上 下
13 / 37

第四章 其は神威を略奪せしモノ②

しおりを挟む
「アイリーン=メルザリオ……?」

 首を傾げる冬馬に、重悟は厳かに頷き、

「……そうだ。フィオの実姉であり、《PKT》を開発した天才科学者。そして――」

 哀しみを宿した瞳で、彼は言う。

「《首都血戦》で行方不明となった――私の、婚約者だ」

 男の放つ雰囲気に冬馬と雪姫は何も言えず、サチエは辛そうに目を伏せた。
 すると、重悟は申し訳なさそうに笑みを浮かべ、

「……すまない、暗くなったか。とりあえず話を進めよう」

 と言って、本題に入った。

「事の始まりは七年前――。PGC東京本部が、ある計画のためにアイリーンを招き入れたことからすべては始まった」

「……ある計画、ですか?」

 雪姫の問いに、重悟はうむと頷く。

「それは――幻想種の正体を探り、奴らへの対抗手段を編み出すというものだった」

「……それって、世界各国で競ってやってることじゃないんですか?」

 今度は冬馬の質問。それにはサチエが答えた。

「うん。その通りや。けど、正直どの国も行き詰まっとる。だからこそのアイリーンやったんや。あいつ、頭は無茶苦茶ええくせに、えらい変人やったからな」

「へ、変人っすか……?」

 と、頬を引きつらせる冬馬。
 口には出さないが、雪姫も同様の表情を浮かべていた。
 すると、重悟がやや弱々しい笑みを浮かべ、

「……まあ、アイリーンが変人だったかどうかは置いとくとして。ともあれ、本部はアイリーンの一風変わった着眼点に期待したのだよ」

 大理石の机に両肘をついて手を組み、重悟は言葉を続ける。

「彼女の着目したこと。それは、幻想種が神話上の怪物であるということだった」

 首を傾げた雪姫が、おずおずと手を挙げた。

「あの……、それは今や常識なのでは? 着眼点としては新しくないような……」

「ああ、当然この話には続きある。……ふむ。そうだな、柄森君。君はゲームに詳しいかね?」

 突然脈略のない質問をしてくる重悟に、雪姫は目をぱちぱちとさせて、

「……え? ゲームですか? 少しは知っていますが……」

「……うむ。では、GJスタジオ社が手がけたRPGをやったことはあるかね?」

 戦国武将のような風貌の重悟の口から、まるで似合わない単語が出てきた。

「え、え? GJスタジオ社のRPGですか? 一応やったことはありますけど……」

 困惑しながらも、雪姫は正直に答える。――と、冬馬が小声で耳打ちしてきた。

(なあ、GJスタジオ社って何だ?)

 雪姫も小声で返す。

(アニメやゲームの製作会社のこと。《はやて》を製作したのもそこなの)

(へえ、そうなんだ。けど、なんで高崎支部長が、そんなこと今話すんだ?)

(分からないわ。本社が東京にあったせいで、もう潰れている会社だし)

 ほとんど読唇術に近いレベルで会話をする冬馬と雪姫。
 しかし、そんな彼らの困惑をよそに、重悟はそのまま話を続ける。

「ふむ。知っているのなら話が早い。あの会社の作品は神話をモチーフにしたものが多いからな。だから、登場する武器も神話からとってきたものが多いんだ」

 そして、冬馬と雪姫を交互に見つめ、

「どうやら冬馬君よりも、柄森君の方が詳しそうだな。柄森君。君の方に質問させてもらおうと思うが、いいかね?」

「え、ええ、構いませんが……」

 雪姫の返事に重悟は頷き、質問を開始する。

「では、柄森君。すぐに思いつく伝説の剣を言ってみてくれ」

「は?」

 重悟の質問に雪姫は勿論、冬馬も困惑した。
 重悟の後ろに立つサチエは「ああ、そう入るんか」と呟いている。

(……もしかして、心理テストなのかな?)

