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第三章 悪鬼の血族②

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 そこは、新宿にあるビルの一角――。
 その屋上で、青年と少女が風を受けながら佇んでいた。

「後悔はないか? はやて」

 七支刀を右手に握る青年に、声をかけられた少女は笑みを浮かべ、

「ありません。私は《とつか》と共に闘うことを選んだから、ここにいるんです」

「……そうか」

 愚問だったか、と青年は皮肉気に笑う。

「コウハさんこそ良かったんですか。私の味方なんかして……」

 不安げに青年を上目遣いで見つめる少女。彼は優しく微笑み、

「……言っただろう。俺は死ぬまでお前と共にいる」

 くしゃくしゃと少女の桃色の髪を撫でる。少女の顔に笑みが浮かんだ。

「ウソじゃないですよね? コウハさん、ずっと一緒ですよね?」

「……ああ、ウソじゃないさ」

 残された時間が少ないことを隠しつつ、青年は少女に微笑む。

「それよりも、これでいよいよ最後の戦いだ。――いくぞ! はやて!」

「はい! コウハさ――」





「やっかましいわッ! いい加減、ラノベの朗読やめろよ山田!」

 冬馬は眼前の少年を、渾身の力で殴りつけた。
 時刻は昼休み。場所は冬馬の教室――第一棟二階 《2のA》。
 教室内で雑談していた十数人のクラスメートが、一斉に冬馬達に注目する。
 ――が、「ああ、またか」と呟いて、すぐに彼らは雑談に戻っていった。
 冬馬と殴られた少年の漫才は、もはやクラスの日常になっているのである。

「ぐうぅ、イッテーな! 何すんだよ八剣! 柄森さんにまた言いつけるぞ!」

「……『また』? またって何だ! お前、雪姫に何言った!」

 聞き捨てならない台詞に、冬馬は声を荒らげる。
 だが、眼前の少年は、横を向いて口笛を吹くだけだ。どうやら答える気はないらしい。冬馬は深い溜息を漏らした。

 この少年の名前は、山田比呂士。冬馬と雪姫のクラスメートだ。
 丸刈りの頭に太い眉。百六十五センチの小柄な体。見た目はまるで野球少年。
 しかし、その実力は相当なもので、意外にも二年白服生の一人でもある。

 銃で戦いたいと願う冬馬の良き理解者であり、共に銃の改造に勤しむ悪友だ。
 雪姫を除けば、間違いなく冬馬にとって最も親しい友人なのだが……。

「……お前、時々雪姫に、俺の情報をリークしているだろ」

「な、何のことかな、俺には分っかんないなぁ」

 油断ならない獅子心中の虫でもあった。

「ったく。まあいいか。それよりお前、なんで唐突に《はやて》の朗読なんてすんだよ?」

「いや、八剣ってさ、劇場版 《はやて》まだ見てないんだろ?」

「……そうだけど、それが何だよ」

「ああ、だからさ、先に劇場版のラノベで教えてやろうかなって」

「何ネタばらししてんだよ!」

 再び山田を殴り飛ばす冬馬。「ぐおおっ」と断末魔を上げて山田は倒れ伏した。
 そんな悪友の姿を見下ろし、冬馬は力なくうな垂れる。

(……はあ、何してんだろ……俺……)

 あの日からすでに三日。この間、冬馬は完全に上の空だった。
 寝ても覚めても考えるのはフィオナのことばかり。
 まさに想いを募らせる日々だ。
 あの時サチエは、支部から連絡があると言っていたのに、未だその気配はない。
 思わぬ待ちぼうけをくらい、冬馬は苛立っていた。

(――くそッ! もういっそのこと、こっちから乗り込むか……)

 ハッキング等はからっきしの冬馬だが、潜入は得意だった。
 こうなればPGC神奈川支部に忍び込み、最悪、彼女を攫ってでもあの銃の秘密を聞き出そうと思っていた。
 勿論少女を傷つける気など毛頭ないが、これだけは譲れない。

(なにせ、これには雪姫の未来がかかっているんだ。たとえ鬼と呼ばれようとも……)

 と、そんな物騒なことまで考え始めていたら、

「おっ! 八剣、何だここにいたか。アナウンスの手間が省けたな」

 担任のエリソンが教室内に入ってきた。

「エリソン先生? どうかしたんですか?」

「ああ、今お前に客人が来ててな。第一応接室にお通ししたところだ。早く行ってこい」

 冬馬は目を瞠った。自分に客。まさかそれは――。

「正直驚いたぞ。PGCの団員だ。それも――とんでもない大物だぞ」

 エリソンの感嘆を含んだ声に、一瞬だけ冬馬は眉をしかめた。

(……大物? ああ、服部さんが自ら来たってことか)

 が、すぐに納得し、思わず笑みを浮かべる。
 そしてエリソンに一礼し、急ぎ廊下に出たところで、

「――あれ? ふゆ、じゃなくて冬馬。どうしたの?」

 雪姫とばったり出くわした。

「……ゆ、雪姫」

 別に悪さなどしていないのだが、何故か気まずさを感じて冬馬は視線を泳がせる。
 その様子にすぐさま何かを察した雪姫は、じいっと冬馬を見つめて、

「……どこかに行くの?」

「え、いや、少し応接室に用があってさ」

「…………」

 雪姫は無言のまま、目を細めて冬馬を観察した。

(……冬馬、少し緊張している……? なんで?)

 あっさりと冬馬の心理状態を見抜く雪姫。彼女は続けて問う。

「応接室に何の用なの?」

「……来客を待たせているんだ」

「お客様?」

「え、えっと……雪姫の知らない人だよ」

 わざわざ「他人」だと告げる冬馬。雪姫は再度、眼差しを鋭くする。
 彼が「他人」だと告げたのは、雪姫に関わって欲しくないという気持ちの表れだ。
 二年前の事件以降、冬馬が過保護なまでに雪姫を守ろうとしていることは、彼女自身も気付いていた。正直、それはそれで嬉しく思うのだが……。

(要するに、今から冬馬が会う人は緊張する上に、私を遠ざけておきたいと思う人なの?)

 ……かなり危険、もしくは警戒すべき人物のようだ。
 冬馬には悪いが、彼一人でそんな人物と会わせたくない。

「ねえ、冬馬。私も行っちゃダメかな?」

「……へ? な、何を言ってるんだよ! 俺の来客だぞ。お前には関係ないし」

 と、やや語気を強くして冬馬は告げる。
 こう言えば、雪姫もきっと引き下がるだろうと思っていたのだが、残念ながら効果はなかった。いや、それどころか、彼女はその豊満な胸をぎゅっと両腕で潰して、まるで祈るように手を組み――。

(ま、まずい! あれがくる!)

「……あのね、お願い。私も連れてって」

 潤んだ瞳で見つめてくる。その上目遣いの仕草は凶悪なまでの愛らしさだった。

「……ねえ、冬馬」

 さらに雪姫は甘えるような声で囁いてくる。
 そして瞳はずっと冬馬を見つめたまま「抱きしめて欲しい」と無言で催促するように、少女は無防備な姿で近付いてくる。
 知らず知らずの内に、冬馬の喉がごくりと鳴った。

「……冬馬。ダメなの?」

 背中がゾクゾクとしてきた。
 清楚な容姿でありながら色香を漂わす少女に、冬馬の頬が強張っていく。
 昔から冬馬は彼女のに弱かった。
 今までこの「お願い」を断れた試しがない。
 恋した少女の「お願い」に自分の顔が赤くなっていくのが、はっきりと分かる。

(……ああ、ダメだ。俺はやっぱり雪姫には勝てない……)

 冬馬は額に手を当て、はあっと溜息をつき、

「……分かったよ、雪姫。付いて来てもいいよ……」

「ホント! ありがとう、冬馬!」

 少女は、にこりと笑った。
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