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第6部

第一章 アティス王国の建国祭②

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 アティス王国の王都ラズン。
 グラム島の北西の海岸沿いに位置するその城砦都市から真直ぐ街道を進み、少し離れた場所にある大森林。それが『ラフィルの森』だ。
 主に広葉樹で覆われたその森は、王都にも匹敵するほど広大で、狩り場や資源調達に重宝されているが、やはり森であることに変わりなく、その奥地には魔獣が潜んでいる危険な場所でもあった。

 そして、そんな危険な奥地にて――。
 現在、鎧を纏う二体の巨人が対峙していた。

 ズシン……と。
 重低音の足音を立て、間合いを測るのは無手の巨人。
 獅子のような白い鋼髪と、紅水晶のような四本角が特徴的な黒い巨人だ。
 全高は成人男性の約二倍。四本角を合わせるともう少し上で三セージル半ほど。前屈みの頭部と巨大な胸部、そして太い四肢と、背中からは竜のような尾が伸び、まるで鎧を纏った鬼のような姿をしている。
 これは『鎧機兵』と呼ばれる人間が搭乗して操る兵器だった。万物の素である星霊を吸収し、恒力に変換して動力にする機械仕掛けの巨人だ。

 この黒い機体の名は《朱天》と言った。
 そして、対峙するもう一体の巨人もまた鎧機兵だ。
 右手に刀と呼ばれる長剣を握りしめた紫紺色の機体である。
 その全身に纏う鎧は独特で、まるで四角い盾のような肩当てに、大きな円輪の飾りを額につけた兜。腰回りを覆う鎧装はスカートのように見える。
 胸部装甲には炎の紋章が描かれていた。

 この機体の名は《鬼刃》。
 深い森の中の広場にて、その二機が対峙していたのだ。
 じりじりと円を描いて間合いを測る二機。
 そして――先に仕掛けたのは《鬼刃》の方だった。
 全く音もなく、姿勢さえ変えずに紫紺の機体は間合いを詰めた。

 《黄道法》の構築系闘技――《天架》。

 宙空や地面に恒力のレールを構築し、その上を滑走する高速移動の闘技だ。《鬼刃》に搭乗する操手の得意技である。


『――ふっ!』


 《鬼刃》が女性の声で気迫を吐く。
 右手に握る刀が妖しい輝きを放ち、振り下ろされる――が、《朱天》は左腕の手甲を刀身の軌跡に沿うように動かして斬撃を凌いだ。
 火花が微かに散る中、今度は《朱天》が右の拳を繰り出した!
 大岩をも砕く鋼の正拳。
 しかし、その拳は《鬼刃》には触れることもなかった。
 紫紺の鎧機兵は、斬撃を凌がれた直後にはすでに後方へ回避していたからだ。
 《天架》には地を蹴るような予備動作はいらない。危険を察した刹那に間合いを外すことなど造作もなかった。
 ――が、《朱天》もその様子を黙って見ていた訳ではない。
 力強く大地を踏みしめたその直後、雷音が轟いた。
 同時に漆黒の巨体が霞むほどの速度で《朱天》が跳躍する。

 《黄道法》の放出系闘技――《雷歩》。

 足裏から噴出した恒力で一気に加速する闘技。これも高速移動の技だった。
 その技を以て《朱天》は瞬時に《鬼刃》に追いついた。
 そして再び拳を撃ち出す――が、それも空を切る。
 半円を描くように《鬼刃》が《天架》で移動したからだ。直線状にしか動けない《雷歩》とは違い、《天架》は円の動きも可能だった。
 そうして《朱天》の背後を取った《鬼刃》は刀――銘を「屠竜」と言う――をすっと脇に構え、強く踏み込み、横薙ぎに振るう!
 対する《朱天》は両手を地面につき、四足獣のような姿勢で斬撃を回避する――が、「屠竜」による斬撃は回避こそされたが、触れてもいないのに後方にある木々を横一文字に両断した。技ではない。ただの剣圧による結果だ。


『……相変わらずとんでもねえ刀だな』


 と、呟く《朱天》の操手。
 同時に漆黒の鎧機兵は四肢を使って後方に跳んだ。
 間合いを取り直した二機は、再び対峙する。
 そうして数秒間睨み合い――。
 二機の鎧機兵は、さらに激闘を繰り広げた。



        ◆



「わりいな、オト。今日は折角の有休だったのに」


 栗毛の馬に乗って王都へと続く街道を進む青年は、ふとそう告げた。
 年齢は二十二歳。鍛え上げたその体に着るのは白いつなぎ。
 セラ大陸では珍しい黒い瞳と、わずかに毛先だけが黒い白髪が特徴的な青年だ。
 アッシュ=クライン。
 彼こそが、サーシャとアリシアの二人が想いを寄せる青年であり、街外れに構える鎧機兵の工房――クライン工房の主人でもあった。


「本当はもっとのんびりしたかったんじゃねえのか?」

「いや、構わない。模擬戦は私にとっても有意義だからな」


 と、アッシュの問いに答えるのは、黒毛の馬に乗る美しい女性。
 紫紺色の短い髪と瞳と持ち、抜群のスタイルを誇る肢体には黒いレザースーツを纏っている。それに加え、凛とした顔にはスカーフのような白い眼帯が付けられていた。一応年齢はアッシュの一つ下になるのだが、やや低い身長も合わさり、十代後半にも見える女性だ。

 オトハ=タチバナ。
 アッシュの友人であり、本業は傭兵なのだが、現在はクライン工房に居候しつつ、騎士学校の臨時講師を務めている人物である。
 彼らは『ラフィルの森』の奥地で鎧機兵の模擬戦を行った、その帰りだった。


「しかし、お前と模擬戦をしたのは何年ぶりだ?」


 と、オトハが首を傾げて言う。


「そうだなあ……」


 アッシュも首を傾げて記憶を探った。


「こないだ実戦もどきをしたが、あれを別にすれば五年ぶりじゃねえか?」


 アッシュとオトハの付き合いはかなり長い。
 まだ十代だった頃を思い出しながら、アッシュは呟いた。
 それに対し、オトハもしみじみと頷く。


「そうだな。確かにそれぐらいか」

「ははっ、あの頃は俺の《朱天》にはまだ《朱焔つの》もなかったし、お前も『屠竜』を継承してなかったけどな。しかしまあ……」


 一拍置いて、アッシュは視線をオトハに向ける。


「相変わらず『屠竜』はおっかねえよな。何なんだよ、あのえげつない斬れ味は。ちょっとデタラメすぎんぞ」

「ふん。それは当然だ」


 言って、たゆんと大きな胸を反らすオトハ。


「我がタチバナ家に伝わる御神刀だぞ。かの《悪竜》の尾の骨を削り、造りだされたという最強の大太刀だ。斬れない物などないのさ」


 そこまで言い切るオトハに、アッシュは苦笑を浮かべた。
 が、不意に昔から抱いていた疑問が脳裏をよぎった。


「……なあ、オト」


 アッシュはついでに聞いてみることにした。


「ん? 何だクライン」

「実はそれ、ちょっと疑問があんだよ」


 そう前置きして、アッシュは言葉を続けた。


「《悪竜》の尾の骨を削ったっていう逸話。どうも胡散臭くねえか?」

「な、なんだと!」


 オトハは顔つきを険しくした。いかに友人――いや、密かにそれ以上の親愛を寄せる相手といえど聞き捨てならないことがある。


「クライン。それはどういう意味だ」


 少し険悪な声になったオトハに、アッシュは気まずげな表情を見せて、


「いや、だってさ。『屠竜』の刀身って、どう見てもだし」

「……えっ?」


 オトハは唖然とした。
 アッシュはポリポリと頬をかいて話を続ける。


「色も銀色だし、叩けば金属音もするし、あれは骨じゃねえだろ」

「…………」


 オトハは絶句していた。
 言われてみれば確かにそうだ。


「……えっ、だったら『屠竜』は何なのだ?」

「いや、俺に訊かれても。まあ、すっげえよく斬れる刀には違いないんだが」


 と、手綱を握り直しつつ、アッシュは言う。
 オトハはただ、ポカンと口を開けて唖然としていた。本物と信じていた家宝が、実は偽物かもしれないと告げられては、この顔も仕方がないかもしれない。
 アッシュは苦笑を浮かべながら、


「そんなに気にすんなよオト。もしかしたら伝説にある《悪竜》ってのは鋼鉄製だったのかもしんねえし」

「……それはもう生き物じゃないだろう」


 と、力なくツッコむオトハ。
 アッシュは少し困った顔をした。
 彼女が落胆しているのは明らかだった。言うべきことではなかったか。


(……仕方がねえな)


 アッシュは内心で違う話題を探し、


「なあ、オト」

「……何だ、クライン」


 心なしか肩を落としているオトハに、アッシュは告げる。


「ところでお前、建国祭って知ってっか?」

「……建国祭?」


 オトハは「今月の下旬辺りにある祭典だな」と、あごに手を当てながら呟く。
 彼女がその話を聞いたのは学校内であった。どうしてかオトハの教官室に男子生徒や同僚の男性教官。たまに数人の女生徒が訪れ、親切に教えてくれのだ。
 その時、一緒に回らないかと誘われたのだが、あまり人混みが好きではないオトハは彼らの誘いを丁重に断っていた。


「何やら騒がしいことになりそうだな。で、それがどうかしたのか?」


 と、オトハがアッシュに尋ね返すと、青年はあっけらかんとした表情で、


「いやなに。建国祭は結構珍しい露店も出るらしくてな。ユーリィと一緒に回る約束をしてんだが、三日もあるし、どっかで、二人で回らねえか?」

「…………えっ」


 キョトンと目を丸くし、小さな声をもらすオトハ。
 しばし彼女は沈黙した。パカパカと馬の蹄の音だけが街道に響く。
 そして――。


「ッ!? ッッ!?」


 オトハは弾かれるようにアッシュとは反対方向に顔を向けた。
 胸元に手を当てると、心臓がバクバクと鳴っていた。


(なっ? なななっ!? ど、どういうことだ!? い、いま私は、ク、クラインに誘われたのか!? ふ、二人で? そ、それって完全にデートでは……)


 カアアァ、と耳まで赤くなるオトハ。
 するとアッシュは首を傾げ、


「ん? 何だ? もう誰かと回る予定なのか?」


 と、尋ねてくる。
 オトハは再びアッシュの方へ振り向くとぶんぶんと首を振り、


「い、いや、そんな予定はないぞ! し、しかし、どうしたのだクライン? いきなり私を誘うなど……」


 流石に動揺を隠せずそう尋ねるオトハに、アッシュは苦笑した。


「う~ん。オトには普段からユーリィのことや今回の模擬戦とかで色々と世話になってるからな。いつかお礼をしようと思っていたんだ。折角の祭りだし、付き合ってくれんのなら何か珍しいもんでも贈ろうかなって思ってな」


 と、告げてくるアッシュ。
 どうも期待していた内容と違い、オトハは少しがっかりする。が、何にせよアッシュからの事実上のデートのお誘いだ。しかもプレゼントまでくれるらしい。
 オトハには断る理由などなかった。


「そ、そうか。中々殊勝な心がけじゃないか。なら私も付き合ってやろう」


 表面上はつっけんどんな様子でオトハは答える。
 そしてアッシュには見えない角度で、グッと拳を握りしめた。
 なんという幸運か。オトハは踊り出したい気分だった。


「ははっ、あんま高いもんは勘弁してくれよな」


 と、苦笑混じりに告げるアッシュに、


「ふふっ、それはお前のエスコート次第だな。クライン」


 高鳴る胸の内は隠しつつ、オトハは少女のように笑った。
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