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10.康平の失恋
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右手と右足が同時に出る。ぎこちない動きのまま改札を抜けて、康平はちらりと背後を見た。
「……なに?」
「い、いや別に。えっとぉ、こっからちょっと歩くんだけど」
「そう」
康平に続いて改札を出た巫は、凛とした瞳を康平へ向けてからきょろきょろと周囲を見回しさっと髪を耳へ掛けた。銀色の小さなピアスが見えて、これから先の期待を高めた康平の鼻が少し膨らむ。緊張で手汗が滲んでいる手をズボンで拭い、康平は片手をポケットに入れると親指で進行方向を示した。
「あ、あっち。オレんち」
「ここ最寄りなんだ。ふうん……」
「まあ進学してからずっと住んでっけど」
一瞬だけ康平を見た巫が、もう一度周囲を見回してから、改札を通るのに使っていたスマホへ視線を落とす。
四ツ河駅は特にこれといってデートスポットだとかメジャーな施設があるわけではない。あるのは普通のチェーン店と、スーパーが何件かあるだけの住宅寄りの駅だ。暮らすのに不自由がない。
「住むにはいいトコだぜ」
同棲とか、お泊りとか。
頭を過ぎった想像は流石に口に出さずに康平が言えば、巫は冷ややかな目を向けて、手にしたスマホを少し触ってカバンの中へ仕舞った。
「そういうのは良いから」
「お、おん……っと」
康平が前を向こうとすると、丁度駅の柱で立っていたポロシャツの男が歩き出したようで、ぶつかりそうになる。
「すんません」
ちらりと一度康平と巫を見た男は、そのまま軽く頭を下げてまた別の柱の方へ行き、腕を組んでスマホを開き出した。よく見れば、待ち合わせなのかずっと立っている人もまばらに居るし、制服のままやってきたような若い子もちらほらと駅の周囲にたむろっている。
通勤通学の時間帯は元々混むのだが、今日は待ち合わせらしき姿がいやに多い。
少しだけ珍しいと思いながらも、康平はまだこれからが混む時間帯であることを思い出し、巫と共に駅を離れた。
通りすがりに見た高級スーパーに、見慣れた美しい姿勢の後ろ姿は見えない。
それに、康平は少しだけ安堵した。
なにか話をしなくちゃ。本日はお日柄もよくなどというにはもう遅い時間だし、じゃあ講義の話を振るというのも告白前には相応しくない。ファッションの話題か、教授の愚痴か。
頭の中でそればかりを考えてるわりに、一つも口が開くことなく、気が付けばコンビニの前にいた。後はもう、角を曲がって真っ直ぐ言って左に行って交差点を進めばマンションだ。
ちらりと康平が横を見れば、スタスタと後ろを歩いていた巫が顔を上げてきゅっと上がった眉を片方持ち上げる。最低限の大学の荷物が入りそうなカバンと、タイトで短いスカートから伸びる脚を見て、康平はハッとした。
家に、巫を持て成す準備がまだなにもない。
アルコールだけはあるが、女子向けのものではないシンプルな焼酎と炭酸があるだけだし、いきなり酒を進めるのはいかにも下心丸出しすぎる。まあ実際、下心たっぷりだが。見せるのはカッコ良くない。この際生活感のある部屋なのは良い。しかし、お茶もおやつも何もないというのは、誘ったにしては情けない。当たり前だが巫が泊まるための準備もない。でもゴムはある。
一足飛びにお泊りまでを想定した康平は、びたりと脚を止めて、油の切れたおもちゃのようにコンビニの方へ顔を向けた。駐車場の狭いコンビニは、珍しく満車だ。
「の、飲み物とかぁ、あー、えっと、なんか、スイーツとか……そゆやつ買っとく?」
