182 / 499
第6部
第六章 復讐の鬼①
しおりを挟む
木枯らしが吹きすさぶ冬の朝。
白い息を吐き出しながら、リアナ=エーデルは走っていた。
騎士学校の制服を身に纏い、長い髪を揺らす彼女の表情は真剣そのものだ。
それも無理もない。
リアナは現在、絶賛遅刻中なのだ。
普段は優等生である彼女にしては珍しい失態だった。
「はあ、はあ」
息が少し切れる。
こんならしくもない寝坊をしたのも、あの件が尾を引いているからだろう。
「……はあ、オトハさまぁ……」
走りながらその時のことを思い出し、少し涙目になるリアナ。
オトハ=タチバナ。
今年の『六の月』から臨時講師として学校に赴任してきた外国の傭兵。
尋常ではないほど厳しい教官だがその美しい容姿と圧倒的な実力から、わずか半年足らずで生徒に教官、男女さえ問わずに絶大な人気を持つようになった女性だ。
もちろん、リアナも憧れていた。
だからこそ、勇気を振り絞って建国祭に誘おうと思ったのだが……。
「ううゥ……あの反応はガチだ」
リアナは絶望と言ってもいいような表情を浮かべた。
あの時のオトハは本気で言っていた。憧れている人だからこそよく分かる。
本当に建国祭を愛しい誰かと回る気なのだ。
結局、リアナは誘いの言葉さえ言えずに退散した。
「あうゥ……まさか、オトハさまに恋人がいたなんて」
リアナはわずかに走る速度を落として嘆息した。
そのことが、ずっと彼女を気落ちさせているのである。
そうして寝付けない夜が続き、とうとう寝坊までしてしまったのだ。
「私の無遅刻無欠席がぁ……」
そんな愚痴も零れるが、もう講習は始まっている時間だ。
今はただ急ぐのみだった。
リアナは走り続けた。そしてようやく騎士学校の校舎の姿が見えてくる。
後は今走っている道の、壁沿いにある正門をくぐればいいだけだ。
(……遅刻は十分ぐらいかな。うう、教官大目にみてくれないかなあ)
と、淡い願望を抱きつつ、速度を上げようとした時だった。
不意にリアナの足が止まった。
学校の敷地を覆う壁沿いの道。騎士学校の正門のすぐ近く。
そこに、背を向けて佇む一人の少年がいたからだ。
一瞬、彼女以外の遅刻者かと思ったが、服が制服ではない。市街区の住人が着るような目立たない一般的な物だ。しかし、その短く刈り込んだ赤い髪に、あまりにも既視感があったため、思わずリアナは足を止めたのだ。
すると、リアナの荒い呼吸に気付いたのか、その赤毛の少年は振り向いた。
リアナは大きく目を見開いた。
「あ、あなたは!? ジラール!?」
「……ほう。誰かと思えばエーデルか。久しぶりだな」
と、赤毛の少年――アンディ=ジラールは皮肉気に笑った。
「ど、どうしてここに!?」
リアナは驚愕を浮かべるが、すぐさま状況を察した。
そして後方に跳び、腰の短剣に手を伸ばした。
「さてはサーシャを狙って来たのね……」
かつての級友であり、脱獄犯であるこの男はサーシャを狙っている。
そのことは、騎士学校の生徒ならば誰もが知っていた。
そしてサーシャはリアナの友達だった。
「……そんな事させないわよ。あなたは今ここで捕える」
リアナは面持ちを鋭くしてジラールを睨みつけた。
現在、騎士学校には第三騎士団の騎士が数名待機している。ここで騒ぎを起こせばすぐにでも駆けつけてくれるだろう。
リアナは自分の愛機を召喚する隙を窺っていた。
が、それに対し、ジラールは侮蔑するような笑みを浮かべて。
「ふん。大して優秀でもないお前が僕を捕まえるとは大きく出たな。けど、残念だがそれは無理だ。むしろ、ここでお前と会えたのは都合良かったよ」
「……どういう意味よ」
リアナが眉をしかめる。
すると、ジラールは大仰に肩をすくめた。
「いや、僕といえど騎士団が待ち構える場所に乗り込むのは少々骨が折れる。だから誰かを通行証代わりにしようと思っていたんだ」
「……要は人質を探していたってこと? 相変わらず腐った性格だわ」
リアナはそう吐き捨て、間合いを少しずつ外していく。
この男に利用されるなど真っ平ごめんだった。
「ふん。警戒しようが無駄だ。そいつに決めたよ。やってくれ」
ジラールの最後の台詞は、リアナに向けられたものではなかった。
リアナはハッとして後ろを振り向くが、すでに遅かった。
直後、首筋に鋭い痛みが走り、リアナの意識はそこで途絶えた。
そして崩れ落ちる少女を、彼女の後ろに忍び寄っていた男が抱きとめる。
それを見届けたジラールは、ふんと鼻を鳴らした。
「さあ、これで必要なものは揃ったな」
そして赤毛の少年は、凄惨な笑みを見せて宣言する。
「待っていろよ、僕のサーシャ。今迎えに行くよ」
◆
「……随分と遅いわねぇ」
と、長机に頬杖をつき、アリシアがポツリと呟く。
「うん。そうだね」
隣に座るサーシャは苦笑を浮かべつつ、相槌を打った。
その日、珍しく講習が遅れていた。
普段だったらすでに講習が始まっている時間なのだが未だ教官はやってこない。
恐らく朝の教官達の会議が遅れているのだ。これまでも稀にあったことだ。
従来ならばこういう時、生徒達は教官が来るまで、各自自由におしゃべりにでも興じるのだが、今日はそうもいかない。
何故なら、講堂の後ろに二人の騎士が待機しているからだ。
第三騎士団に所属する彼らはサーシャの護衛。二人とも二十代前半とかなり若く、一人は女性であり、この騎士学校の卒業生でもあった。
流石に先輩達の前では、生徒達も黙って席に座って待つしかなかった。
(あはは……みんな、ごめん)
サーシャは頬を引きつらせて少し申し訳ない気分になる。
生徒達はみんな暇を弄ばせていた。
と、そんな時だった。
――ゴォンッッ!
突如、グラウンドから鳴り響いた轟音に講堂にいた全員が息を呑んだ。
「――ッ! 何事だッ!」
その異常に真っ先に反応したのは二人の騎士だ。
彼らはすぐさま窓際に寄り、音のした方面を確認する。
「ッ! あれはッ!」
そして再び息を呑んだ。
一階の窓から見えるグラウンドには、三機の鎧機兵が対峙していた。
その内二機は、剣と楯を持つ騎士型の機体。
校舎内で学校の正門付近を警護していた第三騎士団の騎士達の鎧機兵だ。
そしてその二機に対峙するのが――。
「……何だ? あの機体は……?」
と呟き、女性騎士の一人が呻く。
その鎧機兵は、あまりにも不気味な姿をしていた。
全高は四セージルほど。二本角を生やした頭蓋骨のような頭部に、東方の異国の鎧を思わせる濁ったような深い紫色の外装。
長い前腕部を持つ腕を四本も持つのが特徴的な、異様な機体だ。
しかもその腕の一つ。左上側の腕には、一人の少女を握りしめていた。
明らかに人質だ。そのため、騎士達も動けずにいるようだ。
「な、何あれ……」「鎧機兵だよな、あれ?」「お、おい! あの手に掴まってんのエーデルじゃねえか!?」
騎士達に続き、サーシャ、アリシアも含めて生徒達が窓際に集まった。
そして級友が捕まっていることを確認し、ざわつき始める。
恐らく他のクラスもこの異常に気付き、グラウンドに注目していることだろう。
と、その時、四本腕の機体が語り出した。
『ふん。邪魔をしないでもらおうか。第三騎士団』
「「「「―――ッ!」」」」
その声を聞き、生徒達は凍りついた。
この講堂にいるクラスの全員が知っている声だった。
生徒全員が言葉もなく異形の機体を見つめた。
「ま、まさか……」
そしてサーシャが、ごくりと喉を鳴らした時、
「ジラァ――――ルッ!!」
エドワードが窓を開け、絶叫する。
「てめえッ! そこで待ってろッ! 俺と戦えッ!」
「ま、待て! エドッ! エーデルが捕まっているんだぞ!」
慌ててロックが止めに入る。
しかし、エドワードは完全に頭に血が上っており、体格で勝るロックを振り払いかねない勢いだった。周囲の男子生徒も慌ててエドワードを抑えにかかった。
「おい、エドワード! 落ち着けよ!」
「うっせえ! 離せよグレイ! ロック! お前らも離しやがれ!」
男子生徒数人がかりで床に抑えつけられ、呻くエドワード。
すると、その様子に気付いたジラールが目を細めた。
『……何だ? 今の声はオニキスか。相変わらず威勢だけはいいな』
「うっせえェ! てめえは俺がぶちのめす!」
と、気炎を吐くエドワードを、ジラールは鼻で笑った。
『ふん。お前なんかにつきあうほど僕は暇じゃないんだ。それよりも』
そこでジラールは、かつて自分がいた一階の講堂を見やり、
『サーシャ。そこにいるんだろう。出てこい。さもなければ――』
ジラールの声に合わせ四本腕の鎧機兵が見せつけるようにリアナを前に出した。
わずかに力を込めたのか、少女は「うう」と呻いた。
『殺さない程度にこの女の骨を折る。十分以内にここに来い』
「――くッ! リアナ!」
反射的にサーシャは窓から飛び出そうとした。
が、それを隣にいた女生徒が、サーシャの腕を掴んで止める。
サーシャと仲の良いアザリン=ワイラーという名の少女だ。
「ダ、ダメだよ!? サーシャ! 挑発に乗っちゃダメ!」
「だ、だけど、リアナが!」
アザリンの制止に、サーシャは泣き出しそうな顔を見せた。
すると、そこにサーシャの幼馴染も止めに入った。
「アザリンの言う通りよ。冷静になってサーシャ」
と、アリシアが言う。しかし、冷静になれと口にしながらも彼女の表情はかつてないほど強張っている。無理やり激情を抑えつけている顔だ。
「迂闊に動いてはダメよ。一旦落ち着いて作戦を考えましょう」
自身の心も落ち着かせながら、アリシアはそう提案する。
そして具合的な相談をしようとした時だった。
『教官及び、騎士どもに告げる。僕の邪魔をするなよ』
ジラールが再び語り出した。
『いま僕の愛機、《四腕餓者》は《万天図》を起動させてある。新たに一機でも鎧機兵を召喚した場合、この女がただで済むと思うなよ』
「……が、あァ!?」
リアナが激しく呻く。骨を折る寸前まで力を込められたのだ。
『な、何しやがる! てめえッ!』
『待てッ! 動くなッ! あの子が殺される!』
激昂して跳びかかりかけた騎士の機体を、もう一機の騎士が止めた。
口調と声からして、そこそこ年配と若い騎士のコンビのようだ。
ジラールはその様子を一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。
それから再び一階の講堂の方へと目を向け、そこにいるはずの少女に告げる。
『サーシャよ』
赤毛の少年は、ニタリと笑みを深めた。
『十分以内にここに来なければ、この女の骨を折ると僕は言った。だがな……』
一拍置いて、《四腕餓者》は少女を高々と掲げた。
気絶しているのか、リアナはぐったりとしている。
そして、ジラールはおもちゃを自慢するように言い放つ。
『もし十五分経っても現れないようなら、この女を殺すからな』
唐突に現れた敵の非情な宣告。
アティス王国騎士学校は、静寂に包まれた――。
白い息を吐き出しながら、リアナ=エーデルは走っていた。
騎士学校の制服を身に纏い、長い髪を揺らす彼女の表情は真剣そのものだ。
それも無理もない。
リアナは現在、絶賛遅刻中なのだ。
普段は優等生である彼女にしては珍しい失態だった。
「はあ、はあ」
息が少し切れる。
こんならしくもない寝坊をしたのも、あの件が尾を引いているからだろう。
「……はあ、オトハさまぁ……」
走りながらその時のことを思い出し、少し涙目になるリアナ。
オトハ=タチバナ。
今年の『六の月』から臨時講師として学校に赴任してきた外国の傭兵。
尋常ではないほど厳しい教官だがその美しい容姿と圧倒的な実力から、わずか半年足らずで生徒に教官、男女さえ問わずに絶大な人気を持つようになった女性だ。
もちろん、リアナも憧れていた。
だからこそ、勇気を振り絞って建国祭に誘おうと思ったのだが……。
「ううゥ……あの反応はガチだ」
リアナは絶望と言ってもいいような表情を浮かべた。
あの時のオトハは本気で言っていた。憧れている人だからこそよく分かる。
本当に建国祭を愛しい誰かと回る気なのだ。
結局、リアナは誘いの言葉さえ言えずに退散した。
「あうゥ……まさか、オトハさまに恋人がいたなんて」
リアナはわずかに走る速度を落として嘆息した。
そのことが、ずっと彼女を気落ちさせているのである。
そうして寝付けない夜が続き、とうとう寝坊までしてしまったのだ。
「私の無遅刻無欠席がぁ……」
そんな愚痴も零れるが、もう講習は始まっている時間だ。
今はただ急ぐのみだった。
リアナは走り続けた。そしてようやく騎士学校の校舎の姿が見えてくる。
後は今走っている道の、壁沿いにある正門をくぐればいいだけだ。
(……遅刻は十分ぐらいかな。うう、教官大目にみてくれないかなあ)
と、淡い願望を抱きつつ、速度を上げようとした時だった。
不意にリアナの足が止まった。
学校の敷地を覆う壁沿いの道。騎士学校の正門のすぐ近く。
そこに、背を向けて佇む一人の少年がいたからだ。
一瞬、彼女以外の遅刻者かと思ったが、服が制服ではない。市街区の住人が着るような目立たない一般的な物だ。しかし、その短く刈り込んだ赤い髪に、あまりにも既視感があったため、思わずリアナは足を止めたのだ。
すると、リアナの荒い呼吸に気付いたのか、その赤毛の少年は振り向いた。
リアナは大きく目を見開いた。
「あ、あなたは!? ジラール!?」
「……ほう。誰かと思えばエーデルか。久しぶりだな」
と、赤毛の少年――アンディ=ジラールは皮肉気に笑った。
「ど、どうしてここに!?」
リアナは驚愕を浮かべるが、すぐさま状況を察した。
そして後方に跳び、腰の短剣に手を伸ばした。
「さてはサーシャを狙って来たのね……」
かつての級友であり、脱獄犯であるこの男はサーシャを狙っている。
そのことは、騎士学校の生徒ならば誰もが知っていた。
そしてサーシャはリアナの友達だった。
「……そんな事させないわよ。あなたは今ここで捕える」
リアナは面持ちを鋭くしてジラールを睨みつけた。
現在、騎士学校には第三騎士団の騎士が数名待機している。ここで騒ぎを起こせばすぐにでも駆けつけてくれるだろう。
リアナは自分の愛機を召喚する隙を窺っていた。
が、それに対し、ジラールは侮蔑するような笑みを浮かべて。
「ふん。大して優秀でもないお前が僕を捕まえるとは大きく出たな。けど、残念だがそれは無理だ。むしろ、ここでお前と会えたのは都合良かったよ」
「……どういう意味よ」
リアナが眉をしかめる。
すると、ジラールは大仰に肩をすくめた。
「いや、僕といえど騎士団が待ち構える場所に乗り込むのは少々骨が折れる。だから誰かを通行証代わりにしようと思っていたんだ」
「……要は人質を探していたってこと? 相変わらず腐った性格だわ」
リアナはそう吐き捨て、間合いを少しずつ外していく。
この男に利用されるなど真っ平ごめんだった。
「ふん。警戒しようが無駄だ。そいつに決めたよ。やってくれ」
ジラールの最後の台詞は、リアナに向けられたものではなかった。
リアナはハッとして後ろを振り向くが、すでに遅かった。
直後、首筋に鋭い痛みが走り、リアナの意識はそこで途絶えた。
そして崩れ落ちる少女を、彼女の後ろに忍び寄っていた男が抱きとめる。
それを見届けたジラールは、ふんと鼻を鳴らした。
「さあ、これで必要なものは揃ったな」
そして赤毛の少年は、凄惨な笑みを見せて宣言する。
「待っていろよ、僕のサーシャ。今迎えに行くよ」
◆
「……随分と遅いわねぇ」
と、長机に頬杖をつき、アリシアがポツリと呟く。
「うん。そうだね」
隣に座るサーシャは苦笑を浮かべつつ、相槌を打った。
その日、珍しく講習が遅れていた。
普段だったらすでに講習が始まっている時間なのだが未だ教官はやってこない。
恐らく朝の教官達の会議が遅れているのだ。これまでも稀にあったことだ。
従来ならばこういう時、生徒達は教官が来るまで、各自自由におしゃべりにでも興じるのだが、今日はそうもいかない。
何故なら、講堂の後ろに二人の騎士が待機しているからだ。
第三騎士団に所属する彼らはサーシャの護衛。二人とも二十代前半とかなり若く、一人は女性であり、この騎士学校の卒業生でもあった。
流石に先輩達の前では、生徒達も黙って席に座って待つしかなかった。
(あはは……みんな、ごめん)
サーシャは頬を引きつらせて少し申し訳ない気分になる。
生徒達はみんな暇を弄ばせていた。
と、そんな時だった。
――ゴォンッッ!
突如、グラウンドから鳴り響いた轟音に講堂にいた全員が息を呑んだ。
「――ッ! 何事だッ!」
その異常に真っ先に反応したのは二人の騎士だ。
彼らはすぐさま窓際に寄り、音のした方面を確認する。
「ッ! あれはッ!」
そして再び息を呑んだ。
一階の窓から見えるグラウンドには、三機の鎧機兵が対峙していた。
その内二機は、剣と楯を持つ騎士型の機体。
校舎内で学校の正門付近を警護していた第三騎士団の騎士達の鎧機兵だ。
そしてその二機に対峙するのが――。
「……何だ? あの機体は……?」
と呟き、女性騎士の一人が呻く。
その鎧機兵は、あまりにも不気味な姿をしていた。
全高は四セージルほど。二本角を生やした頭蓋骨のような頭部に、東方の異国の鎧を思わせる濁ったような深い紫色の外装。
長い前腕部を持つ腕を四本も持つのが特徴的な、異様な機体だ。
しかもその腕の一つ。左上側の腕には、一人の少女を握りしめていた。
明らかに人質だ。そのため、騎士達も動けずにいるようだ。
「な、何あれ……」「鎧機兵だよな、あれ?」「お、おい! あの手に掴まってんのエーデルじゃねえか!?」
騎士達に続き、サーシャ、アリシアも含めて生徒達が窓際に集まった。
そして級友が捕まっていることを確認し、ざわつき始める。
恐らく他のクラスもこの異常に気付き、グラウンドに注目していることだろう。
と、その時、四本腕の機体が語り出した。
『ふん。邪魔をしないでもらおうか。第三騎士団』
「「「「―――ッ!」」」」
その声を聞き、生徒達は凍りついた。
この講堂にいるクラスの全員が知っている声だった。
生徒全員が言葉もなく異形の機体を見つめた。
「ま、まさか……」
そしてサーシャが、ごくりと喉を鳴らした時、
「ジラァ――――ルッ!!」
エドワードが窓を開け、絶叫する。
「てめえッ! そこで待ってろッ! 俺と戦えッ!」
「ま、待て! エドッ! エーデルが捕まっているんだぞ!」
慌ててロックが止めに入る。
しかし、エドワードは完全に頭に血が上っており、体格で勝るロックを振り払いかねない勢いだった。周囲の男子生徒も慌ててエドワードを抑えにかかった。
「おい、エドワード! 落ち着けよ!」
「うっせえ! 離せよグレイ! ロック! お前らも離しやがれ!」
男子生徒数人がかりで床に抑えつけられ、呻くエドワード。
すると、その様子に気付いたジラールが目を細めた。
『……何だ? 今の声はオニキスか。相変わらず威勢だけはいいな』
「うっせえェ! てめえは俺がぶちのめす!」
と、気炎を吐くエドワードを、ジラールは鼻で笑った。
『ふん。お前なんかにつきあうほど僕は暇じゃないんだ。それよりも』
そこでジラールは、かつて自分がいた一階の講堂を見やり、
『サーシャ。そこにいるんだろう。出てこい。さもなければ――』
ジラールの声に合わせ四本腕の鎧機兵が見せつけるようにリアナを前に出した。
わずかに力を込めたのか、少女は「うう」と呻いた。
『殺さない程度にこの女の骨を折る。十分以内にここに来い』
「――くッ! リアナ!」
反射的にサーシャは窓から飛び出そうとした。
が、それを隣にいた女生徒が、サーシャの腕を掴んで止める。
サーシャと仲の良いアザリン=ワイラーという名の少女だ。
「ダ、ダメだよ!? サーシャ! 挑発に乗っちゃダメ!」
「だ、だけど、リアナが!」
アザリンの制止に、サーシャは泣き出しそうな顔を見せた。
すると、そこにサーシャの幼馴染も止めに入った。
「アザリンの言う通りよ。冷静になってサーシャ」
と、アリシアが言う。しかし、冷静になれと口にしながらも彼女の表情はかつてないほど強張っている。無理やり激情を抑えつけている顔だ。
「迂闊に動いてはダメよ。一旦落ち着いて作戦を考えましょう」
自身の心も落ち着かせながら、アリシアはそう提案する。
そして具合的な相談をしようとした時だった。
『教官及び、騎士どもに告げる。僕の邪魔をするなよ』
ジラールが再び語り出した。
『いま僕の愛機、《四腕餓者》は《万天図》を起動させてある。新たに一機でも鎧機兵を召喚した場合、この女がただで済むと思うなよ』
「……が、あァ!?」
リアナが激しく呻く。骨を折る寸前まで力を込められたのだ。
『な、何しやがる! てめえッ!』
『待てッ! 動くなッ! あの子が殺される!』
激昂して跳びかかりかけた騎士の機体を、もう一機の騎士が止めた。
口調と声からして、そこそこ年配と若い騎士のコンビのようだ。
ジラールはその様子を一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。
それから再び一階の講堂の方へと目を向け、そこにいるはずの少女に告げる。
『サーシャよ』
赤毛の少年は、ニタリと笑みを深めた。
『十分以内にここに来なければ、この女の骨を折ると僕は言った。だがな……』
一拍置いて、《四腕餓者》は少女を高々と掲げた。
気絶しているのか、リアナはぐったりとしている。
そして、ジラールはおもちゃを自慢するように言い放つ。
『もし十五分経っても現れないようなら、この女を殺すからな』
唐突に現れた敵の非情な宣告。
アティス王国騎士学校は、静寂に包まれた――。
0
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スターゴースト異世界庁 〜異世界で半サイボーグのエージェントに転生した少女〜
スパークノークス
ファンタジー
『異世界で半サイボーグのエージェントに転生した少女!』
日本は密かに異世界を発見した。
それはフェニックス帝国と呼ばれる国と接触しました。
転生した英雄の指導のもと、両国は秘密の共同軍事同盟を結ぶことに合意した。
18歳ひかる・レイラニがハワイ旅行から東京に帰国。
彼女がその夜遅くに通りを横断するとき、トラックが彼女を襲い、彼女は死にます。
事故から目を覚ました後、彼女は自分がファンタジーの世界にいることに気づいた。
しかし、彼女はハーフサイボーグのエージェントに変身し、現在はスターゴーストという特殊なイセカイ機関で働いている。
新たなサイボーグ能力を得たレイラニは、二つの世界で次の転生したヒーローになれるのか?
*主に「カクヨム」で連載中
◆◆◆◆
【スターゴースト異世界庁PV】: https://youtu.be/tatZzN6mqLg
【ひかる・レイラニ CV】: 橘田 いずみ (https://hibiki-cast.jp/hibiki_f/kitta_izumi/)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる