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第5部
第七章 常闇の国➄
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停車した大観覧車。
その最上の位置にあるゴンドラ内で、彼は満足げに微笑んでいた。
「はは」
窓の縁に肘をかけて、声を零す。
「本当に怖いな。山岡さんは」
すっと、《宝石蒐集家》は自分の眉間に片手を添えた。
打ち抜かれたのは人形。しかも幻影にすぎない。
だが、正直、肝が冷えた。
人を超えた我霊である自分が、ほとんど反応できなかったのだ。
「速度自体はサフィの方が遥かに上だ。けど……」
必殺の呼吸とでも呼ぶべきか。
山岡辰彦は、攻撃の機を読むのが非常に巧いのだ。
速さに関係なく避けられない。
それは三十年前にも経験したことだが、先程の技の冴えはあの頃の比ではない。
恐るべきことに、青年期よりもさらに強くなっているということだ。
「六十を越えてなお全盛ってことか。本当に人間かい? 山岡さん」
魂力を使わずにしてあの力量だ。もはや感服する以外ない。
「ふふ。山岡さんはやはり魅せてくれる。けど……」
そこで眉をひそめる。
彼の脳裏には、常闇の国の全域が映し出されていた。
「これは一体どういうことなんだ?」
ポツリと呟く。
サフィ――篠宮瑞希にも尋ねたが、どうも引導師の数が多すぎる。
少なくとも十人以上はいる。ここが大勢の人間がいる大レジャーランドだとしても、これほどの数の引導師が紛れ込むのは、流石に初めての経験だった。
「これは興醒めするなぁ」
肘をついたまま、大きな溜息を零した。
しかも、式神遣いが多数紛れ込んでしまったようだ。
あちらこちらで式神が顕現する様子が確認できる。
それらが、無粋にも正規の招待者たちを守っているのだ。
「厄介だな。これじゃあ、オイラが観たい光景は起きにくそうだ」
小さく嘆息する。
「ここは、やっぱり主演の山岡さんに期待するしかないか……。ま、けれど」
そこでニタリと笑みを零す。いま気配が一つ消えたのだ。
「うん。ルビィは頑張ってくれてるみたいだね」
消えたのは引導師の気配だ。
可愛いルビィは、邪魔な異分子を順調に排除してくれているようだ。
すでに四つは気配が消えている。
「ふふ。ルビィ。そしてサフィは、オイラのお気に入りになってくれそうだね」
視界をピエロ人形の方に移す。
人形の腕の中には、辛そうな吐息を零すサフィの姿があった。
やはり引導師だけあって、ルビィにも劣らないほどに彼女もまた美しい。
「ふふ、さて。どうしようかな?」
大観覧車にて《宝石蒐集家》は呟く。
山岡辰彦が、ドーンタワーに到着するにはまだ時間がかかる。
その間に、彼女を仕込んでおくという選択肢もある。
ピエロ人形は、ギチギチと異音を立てて腕を倍以上に伸ばすと、彼女の両腕を取って、十字架にかけるように持ち上げた。
宙に高く吊られた彼女は「う」と小さく呻いた。
「さて。すぐに思い付く演出は……」
ピエロ人形の口から、生々しい舌が伸びてくる。
ぬめりとした光沢を持つ長い舌だ。それが彼女の片足に絡みつく。
例えば、肉体の自由を奪う毒をブレンドし、快楽の海で溺れさせる。そうして彼が訪れるタイミングを見計らって、彼女自らに純潔を捧げさせるのだ。サフィの心を折って、山岡辰彦への挑発にもなる演出だ。
もちろん、山岡辰彦は激怒するだろうが、そこからどういった展開へと繋がるのか、先が全く読めなくなるのでとても面白そうだ。
実に化け物らしい、悪役としても模範的な所業だとは思うのだが……。
(……う~ん)
悩ましげに眉をひそめる。
サフィはルビィと対にする予定だ。そんな彼女の折角の初めてを人形で奪ってしまうというのも無粋が過ぎるような気がした。
「……それに山岡さんとも約束したしね」
指を額に当てて、苦笑いを零す。
彼とは旧知の仲だ。これぐらいの約束は守ってあげよう。
ただ、それなりの演出だけは準備しておくが。
パチン、と《宝石蒐集家》は、指先を鳴らした。
途端、ピエロ人形の長い舌が鋭く動く。サフィの身に着けていたグレーのジャケットは千切れ飛び、彼女のブラウスは、中心から綺麗に切り裂かれた。
舌は下着さえも切断し、彼女の胸元から腹部までの白い肌を露出させる。
次いで、ピエロ人形は自分の右腕を舌で切断した。失った腕はすぐに復元する。そして切り落とした腕の方は、樹木のごとく成長し、まさしく十字架となって彼女を磔にした。
その姿は、囚われた聖女のようだった。
ピエロの目を通してそれを確認し、《宝石蒐集家》は満足そうに頷いた。
「うん。準備はOK。けど、これでいきなり暇になっちゃったな」
他の招待者たちは、次々と保護されている状況だ。
流石に全員のフォローまでは出来ないだろうが、興醒めすることには変わりない。
ならば、注目すべきはルビィの方か。
「あの子の活躍でも見るか。そもそもそのために今回投入したんだし」
そう呟いて、意識をルビィに集中した。
彼女は移動しているようだ。ドーンタワーに向かっている。
いま彼女の近くには引導師はいない。周辺を狩りつくしたから、ドーンタワーを経由して他の王国に移動するつもりなのかもしれない。
「いい子だね。ルビィ」双眸を細める。「頑張る子は嫌いじゃないよ。けど、今回はちょっと結界領域が広すぎたかな。ここから先は遭遇率がかなり下がるかも……」
そこで考える。
自分には、引導師たちの位置が掴める。
頑張る彼女のために、ここはサポートするのもいいだろう。
彼女の進む先にいる引導師は――。
「うん。聞こえるかい。ルビィ」
そうして《宝石蒐集家》は告げた。
「ドーンタワーにも一人、引導師がいるよ。邪魔だから始末してくれないかな」
その最上の位置にあるゴンドラ内で、彼は満足げに微笑んでいた。
「はは」
窓の縁に肘をかけて、声を零す。
「本当に怖いな。山岡さんは」
すっと、《宝石蒐集家》は自分の眉間に片手を添えた。
打ち抜かれたのは人形。しかも幻影にすぎない。
だが、正直、肝が冷えた。
人を超えた我霊である自分が、ほとんど反応できなかったのだ。
「速度自体はサフィの方が遥かに上だ。けど……」
必殺の呼吸とでも呼ぶべきか。
山岡辰彦は、攻撃の機を読むのが非常に巧いのだ。
速さに関係なく避けられない。
それは三十年前にも経験したことだが、先程の技の冴えはあの頃の比ではない。
恐るべきことに、青年期よりもさらに強くなっているということだ。
「六十を越えてなお全盛ってことか。本当に人間かい? 山岡さん」
魂力を使わずにしてあの力量だ。もはや感服する以外ない。
「ふふ。山岡さんはやはり魅せてくれる。けど……」
そこで眉をひそめる。
彼の脳裏には、常闇の国の全域が映し出されていた。
「これは一体どういうことなんだ?」
ポツリと呟く。
サフィ――篠宮瑞希にも尋ねたが、どうも引導師の数が多すぎる。
少なくとも十人以上はいる。ここが大勢の人間がいる大レジャーランドだとしても、これほどの数の引導師が紛れ込むのは、流石に初めての経験だった。
「これは興醒めするなぁ」
肘をついたまま、大きな溜息を零した。
しかも、式神遣いが多数紛れ込んでしまったようだ。
あちらこちらで式神が顕現する様子が確認できる。
それらが、無粋にも正規の招待者たちを守っているのだ。
「厄介だな。これじゃあ、オイラが観たい光景は起きにくそうだ」
小さく嘆息する。
「ここは、やっぱり主演の山岡さんに期待するしかないか……。ま、けれど」
そこでニタリと笑みを零す。いま気配が一つ消えたのだ。
「うん。ルビィは頑張ってくれてるみたいだね」
消えたのは引導師の気配だ。
可愛いルビィは、邪魔な異分子を順調に排除してくれているようだ。
すでに四つは気配が消えている。
「ふふ。ルビィ。そしてサフィは、オイラのお気に入りになってくれそうだね」
視界をピエロ人形の方に移す。
人形の腕の中には、辛そうな吐息を零すサフィの姿があった。
やはり引導師だけあって、ルビィにも劣らないほどに彼女もまた美しい。
「ふふ、さて。どうしようかな?」
大観覧車にて《宝石蒐集家》は呟く。
山岡辰彦が、ドーンタワーに到着するにはまだ時間がかかる。
その間に、彼女を仕込んでおくという選択肢もある。
ピエロ人形は、ギチギチと異音を立てて腕を倍以上に伸ばすと、彼女の両腕を取って、十字架にかけるように持ち上げた。
宙に高く吊られた彼女は「う」と小さく呻いた。
「さて。すぐに思い付く演出は……」
ピエロ人形の口から、生々しい舌が伸びてくる。
ぬめりとした光沢を持つ長い舌だ。それが彼女の片足に絡みつく。
例えば、肉体の自由を奪う毒をブレンドし、快楽の海で溺れさせる。そうして彼が訪れるタイミングを見計らって、彼女自らに純潔を捧げさせるのだ。サフィの心を折って、山岡辰彦への挑発にもなる演出だ。
もちろん、山岡辰彦は激怒するだろうが、そこからどういった展開へと繋がるのか、先が全く読めなくなるのでとても面白そうだ。
実に化け物らしい、悪役としても模範的な所業だとは思うのだが……。
(……う~ん)
悩ましげに眉をひそめる。
サフィはルビィと対にする予定だ。そんな彼女の折角の初めてを人形で奪ってしまうというのも無粋が過ぎるような気がした。
「……それに山岡さんとも約束したしね」
指を額に当てて、苦笑いを零す。
彼とは旧知の仲だ。これぐらいの約束は守ってあげよう。
ただ、それなりの演出だけは準備しておくが。
パチン、と《宝石蒐集家》は、指先を鳴らした。
途端、ピエロ人形の長い舌が鋭く動く。サフィの身に着けていたグレーのジャケットは千切れ飛び、彼女のブラウスは、中心から綺麗に切り裂かれた。
舌は下着さえも切断し、彼女の胸元から腹部までの白い肌を露出させる。
次いで、ピエロ人形は自分の右腕を舌で切断した。失った腕はすぐに復元する。そして切り落とした腕の方は、樹木のごとく成長し、まさしく十字架となって彼女を磔にした。
その姿は、囚われた聖女のようだった。
ピエロの目を通してそれを確認し、《宝石蒐集家》は満足そうに頷いた。
「うん。準備はOK。けど、これでいきなり暇になっちゃったな」
他の招待者たちは、次々と保護されている状況だ。
流石に全員のフォローまでは出来ないだろうが、興醒めすることには変わりない。
ならば、注目すべきはルビィの方か。
「あの子の活躍でも見るか。そもそもそのために今回投入したんだし」
そう呟いて、意識をルビィに集中した。
彼女は移動しているようだ。ドーンタワーに向かっている。
いま彼女の近くには引導師はいない。周辺を狩りつくしたから、ドーンタワーを経由して他の王国に移動するつもりなのかもしれない。
「いい子だね。ルビィ」双眸を細める。「頑張る子は嫌いじゃないよ。けど、今回はちょっと結界領域が広すぎたかな。ここから先は遭遇率がかなり下がるかも……」
そこで考える。
自分には、引導師たちの位置が掴める。
頑張る彼女のために、ここはサポートするのもいいだろう。
彼女の進む先にいる引導師は――。
「うん。聞こえるかい。ルビィ」
そうして《宝石蒐集家》は告げた。
「ドーンタワーにも一人、引導師がいるよ。邪魔だから始末してくれないかな」
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