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第5部
第二章 お妃バトルロイヤル①
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それは、火緋神家の長との会合の帰りのことだった。
長に問うても、杠葉の情報が掴めなかったことに、真刃は少し気落ちしていた。
火緋神家の長でさえ知らないとなると、杠葉の末を知っている可能性があるのは、もはや一人だけだ。当時の生き残り。天堂院九紗である。
やはり、あの男に直接会うべきか。
いや、ここは天堂院七奈や、あの小僧を使って探りを……と考えていた時、
「そう言えばぁ、久遠氏ィ。燦さまたちに呼ばれていましたねえ」
先を行く大門に告げられ、真刃は「ああ」と頷いた。
そのまま、大門の案内で燦の部屋まで行った。
大門は「私は少し席を外しておきましょうかぁ」と外で待つことにしてくれた。
真刃が燦の部屋に入ると、
「おじさん!」
燦は紅潮した満面の笑みで、こう告げてきたのだ。
「あたしたちを、おじさんの隷者にして欲しいの!」
真刃は、思わず「は?」と呟いた。
すると、月子まで「お、お願いします」と、もじもじと告げてきた。
真刃は、数瞬ほど唖然としていた。
が、ややあって。
「……ああ。冗談か」
そう呟くと、燦がムッとした表情を見せた。
「違うよ! あのね……」
そう切り出して、燦は自分と月子の境遇を語った。
要は、燦も月子も隷者に求められて、うんざりしていると。
それを聞いても、真刃は渋面を浮かべていた。
「……おじさん。ダメ?」
「……おじさま」
少女たちは、不安そうな顔で真刃を見上げてくる。
真刃は、深く嘆息した。
こんな提案を受け入れる訳にもいかない。
どうやって二人を説得しようか、頭を悩ませる。
隣で顕現した猿忌が、クツクツと笑うのも腹が立つ。
真刃は青筋を浮かべつつ、数秒ほど考え込むが、
(まあ、己が迷わずともよいか)
と、判断する。
「そうだな。火緋神家が納得するのならば受け入れよう」
燦たちに、そう告げる。
少女たちは、互いの顔を見合わせた。
そうして「うん! 分かった!」と答えたのだった。
その日は、二人の近況を少し聞いて、真刃は帰途についた。
真刃は、こう考えていた。
結局のところ、子供の提案だ。
こんな話を火緋神一族が許すはずもない。
かつて真刃は、火緋神の直系である杠葉と恋仲だった。
その際は、火緋神家は二人の交際を黙認していた。
理由としては二つ。
当時の真刃には、大門家の後ろ盾があったこと。
そしてもう一つは、真刃の別格の強さと、異常なまでの魂力の高さゆえにだった。
真刃自身を火緋神本家には招きたくはないが、その子には期待している。
事が進めば、杠葉を未婚の母にする。
そういった思惑があったゆえの黙認だった。
しかし、今回は違う。
今の真刃には、後ろ盾どころか、素性に関する些細な情報さえも不明なのだ。
そんな不審極まる人物に、どうして、魂力が300を超える麒麟児である月子を、ましてや直系である燦を託せようか。
この話は一蹴される。
そう確信するのも当然だった。
(とはいえ、別途、燦と月子の状況を改善する策は考えねばならんが……)
あの提案自体は却下だが、燦たちを見捨てるつもりもない。
どうやって改善しようかと、数日ほど悩んでいた時だった。
燦から、連絡が来たのである。
それは――……。
「……どうして、許可が下りるのだ?」
フォスター邸のリビングにて。
ソファに座って足を組みつつ、本を読んでいた真刃は嘆息した。
(一体、何を考えておる。あの御前とやらは……)
燦と月子の話によると、この話は相当にもめたそうだ。
ただ、最終的には大多数の反対派を押し切り、御前が決定したらしい。
お目付け役として、火緋神家でも信頼の厚い人物が同行するということでだ。
(そのお目付け役とやらが……)
真刃は、静かに本を閉じた。
ちらりと視線を横に向けると、そこには一人の老執事がいた。
山岡辰彦である。
彼は、トレイの上に一本の缶コーヒーを乗せて近づいてきていた。
「久遠さま」
山岡は告げる。
「本日は珍しき逸品をご用意いたしました」
「ほう」
真刃は、山岡が仰々しく持ってきた缶コーヒーに目をやった。
それを手に取る。
黄色い缶には、髭男の姿が描かれているが、初めて見る顔だった。
「新作か」
