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第3部

第一章 お妃さまたちのお稽古①

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 日曜の早朝。とあるマンションの一室。
 壁を取り外し、二つ分の部屋を繋げて造った訓練場にて。
 今、二人の少女が対峙していた。
 一人は、北欧系の血を引く少女。棍を両手で構える小柄の少女だ。
 年齢は十四歳。宝石のような紫色の瞳に、透き通るような白い肌を持ち、短めの銀髪は、右耳にかかる片房だけ長く、金糸のリボンを交差させて纏めている。

 ――壱妃。エルナ=フォスター。
 齢十四にして、抜群のプロポーションを持つ彼女は今、星那クレストフォルス校より支給されている、密着型の全身を覆う戦闘服を着ていた。

 もう一人は、黒髪の少女。
 手には木刀。長い髪を白いリボンで結いだ少女だ。
 整った顔には、凛とした表情を浮かべている。

 ――参妃。御影刀歌。
 彼女もエルナと同じく十四歳だった。そして、そのスタイルもまた、エルナと同様で年齢離れしている。彼女もエルナと同じ全身をぴっちりと覆う戦闘服を着ているのだが、異国の血を引くエルナを相手にしても、全く劣らないラインだ。

 二人は、静かに構えていた。
 そして――。

 二人は同時に、板張りのフロアを蹴った。
 エルナは棍の間合いに入ると、横薙ぎの一撃を繰り出した。
 ヒュンッ、という音が聞こえる鋭い胴薙ぎだ。
 しかし、それを刀歌は、木刀を逆さに立てて受け止めた。

 カンッと音が鳴る。
 刀歌は間合いを詰めると、木刀を掲げ、そのまま振り下ろした!

「……ッ!」

 エルナは表情を鋭くして、後方に跳んだ。
 だが、刀歌は逃がさない。間合いを詰めると連撃を繰り出す。

「――くッ!」

 エルナは棍を器用に動かして、斬撃を凌ぎ続けた。
 カンッ、カンッ、カンッ!
 軽快な音が、広い訓練場に響く。
 明らかに、エルナの方が劣勢だった。

『……ふむ』

 その様子を、宙に浮かぶ猿が、あごに手をやって窺っていた。
 背中に骨の翼を生やした猿。従霊の長である猿忌である。

『……自力では刀歌の方が上のようだな』

 そう呟く。と、

「……確かにな」

 青年の声が、それに応えた。
 年齢は二十七歳ほど。身長は百七十代前半ぐらいか。
 痩身だが鍛え上げられた肉体。そこそこ整った顔立ちをしているのだが、ラフに着こなした白いYシャツに、黒いジーンズといった平凡な格好のため、凡庸な雰囲気を持つ青年だ。

 ――久遠真刃。
 猿忌の、そしてエルナと刀歌にとっても主である青年だ。

 真刃は、戦い続けるエルナたちに目をやった。
 まずは、険しい表情で木刀を凌ぎ続けるエルナに目をやる。

「エルナの戦闘方法は、系譜術があってこそのものだからな。体術だけの勝負では少々分が悪いこともあるだろう」

 次いで、流れるような連撃を繰り出す刀歌に視線を移す。
 油断はしていないようだが、彼女の表情にはどこか余裕がある。

「刀歌に関しては流石だな」

 真刃は少し懐かしい想いを抱きつつ、呟く。

「刀歌の系譜術は、体術や剣術に直結している。基礎が徹底してあるのは、刀歌自身の性格もあるが、やはりあいつの血なのだろうな……」

『……ふむ』

 猿忌が刀歌の剣筋を見て、双眸を細めた。

『その通りなのかもしれんな。確かによく似ておる』

「……真刃さまは」

 その時、声がした。
 真刃の傍らに立つ少女の声だ。
 年齢は、エルナたちと同じ十四歳。
 美麗な顔立ちに、肩に掛からない程度に伸ばした黒髪。身長は、エルナと同じぐらいで百五十五センチほど。両手にはそれぞれ短めの木刀を握っている。

