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第6部

第六章 遠き足音③

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「……ふふ、風が気持ちいいわね……」


 チャプン、チャプンという音と共に感嘆の声が響く。
 皇国領にあるルーフ村は温泉地で有名だった。
 五百人ほどの中規模クラスの集落だが、病から負傷にまでと効果の高い秘湯のおかげで皇国各所から多くの湯治者が訪れる。平時は騒がしい村だ。
 しかし、普段ならば賑やかな湯場も今日は少し違っていた。


「ふふ、確かにそうですわね」


 一緒に入浴するリーゼが言う。
 周囲を背の高い柵で覆った露天風呂。
 ゆうに数十人が入れる大きな浴場なのだが、今そこにはリーゼとミランシャ、そしてアイリの姿しかない貸し切り状態だった。


「(それにしても凄いですわね)」

「(……うん。凄い)」


 と、小声で会話するリーゼとアイリ。
 二人仲良く並んで湯に浸かっている二人だったが、その視線は温泉の縁に座り、足を組むミランシャに釘付けだった。

 ミランシャ=ハウル。ここが浴場である以上、彼女もまた裸だった。

 そしてリーゼとアイリの二人は、こっそりと彼女の裸体を観察していたのだ。
 確かに胸はお世辞にも豊かとは言えない。
 しかし、だからといって、ミランシャのスタイルが悪いことなど全然なかった。
 まるで一流の彫刻家が寝食を忘れてまで追求したようなくびれに、湯面を揺らす躍動感に溢れる両足。肌もまた実にきめ細かく傷一つもない。あえて胸を指摘しても、小ぶりながらもその形はとても整っており蠱惑的だ。
 同性から見ても思わず魅入ってしまうほどのスタイルであった。


「(スタイルでは、彼女はシャルロットに敵わないと思っていたのですが……)」

「(……うん。こうして見ると先生にも負けてないと思う……ふう)」


 そこでアイリは小さな溜息をついた。
 次いで視線をリーゼに移して語り始める。


「(……実は私のお母さんはあまりおっぱいが大きくなかったの)」


 いきなりそんなことを言い出しながら、まだ平原に等しい自分の胸にそっと触れた。


「(……正直、頑張っても私はメルティア並みにはなれないと思う。おへその方は大丈夫だけど、おっぱいではコウタを満足させてあげれないと思ってる)」

「(……ア、アイリ)」胸襟を開きすぎる妹分に頬を引きつらせるリーゼ。「(一度あなたの思い描く将来についてお話をしましょうか。ところでおへそとは何の話ですの?)」

「(……コウタの大好物だよ。大丈夫。その点はリーゼも合格だから)」

「(いえ、その、もう少し詳しく教えてくださいませんか?)」

「(……本番になった時には分かるから気にしなくていいよ。それよりも)」


 アイリは視線を再びミランシャに向けた。


「(……あれが私達の目指すべき到達点だと思うよ)」

「(……それは確かに)」


 リーゼも視線をミランシャに向けて同意する。
 彼女達――スレンダー系が目指す理想形。
 それが、ミランシャ=ハウルが有する美しさであった。


「それにしても」


 が、少女達にそんなことを思われているとは露とも知らず、ミランシャは残念そうな表情を見せるとリーゼ達に目をやった。


「メルちゃんとシャルロットさんと入れないのは残念ね」

「申し訳ありません。ミランシャさま」


 リーゼは謝罪する。


「メルティアは肌が弱いため、あまり人前で裸になりたくないのです。それにシャルロットはメイドとしての矜恃が高いので主人との入浴は基本控えますから……」


 と、困った表情で彼女は言葉を続けた。
 メルティアの方は真っ赤な嘘だが、シャルロットの方は一応事実だ。
 まずメルティアだが、ミランシャと一緒に入浴できるのなら、着装型鎧機兵パワード・ゴーレムはすでに脱いでいる。彼女は別の温泉を貸し切りにして入浴する予定だった。
 そしてシャルロットの方は、現在厨房を借りて夕食の準備をしている。
 別にミランシャのことを毛嫌いしているから入浴を避けた訳でなく、彼女は機会があるのならいつも自分で料理を用意していた。これもまたメイドの矜恃なのである。


「メルちゃんともシャルロットさんとも親睦を深めたかったんだけどな」


 と、本当に心からの台詞をミランシャは零した。
 ミランシャとシャルロットは恋敵同士。
 今は互いに警戒心を隠せないのか、時々険悪な雰囲気もあるが、それでもなお彼女は親睦を深めたいと言った。


「……ミランシャさま」


 リーゼは微笑む。
 出会って間もないが、ミランシャのさっぱりした性格には好感が持てる。
 一方、シャルロットも本気でミランシャを嫌ってはいないようだ。
 そもそも同じ男性を好きになるぐらいなのだ。
 むしろ相性は良いのかも知れない。
 しかし、それにしても気になるのは……。


「あの、ミランシャさま」


 ポツリ、とリーゼはミランシャの名を呼んだ。


「? 何かしら。リーゼちゃん」

「一つお訊きしても宜しいでしょうか。その、ミランシャさまとシャルロットが想いを寄せる殿方とは、一体どのような方なのでしょうか?」

「……うん。それは私も興味がある」


 と、アイリもこくんと頷いて同意した。
 あのシャルロットの想い人。非常に気になる人物だ。


「え? 君のこと?」


 すると、ミランシャは嬉しそうに破顔した。


「えへへ。聞きたい? 聞きたいの?」


 自分の頬を両手で押さえてくねくねと身体を動かすミランシャ。
 リーゼとアイリは少し頬を引きつらせながらも、


「え、ええ。シャルロットはあまり語りたがらないので。もし宜しければ……」

「うん! 分かったわ!」


 ミランシャはニパっと笑った。


「あのね! まずはアタシが『彼』と出会った時のことなんだけど――」


 と、リーゼ達に歩み寄り、意気揚々と語ろうとしたその時だった。
 ――ズズン、と。
 遠方より響く音と共に、湯面に細波が立った。
 全員の表情に少し緊張が走った。


「……ミランシャさま」


 リーゼが真剣な面持ちで問う。


「もしかして今のが、ここに呼ばれた……」

「ええ。多分そうなんでしょうね」


 ミランシャは片手を腰に当てて空を仰いだ。
 音はもう聞こえない、湯面はまだ微かに揺れ続けていた。


「……ふう」


 ミランシャはかぶりを振って謝罪する。


「ごめんね。そのお話はまた今度にね。リーゼちゃん。アイリちゃん。アタシ、これから少しお仕事をしてくるわ」
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