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第8部

第七章 《煉獄》の鬼③

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「――行くよ! メル!」

「――はい!」


 コウタの呼びかけに、メルティアが応える。
 直後、《ディノ=バロウス》の全身から、業火が噴き出した。
 熱を帯びない炎は、鎧装と角以外を覆った。
 ――《悪竜ディノ=バロウス》モードだ。
 鎧を纏う炎の魔人のような姿。
 初見では誰もが驚く姿なのだが、《朱天》に動揺の気配はない。
 ただ、静かな声で。


『準備は出来たか?』

『はい』


 コウタは答えた。
 元より、兄が動揺するとは思っていない。
 ただ、今は全力を尽くすだけだ。


『それでは――行きます!』


 コウタは宣言する。
 同時に《ディノ=バロウス》が処刑刀を薙いだ。
 撃ち出すのは不可視の刃。
 放出系闘技の《飛刃》。
 しかし、その先制攻撃は、《朱天》の手刀であっさりと粉砕された。


(やっぱり、この程度は読まれるか)


 コウタは目を細めた。


『――ふッ!』


 唇から吐き出される呼気。
 そして、《ディノ=バロウス》が滑走する。
 ――《黄道法》の構築系闘技・《天架》。
 恒力で不可視のレールを構築し、その上を滑走する闘技だ。
 最高難度とも言える技。
 奇しくも、立会人を引き受けてくれた女性の得意技らしい。
 瞬時に間合いを詰めた《ディノ=バロウス》は処刑刀を振り下ろす――が、
 ――ギィン!
 小さく舌打ちし、《朱天》は右の手甲で斬撃を受け止めた。
 コウタはそのまま刃を押し込もうとするが、《朱天》の剛力は凄まじい。
 処刑刀は軽々と弾かれ、《ディノ=バロウス》は大きく仰け反った。


(――まだまだ!)


 が、そこで攻撃の手は休めない。
 全身の炎を撒き散らしながら、姿勢を復帰させて反転し、その勢いを乗せて横薙ぎの一撃を繰り出した!
 ――だが、それも。


(――くッ!)


 手甲で防がれる。
《朱天》の防御を崩すことは出来なかった。
 もっと手数を増やさねば、斬り込むことが出来ない。


「……メル! しっかり掴まってって!」

「――はい!」


 メルティアが、背中にぎゅうとしがみついてくる。
 彼女の柔らかな温もりに、力を貰いつつ、《ディノ=バロウス》は猛攻に出た。
 全身を稼働させて次々と斬撃を繰り出していく――。
 一太刀ごとに、ありったけの想いを込めて。


(――兄さん)


 そして、さしもの《煉獄》の鬼も両腕だけでは凌げなくなってきたのだろう。
 後方に大きく跳躍した。


(よし!)


 コウタは《ディノ=バロウス》を前進させた。
 ここが勝機と追撃を試みる――が、
 ――ブオンッ!
 その場で反転した《朱天》の黒い竜尾が襲い掛かってくる!


(反撃ッ! いや、だったら!)


 むしろ好機だ。
 コウタは、処刑刀に恒力を纏わせた。
 使う闘技は最大の切断力を誇る《断罪刀》。
 これを以て、竜尾を両断してみせる!
 ――しかし。
 ――ドンッ!
  突如、《朱天》は崩れた姿勢で《穿風》を放ち、処刑刀を打ち払った。


『――クッ』


 コウタは呻く。メルティアも「きゃあ!」と悲鳴を上げた。
 体勢を崩す悪竜の騎士。処刑刀の切っ先は、目測から大きく外され、地面に触れると、手応えもなく切り裂いた。


(ッ!? 《断罪刀》を読まれたッ!?)


 まさか、初見で闘技の特徴を見抜いたというのか。
 コウタは『――クッ!』と呻き、《ディノ=バロウス》は間合いを取り直した。
 すると、《朱天》はまじまじと、両断された地面に目をやり、


『やっぱ、そういう闘技か』


 やはり見抜かれていたようだ。
 恐るべき判断能力だ。
 兄の戦闘経験値の高さを見せつけられる思いだった。


『初めて見る闘技だな。なんて言うんだ?』


 兄が尋ねてくる。
 コウタは少し躊躇いつつも、


『……《断罪刀》。ボクはそう名付けました』説明を続ける。『微細な恒力の刃を刀身上に走らせて、切断力を上げる構築系の闘技です』

『……名付けた?』


 兄は少し驚いたような声を上げた。


『それって自分で創った闘技ってことか?』

『……はい。一応』


 コウタは、少し気恥ずかしい気分でそう答えた。
 結構コウタは独自の闘技を考案する。
 理由は楽しいからだ。
 ジェイクとか、クラスメートの男子達と色々な技を考えるのも楽しい。
 ただ、自分でネーミングまで考えた闘技を兄に告げるのは、気恥ずかしかった。


「……私も思ってましたが、《断罪刀》の命名は気合いが入っていますね」

「い、言わないでよ。メル」


 幼馴染は、的確にコウタの心情を見抜いていた。
 しかし、兄は揶揄するようなこともなく。
 ――ゴオンッ!
 まるで祝砲のように。
《煉獄》の鬼は、再び胸部の前で、再び両の拳を叩きつけた。
 コウタは表情を引き締め直し、《ディノ=バロウス》は大きく間合いをとった。


『本当に大したもんだよ。だがな』


 兄は、優しげにも聞こえる声で告げてくる。
 だが、その直後に。


『こっから先は、本気で行くぜ』


《朱天》の威圧感が、天井知らずに増した。


『……はい』


 コウタは静かに頷く。
 ――そう。
 ここからが本番だった。
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