 ――弐妃。杜ノ宮かなた。
 彼女もまた、エルナたちと同様の戦闘服を着ている。二人には少しだけ届かない感じではあるが、彼女も充分にスタイルのよい少女だ。

 かなたは、自分の主である青年の顔を見上げた。

「刀歌さんの血縁者とお知り合いなのですか?」

 かなたの問いかけに、真刃は彼女に目をやって、

「……そうだな」

 少し遠い目をして答えた。

「古い知り合いが一人だけいる。いや、と言うべきか」

 自分で言い直して、寂しさを感じる。
 今の時代に、自分の知り合いはほぼいない。
 ほとんどが死去している。唯一の知り合いは、あの老害な総隊長だけだ。
 それを思うと、寂しさどころか、うんざりしてくる気分だった。

「……真刃さま?」

 どこか気落ちしたような様子の真刃に、聞いてはいけないことだったのかと、かなたが表情を曇らせた。それに気付いた真刃は苦笑を零す。

「そんな顔をするな」

 言って、くしゃりとかなたの頭を撫でた。

「少しばかり、昔を懐かしんだだけだ」

 そう告げる真刃に、かなたは何も答えない。
 ただ、されるがままに、真刃の大きな手で頭を撫でてもらっていた。
 顔は無表情に近いのだが、頬は微かに紅潮している。彼女が嫌がっていない証だ。

(……ふふ)

 真刃は目を細めた。
 少し前のかなたは、まるで死人のような少女だった。
 生きる覇気のなかった少女。けれど、今のかなたには確かなる意志があった。
 まだ無表情であることは多いが、彼女の表情が増えるたびに嬉しくなってくる。
 ある意味、真刃は三人の中でも、最もかなたを気遣っていた。

『……ふむ。この家に来て二ヶ月。弐妃も大分緊張が解けてきたようだな』

 その時、猿忌が呟く。

『そうだな。そろそろ良い時期か。主よ。今宵の夜伽は弐妃に任命してはどうだ?』

 その台詞を聞いた途端、かなたは、ビクッと肩を震わせた。
 一方、真刃は深々と嘆息する。全くもって猿忌の態度は揺るがない。

「まったくお前は……」

 呆れたように呟いていてから、

「それよりかなたよ」

「は、はい……」

 かなたは、喉を軽く鳴らして真刃の顔を見上げた。

「体を解しておけ」

「………え」

 大きく目を瞠った。

「い、今から、ですか……?」

「……いや、そろそろだろう」

 真刃がそう答えると、かなたは少し動揺して視線を逸らした。

「た、確かにもう二ヶ月経ちましたし、第一段階も済ませていますから、そろそろ……」

 表情自体はあまり変化しないが、耳がカアアっと赤くなる。
 と、その時だった。
 ――カァンッッ!
 一際大きい音が響いた。
 刀歌が遂に押し切り、エルナの棍を弾き飛ばした音だ。
 刀歌は、木刀の切っ先をエルナに突きつけていた。

「私の勝ちだな。エルナ」

 不敵な表情でそう呟く刀歌に、「むむむ」とエルナが呻く。
 どうやら決着がついたようだ。
 かなたが、そちらを凝視していると、

「うむ。やはりそろそろだったな」

 真刃が、そう呟く。
 かなたは「あ」と声を零した。
 そして、カアアアっと顔を真っ赤にした。
 が、すぐに、少しムスッとした表情を見せた。

「さて。次はお前だ。相手は刀歌だ」

 真刃がそう告げるが、かなたは沈黙している。

「……かなた?」

 彼女に視線を向けると、

「……真刃さまのいじわる。嫌い」

「―――え?」

 唐突な宣告に唖然とする真刃。
 ただ、それには構わず、かなたは木刀を両手に持って、エルナたちの元に向かう。

「……え?」「か、かなた?」

 どうしてか目の据わっているかなたに、エルナと刀歌はギョッとした。

「いや、何故……?」

 一方、未だ唖然とする真刃。
 猿忌は、『やれやれ』と嘆息していた。
 エルナと出会って一年と一ヶ月。かなたを迎えて二ヶ月。
 刀歌が同居してからは一ヶ月ほどが経つ。
 三人の少女が揃った期間だと、すでに一ヶ月が経っていることになる。
 だというのに、

「何故、かなたは怒りだしたのだ?」

 未だに妃の扱いに慣れていない真刃であった。
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