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第6部

第八章 贄なる世界①

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 ――山が蠢く。
 長い砲身が順繰りに動き、二機の鎧機兵に狙いを定める。
 砲撃が響いた。
 次々と地面が爆発していく。
 土塊と木片が盛大に吹き飛んでいき、


『ぬおおおおおッ!?』

『何なんですか!? こいつは!?』


 バルカスとルクスの絶叫が響いた。
 とは言え、驚愕していても二人とも歴戦の騎士。
 嵐のような砲撃を巧みな技術で回避していた。


『正体の詮索は後回しだ!』


 バルカスが吠える。


『近付いただけでこんな馬鹿みてえな砲撃を喰らわすような野郎は放置できねえ! ここで討ち取るぞルクス!』

『了解しました! 俺が先制します!』


 言って、ルクスは操縦棍を強く握り直す。
 直後、愛機・《ハークス》が疾走した。
 降り注ぐ砲撃の嵐を体さばきで回避し、避けきれない一撃は盾を使って凌ぐ。
 流石に盾は大きく破損して放棄せざるえなかったが、おかげで間合いを詰めることが出来た。
 目の前には八方向に別れて巨体を支える巨木のような足が一本。


『――はあッ!』


 裂帛の気合いと共に《ハークス》は斬撃を繰り出す!
 ――ガギンッ!
 長剣は装甲を打ち砕き、火花を上げて深く食い込む。
 途中、勢いが死んで剣が止まるが、《ハークス》は左腕を添えてその場で反転。深々と足の一本を切り裂いた。


『――隊長代理!』

『おう! ナイスだルクス!』


 八本足の一本を削られ、重心をわずかに崩す山歩城。
 砲撃はあらぬ方向に飛んでいった。
 そんな中、《ティガ》が飛翔してかぎ爪を振りかざす!


『おらあああああッ! ぶっ壊れろ! ガラクタがああああああッッ!』



       ◆



「――コウタさま!」


 リーゼが険しい顔つきでコウタを見つめた。


「今のはまさか砲撃音では!」

「……うん。そうだね」


 コウタはメルティアを降ろして頷く。


「どうやら魔獣ではなかったみたいだね」


 砲撃音は今も鳴り続いている。
 恐らくミランシャ達が接敵したのだろう。


「ちょっとボクらも状況を確認した方がいいみたいだ。ジェイク」


 コウタは相棒に視線を向けた。


「様子を探りたい。付き合ってくれる?」

「おう。いいぜ」


 ジェイクは即答した。そこへリーゼが手を上げる。


「コウタさま! でしたらわたくしも!」

「いや、リーゼはダメだよ」


 コウタはかぶりを振ってから、シャルロットの方に目をやった。


「砲撃音ってことは、相手は魔獣じゃなくて鎧機兵の可能性が高い。対人戦なら零号達がいるからまず大丈夫だろうけど、鎧機兵を操れる戦力は偏らせたくないんだ。リーゼはシャルロットさんと一緒にメルとアイリを守って欲しい」

「………コウタさま」


 コウタの申し出にリーゼは黙り込む。
 確かに的を射た意見だ。
 いざという時のため、戦力は偏らせない方が良い。
 それに、コウタとジェイクは学校でもコンビを組む相棒。そしてリーゼとシャルロットは姉妹のごとく息の合った主従関係だ。相性としても最適だろう。


「ですが……」


 けれど、危地においては、いつも自分よりもジェイクの方を頼りにするコウタに不満が残ってしまう。と、


「リーゼ。お願いだから聞いて」


 優しい声でそう頼まれる。
 心がトクンと跳ねた。
 リーゼはコウタの穏やかな瞳をじっと見つめる。
 すると、彼の黒い瞳に吸い込まれるような感覚を抱いた。


(……嗚呼、やはり、もうわたくしには……)


 彼の望みを拒絶などできない。
 改めてそう実感した。


「……分かりましたわ。コウタさま」


 胸元を押さえながら、リーゼは瞳を隠すぐらい深く頭を下げた。
 心臓はずっと早鐘を打っていた。


「うん。ありがとう」


 しかし、そんなことに気付く様子もなく、コウタはにこやかに笑った。


「それじゃあ、シャルロットさんもメルとアイリのことを頼みます」

「承知致しました。ヒラサカさまもオルバンさまもお気をつけください」

「はい。無理をする気はありませんので」

「心配しないでくれ、シャルロットさん。まずは様子見だしな。危ねえようだったらすぐに戻ってくるよ」


 と、コウタとジェイクが答える。
 続けて二人はゴーレム達にも目をやった。


「それじゃあここは頼むよ」

「ヤバい奴がきたら、ぶちのめしてもいいからな」


 そう告げると、零号を筆頭にゴーレム達は親指を立てた。
 そうしてコウタはアイリの頭をポンポンと叩くと、続けて傍に立つメルティアの髪をネコ耳も含めて撫でる。彼女がとても不安そうにしていたので念入りに撫でた。
 ちなみに、これが求愛行動であるなど誰も思わなかった。

 メルティアはしばしパクパクと唇を動かしていたが、最後には「き、気をつけてくだしゃい」と、緊張しているのか、それとも蕩けているのか判別つかない声でコウタ達を送り出してくれた。そんな幼馴染にコウタはただ首を傾げるだけだったが。


「まあいいや。それより少し急ごうか。ジェイク」

「おう。とりあえず村を出て森に向かおうぜ」


 宿を出た二人は森に向かって村の中を走り出した。
 村の中は騒然としてた。
 それも当然だ。ただでさえ正体不明の大型魔獣の存在に色めき立っていたところに、今もなお続く砲撃音だ。不安を覚えて家屋から出ても不思議ではない。


「な、何だよこの音は……」「せ、戦争か? 戦争でも始まったのか?」


 そんな不安の声が聞こえてくる。
 ルーフ村は観光で成り立っている村のため、道は石畳で舗装、周囲の家も煉瓦造りのものが多く、近代的な街並みだ。
 コウタとジェイクは人混みを縫うように走っていたが、


「おっと」


 コウタに追走していたジェイクが足を止めた。
 突如数人の男達が脇道から現れたのだ。全員が若く、そわそわしている。砲撃音に興奮した村の若者達のようだ。
 が、ジェイクが足を止めたのは一瞬のことだ。すぐに若者の集団を迂回してコウタの後を追った――のだが、


「……あン?」


 思わず眉をひそめた。
 何故なら先行していたはずのコウタの姿が消えていたからだ。


「お、おい! コウタ!」


 相棒の名を呼ぶが、振り返るのは全然関係ない村人だけ。
 一本道の見通しの良い大通り。しかし、そこにコウタの姿はなかった。


「お、おい……」


 流石にジェイクも唖然とする。と、
 ――ズドンッッ!
 その時、一際大きい砲撃音が響いた。
 村人達の数人は慌てふためき、屋内に避難していく。
 そんな中、ジェイクは一人、夜の空を見上げた。
 空に幾つもの火線が引かれるのが目に入る。


「……おいおい、一体、何が起きてんだよ」


 ジェイクにしては珍しい動揺した呟き。
 しかし、彼の疑問に答えられる者はここにはいなかった。
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