の咆哮は湖の方から聞こえて来た。
「恐らく、これは……」
冷たい汗を流し、メルティアは湖の広場の方へと目を向けた。
そして静かに喉を鳴らし、ポツリと呟く。
「まさか《悪竜》モードを使用したのですか、コウタ」
◆
――ズシン、と。
まるで四足獣の姿勢で《ディノ=バロウス》は一歩踏み出した。
太い尾を揺らし、牛頭の鎧機兵を睨みつける。
対する牛頭の鎧機兵――《金妖星》は、すうっと斧槍を構え、
『……ふふっ、さあどう来る少年』
操手であるラゴウは、不敵な笑みを浮かべていた。
その声は少しばかり弾んでいる。
すると、コウタはすうっと目を細めて。
『……どうもこうもないよ。ただ――押し潰すだけだ!』
言って、《ディノ=バロウス》に意志を伝えた。
魔竜と化した鎧機兵は主人の意志に応え、ガコンッと地面を陥没させて飛翔した。さらに空中で大きく右手を振りかぶる!
『――ふっ』
対し、《金妖星》は後方へ跳んだ。
斧槍の柄で受け止めるのは危険だと判断したのだ。
その直後、振り下ろされた魔竜の右手が《金妖星》のいた場所に直撃した。
バキバキッ――と、地面に亀裂が縦横無尽に走り抜ける。が、それには見向きもせず、さらに《ディノ=バロウス》は追撃をかけた。
間合いを一瞬で詰め、今度は左手の掌底を打ち出した!
『――む!』
地表さえ抉る衝撃波に対し、咄嗟に両腕を交差させる《金妖星》。
牛頭の鎧機兵は直撃を受け、一気に後方へと押しやられた。
黄金色の鎧装が、ギシギシと軋む。
(……ふむ。溢れ出る恒力をそのままぶつけているのか)
揺れる操縦席の中で、ラゴウは冷静に敵機の戦力を分析する。
惚れ惚れするほどの威力。並みの鎧機兵なら間違いなくこれで大破だ。
(しかし、これは……)
と、思考を巡らせていたら、
――ガガガガガッ!
勢いよく地を削り、不可視の斬撃が迫り来る!
爪状に放った恒力による遠距離攻撃。
直撃すれば《金妖星》と言えど両断されかねない鋭さだ。
だが、ラゴウの顔に焦りはない。
(…………ふむ)
牛頭の鎧機兵は素早く地を蹴って横へ跳び、攻撃を凌いだ。
その時点で、ラゴウの顔から、どこか楽しげだった表情が消えた。
傷持つ男はぼそりと呟く。
『これは……いささか興ざめだな』
――ゴウッ!
と、二本角を突き上げた魔竜の突進を《金妖星》は易々とかわした。
そして避けざまに片足を振り上げ――。
――ズドンッ!
牛頭の鎧機兵の前蹴りが《ディノ=バロウス》の頭部に直撃した。
コウタが呻き、《ディノ=バロウス》は大きく弾き飛ばされる。
地面に何度もバウンドし、四肢で姿勢を支え、ようやく止まる機体。
ガクガク、と竜装の鎧機兵の両腕が震えた。
コウタはグッと唇を噛んだ。
『……やはりこの程度の攻撃もかわせなくなったのか』
対し、《金妖星》は悠然とした足取りで《ディノ=バロウス》に近付いてくる。
そして先程までの高揚もどこへやら。
ラゴウは冷めた口調でコウタに告げる。
『黒髪の少年。ヌシは《七星》の第三座を知っているか?』
『……《七星》の、第三座?』
唐突な問いに、コウタは訝しげに眉をひそめる。
しかし、元々独白に近いのか、ラゴウは気にもかけず言葉を続ける。
『今のヌシと同じく、七万ジンを超える恒力を宿す鎧機兵――《真紅の鬼》を操る男だ。吾輩自身は未だ面識はないのだが、我が友が宿敵と呼ぶ者よ』
ラゴウは、赤熱発光する竜装の機体を一瞥し、
『我が友の話では、かの第三座が操る《真紅の鬼》は魔獣を超える膂力と、戦士の絶技を併せ持つ真の怪物だそうだ。しかしヌシはどうだ?』
そこでラゴウは失望を宿した嘆息をする。
『御しきれぬ力に振り回され、先程までの洗練された技も使えなくなっている。剣を捨てたのは使えぬからだろう? 四肢をすべて使わねば戦うことさえ困難とはな。獣の鋭さもなく、戦士の洗練さもない。何とも中途半端な姿だ』
『…………』
コウタは何も答えず《金妖星》を睨みつけた。
『ロクに制御もできず地を這うようにしか戦えない。それでは闇雲に剣を振り回す一般人と変わらんわ。ヌシには期待していた分、失望したぞ少年』
ラゴウは淡々とした声で、そう告げた。
コウタは未だ沈黙を保ったままだ。
すると、《金妖星》が歩きつつ、ゆっくりと斧槍を掲げた。
『その機体、そろそろガタもきているのだろう。正直、肩すかしな幕引きではあるが、トドメを刺すのは戦士の礼儀か』
――ズシン、と。
大地を踏みしめ、牛頭の鎧機兵は完全に間合いを詰めた。
絶体絶命の状況。チェックメイトの状態だ。
だが、コウタは《ディノ=バロウス》の中で眼光を鋭くした。
――これでいい。
ラゴウが語った事実など百も承知だ。
コウタが《悪竜》モードを使用したのは、この状況を作るためだった。
確かに《ディノ=バロウス》はすでにガタがきはじめている。
しかし、まだあと一度ぐらいは動ける。
眼前の敵が最後のトドメを刺す瞬間、カウンターで最大の一撃をぶつける。
それがコウタの作戦だった。
(命懸けの一撃だ。けど、これしかない!)