カッコつける余裕もなく、ひくひくとにやつきそうな顔を抑えて言えば、巫はちらりとコンビニを見てから不思議そうに首を傾げた。
「いや、別にいらないわよ。ちょっと……話がしたいだけだし」
「え、そう? あ、ああーまあな、なに、事が終わっいや話が終わった後で! 買いに行っても良いし?」
なはは、と誤魔化すように笑って康平が髪をかき上げる。そのまま落ち着きなく周囲へ視線をさ迷わせた康平は、深く息を吸ってからちらりと巫の方を窺った。
今日は告白だけとか、そういう可能性をすっかり失念していた。てっきり巫はその辺り前向きというか、積極的だとばかり想定していたが、見掛けに寄らず奥手だったらどうしよう。
失礼な考えを見透かすように、巫が凛とした目をじっと康平へ向ける。
涼しい藍色の乗ったまぶたと、黒い睫毛。睫毛の長さは遊利の方が長いんだな、と一瞬考えて、康平はドキリとした。なんでか遊利に責められているような気分にすらなる。
「えー……っと」
「はぁ……勘違いさせてる気はしてたんだけど、そこまで思い込んでるっていうか、先走ってると思わなかったわ。ごめんね」
深く溜息を吐いた巫が、腕を組んで少しポーズを取る。すらりとした脚で仁王立ちされると、威圧感があった。
「ご、ごめんっていうと……」
現実逃避するように、スタイル良い子はやっぱ憧れるなあとぼんやりしている康平に、巫は溜息を吐いて頭を下げた。
「あああ待って聞きたくねえ! やだ!」
「アンタの告白を受けるとか、今はホント、そういう気ないの。ただその……」
「ああああ……」
舞い上がっていた気持ちも緊張も全てが吹き飛んで、康平の身体から力が抜けた。一気に目の前が暗くなる。魂が抜けたように崩れ落ちながら吠えると、コンビニでタバコを吸っていた男がぎょっとしたように二人の方へ顔を向けた。
「ちょっと、小山……! ごめんなさいったら。ね、とにかく立って……!」
「泣きそう、涙出てきた……」
慌てて康平へ近寄った巫に手を差し出され、康平はその手を断りよろよろと鞄を拾った。ずび、と鼻を啜ると、巫が静かに手を戻す。
「あの、アンタが内緒にって言うから、大学では話できなくて。いやこれじゃ言い訳だわ、ごめん。アンタと付き合う気はないの」
「ウッ」
立ち上がろうとしたところにトドメをさされて、康平が目元を覆う。バチン、と強い音が静かな夕方の道に響いた。
「オレ今、目から血が出てると思う」
「出ないわよ、普通」
一刀両断に言われれば、返す言葉もない。ゆっくりと手を退かすと、明かりの着いたコンビニの看板が酷く眩しく見えた。泣きそうなのか目が痛いのか、しぱしぱと目を動かしてから、康平はそっと頬を擦った。当然、頬は乾いている。
「……じゃあ……何のお話だったんでしょーか……」
か細い声で康平が尋ねると、巫はさっと周囲を確認してから、急にもじもじと指先を合わせて表情を硬くした。
「内緒にしろって言われた話よ」
「誰がぁ?!」
「アンタ! だから遊利様っ、……の、ことで」
思わず大きな声で言いかけた巫が、さっと口元を押さえて周囲をもう一度確認する。近くには人はいなく、コンビニにいた男も喧嘩か何かだと思ったのか、喫煙所に留まったままで、スマホで何か話をしていた。
ぎゅっと胸元を押さえた巫の目元が少し赤い。そのまま大事に持っているスマホへ柔らかな視線を向けた巫は、待ち受けを康平へ差し出した。
「……遊利様のこと、聞きたかったのよ。ホントに……ファンなの、アタシ」
待ち受けは、康平が知らない方の遊利の画像の切り抜きだった。
相変わらず、見下したような切れ長の瞳と、ツンとした生意気そうな表情。整った顔だということは認めても、どうしてこれが人気なのか康平にはどうしても分からなかった。
輝いているように見える黒くて大きな瞳は、ライトが反射しているだけ。薄い唇には力が入っていて、クールに見せようと必死に作っているのが分かる。セクシーに首筋を見せるようなポーズを取っているが、遊利に似合うポーズだったら他にもあるように思えて仕方ない。康平が知っている遊利の方が、ずっとモテるだろうに。
複雑な顔をしている康平をどう勘違いしたのか、さっとスマホを仕舞った巫が、あの、と躊躇いがちに康平へ声を掛けた。
「フっておいて勝手なんだけど……遊利様、ってホントに友達……?」
「まあ……そーだな」
「どっ……どうやって遊利様とお知り合いに……やだ、羨ましい」
いつも百点満点にクールな美女らしかった巫が、うっとりとした声を上げながら頬を抑える。
はぁ、と艶めかしい溜息を吐く巫に、康平は突然脈なしなのだということを実感した。今まで、避けられてもきつい言葉で言われても、受け入れ難かった言葉が何故か急に康平の中でストンと落ちる。
脈がない。これは無理だな。
康平を素通りしていく巫の言葉と視線を風のように感じて、康平は憑き物が落ちたように脱力した。
「羨ましいこたねーよ。別にオレの隣に住んでただけだし、偶然」
「ご実家の?」
「ちげーよ、今」
ざっくりとした言い方で、格好付ける気にもならずに康平が言うと、巫が少しだけ不思議そうな顔をしてからはっと目を見開いた。そこからワンテンポ遅れて、康平は自分の失言に気が付いてさっと顔を逸らした。
「ヤベ」
「待って今住んでるところの隣って言ったわね?!」
「お……ん」
「噂、ホントだったんだ……」
「へ?」
噂ってなに。そう聞こうとした康平の手を、巫が掴んだ。
今までだったらさぞ興奮したことだろう。一瞬動揺はしつつ、気まずさに目を逸らした康平へ、巫が沈痛な顔を見せた。
「お願いが、あるんだけど」
「ええ、なに?」
「さっきの今でこんなこと言うのは本当に図々しいんだけど」
「もーあんま気にしてないから、聞くだけ聞くけど……」
不貞腐れたような顔で康平がいくと、巫はもう一度康平を不思議そうに見上げる。今までの康平と、態度が随分と違うせいだが、康平は何も気づかずに巫の手からそっと自分の手を離した。
「そ、そう……? あの、会わせてとまでは言わないから……話とかできないかなって」
「えー……あー……いやぁアイツに聞かねえと分かんねぇわ」
「勿論。聞いておいてくれたらそれで十分なの。ありがとう!」
ホッとしたように頷いて、巫は両手を合わせて顔の上へ掲げた。
大学でいつも憧れていたあのクールビューティーはどこに行ったのか。オーバーアクションの巫に圧され、康平はごちゃごちゃになった感情で尖った口のまま顎を掻いた。少し伸びてきた髭が痛い。
「……あのさあ、悪ぃけど……あの、アイツの住んでるとこは内緒に」
「当たり前でしょ。アタシは弁えたファンよ。変なことはしない」
きっと睨むように顔を上げた巫に、康平は小さく頷いた。
康平が知っている限りでしかないが、巫は確かに正々堂々としている。その所為で公衆の面前で悲しいことになったのだが、今となっては笑い話にできそうな気がして、康平は小さく息を吐いた。丹辺と友人と共に、失恋パーティーを開くタイミングかもしれない。
「うぃす。……んじゃあ、まあ、一応聞いとくわ」
「うん。あ、小山って……連絡先知ってたっけ」
「知らねーよ! お前が教えてくんなかったじゃん! ずっと!」
「あはは、ごめん。交換するから、また連絡するわ」
念願の巫の連絡先が聞けた、という興奮は少しもないまま。連絡先を興奮して、康平はそのまま駅へと引き返す巫を見送った。
「あ、お帰り康平くん……」
「お……おう……」
珍しく、マンションの廊下から隠れるように外を見ていた遊利に出迎えられて。どうしてだか、康平は酷くドキリとした。
遊利が住んでいることを漏らした罪悪感だったのかもしれない。
「……なに?」
「い、いや別に。えっとぉ、こっからちょっと歩くんだけど」
「そう」
康平に続いて改札を出た巫は、凛とした瞳を康平へ向けてからきょろきょろと周囲を見回しさっと髪を耳へ掛けた。銀色の小さなピアスが見えて、これから先の期待を高めた康平の鼻が少し膨らむ。緊張で手汗が滲んでいる手をズボンで拭い、康平は片手をポケットに入れると親指で進行方向を示した。
「あ、あっち。オレんち」
「ここ最寄りなんだ。ふうん……」
「まあ進学してからずっと住んでっけど」
一瞬だけ康平を見た巫が、もう一度周囲を見回してから、改札を通るのに使っていたスマホへ視線を落とす。
四ツ河駅は特にこれといってデートスポットだとかメジャーな施設があるわけではない。あるのは普通のチェーン店と、スーパーが何件かあるだけの住宅寄りの駅だ。暮らすのに不自由がない。
「住むにはいいトコだぜ」
同棲とか、お泊りとか。
頭を過ぎった想像は流石に口に出さずに康平が言えば、巫は冷ややかな目を向けて、手にしたスマホを少し触ってカバンの中へ仕舞った。
「そういうのは良いから」
「お、おん……っと」
康平が前を向こうとすると、丁度駅の柱で立っていたポロシャツの男が歩き出したようで、ぶつかりそうになる。
「すんません」
ちらりと一度康平と巫を見た男は、そのまま軽く頭を下げてまた別の柱の方へ行き、腕を組んでスマホを開き出した。よく見れば、待ち合わせなのかずっと立っている人もまばらに居るし、制服のままやってきたような若い子もちらほらと駅の周囲にたむろっている。
通勤通学の時間帯は元々混むのだが、今日は待ち合わせらしき姿がいやに多い。
少しだけ珍しいと思いながらも、康平はまだこれからが混む時間帯であることを思い出し、巫と共に駅を離れた。
通りすがりに見た高級スーパーに、見慣れた美しい姿勢の後ろ姿は見えない。
それに、康平は少しだけ安堵した。
なにか話をしなくちゃ。本日はお日柄もよくなどというにはもう遅い時間だし、じゃあ講義の話を振るというのも告白前には相応しくない。ファッションの話題か、教授の愚痴か。
頭の中でそればかりを考えてるわりに、一つも口が開くことなく、気が付けばコンビニの前にいた。後はもう、角を曲がって真っ直ぐ言って左に行って交差点を進めばマンションだ。
ちらりと康平が横を見れば、スタスタと後ろを歩いていた巫が顔を上げてきゅっと上がった眉を片方持ち上げる。最低限の大学の荷物が入りそうなカバンと、タイトで短いスカートから伸びる脚を見て、康平はハッとした。
家に、巫を持て成す準備がまだなにもない。
アルコールだけはあるが、女子向けのものではないシンプルな焼酎と炭酸があるだけだし、いきなり酒を進めるのはいかにも下心丸出しすぎる。まあ実際、下心たっぷりだが。見せるのはカッコ良くない。この際生活感のある部屋なのは良い。しかし、お茶もおやつも何もないというのは、誘ったにしては情けない。当たり前だが巫が泊まるための準備もない。でもゴムはある。
一足飛びにお泊りまでを想定した康平は、びたりと脚を止めて、油の切れたおもちゃのようにコンビニの方へ顔を向けた。駐車場の狭いコンビニは、珍しく満車だ。
「の、飲み物とかぁ、あー、えっと、なんか、スイーツとか……そゆやつ買っとく?」
カッコつける余裕もなく、ひくひくとにやつきそうな顔を抑えて言えば、巫はちらりとコンビニを見てから不思議そうに首を傾げた。
「いや、別にいらないわよ。ちょっと……話がしたいだけだし」
「え、そう? あ、ああーまあな、なに、事が終わっいや話が終わった後で! 買いに行っても良いし?」
なはは、と誤魔化すように笑って康平が髪をかき上げる。そのまま落ち着きなく周囲へ視線をさ迷わせた康平は、深く息を吸ってからちらりと巫の方を窺った。
今日は告白だけとか、そういう可能性をすっかり失念していた。てっきり巫はその辺り前向きというか、積極的だとばかり想定していたが、見掛けに寄らず奥手だったらどうしよう。
失礼な考えを見透かすように、巫が凛とした目をじっと康平へ向ける。
涼しい藍色の乗ったまぶたと、黒い睫毛。睫毛の長さは遊利の方が長いんだな、と一瞬考えて、康平はドキリとした。なんでか遊利に責められているような気分にすらなる。
「えー……っと」
「はぁ……勘違いさせてる気はしてたんだけど、そこまで思い込んでるっていうか、先走ってると思わなかったわ。ごめんね」
深く溜息を吐いた巫が、腕を組んで少しポーズを取る。すらりとした脚で仁王立ちされると、威圧感があった。
「ご、ごめんっていうと……」
現実逃避するように、スタイル良い子はやっぱ憧れるなあとぼんやりしている康平に、巫は溜息を吐いて頭を下げた。
「あああ待って聞きたくねえ! やだ!」
「アンタの告白を受けるとか、今はホント、そういう気ないの。ただその……」
「ああああ……」
舞い上がっていた気持ちも緊張も全てが吹き飛んで、康平の身体から力が抜けた。一気に目の前が暗くなる。魂が抜けたように崩れ落ちながら吠えると、コンビニでタバコを吸っていた男がぎょっとしたように二人の方へ顔を向けた。
「ちょっと、小山……! ごめんなさいったら。ね、とにかく立って……!」
「泣きそう、涙出てきた……」
慌てて康平へ近寄った巫に手を差し出され、康平はその手を断りよろよろと鞄を拾った。ずび、と鼻を啜ると、巫が静かに手を戻す。
「あの、アンタが内緒にって言うから、大学では話できなくて。いやこれじゃ言い訳だわ、ごめん。アンタと付き合う気はないの」
「ウッ」
立ち上がろうとしたところにトドメをさされて、康平が目元を覆う。バチン、と強い音が静かな夕方の道に響いた。
「オレ今、目から血が出てると思う」
「出ないわよ、普通」
一刀両断に言われれば、返す言葉もない。ゆっくりと手を退かすと、明かりの着いたコンビニの看板が酷く眩しく見えた。泣きそうなのか目が痛いのか、しぱしぱと目を動かしてから、康平はそっと頬を擦った。当然、頬は乾いている。
「……じゃあ……何のお話だったんでしょーか……」
か細い声で康平が尋ねると、巫はさっと周囲を確認してから、急にもじもじと指先を合わせて表情を硬くした。
「内緒にしろって言われた話よ」
「誰がぁ?!」
「アンタ! だから遊利様っ、……の、ことで」
思わず大きな声で言いかけた巫が、さっと口元を押さえて周囲をもう一度確認する。近くには人はいなく、コンビニにいた男も喧嘩か何かだと思ったのか、喫煙所に留まったままで、スマホで何か話をしていた。
ぎゅっと胸元を押さえた巫の目元が少し赤い。そのまま大事に持っているスマホへ柔らかな視線を向けた巫は、待ち受けを康平へ差し出した。
「……遊利様のこと、聞きたかったのよ。ホントに……ファンなの、アタシ」
待ち受けは、康平が知らない方の遊利の画像の切り抜きだった。
相変わらず、見下したような切れ長の瞳と、ツンとした生意気そうな表情。整った顔だということは認めても、どうしてこれが人気なのか康平にはどうしても分からなかった。
輝いているように見える黒くて大きな瞳は、ライトが反射しているだけ。薄い唇には力が入っていて、クールに見せようと必死に作っているのが分かる。セクシーに首筋を見せるようなポーズを取っているが、遊利に似合うポーズだったら他にもあるように思えて仕方ない。康平が知っている遊利の方が、ずっとモテるだろうに。
複雑な顔をしている康平をどう勘違いしたのか、さっとスマホを仕舞った巫が、あの、と躊躇いがちに康平へ声を掛けた。
「フっておいて勝手なんだけど……遊利様、ってホントに友達……?」
「まあ……そーだな」
「どっ……どうやって遊利様とお知り合いに……やだ、羨ましい」
いつも百点満点にクールな美女らしかった巫が、うっとりとした声を上げながら頬を抑える。
はぁ、と艶めかしい溜息を吐く巫に、康平は突然脈なしなのだということを実感した。今まで、避けられてもきつい言葉で言われても、受け入れ難かった言葉が何故か急に康平の中でストンと落ちる。
脈がない。これは無理だな。
康平を素通りしていく巫の言葉と視線を風のように感じて、康平は憑き物が落ちたように脱力した。
「羨ましいこたねーよ。別にオレの隣に住んでただけだし、偶然」
「ご実家の?」
「ちげーよ、今」
ざっくりとした言い方で、格好付ける気にもならずに康平が言うと、巫が少しだけ不思議そうな顔をしてからはっと目を見開いた。そこからワンテンポ遅れて、康平は自分の失言に気が付いてさっと顔を逸らした。
「ヤベ」
「待って今住んでるところの隣って言ったわね?!」
「お……ん」
「噂、ホントだったんだ……」
「へ?」
噂ってなに。そう聞こうとした康平の手を、巫が掴んだ。
今までだったらさぞ興奮したことだろう。一瞬動揺はしつつ、気まずさに目を逸らした康平へ、巫が沈痛な顔を見せた。
「お願いが、あるんだけど」
「ええ、なに?」
「さっきの今でこんなこと言うのは本当に図々しいんだけど」
「もーあんま気にしてないから、聞くだけ聞くけど……」
不貞腐れたような顔で康平がいくと、巫はもう一度康平を不思議そうに見上げる。今までの康平と、態度が随分と違うせいだが、康平は何も気づかずに巫の手からそっと自分の手を離した。
「そ、そう……? あの、会わせてとまでは言わないから……話とかできないかなって」
「えー……あー……いやぁアイツに聞かねえと分かんねぇわ」
「勿論。聞いておいてくれたらそれで十分なの。ありがとう!」
ホッとしたように頷いて、巫は両手を合わせて顔の上へ掲げた。
大学でいつも憧れていたあのクールビューティーはどこに行ったのか。オーバーアクションの巫に圧され、康平はごちゃごちゃになった感情で尖った口のまま顎を掻いた。少し伸びてきた髭が痛い。
「……あのさあ、悪ぃけど……あの、アイツの住んでるとこは内緒に」
「当たり前でしょ。アタシは弁えたファンよ。変なことはしない」
きっと睨むように顔を上げた巫に、康平は小さく頷いた。
康平が知っている限りでしかないが、巫は確かに正々堂々としている。その所為で公衆の面前で悲しいことになったのだが、今となっては笑い話にできそうな気がして、康平は小さく息を吐いた。丹辺と友人と共に、失恋パーティーを開くタイミングかもしれない。
「うぃす。……んじゃあ、まあ、一応聞いとくわ」
「うん。あ、小山って……連絡先知ってたっけ」
「知らねーよ! お前が教えてくんなかったじゃん! ずっと!」
「あはは、ごめん。交換するから、また連絡するわ」
念願の巫の連絡先が聞けた、という興奮は少しもないまま。連絡先を興奮して、康平はそのまま駅へと引き返す巫を見送った。
「あ、お帰り康平くん……」
「お……おう……」
珍しく、マンションの廊下から隠れるように外を見ていた遊利に出迎えられて。どうしてだか、康平は酷くドキリとした。
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