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第2部
プロローグ
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シン、とした空気に包まれる。
そこは、とても広い部屋。
一面に畳みが敷かれ、周囲は襖で覆われた広大な和室だ。
そこに今、五人の人間がいた。
上座に当たる場所に座る五人の人物。
薄布に覆われた人物を中心に、補佐たる四人が座っていた。
右側には七十代の老人が二人。好々爺といった小柄な人物と、対照的な大柄な人物。
二人とも和服を着こなしている。
守護四家の当主たち。
志岐守豪気と、四奈塚達也。
意外にも『豪気』という大仰な名を持つのが、小柄な老人の方だ。
左側には若い人物が並ぶ。
一人は三十代前半。
黒いスーツを纏う精悍な顔つきの青年だ。名を墨岡克哉と言う。
そしてもう一人。彼は薄布に覆われた人物を除くと最も若い。
二十代後半の男性である。
ただ、容姿は少し不健康そうだ。体格は不摂生さを感じる痩せ型。伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪をうなじでくくり、窪んだ眼差しを見せている。
大門家の若き当主にして教職にも就く青年。大門紀次郎だ。
「……御前さま」
大門は視線を薄布に覆われた上座に向けて告げる。
「もうじき、参られるそうです」
『……そうですか』
その声は薄布の奥から聞こえてきた。
術を用いているのか、それとも薄布の効果なのか。
その声は老人なのか、若者なのか、男性なのか女性なのかも分からない奇妙な声だった。
守護四家の当主の一人ではあるが、大門は御前さま――火緋神家の当主の姿を見たことがなかった。恐らくそれは他の三家の当主もないだろう。
分かっていることといえば、御前さまはご高齢であり、慈悲深き女性であること。
そして、守護四家の当主たちを遥かに凌ぐ力量を持っていることぐらいだ。
むしろ、御前さまについて詳しい者といえば――。
「……失礼いたします」
不意に部屋の外から声がする。
侍女の声だ。
「天堂院さまが、おいでになられました」
『……お入り頂いてください』
御前が告げる。
すると、すっと襖の一つが開かれた。
そうして一人の人物が入ってくる。
大門たちの表情が、微かに警戒するものに変わった。
――一言でいえば、不気味な老人だった。
着ている服は茶系統の和服。双眸は髑髏のように窪んでいるのだが、その奥の眼差しは妖しいほどに輝いている。頭部は年齢のせいか剃髪、代わりに白い髭であごを覆っている。背は高く真っ直ぐだ。体格はかなり大きく、高齢でありながら杖もついていない。足腰も全く揺らぐことなく、普通に歩いていた。
それこそが、一番不気味な点だった。
この老人は、すでに百三十歳を越えているという話だ。
だというのに、精気も覇気も、まるで劣えていないのである。
怪物。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
――そう。怪物。
天堂院九紗。
「……ふん」
天堂院老は御前の対面に当たる場所に、ふてぶてしく座った。
次いで腕にあごを置き、瞳を大きく剥きだして、ギロリと御前を見据える。
「こんな老人を呼び寄せるとは、いい身分なったものだな。火緋神の」
『……あなたが老人の範疇に入るのですか』
御前は言う。
『それに、今回の会談はあなたの方から提案したこと。ならば、あなたが足を運ぶのは当然だと思うのですか? 天堂院殿』
そう告げる彼女の声にはわずかにだが、不快感が宿っているように聞こえた。
守護四家の当主が微かに眉をひそめる。
温厚な御前さまにしては、とても珍しい対応だ。
「……ふん。貴様に比べれば充分に弱っておるわ」
と、天堂院老が言う。
「相変わらず貴様は年長者を敬うという気遣いが足りんようだな」
『まさか、私に忖度でも期待しておられるのですか? 我々はそのような友好的な関係でもないでしょうに』
御前は、かなり辛辣だった。
この二人が対峙するところは初めて見るが、大門たちは困惑してしまう。
あまりにも普段の御前さまらしくない。
明らかに、天堂院老に対し、嫌悪感さえ抱かれているようだ。
「……御前さま? いかがなされました?」
志岐守老がそう声をかけると、御前は小さく嘆息した。
『いえ。古き知人と再会し、少々気持ちが昂ってしまったようです』
御前さまと、天堂院老は古くからの知り合いということだ。
恐るべきことに、大正時代からの顔見知りらしい。
要は、天堂院老こそが、唯一御前さまの姿を知る者ということだ。
ただ、それも数十年前までのことだろうが。
彼らが対峙するのは、実にそれだけの年月が空いているのだ。
火緋神家の当主と、天堂院家の当主。
互いにこの国の引導師を牽引する立場にありながら、ほぼ絶縁状態にあった。
それが、今回、天堂院からの呼びかけで対談が成立したのだ。
出来れば、友好的に進めたいというのが守護四家の総意だった。
それは、天堂院側としても同じことだろう。
「……ふん。小娘が」
天堂院老は苦笑を零した。
「まったく変わらんな。一世紀も前のことをいつまでも引きずりおって。まあ、よいわ。ここは儂が折れてやるのが年長者というものだな」
『…………』
御前は沈黙する。まだ何か言いたいことがあったようだが、
『……そうですね』
会談を不和で終わらせたくない。
御前も折れることにした。
『私と、あなたの因縁はあくまで私人としてのこと。失礼いたしました』
「いや、構わん。儂も大人げなかったようだ」
と、お互い儀礼的に告げる。これでとりあえず和解だ。
大門たちは内心で少し安堵する。
「では、早速本題に入るか」
そんな中、天堂院老は膝の上に肘を置いて話を切り出した。
その窪んだ眼差しで、薄布に覆われた同じ時代を生きた者を見据えて。
