上 下
378 / 499
第12部

第八章 小鳥は羽ばたく①

しおりを挟む
(静かな森ですね)


 愛機の中で、ボルドは瞑想していた。
 そこは、『ラフィルの森』の深奥。
 大きな木々と、繁みに覆われた場所だった。
 そして、その森で佇むのは、異形の鎧機兵だ。
 全長はおよそ四セージル。全身を覆うのは藍色の鎧。胸部装甲には黒い太陽と逆十字の紋章が刻まれている。右手に柄の長い銀色の戦鎚を持ち、下半身は虎を彷彿させる四足獣という半人半獣の姿である。
 恒力値・三万七千五百ジンを誇る《九妖星》の一角。《地妖星》だ。


(さて)


 ボルドは瞑想を止めて、口角を緩めた。


(クラインさんと死合うのも、これで何度目でしょうか?)


 ボルドは、《九妖星》の中でも最も多く、アッシュ=クラインと対峙してきた。
 ある時は、《商品》確保の任務中。
 ある時は、騎士団との遭遇戦で。
 ある時は、お得意さまと商談中にも。


(ああ、そういえば)


 ボルドは、周辺の景色に目をやった。
 胸部装甲の画面モニターに映るのは、静かな森の景観。


(森の中での撤退戦というものありましたね)


 確か、カテリーナが配属される一か月前のことだ。
 思えば、彼女は配属された時から言葉が辛辣だった気がする。


「だからこそ」


 ボルドは呟く。


「私は彼女が気に入っていたのでしょうね」


 彼女が、赤い眼鏡を上げる仕草を思い浮かべる。
 実に知性に溢れた部下だった。
 そんな部下から、知性と貞操を奪ったのは自分だった。


「……やれやれ」


 ボルドは、指を組んで深々と嘆息した。


「私もヤキが回りましたかね」


 戦闘の前に、女のことばかり考えるとは。
 それだけ彼女を気に入っていたということか。


【――グフフ。そんなにお気に入りなら、もっぺん抱いとくか?】


 若き日の声が聞こえる。


【――あれを一晩で捨てんのは勿体ねえだろ。いっそ調教でもするか?】 


 まるで、悪魔のように。
 若き日のボルド。《外道狸》が囁きかけてくる。
 ――が、


「お黙りなさい」


 今のボルドは、揺らがない。


「確かに私は彼女を自分の都合だけで抱きました。まさに犯罪者です。ですが、彼女を犠牲にしたのは、すべて今日の日のためなのです」


 ボルドは、自分の裡に語りかける。


「そして今日を万全の体調で迎えた今、二度と彼女に負担をかけるつもりはありません。あなたの出番はもう終わりだ」


 そして、一拍おいてボルドは宣告する。


「失せなさい」


 意志が込められた言葉。
 沈黙が、訪れる。
 そして、


【――グフフ。そうかよ】


《外道狸》が、そう呟いた。


【――まあ、いいさ。じゃあまたな】


 続けて、そう告げてくると、それ以降、声は聞こえなくなった。
 ボルドは嘆息した。


「二度と出てこないで下さないね」


 まあ、仮に出てきても、その時はすでに自分の傍にカテリーナの姿はないだろうが。


「彼女を失ったのは痛恨です。なればこそ」


 ボルドは、細い目をわずかに開いた。


「この戦いは、彼女に恥じぬものにしなければなりませんね」


 言って、操縦棍を握りしめる。
 ザワザワ、と。
 森が、ざわつき始める。近くの獣も、魔獣も逃げ出し、鳥たちは一斉に羽ばたいて空へと退避していく。
 ボルドは《万天図》に目をやった。
 ただ一つ、輝く光点。
 ――恒力値・三万八千ジン。
 強大な力が、凄まじい速度で接近してきていた。


「ふふ、クラインさん」


 ボルドは、楽しそうに嗤った。


「小細工はなしですか。一気に押し潰すつもりですね」


 ――それでこそ最強。
 自分の宿敵に、相応しい相手である。
 すでに光点は、百セージルにも迫ってきている。
 接敵もすぐにだろう。
 戦闘に備えて《地妖星》が戦鎚を身構えた――その瞬間だった。


(――ッ!)


 ボルドが、目を見開く。
 突如、前方の木々が大きく歪み、根っこごと浮き上がったのだ。
 さらには突風が吹き、大地まで震動し始める。


(これはッ!)


《地妖星》が戦鎚を自分に突き立て、防御の姿勢を取った。
 突風は、再び吹き荒れた。
 何度も、何度も。
 そうして、遂には――。
 ――バキバキバキッ!
 周囲の木々は吹き飛ばされ、大地には亀裂が奔る。
 唯一、《地妖星》のみ残した状態で、世界は一変した。
 深い森の風景は、いつしか荒地に変わった。
 ぽっかり、と。
 空からみて、そこだけ空点のように、森が平地にされてしまった。
 そして、ズシン、ズシンと近づいてくるのは《朱天》だ。


『これはまた……』


 ボルドは、思わず苦笑を浮かべてしまった。


『無茶苦茶しますね。クラインさん』

『しゃあねえだろ』


 その感想に対し、《朱天》は肩を竦めた。


『どうも俺は狭苦しいところでの戦闘は苦手でな。広いところが好きなのさ』


 そう告げて――。
《朱天》と《地妖星》。
 無理やり生み出された荒地にて、異形の二機は対峙するのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

一振りの刃となって

なんてこった
ファンタジー
拙いですが概要は、人生に疲れちゃったおじさんが異世界でひどい目にあい人を辞めちゃった(他者から強制的に)お話しです。 人外物を書きたいなーと思って書きました。 物語とか書くのは初めてなので暖かい目で見てくれるとうれしいです。 更新は22:00を目安にしております。 一話一話短いですが楽しんでいただけたら幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

処理中です...