「御意」
山岡は恭しく会釈する。
「先日、偶然にも目にし、入手しておきました」
「流石は山岡殿だな」
真刃は、満足そうに、缶コーヒーを頭上にかざして言う。
一方、山岡はかぶりを振った。
「久遠さま。私めのことは山岡とお呼び捨て下さい」
一拍おいて、
「私は御前さま、旦那さまから、主人同様に久遠さまにお仕えせよと命じられております」
「……そうか」
真刃は、苦笑を浮かべる。
こうも丁重に扱われては、邪険にも出来ない。
火緋神家も、厄介なお目付け役をつけてくれたと思う。
(まあ、この人物だからこそ、今回の話も通ったようだしな)
燦も月子も、この老紳士のことは信頼している。
真刃や猿忌の目から見ても、信頼に足る人物のようだった。
その実直な性格も。恐らく実力においてもだ。
「感謝しよう。山岡」
かしゅっと。
缶コーヒーを開けて、真刃は新作を堪能した。
全体的に甘いが、その中にある絶妙な苦み。
流石はかのメーカーである。今回の商品も素晴らしい。
「久遠さま」
山岡は言う。
「お姫さまたちが、久遠さまにお世話になってはや一月。久遠さまには、ご迷惑ばかりをおかけして申し訳ありません」
「それは気にする必要はない」
真刃は、苦笑を浮かべた。
「いささか想定外ではあったが、燦たちの提案を承諾したのは己だしな」
火緋神家の思惑は分からないが、迂闊に承諾した真刃にも責任はある。
それに、あの娘たちを保護するのは悪い手ではない。
今代の引導師の中には、凶悪な輩も少なからずいる。高い魂力を持つ幼い子供を拉致して洗脳し、隷者にするという手段は、あまりにもよく知られていた。
当然ながら、燦たちをそんな目に遭わせる気はない。
「あの娘たちを保護する点において異論はない。だが……」
そこで、真刃は渋面を浮かべた。
「問題は、燦たちと、エルナたちとの不仲だな……」
「フォスターさまたちですか……」
山岡も、少し困ったような表情を見せた。
「未だ、打ち解けたご様子はありませんな」
「……ああ」
真刃は頷く。
「なにせ、出会いが出会いだったからな」
「そうですな……」
少女たちの初対面。
その日にあったことを、二人は思い出す。
そうして、
「……あれは」
コツン、と。
空に成った缶コーヒーを山岡のトレイの上に置き、
「……本当に、とんでもなかったな」
深々と嘆息して、真刃は呟くのだった。
長に問うても、杠葉の情報が掴めなかったことに、真刃は少し気落ちしていた。
火緋神家の長でさえ知らないとなると、杠葉の末を知っている可能性があるのは、もはや一人だけだ。当時の生き残り。天堂院九紗である。
やはり、あの男に直接会うべきか。
いや、ここは天堂院七奈や、あの小僧を使って探りを……と考えていた時、
「そう言えばぁ、久遠氏ィ。燦さまたちに呼ばれていましたねえ」
先を行く大門に告げられ、真刃は「ああ」と頷いた。
そのまま、大門の案内で燦の部屋まで行った。
大門は「私は少し席を外しておきましょうかぁ」と外で待つことにしてくれた。
真刃が燦の部屋に入ると、
「おじさん!」
燦は紅潮した満面の笑みで、こう告げてきたのだ。
「あたしたちを、おじさんの隷者にして欲しいの!」
真刃は、思わず「は?」と呟いた。
すると、月子まで「お、お願いします」と、もじもじと告げてきた。
真刃は、数瞬ほど唖然としていた。
が、ややあって。
「……ああ。冗談か」
そう呟くと、燦がムッとした表情を見せた。
「違うよ! あのね……」
そう切り出して、燦は自分と月子の境遇を語った。
要は、燦も月子も隷者に求められて、うんざりしていると。
それを聞いても、真刃は渋面を浮かべていた。
「……おじさん。ダメ?」
「……おじさま」
少女たちは、不安そうな顔で真刃を見上げてくる。
真刃は、深く嘆息した。
こんな提案を受け入れる訳にもいかない。
どうやって二人を説得しようか、頭を悩ませる。
隣で顕現した猿忌が、クツクツと笑うのも腹が立つ。
真刃は青筋を浮かべつつ、数秒ほど考え込むが、
(まあ、己が迷わずともよいか)
と、判断する。
「そうだな。火緋神家が納得するのならば受け入れよう」
燦たちに、そう告げる。
少女たちは、互いの顔を見合わせた。
そうして「うん! 分かった!」と答えたのだった。
その日は、二人の近況を少し聞いて、真刃は帰途についた。
真刃は、こう考えていた。
結局のところ、子供の提案だ。
こんな話を火緋神一族が許すはずもない。
かつて真刃は、火緋神の直系である杠葉と恋仲だった。
その際は、火緋神家は二人の交際を黙認していた。
理由としては二つ。
当時の真刃には、大門家の後ろ盾があったこと。
そしてもう一つは、真刃の別格の強さと、異常なまでの魂力の高さゆえにだった。
真刃自身を火緋神本家には招きたくはないが、その子には期待している。
事が進めば、杠葉を未婚の母にする。
そういった思惑があったゆえの黙認だった。
しかし、今回は違う。
今の真刃には、後ろ盾どころか、素性に関する些細な情報さえも不明なのだ。
そんな不審極まる人物に、どうして、魂力が300を超える麒麟児である月子を、ましてや直系である燦を託せようか。
この話は一蹴される。
そう確信するのも当然だった。
(とはいえ、別途、燦と月子の状況を改善する策は考えねばならんが……)
あの提案自体は却下だが、燦たちを見捨てるつもりもない。
どうやって改善しようかと、数日ほど悩んでいた時だった。
燦から、連絡が来たのである。
それは――……。
「……どうして、許可が下りるのだ?」
フォスター邸のリビングにて。
ソファに座って足を組みつつ、本を読んでいた真刃は嘆息した。
(一体、何を考えておる。あの御前とやらは……)
燦と月子の話によると、この話は相当にもめたそうだ。
ただ、最終的には大多数の反対派を押し切り、御前が決定したらしい。
お目付け役として、火緋神家でも信頼の厚い人物が同行するということでだ。
(そのお目付け役とやらが……)
真刃は、静かに本を閉じた。
ちらりと視線を横に向けると、そこには一人の老執事がいた。
山岡辰彦である。
彼は、トレイの上に一本の缶コーヒーを乗せて近づいてきていた。
「久遠さま」
山岡は告げる。
「本日は珍しき逸品をご用意いたしました」
「ほう」
真刃は、山岡が仰々しく持ってきた缶コーヒーに目をやった。
それを手に取る。
黄色い缶には、髭男の姿が描かれているが、初めて見る顔だった。
「新作か」
「御意」
山岡は恭しく会釈する。
「先日、偶然にも目にし、入手しておきました」
「流石は山岡殿だな」
真刃は、満足そうに、缶コーヒーを頭上にかざして言う。
一方、山岡はかぶりを振った。
「久遠さま。私めのことは山岡とお呼び捨て下さい」
一拍おいて、
「私は御前さま、旦那さまから、主人同様に久遠さまにお仕えせよと命じられております」
「……そうか」
真刃は、苦笑を浮かべる。
こうも丁重に扱われては、邪険にも出来ない。
火緋神家も、厄介なお目付け役をつけてくれたと思う。
(まあ、この人物だからこそ、今回の話も通ったようだしな)
燦も月子も、この老紳士のことは信頼している。
真刃や猿忌の目から見ても、信頼に足る人物のようだった。
その実直な性格も。恐らく実力においてもだ。
「感謝しよう。山岡」
かしゅっと。
缶コーヒーを開けて、真刃は新作を堪能した。
全体的に甘いが、その中にある絶妙な苦み。
流石はかのメーカーである。今回の商品も素晴らしい。
「久遠さま」
山岡は言う。
「お姫さまたちが、久遠さまにお世話になってはや一月。久遠さまには、ご迷惑ばかりをおかけして申し訳ありません」
「それは気にする必要はない」
真刃は、苦笑を浮かべた。
「いささか想定外ではあったが、燦たちの提案を承諾したのは己だしな」
火緋神家の思惑は分からないが、迂闊に承諾した真刃にも責任はある。
それに、あの娘たちを保護するのは悪い手ではない。
今代の引導師の中には、凶悪な輩も少なからずいる。高い魂力を持つ幼い子供を拉致して洗脳し、隷者にするという手段は、あまりにもよく知られていた。
当然ながら、燦たちをそんな目に遭わせる気はない。
「あの娘たちを保護する点において異論はない。だが……」
そこで、真刃は渋面を浮かべた。
「問題は、燦たちと、エルナたちとの不仲だな……」
「フォスターさまたちですか……」
山岡も、少し困ったような表情を見せた。
「未だ、打ち解けたご様子はありませんな」
「……ああ」
真刃は頷く。
「なにせ、出会いが出会いだったからな」
「そうですな……」
少女たちの初対面。
その日にあったことを、二人は思い出す。
そうして、
「……あれは」
コツン、と。
空に成った缶コーヒーを山岡のトレイの上に置き、
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