上 下
36 / 205
第2部

プロローグ

しおりを挟む
 シン、とした空気に包まれる。
 そこは、とても広い部屋。
 一面に畳みが敷かれ、周囲は襖で覆われた広大な和室だ。
 そこに今、五人の人間がいた。
 上座に当たる場所に座る五人の人物。
 薄布に覆われた人物を中心に、補佐たる四人が座っていた。
 右側には七十代の老人が二人。好々爺といった小柄な人物と、対照的な大柄な人物。
 二人とも和服を着こなしている。
 守護四家の当主たち。

 志岐守豪気と、四奈塚達也。
 意外にも『豪気』という大仰な名を持つのが、小柄な老人の方だ。

 左側には若い人物が並ぶ。
 一人は三十代前半。
 黒いスーツを纏う精悍な顔つきの青年だ。名を墨岡克哉と言う。

 そしてもう一人。彼は薄布に覆われた人物を除くと最も若い。
 二十代後半の男性である。

 ただ、容姿は少し不健康そうだ。体格は不摂生さを感じる痩せ型。伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪をうなじでくくり、窪んだ眼差しを見せている。
 大門家の若き当主にして教職にも就く青年。大門紀次郎だ。

「……御前さま」

 大門は視線を薄布に覆われた上座に向けて告げる。

「もうじき、参られるそうです」

『……そうですか』

 その声は薄布の奥から聞こえてきた。
 術を用いているのか、それとも薄布の効果なのか。
 その声は老人なのか、若者なのか、男性なのか女性なのかも分からない奇妙な声だった。
 守護四家の当主の一人ではあるが、大門は御前さま――火緋神家の当主の姿を見たことがなかった。恐らくそれは他の三家の当主もないだろう。
 分かっていることといえば、御前さまはご高齢であり、慈悲深き女性であること。
 そして、守護四家の当主たちを遥かに凌ぐ力量を持っていることぐらいだ。
 むしろ、御前さまについて詳しい者といえば――。

「……失礼いたします」

 不意に部屋の外から声がする。
 侍女の声だ。

「天堂院さまが、おいでになられました」

『……お入り頂いてください』

 御前が告げる。
 すると、すっと襖の一つが開かれた。
 そうして一人の人物が入ってくる。
 大門たちの表情が、微かに警戒するものに変わった。

 ――一言でいえば、不気味な老人だった。
 着ている服は茶系統の和服。双眸は髑髏のように窪んでいるのだが、その奥の眼差しは妖しいほどに輝いている。頭部は年齢のせいか剃髪、代わりに白い髭であごを覆っている。背は高く真っ直ぐだ。体格はかなり大きく、高齢でありながら杖もついていない。足腰も全く揺らぐことなく、普通に歩いていた。

 それこそが、一番不気味な点だった。
 この老人は、すでに百三十歳を越えているという話だ。
 だというのに、精気も覇気も、まるで劣えていないのである。

 怪物。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 ――そう。怪物。

 天堂院九紗てんどういんくじゃ

「……ふん」

 天堂院老は御前の対面に当たる場所に、ふてぶてしく座った。
 次いで腕にあごを置き、瞳を大きく剥きだして、ギロリと御前を見据える。

「こんな老人を呼び寄せるとは、いい身分なったものだな。火緋神の」

『……あなたが老人の範疇に入るのですか』

 御前は言う。

『それに、今回の会談はあなたの方から提案したこと。ならば、あなたが足を運ぶのは当然だと思うのですか? 天堂院殿』

 そう告げる彼女の声にはわずかにだが、不快感が宿っているように聞こえた。
 守護四家の当主が微かに眉をひそめる。
 温厚な御前さまにしては、とても珍しい対応だ。

「……ふん。貴様に比べれば充分に弱っておるわ」

 と、天堂院老が言う。

「相変わらず貴様は年長者を敬うという気遣いが足りんようだな」

『まさか、私に忖度でも期待しておられるのですか? 我々はそのような友好的な関係でもないでしょうに』

 御前は、かなり辛辣だった。
 この二人が対峙するところは初めて見るが、大門たちは困惑してしまう。
 あまりにも普段の御前さまらしくない。
 明らかに、天堂院老に対し、嫌悪感さえ抱かれているようだ。

「……御前さま? いかがなされました?」

 志岐守老がそう声をかけると、御前は小さく嘆息した。

『いえ。古き知人と再会し、少々気持ちが昂ってしまったようです』

 御前さまと、天堂院老は古くからの知り合いということだ。
 恐るべきことに、大正時代からの顔見知りらしい。
 要は、天堂院老こそが、唯一御前さまの姿を知る者ということだ。
 ただ、それも数十年前までのことだろうが。
 彼らが対峙するのは、実にそれだけの年月が空いているのだ。