「のう。火緋神の」
古の時代より生きた者は告げる。
「貴様。今の時代の引導師どもの質をどう思う?」
そこは、とても広い部屋。
一面に畳みが敷かれ、周囲は襖で覆われた広大な和室だ。
そこに今、五人の人間がいた。
上座に当たる場所に座る五人の人物。
薄布に覆われた人物を中心に、補佐たる四人が座っていた。
右側には七十代の老人が二人。好々爺といった小柄な人物と、対照的な大柄な人物。
二人とも和服を着こなしている。
守護四家の当主たち。
志岐守豪気と、四奈塚達也。
意外にも『豪気』という大仰な名を持つのが、小柄な老人の方だ。
左側には若い人物が並ぶ。
一人は三十代前半。
黒いスーツを纏う精悍な顔つきの青年だ。名を墨岡克哉と言う。
そしてもう一人。彼は薄布に覆われた人物を除くと最も若い。
二十代後半の男性である。
ただ、容姿は少し不健康そうだ。体格は不摂生さを感じる痩せ型。伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪をうなじでくくり、窪んだ眼差しを見せている。
大門家の若き当主にして教職にも就く青年。大門紀次郎だ。
「……御前さま」
大門は視線を薄布に覆われた上座に向けて告げる。
「もうじき、参られるそうです」
『……そうですか』
その声は薄布の奥から聞こえてきた。
術を用いているのか、それとも薄布の効果なのか。
その声は老人なのか、若者なのか、男性なのか女性なのかも分からない奇妙な声だった。
守護四家の当主の一人ではあるが、大門は御前さま――火緋神家の当主の姿を見たことがなかった。恐らくそれは他の三家の当主もないだろう。
分かっていることといえば、御前さまはご高齢であり、慈悲深き女性であること。
そして、守護四家の当主たちを遥かに凌ぐ力量を持っていることぐらいだ。
むしろ、御前さまについて詳しい者といえば――。
「……失礼いたします」
不意に部屋の外から声がする。
侍女の声だ。
「天堂院さまが、おいでになられました」
『……お入り頂いてください』
御前が告げる。
すると、すっと襖の一つが開かれた。
そうして一人の人物が入ってくる。
大門たちの表情が、微かに警戒するものに変わった。
――一言でいえば、不気味な老人だった。
着ている服は茶系統の和服。双眸は髑髏のように窪んでいるのだが、その奥の眼差しは妖しいほどに輝いている。頭部は年齢のせいか剃髪、代わりに白い髭であごを覆っている。背は高く真っ直ぐだ。体格はかなり大きく、高齢でありながら杖もついていない。足腰も全く揺らぐことなく、普通に歩いていた。
それこそが、一番不気味な点だった。
この老人は、すでに百三十歳を越えているという話だ。
だというのに、精気も覇気も、まるで劣えていないのである。
怪物。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
――そう。怪物。
天堂院九紗。
「……ふん」
天堂院老は御前の対面に当たる場所に、ふてぶてしく座った。
次いで腕にあごを置き、瞳を大きく剥きだして、ギロリと御前を見据える。
「こんな老人を呼び寄せるとは、いい身分なったものだな。火緋神の」
『……あなたが老人の範疇に入るのですか』
御前は言う。
『それに、今回の会談はあなたの方から提案したこと。ならば、あなたが足を運ぶのは当然だと思うのですか? 天堂院殿』
そう告げる彼女の声にはわずかにだが、不快感が宿っているように聞こえた。
守護四家の当主が微かに眉をひそめる。
温厚な御前さまにしては、とても珍しい対応だ。
「……ふん。貴様に比べれば充分に弱っておるわ」
と、天堂院老が言う。
「相変わらず貴様は年長者を敬うという気遣いが足りんようだな」
『まさか、私に忖度でも期待しておられるのですか? 我々はそのような友好的な関係でもないでしょうに』
御前は、かなり辛辣だった。
この二人が対峙するところは初めて見るが、大門たちは困惑してしまう。
あまりにも普段の御前さまらしくない。
明らかに、天堂院老に対し、嫌悪感さえ抱かれているようだ。
「……御前さま? いかがなされました?」
志岐守老がそう声をかけると、御前は小さく嘆息した。
『いえ。古き知人と再会し、少々気持ちが昂ってしまったようです』
御前さまと、天堂院老は古くからの知り合いということだ。
恐るべきことに、大正時代からの顔見知りらしい。
要は、天堂院老こそが、唯一御前さまの姿を知る者ということだ。
ただ、それも数十年前までのことだろうが。
彼らが対峙するのは、実にそれだけの年月が空いているのだ。
火緋神家の当主と、天堂院家の当主。
互いにこの国の引導師を牽引する立場にありながら、ほぼ絶縁状態にあった。
それが、今回、天堂院からの呼びかけで対談が成立したのだ。
出来れば、友好的に進めたいというのが守護四家の総意だった。
それは、天堂院側としても同じことだろう。
「……ふん。小娘が」
天堂院老は苦笑を零した。
「まったく変わらんな。一世紀も前のことをいつまでも引きずりおって。まあ、よいわ。ここは儂が折れてやるのが年長者というものだな」
『…………』
御前は沈黙する。まだ何か言いたいことがあったようだが、
『……そうですね』
会談を不和で終わらせたくない。
御前も折れることにした。
『私と、あなたの因縁はあくまで私人としてのこと。失礼いたしました』
「いや、構わん。儂も大人げなかったようだ」
と、お互い儀礼的に告げる。これでとりあえず和解だ。
大門たちは内心で少し安堵する。
「では、早速本題に入るか」
そんな中、天堂院老は膝の上に肘を置いて話を切り出した。
その窪んだ眼差しで、薄布に覆われた同じ時代を生きた者を見据えて。
「のう。火緋神の」
古の時代より生きた者は告げる。
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