 と、疑問に感じたが、雪姫は素直に答えることにした。

「えっと、エクスカリバーとか」

「はは、やはりそれが真っ先に挙がるか。……では、伝説の槍は?」

 またか、と思いながらも、

「ブリューナクとか、ゲイ・ボルグとかですか」

「うむ。では刀は?」

「祢々切丸」

「弓は?」

「アルテミスの弓」

「中々博識だな。……そうだな、ではいよいよ本題を出そうか」

 雪姫、そして冬馬の顔に少し緊張が走る。
 そんな二人の様子に、重悟も重々しく頷き、

「では訊こう。神話の中にある伝説の銃といえば、何が思い浮かぶ?」

「……銃、ですか?」

 雪姫はあごに人差し指を当て、

「狼男の銀の弾丸、とか」

 重悟がははっと笑う。

「それは映画の創作だよ。神話ではない」

 否定されてしまった。再度、雪姫は眉を寄せて考える。いくつか候補は思いつくが、どれも銃と呼ぶにはしっくりこない……。
 むむむ、と雪姫が頭を悩ませていると、

「ふむ。どうやら悩んでいるようだね。なら、もっと分かりやすい質問に変えよう」

 そして、重悟は改めて問う。

「――神話に名を残す、そんなロケットランチャーを君は知っているか?」

 一瞬の間が空いた。思わず雪姫と冬馬は目を丸くする。
 ――一体何なんだ、その馬鹿げた質問は……?

「ある訳ないでしょう、そんなもの。ふざけてるんすか」

 険悪な視線で冬馬は重悟を睨みつけた。こちらは真剣なのである。

「その質問に一体どんな意味があるんです?」

 思わず苛立ちから、ギリと歯を鳴らしてしまう――と、

「あの、何か意味があるんですよね。そろそろ教えて頂けませんか?」

 冬馬の不機嫌を察した雪姫が、重悟にそう懇願した。
 大切な少女の不安を宿した声に、冬馬は少しだけ冷静さを取り戻す。

(……ちょっと焦りすぎたか。ダメだな、少し力を抜かないと……)

 そして、一度大きく息を吐き、

「そうっすよ。もったいぶらずに教えて下さい。今の質問は、さっきの話に出てきたメルザリオ博士と、何か関係のあることなんですか?」

 落ちついた声で冬馬は尋ねる。すると重悟は目を細めて、

「ああ、勿論だ。アイリーンが着目したのは、要するに神話そのものなんだよ」

 と、意味深な言葉を告げる。冬馬は眉根を寄せて再度尋ねた。

「神話そのものですか?」

「――うむ。アイリーンは本部の開発室に着任して早々に、世界中の神話、伝承、伝説などをかき集めて調査をした。……そして、気付いたのだ」

「何にでしょうか?」

 と、今度は雪姫が問う。重悟は真剣な瞳で答えた。

「世界中の神話――そのどこにも、《近代兵器》に関する記載がないことに、だ」

「「……はあ?」」

 思わず間抜けな声を上げてしまう冬馬と雪姫。
 ……この人は真面目に話す気がないのだろうか?
 もはや不満を隠すことも出来ず、冬馬が文句を言おうとしたら、

「――えっ、う、うそ、まさかそういうことなの……? だとしたら――と、冬馬! 私分かったかも! アイリーンさんが一体何に気付いたのか!」

 やけに興奮した雪姫に肩を揺さぶられて、遮られてしまった。

「な、何が分かったんだよ、雪姫」

「要は神話なのよ! まさか幻想種に銃が効かない理由が、そんなことだったなんて!」

「ちょ、ちょっと落ちつけ雪姫! どう、どうどう」

「私は馬じゃない――って、もう聞いてよ! 簡単な話だったのよ。結局、幻想種は本当に神話の中の住人だったってことなの。えっと、要するに奴らは――」

 そして、少女は世界の真理を語る。

「神話の中の怪物だから、神話に記載されている武器しか効かないの! だから、銃を始めとする近代兵器が通じなかったのよ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

処理中です...