コウタは覚悟を決めて、攻撃の瞬間を見極めようとしていた。
『……では、さらばだ。少年』
グググッと、大きく斧槍を振りかぶる《金妖星》。
コウタは全霊をかけて神経を研ぎ澄ませた――時だった。
「――その一撃、待って下さい」
(………えっ)
不意に聞こえて来た可憐な声に、コウタは絶句した。
そして、みるみると顔色が青ざめていく。
『ふむ。ヌシは誰だ?』
そんな狼狽する少年をよそに、ラゴウは振り上げていた斧槍を止め、《金妖星》を声の主の方へと振り向かせた。
そこには、二人の少女がいた。
緊張した面持ちで佇むメルティアと、アイリの二人だ。
先程《金妖星》を制止させたのは、メルティアの声だった。
「……そこの彼の仲間です」
メルティアは、わずかに震える声で言葉を続ける。
「この戦い、あなたの勝ちです。もう私達は戦えません。どうか、ここで剣を納めてもらえませんか」
『……ふむ』
メルティアの懇願に、ラゴウは目を細める。
『獣人族の少女よ。それはいささかヌシらに都合が良すぎるのではないか? 別に見逃すのもいいが、それをするメリットが吾輩にはないのだが』
そう告げるラゴウに対し、メルティアは覚悟を決めた表情で告げる。
「……では交渉といきましょう」
ひと呼吸入れて、
「あなたは奴隷商だとアイリから聞きました。でしたら私の仲間達の命。そしてアイリの身柄を売って下さい」
『――メ、メル!?』
いきなりとんでもないことを言い出す幼馴染に、コウタは目を剥いた。
対照的にラゴウは実に興味深そうだ。
『なるほど。それならば吾輩にもメリットはあるか。しかし、ヌシの仲間はともかくその少女は決して安価ではないぞ』
ラゴウがそう告げると同時に、《金妖星》がアイリを一瞥した。
薄緑色の髪の少女は、ビクリと肩を震わせる。
「……分かっています。アイリの素性もすでに聞いています。今、それほどの持ち合わせはありません。ですので……」
メルティアは金色の眼差しで《金妖星》を見据えた。
「私を代価にします。この猫のような耳が示すように私は獣人族。それも極めて生まれにくいハーフです。裏社会での『商品価値』は相当なものでは?」
「……メ、メルティア!?」
『メル!? 何を言ってるんだ!?』
アイリ、そしてコウタが目を瞠った。
それは、あまりにも想定外の言葉だった。
が、ラゴウだけはますます興味深くメルティアを見つめた。
『……ほう。面白いことを言うではないか少女よ』
ラゴウは感情のない声で尋ねる。
『その言葉の意味、分からない訳ではないだろう?』
「……はい」
メルティアは身体を強張らせて答える。
「理解……しています。覚悟の上です。だから……」
そして彼女はすっと頭を下げた。
「私の友達を……私のコウタを殺さないで下さい」
『…………』
少女の真摯な願いに、ラゴウは沈黙した。
一方、アイリとコウタは、未だ動揺から立ち直れていなかった。
森の中に静寂が訪れる。そして――。
『……よかろう』
ラゴウは苦笑を浮かべた。
『ふふっ、こうも健気な態度を取られては、悪党としては乗らずにはおれんな。獣人族の少女よ。ヌシの願いは聞き届けたぞ』
「……ありがとうございます」
メルティアは再び頭を垂れた。
しかし、当然ながらこの状況に納得できない者がいる。
『ふざけるなッ! メルを、メルをお前なんかに渡してたまるかッ!!』
コウタが絶叫を上げた。同時に、ズシンッと大地に拳を叩きつけ、《ディノ=バロウス》が機体を軋ませて立ち上がろうとする。
しかし、すでに限界が近い機体は上手く立ち上がれない。ただ怒りの咆哮を上げる竜装の鎧機兵に、アイリとメルティアは目を見開いた。
『……ほう』
ラゴウはその様子を一瞥し、あごに手をやる。
『ふむ。黒髪の少年。もしやこの少女はヌシの女か?』
『幼馴染だ! けどそんなの関係ない! メルは絶対に渡さない!!』
と、意気込む少年に、ラゴウは苦笑した。
この少年が少女をどう思っているのかは一目瞭然だった。
『やれやれ、分かりやすいな少年。ならばヌシに再び機会をやろう』
『……何がだッ!』
機体を必死に動かしながら、そう吐き捨てるコウタに、
『ふふっ、この少女は吾輩が個人的に買い取ることにしよう。吾輩の情婦にする』
ラゴウは面白おかしくそんなことを告げる。
コウタは唖然として目を見開いた。メルティアも同様だ。
情婦。その言葉を知らないほど彼らは子供ではない。