 火緋神家の当主と、天堂院家の当主。
 互いにこの国の引導師を牽引する立場にありながら、ほぼ絶縁状態にあった。

 それが、今回、天堂院からの呼びかけで対談が成立したのだ。
 出来れば、友好的に進めたいというのが守護四家の総意だった。
 それは、天堂院側としても同じことだろう。

「……ふん。小娘が」

 天堂院老は苦笑を零した。

「まったく変わらんな。一世紀も前のことをいつまでも引きずりおって。まあ、よいわ。ここは儂が折れてやるのが年長者というものだな」

『…………』

 御前は沈黙する。まだ何か言いたいことがあったようだが、

『……そうですね』

 会談を不和で終わらせたくない。
 御前も折れることにした。

『私と、あなたの因縁はあくまで私人としてのこと。失礼いたしました』

「いや、構わん。儂も大人げなかったようだ」

 と、お互い儀礼的に告げる。これでとりあえず和解だ。
 大門たちは内心で少し安堵する。

「では、早速本題に入るか」

 そんな中、天堂院老は膝の上に肘を置いて話を切り出した。
 その窪んだ眼差しで、薄布に覆われた同じ時代を生きた者を見据えて。

「のう。火緋神の」

 古の時代より生きた者は告げる。

「貴様。今の時代の引導師どもの質をどう思う?」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

声劇台本置き場

ツムギ
キャラ文芸
望本(もちもと)ツムギが作成したフリーの声劇台本を投稿する場所になります。使用報告は要りませんが、使用の際には、作者の名前を出して頂けたら嬉しいです。 台本は人数ごとで分けました。比率は男:女の順で記載しています。キャラクターの性別を変更しなければ、演じる方の声は男女問いません。詳細は本編内の上部に記載しており、登場人物、上演時間、あらすじなどを記載してあります。 詳しい注意事項に付きましては、【ご利用の際について】を一読して頂ければと思います。(書いてる内容は正直変わりません)

REALIZER

希彗まゆ
キャラ文芸
なんの役にも立っていないのに どうして生きているかもわからないのに そんなあたしが、覚醒した 「REALIZER」 願い事を実現する能力者─── ある日平凡な女子高生から一転して能力者へと変貌を遂げた とある女の子と能力者たちのストーリー。 ※作中に関西弁が出てきますが、こちら関西在住の友人に監修していただきました。 造語バリバリで失礼します。 ※ピクシブから移転しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

毎日記念日小説

百々 五十六
キャラ文芸
うちのクラスには『雑談部屋』がある。 窓側後方6つの机くらいのスペースにある。 クラスメイトならだれでも入っていい部屋、ただ一つだけルールがある。 それは、中にいる人で必ず雑談をしなければならない。 話題は天の声から伝えられる。 外から見られることはない。 そしてなぜか、毎回自分が入るタイミングで他の誰かも入ってきて話が始まる。だから誰と話すかを選ぶことはできない。 それがはまってクラスでは暇なときに雑談部屋に入ることが流行っている。 そこでは、日々様々な雑談が繰り広げられている。 その内容を面白おかしく伝える小説である。 基本立ち話ならぬすわり話で動きはないが、面白い会話の応酬となっている。 何気ない日常の今日が、実は何かにとっては特別な日。 記念日を小説という形でお祝いする。記念日だから再注目しよう!をコンセプトに小説を書いています。 毎日が記念日!! 毎日何かしらの記念日がある。それを題材に毎日短編を書いていきます。 題材に沿っているとは限りません。 ただ、祝いの気持ちはあります。 記念日って面白いんですよ。 貴方も、もっと記念日に詳しくなりません? 一人でも多くの人に記念日に興味を持ってもらうための小説です。 ※この作品はフィクションです。作品内に登場する人物や団体は実際の人物や団体とは一切関係はございません。作品内で語られている事実は、現実と異なる可能性がございます…

腐れヤクザの育成論〜私が育てました〜

古亜
キャラ文芸
たまたま出会ったヤクザをモデルにBL漫画を描いたら、本人に読まれた。 「これ描いたの、お前か?」 呼び出された先でそう問いただされ、怒られるか、あるいは消される……そう思ったのに、事態は斜め上に転がっていった。 腐(オタ)文化に疎いヤクザの組長が、立派に腐っていく話。 内容は完全に思い付き。なんでも許せる方向け。 なお作者は雑食です。誤字脱字、その他誤りがあればこっそり教えていただけると嬉しいです。 全20話くらいの予定です。毎日(1-2日おき)を目標に投稿しますが、ストックが切れたらすみません…… 相変わらずヤクザさんものですが、シリアスなシリアルが最後にあるくらいなのでクスッとほっこり?いただければなと思います。 「ほっこり」枠でほっこり・じんわり大賞にエントリーしており、結果はたくさんの作品の中20位でした!応援ありがとうございました!

ブラックベリーの霊能学

猫宮乾
キャラ文芸
 新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。

処理中です...