上 下
421 / 499
第14部

第一章 想いは変わらず④

しおりを挟む
「さて。まずは鎧機兵のメンテナンスを依頼しにいこうか」

 宿屋の一階。
 酒場を兼ねた食堂で、キャスリンが言った。
 丸テーブルの上では、少し遅めの朝食が空になっていた。

「……メンテンスか」

 ホークスが、コーヒーを片手に反芻する。

「確かに、連戦が続いている。反対では、ないが……」

 双眸を細めた。

「この国の……技術力は、どのぐらい……なのだ?」

 この国――名前はアティス王国というらしい――は平和の国ということで有名らしい。
 セラ大陸は鎧機兵発祥の地だが、ここは大陸とは違う離島。その上、平和を謳うような牧歌的なこの国で、戦闘用の鎧機兵のメンテナンスなど可能なのだろうか。
 寡黙な彼は、言外でそう語っていた。
 すると、キャスリンが、

「う~ん、そうだね。お~い!」

 カウンターの方に向かって声を掛けた。
 店主がグラスを磨きつつ、視線をキャスリンに向けた。

「何か御用で? お客さん」

「この辺で腕のいい鎧機兵の職人って知らないかい? 戦闘用も扱えるって人」

 キャスリンがそう尋ねると、

「戦闘用ですか? それならどこの店でも扱っていますが……そうですね」

 店主はグラスを、コツンと置いた。

「実戦的なものなら……師匠のところがいいですかね」

「「「……師匠?」」」

 黙り込んでいたレナも含めて、全員が反芻する。
 店主は苦笑を浮かべた。

「この国の有名人ですよ。とんでもなく強い職人です」

「へえ。そんな凄い職人なんすか」

 と、ダインが感心した声を上げる。

「いえ。『凄い』んじゃなくて、『強い』んですが……」

 店主は、ポリポリと頬をかいた。

「腕も悪くはないという話ですね。師匠は何でも元騎士だったとか」

「へえ~」キャスリンが興味深そうに目を細める。「どんな人なんだい?」

「そうですねえ……」

 店主は、視線を遠くした。

「一言で言うと、とにかくモテる人ですね」

「……モテるんすか?」

 ダインが眉をひそめる。店主は頷いた。

「ええ。それも美女や美少女ばかり。私が知るだけでも五人、いや六人かな? 付き合っていると噂されている女性がいますね。王女さまとの噂が事実なら七人ですかね」

「うわっ、何だい、それ……」

 キャスリンが、不快そうに顔をしかめた。
 ダインとハークスも不愉快そうだ。レナは興味もなくコーヒーを呑んでいたが。

「もしかしてあれかい? 都落ちした元騎士が田舎で好き放題にしているって奴かい?」

 キャスリンが、そう尋ねる。
 それは、辺境ではよくある話だった。
 都会ではレベルが低い扱いでも、場所が変われば高いと評価されることもある。
 あえて、自分よりもレベルが低い場所に下りて悦に入るという訳だ。
 その職人も、その類の輩かと思ったが……。

「いやいや。そうじゃないですよ」

 店主が、パタパタと手を振った。

「師匠は、結構生真面目な性格をしていますから。好き放題ってこともないですね。意外と気遣いの人ですよ。気さくで友人も多いですし。ですがまあ、仮に、あの師匠が思うがままに好き放題にしたら……」

 店主は、ブルっと体を震わせた。

「多分、国さえも落とせるんじゃないでしょうか……」

「いや、国落としって……」

 ダインは呆れた。

「それは言いすぎっすよ。どこの化け物っすか」

「はは、師匠なら、それぐらいやってのけるんじゃないかって思わせる人なんですよ。依頼とか関係なく一度会ってみるもいいですよ。彼自身が、すでにアティス王国の名物みたいになっていますから」

「ふ~ん……」

 キャスリンは、あごに指先を置いた。

「面白そうだね。その人。一度会いに行ってみようか。団長」

 と、レナに尋ねるが、

「好きにしろよ。キャスに任せるよ」

 レナは素っ気ない態度で丸投げするだけだった。落ち込んでいることもあるが、無理やりバカンスに連れてきたことで少し拗ねているようだ。
 キャスリンは苦笑した。

「分かったよ。その人もメンテナンスの候補に入れておこう。もう少し情報を集めてから決めてもいいしね」


 そうして、三十分後。
 四人は、街外れの停留所にいた。
 あの後、市街区で情報収集した結果、誰もが『師匠』の名を出したため、依頼してみようということに決めたのだ。
 四人は、田畑が広がる牧歌的な光景の中を歩いていた。

「ふむ」

 キャスリンが、皮肉気に口角を崩した。

「噂に聞くハーレム君は、こんな田舎に住んでいるんだね」

「田舎だからじゃないっすか? むしろ好き勝手できるでしょうし」

 ダインも、皮肉気に笑った。
 街で聞いた『師匠』の噂は凄いものだった。
 なにせ、その情報のほとんどが『強い』『モテる』の二つなのだから。
 ちなみに、肝心の職人としての腕に関しては、「ん? 別に悪くはねえんじゃねえ?」といった意見が多かった。

「まあ……一度、会って判断すれば、いいだろう。ここまで、名が……出ると、俺も、流石に、気になる……」

 と、ホークスが告げる。
 三人は『師匠』の店に行くことにした。レナは「好きにしろ」の一言だ。
 そうして四人は乗合馬車に乗って、街外れにまでやって来たのである。

「しっかし、本当に田舎だね。ここら辺は」

 額に手を当てて、周囲を見渡すキャスリン。
 周囲には田畑があり、家屋はまばら。遠くには街を囲む大きな壁が見える。
 まさに、絵にかいたような田舎だ。
 整地された市街区とは、全く別の街のように見える。
「こんな場所で儲かるのかね」と、キャスリンが呟いた時だった。

「――おっ! あそこみたいっすよ!」

 少し先行していたダインが叫ぶ。
 彼が指差す方向には、二階建ての店舗があった。
 周辺の他の家屋とは違う。一階が作業場ガレージになっているようだ。
 鎧機兵の店舗であることに間違いはないだろう。
 四人は、店の前にまで足を進めた。

「きっと、ここっすよ、ここ。街で言ってた元騎士がやってる店って」

 そう告げるダインに、キャスリンは皮肉気に返した。

「……はてさて。大丈夫かねえ、そんな落伍者みたいな職人で」

「まあ、こんなド田舎の国なら、どこの店だって似たようなもんっすよ。別に改造まで頼むって訳でもないっすから。きっと大丈夫っすよ」

 そう告げるダインも、少し苦笑していた。
 彼も内心では、あまり期待していないのだ。

「とりあえず、入るぞ……」

 ホークスが言う。三人は開かれた作業場ガレージ内へと歩を進めた。
 そんな中、レナだけは、何となく顔を上げた。
 そこには、この店の看板があった。
 そして――。

(……え)

 トクン、と。
 心が、震えた。
 何故なら、その看板には思いがけない名前が記載されていたからだ。

『クライン工房』

 レナが大きく目を見開く。と、

「いらっしゃい。クライン工房へようこそ」

 ドクン、と。
 今度は、激しく鼓動が高鳴った。
 あまりにも。
 それは、あまりにも懐かしい声だった。

「あ、店員さんっすか。いいっすか。鎧機兵のメンテナンスを頼みたいんすけど」

 と、ダインが応対している。
 店員であろうその青年は、にこやかな笑みを見せていた。

「ああ、任せてくれ。こう見えても鎧機兵のメンテナンスは――」

 と、そこで。
 その青年と、レナの視線は重なった。
 年齢は二十代前半か。
 黒い双眸と、毛先だけがわずかに黒い白髪が印象的な青年だ。
 身に纏っているのは白いつなぎ。やや痩身ではあるが、その肉体が恐ろしく鍛え上げられていることは、傭兵であるレナにはすぐに分かった。

(あ、ああ……)

 レナは、唖然として立ち尽くしていた。
 心臓の鼓動だけが、どんどん早くなっていく。
 髪の色が違う。身長や体格、顔立ちもあの頃とは少し違っていた。
 だけど分かる。自分には分かる。

 ――彼は、間違いなく……。

 すると、白髪の青年は少しだけ眉根を寄せた。
 彼を凝視するレナを、不思議に思ったのだろう。

「……団長?」

 その時、キャスリンが、レナに声を掛けてきた。
 けれど、レナには何も答えられない。

「ん? どうかしたんすか? 団長?」

 と、ダインも声を掛けてきた。
 ホークスも言葉にはしないが、疑問に思っているようだ。
 レナの鼓動は、もう限界まで跳ね上がっていた。
 そして――。

トウ・・……?」

 ポツリ、と彼の名を呟く。
 青年は「え……」と呟き、大きく目を瞠った。
 それは、いきなり名前を呼ばれて驚いた顔だった。
 彼の表情を見た途端、レナの瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちてきた。

「ふえええ……」

 次いで、声まで溢れ始める。
 もう、感情を抑えることが出来なかった。

「ふええええええええええええええええええええええええェェェん!」

「え?」「だ、団長?」「どうした……?」

 仲間たちがギョッとする。

「お、お客さん……?」

 青年もまた困惑していた。
 昔、あの村で過ごした時に、彼が何度も見せていた表情だ。
 レナは、もう我慢できなかった。

「トウヤああ! トウヤあああぁあ!」

 彼の名を叫んで、青年の首に飛びついた。
 青年はかなり驚いていたようだが、身長差から足が浮いてしまうレナを気遣い、腰を支えてくれた。あの日と同じように。

「うあああああ……」

 レナの瞳から、涙が溢れ出てくる。

「よかったああ! やっぱり! やっぱり生きてたんだあああ!」

 青年はまだ困惑しつつも、彼女が落ちないように抱きしめた。
 こうして。
 彼ら二人は、ようやく再会を果たしたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...