『ふ、ふざけるな! 誰がお前なんかにメルを――』
『ふははっ、少しは落ちつけ少年。確かにこの少女は見目麗しいが、正直まだ幼い。今の時点では食指も動かんよ。そうだな……』
一拍置いてラゴウは告げる。
『あと五年。五年間まではこの少女の貞操と身柄は吾輩が保障しよう。その間に、ヌシは懸命に修練を積むといい』
『……なん、だと?』
ラゴウの言葉の意図が分からず、コウタは呆然と呟いた。
『ヌシには見所がある。五年間、この少女を求めて吾輩を追ってくるといい。今はまだ無様なその力を今度こそ自分の物にしてな』
そこでラゴウの乗る《金妖星》は大仰に肩をすくめた。
『どうだ? まさに悪党らしい演出だろう?』
コウタは一瞬、目を見開くが、ギシリと歯を軋ませ、
『何が演出だ! そんなの許さない! メルは、メルはボクの大切な――』
『まあ、そう荒ぶるな。この少女が大切なのならば取り返せばいい。なにしろ五年も猶予があるのだ。我ながら破格の対応だと思うぞ』
と、ラゴウは面白がるような口調で語る。
それから、くつくつと笑い、
『さて、と。吾輩も忙しいのでな。そろそろ退散するか』
続けて音もなく《金妖星》の蛇頭の尾が、《ディノ=バロウス》に向けられる。
大きく開かれた大蛇のアギトには、莫大な恒力が集束していた。
『《悪竜》の少年よ。今日ぐらいはゆっくり休んでおけ。何事も心機一転だ。修練はまた明日からにするといいぞ』
と、告げてから、ラゴウはふっと口角を崩す。
『ああ、それと騙し打ちを企んでいたようだが、丸分かりだったぞ。どうもヌシには狡猾さが足りん。その辺も修練することだな』
それが、コウタが最後に聞いた台詞だった。
そして強い衝撃が《ディノ=バロウス》を打ちつけて――。
少年の意識は、闇の中に消えていった。
彼の名を叫ぶ少女の声と共に。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜
月風レイ
ファンタジー
グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。
それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。
と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。
洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。
カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
戦場で死ぬはずだった俺が、女騎士に拾われて王に祭り上げられる(改訂版)
ぽとりひょん
ファンタジー
ほむらは、ある国家の工作員をしていたが消されそうになる。死を偽装してゲリラになるが戦闘で死ぬ運命にあった。そんな彼を女騎士に助けられるが国の王に祭り上げられてしまう。彼は強大な軍を動かして地球を運命を左右する戦いに身を投じていく。
この作品はカクヨムで連載したものに加筆修正したものです。
何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる
月風レイ
ファンタジー
あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。
周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。
そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。
それは突如現れた一枚の手紙だった。
その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。
どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。
突如、異世界の大草原に召喚される。
元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。
Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜
橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる